2-2 御嵐王(エメラルドフォックス) 下




「――暗躍英雄、【御嵐王】エメラルドフォックスですよ」


 その言葉を聞いて、フェンリットが一瞬身を強張らせた事に気が付いた者はいなかった。


「私もその魔術師のことは尊敬しています」


「アマーリエもそうだったか。あたしは魔術に関して詳しいことはさっぱりだからなー。あ、でも、【御嵐王】エメラルドフォックスってアマーリエみたいな感じなんだっけ?」


「ええ。近接格闘、魔術の両方を得意とするオールラウンダー。いつかは私もそのようになりたいと思っています」


「ホント、すごいよねぇ……」


 ほぅ、と感嘆の息を漏らしながらリーネが言う。


「私、【御嵐王】エメラルドフォックスの話を知って本当に凄いなぁって思ったんだ。冒険者で一番有名なのは、勇者パーティに選ばれた『レティーシャ・フィフティス』さんだけど、私は【御嵐王】エメラルドフォックスのほうが好き」


 彼女は瞳をキラキラと輝かせ、熱に浮かされた声で続けた。


「だって、人知れず活躍して姿を隠すだなんて、なんか利害を考えずに頑張ってるみたいで格好良くない? 勇者さまがつけた"暗躍英雄"っていうのも凄くしっくりくるし」


「私もリーネの意見には同感です」


「だよね!」


 リーネの言葉に追従するようにアマーリエが、


「本来なら【御嵐王】エメラルドフォックスは相当な褒賞が貰えたはずなのに、一切正体を明かさずに表舞台に出てこなかった。褒賞だけではありません。俗物的な言い方ですが、それこそ多くの民に讃えられる、そんな地位を得られたはず。それらをすべて投げうった、打算を感じさせない行動に好感が持てます」


「そうそう! ヒーローって感じがするよね!!」


 【御嵐王】エメラルドフォックスの話が出た途端、急激に盛り上がる二人。完全に熱を帯びた彼女らは、今日の主役の二人が黙り込んでいることに気が付かない。


「だから私も、いつか【御嵐王】エメラルドフォックスみたいに凄い魔術師になりたいんだあ」


 無邪気な顔でそんな事を言うリーネを、フェンリットは眩しそうに見た。


 そして。


 彼女達の夢を、、、、、、簡単に壊して、、、、、、はいけない、、、、、と改めて思った。


「それにしても、【御嵐王】エメラルドフォックスって性別どうなんだろう?」


「勇者さまの話だと、中肉中背の綺麗な銀髪だったって話ですね」


「私は女性だと思うんだよねー、男性にしては長めだったらしいし。フェンリットくんはどう思……」


 そこでリーネが言葉を切った。彼女はポカーンとした顔でフェンリットの方を見つめている。


「中肉中背、綺麗な銀髪、男性にしては長めの髪……フェンリットくん?」


 空気が固まった。


 アマーリエもアリザも、二人してフェンリットを凝視していた。言われてみれば確かに、書籍に記されていた情報と、フェンリットの容姿は酷似しているといっていい。


 そしてあの、底を見せていない強さ。肉弾戦の実力もさることながら、風属性の魔術まで扱っている。


 もしかすると、フェンリットが【御嵐王】エメラルドフォックスなのではないか?


