『僕』
8月26日
「ぃえーい、いえーーい、いけーい」
幼女が右腕を天高くつきだしながら、おじいさんの背中におぶってもらっている。
初老のおじいさんは息が切れているのに、幼女は、幼女自身の歓声によって聞こえていない。おじいさんを加速させる。息が漏れている。子供の無邪気さに一生懸命答えようとする大人の愛と、孫のために頑張るおじいさんにかわいさを覚えた。下校中のことだった。
僕は、今日、これから彼女の家に向かう。浅羽さんの家だ。何が悪いか。彼女は僕を欲している。僕もまた……。
自転車に鍵をかけて、玄関のチャイムを押した。
「桜庭君、中に入って」
「お、おう」
不穏な空気。彼女が、男を入れることになんの抵抗もないはずがない。
「私の部屋、こっちだから」
案内する口調も、どこか堅い。
「浅羽さん、」
「しっ」
人差し指を口元に当てて彼女は、
「親が帰ってくるかもだから、あまりうるさくしないでね」
「わ、わかった」
緊張が、空気を伝って彼女に伝わっているんじゃないかって思う。
二階、木製の手すりを伝って彼女の部屋に入った。
白を基調とした、家具がそろえられ、女の子らしい部屋とは、ピンク色のばかり想像していたがどうやら、そうでもないらしい。無駄なものがないといった感じで、清潔感はあるが、僕はなんだか落ち着けなかった。
「そこにバック置いて」
ベッドの脇にバックを下ろした。
「ねえ、桜庭君、私のこと好き?」
僕の肩に手を回して、じっと見つめた。急にそんなことを聞いてくるもんだから、驚きと焦りが心を揺さぶった。
「うん。好きだよ」
嘘を言った。彼女のその、表情筋の強ばりがだんだんと、和らいでいくのがわかった。僕は、そういう表情をした。
ふっ、と彼女は優しく微笑んだ。
そっと、目をつむって、彼女は僕に顔を近づけた。その顔がかわいらしかった。薄紅色の唇が、艶めかしく光った。
その唇に触れると、彼女の吐息が漏れた。
「私のこと好き?」
彼女は、聞いた。力強く。
「好きだよ」
どこか、上辺だけの言葉は、彼女にあまりいい印象を持たれなかったみたいだ。
白い毛糸で織られたセーターに手をやった。
「くすぐったい」
顔をしかめた。
すべすべとした、肌を手全体で感じながら、セーターをめくる。
彼女が、目を逸らした。
薄暗い、カーテンを閉めたその部屋。彼女の視線は、窓の方へ寄った。
下着に軽く触れると、小刻みに体が震えた。僕の背中に力が入る。
背中に手を回し、ホックを解いた。
僕は、その一連の動作を感情のない手つきで、行った。彼女の目を手で隠した。下着が床に落ち、また僕は彼女にキスをした。
ベッドに押し倒し、彼女の胸をもんだ。顔が紅潮している。僕も、彼女も。
びくびくと体を打ち震えさせる。
首筋から、手を這わせ、胸、腹、腰へと手をやった。ズボンを両手で脱がせ、その間、舌と舌を絡ませ、パンツの中へ手を入れた。
腰が度々わずかに震える。
彼女は、僕の服を脱がせた。
僕の虚ろな目が彼女の瞳にしっかりと映った。いけない。
僕は、優しく微笑み、深く、
「ゆっくりでいいから、落ち着いて」
息を吐いて言った。
彼女の恐怖が、彼女の指先から、伝わってきた。
少し苛立った僕は、彼女を急かした。
事後、僕には、あのおじいさんの姿が遮った。それが、どうしても不愉快で、不愉快で、そして寂しかった。
「桜庭君」
彼女の声が、部屋に重く残った。
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