第十三章:最後の刃

二つの策

 これは私の心、私の記憶。私達は地下へと向かう。今ままでの犠牲とこれからの未来のために、最後の戦いがそこには待っている。

 これは私の心、私の記憶。何もかもがこの時、この瞬間のためにあった。これで終わる。全ての因縁は断ち切られる。


 


 ネイリットが異界喰らいに出会う少し前、リシュリオルが目を覚まし、銀色の姉弟の部屋へ向かおうとすると、血相を変えたカルウィルフがアトリラーシャに迫っていた。


 リシュリオルが「何があった」と二人に尋ねると、カルウィルフは情報共有のために全員で携帯していた通信端末の画面を見せながら言った。


「リシュ、ネイリットが危ない!」


 リシュリオルが彼の持つ端末の画面の内容を読み上げる。


「『異界喰らいの正体が掴めたかも知れない。時間が無い。疑っているのはシェエンバレンという男。これからそいつを追ってみる』……。シェエンバレン、あの料理人が?」

「分からない。だが、可能性はある。あとから、遺跡発掘地域の地下に向かう階段に下りたと、追加で連絡が来た」

「遺跡発掘地域……? それに、地下? どうしてそんな所へ?」

「疑問はそこに行けば解決できる筈だ。すぐに向かおう」


 リシュリオル達は急いで戦いの準備を整え、診療所を発った。




 遺跡発掘地域に辿り着いた三人は、ネイリットが通信端末で伝えてきた場所を探すために別行動をとった。複雑な地形と交通網が敷かれたこの地域を効率よく探索するにはこれが一番手っ取り早かった。


 案の定、大した時間も掛からず、カルウィルフから『鉄格子の扉と階段を見つけた。俺は先にここを下りる』という連絡がリシュリオルの通信端末に送られてきた。リシュリオルはすぐにその場所へ駆けつけた。


 鉄格子の扉の側には、既にアトリラーシャが立っていた。向こうもこちらの姿に気付いたのか、こくりと頷きながら視線を送ってきた。リシュリオルがアトリラーシャの前に立ち向かうと、彼女は尋ねてきた。


「これで全部終わるのかな?」

「きっと終わるさ」当てのない答え。だが、それしか言う言葉が無いのだ。

「リシュ。もし全部終わったら、あなたは何がしたい?」


 アトリラーシャが透き通る銀の瞳でこちらの顔色を伺ってくる。美しく澄んだ銀色がリシュリオルの思いを、封じられた心の内から解き放とうと誘う。しかし今、この秘めた思いを口にしたとしても、どうにもならない。むしろ戦いへの心構えを弱く脆いものに変えてしまうだろう。


「言えない」

「どうして?」

「言えば、勝てなくなる気がする」

「なら、戦いが終わったら教えてね。約束」

「分かった。……さあ、行こう」


 二人は、過去の因縁から解放されるために、許されざる邪悪を消し去るために、それぞれの命を繫ぐために、異界喰らいの待つ地下へと足を進めた。




 地下水路。カルウィルフはシェエンバレンに対して、一方的な戦況を作り上げていた。致命傷を与えたわけではないものの、シェエンバレンはカルウィルフに近付くことすらできていなかった。彼のずば抜けた動体視力を持ってしても視認することのできない、見えざる刃がカルウィルフの周囲を守護しているからだ。


 幾度となく受けた傷は、瞬時に回復することができる。だが、戦局を大きく傾けるような一撃を受ける可能性は大いにあった。事実、カルウィルフとの会敵の際にシェエンバレンは腕を切り落とされてしまっている。その事実が、シェエンバレンの得意とする接近戦を躊躇う理由となっていた。


 しかし、傷を塞ぐのにも体力を使う。この状況を永遠と続けるわけにはいかなかった。なんとしても、カルウィルフの側まで近付き、その喉元に牙を突き立てなければならなかった。


 まずは、互いの距離を縮める必要があった。遠距離からカルウィルフの隙を突くような攻撃をするのが最善の方法であったが、逃げようとするネイリットを仕留めるために使った爪の投擲は、強力だが隙が大きすぎるため、今のカルウィルフの前でそれを繰り出すことは不可能に近かった。


 取り敢えず、考えついた打開策は前進とともに地面を蹴り砕き、その破片をカルウィルフへ弾き飛ばしながら、更に速度を上げ、一気に距離を縮めることだった。彼はそれを実行するために、見えざる刃から身を守りながら、地面の脆くなっている箇所を既に探し出していた。


(これで、その小賢しい攻撃も終わりだ)


 地面を砕く箇所に目星をつけたシェエンバレンは、姿勢を低く保ったまま、カルウィルフに向かって前進した。シェエンバレンの急な動きに反応し、カルウィルフの刃が襲いかかる。シェエンバレンは刃によるダメージを最小限に抑えるために身体を縮め、脆くなった地面まで滑り込みながら、その上に積み重なっていた瓦礫を勢いよく蹴り飛ばした。


 カルウィルフは自分に向かって飛んでくる瓦礫の破片を防ぐために、一瞬攻撃を止めた。その一瞬の隙を突き、シェエンバレンは彼の目前まで接近していく。


「バラバラに引き裂いてやる!」


 シェエンバレンの両腕に備わった長く鋭い爪がカルウィルフへ襲いかかる。だが、その両腕は彼の胴体に届くことはなかった。カルウィルフの着ている衣服の内側から針山のように大量の刃が突き出し、シェエンバレンの腕を細切れの肉片へと変えたのだ。


「刃の鎧だ」


 カルウィルフは衣服の下に無数の刃を仕込んでいた。柔軟で強度のあるワイヤーと、自身の身体に触れないように形作った特殊な刃を織り交ぜて組んだ鎧。異界喰らいとの接近戦を考慮し、カルウィルフが編み出した対策の一つだった。


 両腕をバラバラにされ、シェエンバレンは動きを止めた。カルウィルフはその隙を見逃さなかった。腰に帯びた三日月が飾られた鞘から、伯父から受け継いだ刀を瞬時に抜き去り、高速の一閃を放つ。


 シェエンバレンは慌てて後退したが、精度の高いカルウィルフの居合からは完全に逃れることはできなかった。彼の両足は水路の奥にある闇の中に吹き飛び、大量の返り血がカルウィルフの全身を染める。


「くそっ!」


 両足を失ったシェエンバレンの身体は血に濡れた地面に叩きつけられた。そして、べちゃべちゃと飛沫を立てながら、自分の血の海の上を這いずった。


「もう終わりだ、異界喰らい。お前に勝ち目は無い」


 身体を泥と血で染めながら、じたばたと蠢くシェエンバレンに、とどめを刺そうと近付いていくカルウィルフ。彼は、既にこの戦いの勝敗は決していると考えていた。だが、シェエンバレンは敗北に追い詰められた時に吐くような、悔恨の言葉を口にはしなかった。寧ろ笑った。汚く罵るように笑っていた。


「勝ち目が無いだと? ……違うな、最初から勝つのは俺だ。俺は、常に無駄な力を使わないようにしているだけだ。『これ』を使うのは酷く疲れるからな……」

「何を言っている」

「褒めてやる。ここまで俺を追い詰めたことを……」


 突如、シェエンバレンの肉体に異変が起こる。体毛に覆われた皮膚を突き破り、大量の赤黒い肉の塊が勢いよく吹き出し始めた。

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