第4話 俺は俺の国を造る
数日が経った。村人たちは森を切り開き、広場を作った。そして広場を囲むように十棟の木造りの小屋―俺の世界で言えばログハウスというのが適当だろう―が出来上がりつつあった。ガスパは小屋そのものだけではなく、機能的な集落を設計したのだ。それは実用的で過不足のないものだった。ガスパは建築中の家々を飛び回り、設計図通りに仕上がるように指示を出している。汗をかく彼の横顔は生き生きとしていた。
「あいつ、よう頑張っとるな。大工を継いでもやっていけたんとちゃうか?」
「ガスパはもともと資質はあったんじゃろう。じゃが気が優し過ぎて、威勢がいい大工仕事は合わんかったのかも知れんのう」
「今はそんなこと言っとる場合やないからな。追い込まれんと花開かん才能ちゅうのもある」
集落の建設が進む間、俺は村人たちとのコミュニケーションを心がけた。ユーリクを連れて回り、一人一人に声を掛けて回る。
「調子はどうや?」
「困ったことがあったら言ってくれ」
一対一で話すと本音が聞けるものだ。言葉の端々から村人たちが心から俺を頼りにしていることが分かった。
(ありがたい、これでやり易くなった)
その他、力仕事がしたいという女がいたり、調理場の整理を提案してくる者がいたり、人材と見れば適材適所を心がけた。男も女もまったく良く働いた。もちろん、その理由として、「生き延びるため」という強烈なモチベーションがある。
そしてわずか一週間にして森の中に、小さな集落が完成した。何はともあれ、雨風がしのげる場所が出来たのだ。建物十棟の内、一棟は倉庫になっており、道具や食料の備蓄が出来る。この集落は、最低限、生きていくだけの機能を備えていた。村人は笑顔で家の中に出たり入ったりしている。子供たちも広場でいつも以上にはしゃぎまわっていた。当然、それを追い回すフラワの姿もそこにはあった。
「ショウヘイ、お前さん、やってのけたな! たいしたヤツめ」
ユーリクは村人たちの様子を穏やかな顔で眺めている。
「明日は祭りやな。ユーリク、みんなに昼から祭りをやると知らせてくれ」
「祭りじゃと?」
「そうや。一種の踏ん切りやな。過去を思い出し悲しみに浸るのもよし、それを吹き飛ばすためにはしゃぐのもよし。そういう行事が必要なんや。そやないと人間、なかなか前に進まれへんもんやからな」
「お前さんは実にいろんなことを思いつくのう」
ユーリクは呆れたように言った。
「酒が無いんが、もの足らんけどな」
そういえばこの世界に来てからというもの、酒など一滴も飲んでいない。
◆
次の日は快晴だった。村の中央の広場にさんさんと陽が差し込んでいる。祭りといっても全員で集まって食い物を食べるという簡素なものだ。広場の中央に、手作りのテーブルを持ち出し、粗末だが出来るだけの料理を並べた。
「なんやて、酒があるんか?」
一人の青年が照れくさそう申し出た。彼の引く荷車には数十本の酒が積んであるではないか。
「彼はコオローンじゃ。昨日、祭りだと聞いて、夜のうちに一人で村に探しに行ったらしい」
コオローンは中肉中背で、顔立ちが少し整っているという他は、外見にはこれといった特徴のない青年だった。年の頃は24、25才といったところか。ただその瞳の光が強い。
「そうか! 良くやってくれた!」
俺はコオローンの背中を叩いてやりながら別のことを考えていた。
(こいつは要注意やな)
言われなくても工夫を凝らして実行する人間がいる。それを手放しで喜べるのは、あくまで指示された延長上のことである。予想の外過ぎる行動は歓迎できない。夜の単独行動は危険を伴うし、もしヤツギやダゾンの兵士に見つかれば、後をつけられる可能性もある。
(けどまあ、今はええやろ)
なんといっても今日は祭りなのだ。ことさらに注意して彼の気分を害する必要はない。村人たちは振舞われた酒に酔った。歌う者、踊る者、思い思いに祭りを堪能している。佳境に入ると、泣きだす者も現れ、湿っぽい雰囲気になった。俺とユーリクは初めこそ、村人に混じって祭りを楽しんだが、現在は広場の隅っこから宴の様子を見守っている。
