第3話 フラワ

「みんな聞いてくれ」


 俺の声は大きい。村人は一斉に注目した。


「俺の名前はショーヘイ、訳あって遠いところから来た者や。このユーリクと一緒に村が焼けるのを見届けた。あんたらの受けた傷は並大抵のものやあれへん。つらいやろう、苦しいやろう、悲しいやろう。それは分かる。けどな、立ち止まってる暇はあれへんのや。家も無い、食料もない、このままやったらみんな死んでしまうんや」

 みな一様にポカンとしている。当たり前だ、見たこともない格好の男が、聞いたこともない言葉で喚きたているのだから。


「おい、何をしとるんじゃ!」


 ユーリクが俺の腕を引いて、強引に額を突き合わせた。


「言葉が通じんのは知っておろうが」

「だからこそや」

「ふむ? 言ってることが分からんの」

「言葉が通じへんなんて、普通は絶望的な弱みや。俺が言葉を覚えるまでは、かなりの不都合になるわな」

「それは違いないの」

「だったら先に俺が異邦人であり、言葉が通じんことを思いっきりアピールしとくに限る。喋られへんからいうておどおどしとったら、村人たちが俺を頼りにするか?」

「なるほど、もっともじゃのう」

「最初に一発かまして堂々としとれば、逆に身なりも言葉も違うからこそ、俺を特別な存在やと思ってくれるかも知れへん」

「なるほど、弱みを逆手にとるか」

「そや。分かったら、俺がさっき言ったことを伝えるから、村人に通訳してくれ。当面はこの方式でいく」

「うむ、分かった」


 ユーリクも村人から頼りにされている存在だということもあり、話が伝わると、俺の言うことは一定の理解を得たようだ。村人たちはのろのろとだが、俺の周りに集まってきた。


「さしあたり、この森に屋根付きの建物をぶっ建てる。男で動けるものは協力してくれ」


 もともと避難場所にしているくらいだし、街道から離れている森だ。あの村のように戦争に巻き込まれる可能性はまず少ないと俺は踏んだ。


「女子供で、力仕事が出来そうにないものは、水や食料の確保や。魚、木の実、キノコ、小型の動物、食えそうなものはなんでも集めてくれ」


 ユーリクが通訳をすると、みな黙って頷いた。


「よっしゃ、じゃあ行動開始や。まずは村に戻って、大工道具なんかが残ってないか探すんや。その他、食器とか包丁とか、なんでもええ、使えるもんはみんな持って来るんや」


 こうして村が消失してからすぐに、村人たちは生存への行動を開始し始めた。人間というのものは、やるべきこと、つまり目的があるほうが、活力が生じるし、その中でこそ癒える悲しみもある。さっきみたいに途方に暮れ、悲嘆に没しているのは非常にまずい。心身ともにどんどん弱っていき、生きる気力まで失ってしまう。

 俺とユーリクは男たちを引き連れ、まだプスプスと煙を立てている村に舞い戻った。


「こらあかん」


 一面の焼け野原である。今朝までここに村があったのが疑わしくなるほどだ。しかし今はこういう感情は余計なのだ。俺は率先して、灰の中を漁りだした。人は言葉よりも、行動に付き従うし、あるいは真似るものだ。


「悪いけどな、自分の家から思い出の品を探すとか細かい作業はやめてくれ。それはいずれの話や。それと必ず二人一組で作業するんやで」


 こういう指示をしておかないと、自分のためだけに動くものが必ず出てくる。二人一組で動けば、言葉は悪いがお互いを監視しあえるし、なにより協力出来る。不測の事態が起こった時も、一人より心強い。


     ◆


 ノコギリやオノ、ツチなど大工道具は、金属製だから、焼け残って使えるものが結構あった。食器なども陶器も然りだ。だがやはり木でできたもの、家具や机や椅子などはほとんど消失してしまっている。


「おお、これはええな」


 村人の一人が、荷車を発見した。村の中央にある共同の倉庫―祭りや集会で使う道具を収納するものだろう―には、かなり使えるものが焼け残っており、そこからは鍬(くわ)や鋤(すき)などの農機具なども見つかった。これは実用よりも祭事に使うものだったらしいが、作りは同じなので使える。


(いざとなったら武器にも出来るな)


 穂先のついた農具は見方を変えると結構な凶器である。


「よし、長居は無用や。森へ帰るぞ」


 数時間の作業の後、俺は撤収の支持を下した。万一、ヤツギかダゾンの兵士が様子を見に来ないとも限らない。作業は時間を区切り、迅速に行い、速やかに終わらせるべきだった。