 三人がそう思い始めたところで、当の本人が苦笑した。


「はは、まさか。リーネさん、忘れているんじゃないですか?」


「え?」


「――【御嵐王】エメラルドフォックス狐人族ルナールだった」


 中肉中背、綺麗な銀髪、黒いフードから零れる少し長めの髪に、狐の仮面。


 そして、臀部から生える白い尻尾、、、、


 これが【御嵐王】エメラルドフォックスの風貌とされているものだ。


 人族であるフェンリットには勿論、それがない。


「……あっ、そうか。フェンリットくんには尻尾がないもんね」


 手のひらを打ち合わせて言ったリーネが、照れたように笑った。


「って、話がかなり逸れちゃったね。次は――」


「こちらの番ですね」


 食い気味に言葉を重ねたのはシアだった。彼女なりに、フェンリットへ気を使ったのだろう。


「私はシア。見ての通り狐人族ルナールです。一応冒険者ではありますが基本的に戦わないので、フェンリットのパートナー……同行者……荷物持ち?」


「荷物も持ってないだろ」


「そういえばそうでした。そんな感じです。よろしくおねがいします」


 どんな自己紹介だ、と思うかもしれないがすべて事実なので何も言えなかった。


 とはいえ、空気は面白おかしい方向へと転換したようだ。リーネやアリザなどは、シアの自己紹介に「なにそれ」と笑みを浮かべている。


「僕はフェンリット。ただのフェンリットです。成人しています。シアとは結構長い付き合いで、アセト村から一緒に旅をしてきました。まあ、旅と言えるほど長い道のりではないですが」


 本当はアセト村のそばにある霊山『ウラヌス』の山頂付近にある山小屋から来たのだが、アセト村を経由してはいるので嘘ではない。


 世間一般的に、きっと山小屋から来たというより、村から来たと言った方が受け入れやすいだろうと判断した結果である。


「さっき年齢は伝えたのに、改めて成人済みと念押しするフェンリット、流石です」


「いや、殴るよ?」


 お互いの腕を掴み合っていると、薄っすらと笑みを浮かべたアマーリエが言う。


「お二人はとても仲がいいのですね。アリザとリーネを見ているような気分です」


「な……」


 そんな風に見えていたのか、とフェンリットは驚愕した。


「これは仲が良いというより、腐れ縁の延長線のようなものだと思うんですが」


「そんな、腐れ縁だなんて酷いこと言わないでくださいよフェンリット。私とあなたの仲じゃないですか」


「僕とシアの……仲……」


 果たしてそれは、一体どんな仲なのだろうか?


 茶化して腐れ縁とは言ったが、本当にそうなのか。


(いや、違う……)


 フェンリットは自分の考えを一蹴した。


 僕が必要だから、シアと一緒にいるんだ。僕にとってシアは、この世界を生きていくために必要な存在なんだ。彼女がいなければ僕は、どうなってしまうか分からない。


「……なんて」


「どうかしましたか? フェンリット」


「いいや、なんでもないよ」


 やっと運ばれてきた料理を、それぞれが思い思いに食べながら会話は広がっていく。


「三人はどういう関係なんですか?」


 シアの問いかけに頷いたのはリーネだった。


「幼馴染だよ。同じ村の出身なんだ。アリザとアマーリエが同い年で、私だけ一つ下なんだけどね。同年代の友達があまりいなかったから、一緒に遊んでたの」


「小さな村だったからね」


 言葉を付け足すのはアリザだ。


「裕福じゃなかったから、皆で冒険者に成って村を出ようってね。だから子供の頃からそれなりには鍛えたりしてたのよ」


「私は運動神経がいい方じゃないから、魔術の修練。アリザとアマーリエは剣士になるために身体を鍛えてたね」


「さすがに、フェンリットさんのように七歳の時からではありませんが。細かい年齢は覚えていませんが、少なくとも一〇歳は過ぎていましたね」


 比較対象がフェンリットだから遅く感じるが、それが普通である。


 幼いころから、戦うことを命じられ、戦いに生きていかなければいけない、そんなレールを敷かれた人間でなければ。


 その点、フェンリットは育ての親が魔女であり、彼女が教えられることといえば戦う力くらいだった。そんな女に育てられた彼が、子供のころから魔術を習うのはある意味でそれも普通だろう。


