第5話夕暮れのプロポーズ

 残暑が退いた町に秋の風が吹いている。

 尚樹と早苗は、スーパーのレジ袋をそれぞれ片手にぶら下げて、暮色が迫る土手を歩いていた。

「早苗のオムライス、久しぶりだねー」

 尚樹が今にも鼻歌を歌いそうなほど弾んだ声で言った。

「大盛りで作るから、いっぱい食べてね」

 尚樹のその無邪気な姿が愛しくて幸せで、早苗は目を細めた。

 今まで早苗はそれなりに恋愛経験を積んできたつもりだった。相手のために綺麗な格好をして、流行りのデートスポットに出かけて、常に相手との繋がりを求めて足掻く。そんな恋ばかりだった。しかし、尚樹は違う。袖の伸びたカーディガンも、手を繋がなくても安心できる距離感も、早苗には心地よかった。

「良いよね、こういうの」

 込み上げた幸福感が、ふわりと口から溢れた。

「ん?」

「一緒に買い物して、同じ家に帰って、同じものを食べるの。ずっと尚樹とこうしていたいな」

 飾らずに素直に気持ちを口にすることも、尚樹に教えてもらった。五回目の恋で、早苗は初めて等身大に愛することを知ることができた。それが嬉しかった。

 並んで歩いていたはずの尚樹がピタリと歩みを止めた。

「尚樹?」

 早苗が不思議に思って振り返ると、尚樹が片手で口元を隠して頬を紅潮させていた。

「今の、逆プロポーズってやつ?」

「えっ! いや、そういうつもりじゃなくて」

 早苗は慌てて手を振る。そして、自分の言った言葉を反芻した。先程の台詞を頭でなぞって、自覚すると一気に羞恥心が込み上げてくるものだ。早苗は自分の頬が発熱するのを感じた。

「俺も、早苗とずっとこうして過ごしたいよ。おじいちゃんとおばあちゃんになっても」

 尚樹が紅い頬のまま、真面目な表情で早苗を見た。

 あまりに真剣な眼差しに、早苗の心臓がせわしなく脈打つ。それに反比例するように早苗の思考は鈍くなり、尚樹の言葉の意味をなかなか理解しない。

「プロポーズのつもりなんだけど」

 ぽかりと口を開けたまま微動だにしない早苗に、尚樹が苦笑交じりに言った。

「早苗さん」

 いつもと違う呼び方で尚樹が早苗を呼ぶ。

「僕と結婚してくれますか?」

「はい」

 早苗は尚樹の穏やかな声に導かれるように頷いた。

 どちらからともなく照れ笑いを浮かべ、二人は再び土手を歩きだす。

 今日最後の陽射しが、二人を祝福するように目映く輝いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る