第3話unrequited prom
極彩色のプロム会場。ステージで演奏するバンド。ゴージャスに着飾った女の子たち。その中で黒いサテンのロングドレスを纏った彼女は際立っていた。
次々と話しかけてくる男たちを上品な微笑みで躱す。
女王蜂と呼ばれる彼女は男を引き寄せる。しかし、彼女が隣を許す男は一人だけ。
「シャーロット」
グラスを二つ持ったルーカスが彼女に話しかけた。
「あら、ルーカス。あなたも来ていたのね」
シャーロットは男たちに向けた微笑の仮面を脱ぎ捨てた。勝ち気で高慢な冷笑こそが、彼女の本来の顔である。彼女の本質を理解しているルーカスは気にすることなくシャーロットから見て右手の席を見た。
「ここ、いいかな?」
「ええ」
ルーカスはシャーロットの返事を聞いて椅子に座った。そして、片方のグラスをシャーロットに差し出す。
「何?」
シャーロットはすぐに受け取らずにルーカスに尋ねた。
「スパークリングウォーターだよ。眠気覚ましにどうぞ」
「私、眠そうに見えるかしら」
「見えないけど、今日は早起きしてドレスアップしてたんでしょ?」
だから眠いんじゃないかと思って、とルーカスは言った。
「……ありがとう」
シャーロットはようやくグラスに手を伸ばした。
「あなた、こういう場所は嫌いじゃなかったかしら?」
「アンジェラに誘われてね」
ルーカスの柔らかい視線の先では、アンジェラが友だちは男たちと談笑している。
「相変わらずのお人好しね」
シャーロットは不機嫌に呟いた。自分の幼なじみが他人に良いように使われるのが我慢ならないのだろう。
「ところでザックは君が一人で居るのを知っているのかい?」
ルーカスはもう一人の幼なじみに目をやる。フロアの中央、大勢の女の子たちを侍らせているザックに冷ややかな視線を送る。
「多分、知ってる」
シャーロットは淡々と答えた。
「私をどこかの金髪の子猫ちゃんと見間違えてなければね」
彼女の皮肉めいた言葉に、ルーカスは困ったような笑顔を作った。
「ザック、よく踊るよね」
重い空気を変えるために、ルーカスは再び話題を変える。
曲が終わって女の子たちが去ると、他の女の子たちがザックの元にやってきた。先程から何曲も繰り返している。
「見てるこっちが疲れてしまうよ」
ルーカスが苦笑する。シャーロットはそれを横目で見て、すぐにザックに視線を戻した。
「彼はタフだから」
抑揚のない口調でシャーロットが言う。
「タフだし。バカだし。女の子大好きだし。配慮に欠けるし。パートナーを放置する愚か者」
「……さっきから言ってるの、不満ばかりだよ」
ルーカスは戸惑った。彼女の声には怒りも呆れもない。かといって許したり諦めたりしている様子もない。
「ええ、不満だわ」
シャーロットはすっと目を細めた。
「でも愛してるの。私の左隣は彼のものだし、彼の隣は私の場所よ。どんなによその女の子に目移りしても変わらない」
顎を上げて、氷の表情。執着心以外の全ての感情を凍らせて。
「そのためなら私は魂だって差し出すわ」
ルーカスは背筋に冷気が駆け抜けるのを感じた。
「彼の隣は私のもの」
呪いのようにつぶやいたシャーロットから目が離せない。その酷く恐ろしくも美しい横顔に目が釘付けになった。
何故、彼女はそれほどに彼に執着するのだろう。何故、自分はそんな彼女に惹かれるのだろう。その思いの一部でもこちらに向けられたら、どれほど幸せだろうか。
「シャーロット」
ザックの声で、ルーカスは我に返った。シャーロットの横顔には普段の微笑の仮面。その微笑みに集中する羨望の眼差し。
「おいで。お姫様」
ザックが差し出した手に、シャーロットが自らの手を重ねる。
バンドがロマンティックな曲を奏でる。
フロアの中央に歩み出る二人。
プロムはもうすぐ終わり。
ハイスクールライフも終わり。
だけど、この不毛な恋は終わらない。
願わくば、彼女の呪いが実を結ぶように。
ルーカスは密かに祈った。
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