「みごとな采配ぶりじゃのう」


 森へ向かう道中、通訳に徹してくれていたユーリクが、所感を述べた。


「合理的って言ってくれ」

「仕事の進み具合より、村人たちの目が生き返ってきたことが驚きじゃ」

「こんなときは体を動かすに限るんや。ところで、ユーリク」

「なんじゃ?」

「あんたの他に、不思議な力、あの魔道を使えるヤツは村人にいるんか?」

「おらんだろうよ。というよりヤツギにも、ダゾンにもほとんどおらんだろう。この島は魔道や化学が遅れておる」

「そんなところに、魔道が使えるあんたがいるのは、ますます不思議やな」


 俺は意地悪くユーリクを牽制した。


「そうかえ? 異世界から来たお前さんの方がよほど不思議じゃがの」


 ユーリクはせせら笑った。


「そりゃそうや」


 俺は笑った。反論の余地もない。しかし他愛ない応酬の中で俺の心は別にあった。


(島か……。ここは大陸の国やないんやな)


 俺は地理を学ぶ必要を感じた。


     ◆


 森へ帰ると予想外の出来事があった。女たちが石を積み上げかまどを作り、小魚や木の実を焼いている。正直これは予想してなかった。俺は食料を集めろとは言ったが、調理までしろとは言ってなかった。


(人間ってすごいな)


 嬉しくなる瞬間である。どうやって火を起こしたのだろう? 石でかまどをつくるという知識は誰が持っていたのだろう。いや、知恵を絞れば案外、誰でも出来る当たり前のことかも知れない。だが、この当たり前のことが出来ない人間の多さを俺は知っている。

 俺は立ち上る煙を見上げた。


(これくらいなら大丈夫やな)


 もう日が暮れ始めている。少量の煙が森を目立たせる目印になることはないだろう。俺はかまどを囲む女たちの元へ行き、とびっきりの笑顔を作った。女たちも笑顔を返してくれた。


(どうやら受けは悪くないようやな)


 俺はホッとした。

 男たちにはリーダーシップを発揮し、すでに一定の支持は得られていると思うが、女たちに受け入れられるにはまた別の要素が必要だ。こっちは俺の不得意分野で、とにかく笑顔を作るしかないというありさまだ。

 村での作業で腹をすかせた男たちは、歓声を上げ、小魚や木の実を頬張った。まだ力強いものではないが、ときおり笑い声が起きる。


「たいしたものじゃな。ついさっきまではみな絶望の淵にいたというのに」


 ユーリクが俺の傍らに立った。


「ほんまに良かったわ……」


 かまどを囲む村人たちを眺めながら俺は涙ぐんだ。


「お前さん、泣いておるのか?」

「悪いんか?」

「いやいや、意外じゃのう。似ても焼いても食えん男だと思っておったが」

「そうかも知れへん。けどな、感情は野放しにしとくに限る」

「ふむ?」

「あんたもそうやろ、ユーリク。腹に一物もっとるくせに、やたらと自分の感情に素直や。だから俺はあんたを信じる気になった」

「まあ好奇心に素直というのは認めるが」

「自分の感情に振り回されるのは論外、感情を隠すやつは二流や。相手の裏をかくときも、残酷な決断を下すときも素直やないとあかん」

「ほう、面白い持論じゃな」

「もっとも俺はその域に達してへん。ときに自分を隠してしまうわ。その点、あの爺さんや、ユーリク、あんたの方が一枚も、二枚も上や」

「かいかぶりじゃ」


 ユーリクは頭を掻いた。

「そや、そうやって照れるところや」

「やれやれ、お前さんには敵わんのう」

「今日はもう野宿やな。仕事は明日の朝からや」


 俺は樹木の上の夜空を見上げた。あいかわらずでたらめな星の配置だ。いやでもここが異世界だと思い知らされ、少し寂寞を感じた。


     ◆


 男たちが躍動している。適当な樹木を切り倒し、加工し、家を作るための木材を作り出しているのだ。村人の老若男女のうち、15~60までを成人男性とすると、その数は30人くらいだが、ひときわ目立つ大男が二人ほどいた。二人は大量の木材を苦も無く持ち上げ運んでいく。


「ヨウダとガリアじゃ」


 ヨウダは俺と身長は同じくらいだが、素晴らしい筋肉の持ち主で、肩幅などは俺の1.5倍はあった。赤茶けた頭髪に髭を顔中に蓄えている。一見していかついが目がつぶらで愛嬌があった。陽気な性格のようで、歌など歌いながら働いている。ガリアは俺より背がかなり高い。195センチメートルはあるだろう。かといってヒョロヒョロではなく引き締まった体つきをしており、黒い長髪を後ろで結わえていた。唇を真一文字に結び、黙々と仕事をこなしている。無口な男らしい。

 俺はユーリクを伴い、二人に近づいた。


「さっきから見ていたけど、あんたら力持ちやな!」


 二人は顔を見合わせた。俺という異邦人にまだまだ戸惑っているのだ。


「ヨウダって言うんか、すごい筋肉や。ガリアは背が高いし、男前やな。しかし、あんたらのような男がいて良かったわ。村人の明日はあんたらにかかってるで」


 やはり片田舎の村の男たちは素朴で真面目だ。声をかけた後の働きぶりが倍になった。


「なるほどのお。そういう人の使い方もあるか」

「いや、こっからや」


 俺は出来るだけ人々に交じって働いた。その間も注意深く観察する。人には個性があり、得意な分野も様々だ。しかし得意があるからといって、それを声高に主張できるかと言えば、そうではない。引っ込み思案だっているし、自分で気づいていないときさえある。