「どうしたんや、ユーリク? 浮かん顔やな」
ユーリクは前かがみに座り、杖で顎を支えている。
「そんなことはない。これで村人たちが生きていける。嬉しいことこの上ない」
その割に老人の表情は晴れない。
「あんたの憂慮は分かる。そこのことで相談があるんや」
「ほう、分かるのか?」
「俺はこいつで―」
俺は左手首の腕時計をユーリクに見せた。
「日の出と日の入りの時間を計ってたんや。この一週間で確実に日が長くなっとる」
「ほっ。そんなことか。夏が近いからの」
「そうや。この世界には、いや、この地域には四季があるんやな。夏があるってことは、やがて秋になり、冬になる。そうなればこの森で冬を越せるかどうか、怪しいところや」
「うむ。言いにくいが、この集落での生活はしょせん、その場しのぎのことじゃ」
「かといって村を再建しても、いつまた戦火に巻き込まれるか分らんしな」
俺は瓶を煽って酒を一口飲んだ。
「お前さんはよくやった」
ユーリクは優し気な目で俺を見た。
「じゃが、この先はどうにもならんことじゃ」
「国境を巡る紛争がなくならん限りか?」
「そうじゃ。そしてこれは根が深い。もう100年近くも続いとることじゃでのう」
「いや、待てユーリク」
「ほい、いくらでも待つぞ」
「どうすればええか分らんのやったら、それはしゃーないことや。けど、方法は分かっとるんや。やりようはある」
「ヤツギとダゾンの紛争を終わらせるというのか?」
俺はコクンと頷いた。ユーリクの俺を見る目が見開かれた。
「お前さんというヤツは途方もない馬鹿か、それとも……」
「いや、『それとも』はない。間違いなく途方もない馬鹿や」
「自分で言いおるか」
ユーリクは笑い出した。もうこうなれば俺の勝ちである。今しばらくは俺の話に付き合ってくれるだろう。
「そやけど、知っての通り俺は異世界人や。この世界のことをあまりにも知らん。ことを起こす前に、まずは知識が必要や」
「わしが答えられるものなら何でも答えてやろう」
「恩に着るで、ユーリク」
それから数時間、俺はあらゆる質問をユーリクに浴びせた。分かったことは次の通りである。
この世界は現在、俺の世界でいうと多少事情が違うものの、そろそろ大航海時代も終わろうかというくらいの時代である。世界は植民地とそれを支配する国に二分され、新たな大地はもう残り少ない。
ダゾン王国とヤツギ王国はジワ島というまずますの大きさの島を東西で二分する形で存在する。
ジワ島は大海の中心に位置し、東西に大陸を臨み、航海上の要衝である。良港が多く存在し、数多の商船が行き来しているのだ。軍事上の価値も高く、この島を抑えれば、大海の覇権を握れる。
東西の大陸にはそれぞれガナハ王国とアデルセン共和国という大国があり、ダゾンとヤツギはその傀儡国家である。
「代理戦争か……!」
つまりガナハとアデルセンは、このジワ島の一国支配を目論んでいるが、大国同士、おいそれと戦争をするわけにもいかず、手下の国に小競り合いをさせているのである。どこの世界も似たようなものだ。超大国同士のいがみ合いが生んだ悲劇である。
「この紛争地域は、東西両陣営の最前線とも言えるんじゃ。下手をすると世界大戦の火種になり得る」
「ユーリク、あんたが言う根の深さってのが分かったわ」
村人たちを救うには、世界のありようを変えなければならないということになる。さすがの俺も軽く目まいがした。
「この地域の人たちはの、生まれたときから死ぬまで紛争の中で暮らしておるんじゃ。国境があいまいで戸籍もない。自分がダゾン、ヤツギ、どちらの国民かも分らん始末じゃ」
裏を返せば、ダゾンとヤツギは、自国の国民ではない人間を守る気もない。だから村を焼き討ちするような残酷な仕打ちも出来るのだ。
