最終話 青い弟
「君は自分が家政婦の子だと思っていただろう。だが違う。君は立派な外ヶ崎家の子だ。そして君が目撃した幽霊こそが外ヶ崎宗一だったのだ」
消えたと思っていたのは宗一が隠された三階の部屋、つまり監禁部屋に戻った為だった。
「宗一はある日、弟見たさに部屋を抜け出してしまった。彼が監禁される前に産まれていたから弟の存在は知っていた。成長した弟は三歳になっていた。普段は保育園にでもいるのだろう。黄色い鞄には名札がぶら下がり、そこには勿論名前が記載されていた」
──宗治と
「しかし、その名札の名前は漢字だった。まだ小学校に上がる前の宗一には読むことが出来ない。しかし彼は覚えていたのだ。形は覚えられずとも……色をね」
「色」と聞いた瞬間、宗治は目の前の久山と幽霊が重なる。
そして二人は同時に深呼吸をした。
「苗字のないそれはただただ綺麗な青だった。そして外ヶ崎も後半に行くにつれ色が薄くなる青。その五文字はとても、とても綺麗な青だった」
森野の頭の中は真っ白だった。しかし視界にはしっかりと久山が映っている。だがそれも先ほどまでとは別人に見えた。
「そしてその後、小学校を上がる前に宗一は養子に出された。さすがに義務教育までは消せない。まさかその時既に、弟までも母と家を追い出されているとは思わなかった」
幽霊、いや宗一を見てしまった宗治は母親と共に家を追い出されたのだ。子どもの口に戸は立てられないという判断だったのだろう。
「大きくなった宗一は弟を探したが見つからなかった。そんな時、善次郎が殺人犯になった。もしこのまま家が無くなれば、もしかすると残っているかもしれない弟の痕跡も消える。警察の捜査がほぼほぼ終わりようやく宗一はここに入れた。だが、諦めぬ犬がいたわけ」
君だよと顎でしゃくられる。
そしてこの時点でもう全てが明かされたも同然だった。
──外ヶ崎宗一は科捜研の久山だ。
もう隠す事はない。
「宗一」は話し方を変える。
「僕は話を聞いていくうちに気が付いたよ。善次郎は隠し部屋にいる。それが見つかる前に僕は宗治の痕跡を探さなきゃならなかった。だから君をリビングに足止めする為に食いつきそうな話を小出しにして引き止めた。しかし、そこから新しい真実が浮上する。宗一が幽霊だというとんでもない空言だ。だがその空言はある事実を示していた」
──青い弟は森野ではないか。
「核心は持てなかった。まだ情報を引き出さなければならない。推理する振りをして裏へ呼び出し、独自で入手した家系図を見せる。そしてそれは全て繋がった」
放心状態の森野に歩み寄る久山。
そして目じりを下げ優しく微笑んだ。
「僕の昔話を聞いてくれたお礼にもう一つ。覚えていないようだけど、こっそり会ったあの日、紙に書かれた字にクレヨンで色を重ねる僕を見て、君はこう言った」
『じが きれい すてき』
あの時、科捜研で口をついて出た言葉が繋がる。そしてその弟の言葉は兄を救っていた。
「僕の共感覚は気持ち悪い物でも「外ヶ崎の汚点」でもなかった。ありがとう宗治。やっと見つけたよ」
兄は涙を流す。弟も涙を流す。抱き合い、同じ血を分けた涙を拭い合う。
そして交差したお互いの瞳からは涙が消え、犯罪と戦う色を纏い始めていた。
「さて応援を呼ぶ? ここまで話したからには最後の意図である「兄弟で父親を逮捕しに行く」もくみ取ってくれると嬉しいね」
肩を竦めた久山の目の前には既に拳銃に手をかけた森野の姿。
「さすが僕の青い弟だ」
そして久山は手慣れたように壁に仕込まれていた扉を見つけた。そして森野は銃を構える。
頷くタイミングは同じ。
──ガチャッ
開け放たれた扉。
膝をつく父親・善次郎。
その奥では名前よりも深い青がキラキラと光っていた。
あおの一族 冬澤 紺 @w_n_
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