 休憩中に、木の切れ端で器用に四足の動物らしき玩具を作っている男を見つけた。俺は隣に座り、ユーリクに通訳を頼んだ。


「ガスパじゃ」


 ガスパという男は小柄で、骨相も貧弱だった。一見して力仕事に向いていないのが分かる。俺は、牛だか鹿だかを模した木の玩具を手に取った。


「うまいもんやな。子供たちにやるんか?」

「ありがとう、ショーヘイさん。ちょっとでも慰めになればと思ってね」

「こんな技術、どこで覚えたんや?」

「技術ってほどでもないけど……、父が大工だったからね。僕はこのとおり非力だから、兄貴が仕事を継いだけど」

「その兄貴は?」

「兄貴はねえ、一年ほど前、戦争に巻き込まれて死んだんだ。っていうより、僕以外、家族がみんな死んでしまったって言う方が早いけどね」

「…………」


 それはいったいどれだけの悲しみだろうか。想像を絶するものだろう。だが想像力を働かせないでも、俺にはその悲しみが少しは分かる。俺は沈黙した。下手な言葉を探すよりも、物言う沈黙だ。


「いやだな、ショーヘイさん。村の人間なら多かれ少なかれ同じような境遇さ。僕だけが特別ってわけじゃない」

「ガスパ、生き残りの中に大工はいるか?」


 彼は首を振った。


「小さな村だからさ、大工は僕の家だけだったよ。親父と兄貴が死んでからというもの、修理も出来なくなって、村は荒れ放題だったんだ」

「そうか。じゃあ、これから作る家の設計はあんたにまかした。力仕事が出来るヤツはいるけども、そっち関係が見当たらなくてな」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。確かに僕の家は代々、大工だったけど……」

「まあ聞けや。今現在、あんたより適任はおらんのや。こんなときや、力を貸して欲しい。なあに、気楽にやってくれや。少々失敗してもええんやで」

「確かに子供のころから設計の図面とかは見てたけども……」

「十分や。頼んだで」


 俺はガスパの肩をぽんっと叩いてその場を離れた。あのタイプは、「お前にかかっている」などと責任を負わせるとプレッシャーに負ける。気楽に取り組んでもらうほうがいい。


「おお、なんやなんや?」


 俺の周りを子供たちが駆け回った。たしなめるような声で、フラワがそれを追う。

「やれやれ、あの娘も大変じゃのう」


 ユーリクは同情したが、これで彼女の役割は決まった。


「フラワ、話がある」

「な、なんでしょう?」


 フラワはおずおずと聞き返した。瞳に若干の怯えが走る。当たり前の話だが、

まだまだ俺のことをうさんくさく思う村人はいるだろう。

 だが、その目の怯えは俺の心臓を氷の矢で貫いた。


(美晴……!)


 似てもいないのに、彼女の面影を確かに感じる。一気に膝の力が抜け、一瞬ふらついた。なんと情けない男だろうか、俺は!


「『大丈夫ですか?』と言っとるぞ」


 フラワの目にはもう先ほどの怯えはなく、ひたすらに俺を心配する優し気な光をたたえていた。


(この感じや。お前はいつも、自分のことより他人のことを心配しとった。そんなんやから、俺が守ってやらんと心配でならんかった)


 そして皮肉にもこの俺が一番、彼女を傷つけた。

 だが俺は次の瞬間で、湿っぽい感情にけりをつけ、顔を上げた。


「君に仕事を頼みたいんや。なに、これまでと変わらん。大人たちが仕事をしてる間、子供たちの面倒を見てやって欲しいんや」


 彼女は力強く頷いた。自分の役目をすでに自覚していたのだろう。こういう芯の強そうなところも彼女に似ている。

 もう少し彼女と話したい気持ちを抑え、俺はユーリクを連れて、村人たちから離れた。


「さあ、言葉を教えてくれ」

「お前さん、疲れてはおらんのか?」

「まだまだ大丈夫や。体力には自信がある」

「お前さんがそういうなら」

「一週間で日常会話くらい出来るようになりたいな」

「無茶を言うでないわ」


 ユーリクはあきれ顔をした。


「何かを成したいときに、いくらでもあきらめる理由は思いつく」

「なるほど、そういうときに使う言葉じゃったのか」

「そうや。俺はこの言葉で、普通では出来へんようなことを成し遂げてきたんや」

「やれやれ、仕方ない。やってみるかのう」


 ユーリクは俺の無理難題がむしろ楽しそうだ。本当に懐の深いじいさんである。

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