「この人たちは行くところがないんじゃな」
では永久に戦火に怯えながら暮らしていかねばならないというのか。俺は奥歯を噛み締めた。
「これで分かったじゃろ。ついでにもっと悪い話を教えてやろうか? それを知れば今度こそ、あきらめもつくじゃろう」
「なんや? 面白い話やろうな?」
「近頃、魔王どもの動きが激しい。近々手を組んで人類に対し侵攻を開始するという噂じゃ」
「魔王?」
ここに来て、また耳慣れない言葉が出来てたものである。そうだった、まだほんの少ししかお目にかかってはいないが、この世界には魔法が存在するのだ。魔王がいたっておかしくない。
「お前さんは悪い時期に、悪い場所に落っこちてきたもんじゃのう」
ユーリクの眼差しは、憐憫に満ちている。俺が一番嫌いな種類の視線である。
「明日から始めるわ」
「何をじゃ?」
ユーリクが首を傾げた。
「国づくりや」
俺は立ち上がった。
「この地に国を作るんや。それしか戦争を止める手段はない」
「お、お前さん……!」
さすがのユーリクも今度ばかりは笑えないらしい。さてこの大ほら吹きを見放すのかどうか。
「まったくお前さんは信じられんことばかり言い出すのう。じゃが今のところは全て実現させておる」
「こうやって普通に会話してることもな」
俺はニヤリと笑った。
◆
この一週間、日が落ちてからというもの、俺はユーリクと額を付き合わせ、この世界の言葉を学んだ。実は俺たちはほとんど寝ていない。それを可能にしたのは、ユーリクに貰った不思議な丸薬だ。
「この薬には術理を施しておる。使い過ぎるのは禁物じゃが、一週間くらいは無理がきく」
俺の世界のいかなる滋養強壮剤もこれほどの効き目はない。全く眠くならないのだ。今のところ、俺が遭遇した数少ない魔法だと思っていいだろう。
そのかいあって俺は宣言通り、わずか一週間で日常会話くらいならこなせるようになったのだ。
「あきれた集中力じゃわい」
「言語学は得意やからな。この世界の文法は実に単純やし、なにより念話のおかげや。念話を知れば、言葉による会話が馬鹿らしいほど、情報伝達の精度が高い。俺やなくても、言葉を覚えるのは早くなるやろ」
◆
「ええじゃろう。とことんお前さんに付き合うてみるとするか」
ユーリクは腹をくくったようだ。これは可能か不可能かという判断基準ではなく、俺という人間に興味を持ってのことだろうと思われる。
「紛争地域はどれくらいの広さや?」
「そうさなあ、ちょうどこの島の中央を分断するように睨み合っとるから、かなりの広さじゃろうな」
「するとこの村と同じような境遇の村は……」
「けっこうあるじゃろうな」
まずは同じ立場の者を集めるとするか。領土を持って国とするか、人民を持って国とするか。領土が無いのだから、俺の場合、当然、後者から始めるしかない。
「ユーリク、念を押すが、俺に最後まで付き合ってくれるんやな?」
「わしは嘘はついても二言は無い」
このじいさんもたいがい面白い。どこまで本当か嘘か皆目見当がつかない。だが俺はこのじいさんを信じ抜こうとすでに決めてしまっている。
「死ぬかもしれんで?」
「わしの傍にいる限り、死ぬなどなかなかに難しいと思うがの」
ユーリクは不敵に笑った。こういうことを言うのは二度目だが、このじいさんはいったいどんな力を持つのか。どうも富や権力の類ではなさそうだ。
「ユーリク、いったい……」
俺はそれを訪ねようとして止めた。聞くのは野暮だし、俺が危険になったとき何が起こるか、楽しみを取っておこうと思ったのである。
それよりも重要なことは、ことを行うに当たって、俺が死を覚悟しているということに尽きる。そうでなくてはこの大事業は成し得ない。
「ユーリク、俺は他の村を訪ねようと思う」
それが俺の国造りの第一歩だ。
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