 それだけの英才教育を受けて弱かったら、シュトルムに怒られるかもしれない。


 食事を終えた後、アマーリエの提案によって二人は町を案内してもらうこととなった。


 個規模ながら薬を売っている店や、冒険者ご用達の装備店、他にもおすすめ出来る飲食店や、日用法具の販売店など、様々な場所を教わった。


 中でもシアが一番喜んだのは食べ物の出店で、昼食を終えて僅かしか経過していないのにフェンリットへおねがりをしていたりした。


 有意義な時間はあっという間に過ぎていき、夕暮れ時。


 空がオレンジ色へと変わってきた頃に、解散という流れとなった。


「今日はありがとうございました。シアも楽しんでいたので良かったです」


「なんですかその保護者目線な発言は⁉」


「ああもう大きな声を出すのはやめないか。周りの人に迷惑だろう?」


「ぐぬぬぬ……」


 その様子を見てリーネらがクスクスと笑い出した。


「なんか、シアさんとフェンリットくんってあべこべだね」


「それは存外私が子供っぽいと言っているんですか、リーネさん」


「存外っていうかシア、お前は普通に子供みたいだぞ」


「へえ? じゃあどこが子供っぽいのか教えてくださいよ。ほれほれ」


「両腕で胸を押し上げながら言うな身体の話をしているんじゃない。そういうところだよ」


 確かにシアの胸は大きいしプロポーションも抜群である。しかし問題はそこではなく、精神年齢の話だった。


 シアの実年齢をフェンリットは知らない。


 聞いたところで答えてくれないのは目に見えているし、「女性に年齢の話は厳禁です!」などと言うに違いない。


「確かにシアの胸は凄いわよねぇ。あたしにも分けてもらいたいわ」


 そんなことを言いながらアリザは自分の慎ましやかな胸を両手で抑える。


 胸の話になってフェンリットが居たたまれない気分になっていると、視界の端でアリザがアマーリエの背後へと回り込んだ。


「その点、アマーリエの胸も結構すごいわよねえ!」


「ひゃっ⁉」


 アマーリエの脇の下から二本の手が伸び、彼女の胸を鷲掴みにした。


「アリザ、ちょ、っと、やめ……!!」


「なはははっ!!」


 クールな雰囲気のあるアマーリエが顔を紅潮させる姿に、フェンリットは目を奪われる。


「なーにを注視してるんですか、フェンリット」


「言っておくが、男ならだれでもこうなる」


 シアのジト目をすげなくあしらい、頃合いをみて彼は三人に向き直った。


「それでは、また」


「――そうですね。次は、山賊討伐の報酬が入った時にでも」


 フェンリットの言葉に、普段通りに戻った――ただしまだ顔が若干赤い――アマーリエが応じる。

 ギルドに通っていれば会うことができるだろう。


「またねフェンリットくん! シアちゃん!」


「じゃあねー」


 手を振るリーネとアリザが踵を返して去っていく。


 彼女らの後を追うように、アマーリエが一礼して振り返っていった。


 夕暮れ空のオレンジ色は時間と共に濃度を増し、今や赤といえるほどになっていた。


 もうすぐ日が暮れる。空が暗くなる前に宿へと戻りたい。


「さて、ギルドに向かうか」


「そうですね」


 先日確認したギルドへの道を思い出しながら、二人は人の流れを進んでいく。


 そして、やっと目的の建物が見えてきた。


 ――その時だった。



『きゃぁぁぁああああああああああああああああああ!!⁉⁇」



「――ッ⁉」


 女性の悲鳴が鼓膜をたたきつけ、二人は思わず足を止めた。


 暴漢もしくは窃盗にでもあったか?


 様々な可能性が二人の思考を巡るが、そんな考えは一瞬で淘汰された。


『何で⁉ どうしてこんなところに!!』


『魔物だ!!』


『町の中に突然魔物が現れたぞ!!』


 悲鳴から連鎖するように、人々の注意喚起や疑問の声が叫び声となって町中に響き渡る。


(町の中に魔物が現れた……?)


 訳が分からなかった。


 門番を蹴散らして堂々と入ってきたのなら分かる。


 町を覆うように張られた策を蹴り破って来たのなら分かる。


 だが、"突然"現れたというのはどういうことだ?


「おかしいですね。普通、魔物が入ってくれば内部に来るまでに警報が鳴るはずです」


「ああ。姿を確認できなかった……? 瞬間移動でもしたのかよ」


 とはいえ、呑気に会話をしている暇はない。

 二人は揃って悲鳴の上がった方へと駆けだした。



 

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