第三話 五色の折り紙

何も言わない三田は、項垂れながら横田と屋敷を出た。横田は去り際「ヤツは屋敷の中に居る可能性が高い。よくやった。お前もな」と耳打ちし、久山にも目配せをした。

 久山が「どっこいしょ」と高級なソファーに身を預ける。そしてポケットに入れていた封筒で扇ぎ始めた。


「凄い記憶力ですね。特技ですか?」


と森野が言う。扇ぐのを止めた久山が封筒で自身の顎をつつく。


「特技ねえ……んー。緑とオレンジ君になら教えてあげてもいいかな。僕ねグラフィーム・カラー共感覚なんだ」

「?」

「黒字に色がついて見える特殊な知覚現象。カラフルな上にそのおかげで記憶力が良いんだ。さっきの家計簿、最初に見た時と数字の色が違っていたからもしやと思って。どう? 役に立ったでしょ?」


まるで脳科学による捜査を見ているようだ。


「す、凄い!! 本当にありがとうございました! おかげで屋敷に外ヶ崎がいる可能性が濃厚になりました。」


もう一度屋敷を見回ろうと顔を引き締める森野。久山は彼を「ちょいちょい」と呼び止める。


「相手は仮にも殺人犯だよ。危ないんじゃない? どうせ犯人は袋の鼠だ。体を使ってやみくもに探すより、推理にふけって場所を特定した方が得策だと思うな」

何とも科捜研らしい発言だ。確かに物音を立てて相手に今の状況を察知されるよりはいい。

 森野は横田がつまずいた台車の前に座り込んだ。それに満足そうな笑みを浮かべ久山は扇いでいた封筒の中身をテーブルに並べ始めた。


「それ何ですか?」

「ん? 折り紙。精神統一に良いんだよね。推理前にはもってこいだ」


封筒から出てきたのは普通のサイズを四等分した折り紙。


「青系しかないじゃないですか」

「忘れたらいけない人の色なんだ」


青系の色が五枚、つまり五文字の名前の人だ。「この順番じゃなきゃね」とそれを並べている。右に行くほど色は薄くなる。

先が気になる言い方をする久山。しかし踏み込むのは憚られる。森野はその綺麗な色の人物を別の角度から攻める事にした。


「羨ましいな。俺は緑とオレンジなんですよね?」

「ああ。ちなみに森が緑、野がオレンジだよ。宗と治はこれとこれ」


最後の二枚を人差し指で小突く。

思い出の人と色が重なり、科捜研で会った時の記憶も重なる。


「それで名刺を見た時に「おしい」って言ったんですね」

「そう。思わず口をついてしまったよ。普段は共感覚を隠しているから秘密厳守で頼むよ」

「分かりました」


秘密の共有で森野は久山との距離が縮まるのを感じた。

しかし、急に仕事の事を思い出し立ち上がる。


「まあ焦る事ないよ。とりあえず一枚どうぞ。精神統一して推理といこうよ」


と久山が「宗」の色を渡してきた。


「せっかく警視庁の頭脳がここにいるわけだから一緒に推理しない? これなら職務放棄にはならないよ」

「えらく自信がありますね」

「知恵比べは大好きだよ。僕には勉強しかやる事が無かったからね」


また気になる発言をする。これでは久山が気になりすぎて殺人犯どころではない。

しかし、居場所が判明するかもしれないと思えばお安い御用だった。不器用な手で森野は鶴を折る。


「犯人がここにいるとして、どうして警察犬が反応しなかったんでしょ。どこか の部屋に隠れていたとしても歩いた場所さえ辿れば見つけられます。屋根裏も調べました」


厳密にいえば警察犬は反応した。だが、それは三階まで。そこから追う事ができずに、森野の先輩横田は窓からの逃走経路を思いついたのだ。


「匂いを残さずに移動……不可能だ」


森野は完成した不格好な鶴を羽ばたかせる真似をする。


「歩いていなかったとか?」

「え?」


素っ頓狂な声を出し久山を見れば、彼の人差し指は鶴をさしていた。


「屋敷の中を飛んだっていうんですか?!」


何も言わない久山。

いまだに向けられている人差し指、それはよく見ると鶴をさしてはいなかった。それはその後ろの……


「だ、台車?!」

「ご名答。台車に乗って移動すれば足は地につかない。さしずめ家政婦さんが動かしているんだろ」

「ヤツは一階に?!」

「それは無いだろうね。さすがに一階にいるのに一階に台車を置くわけがない」


と、いう事は二階か三階かと森野は上を見上げた。


「とりあえず匂いはクリアした。あとは君の推理に任せるよ。僕は意地悪だからね。お手伝いはここまで」


膨れる森野を尻目に、久山は「言っとくけど、僕が折っているのは事件に関係ないからね」と舟の続きを折り始める。


「でも部屋という部屋は探しました。もしかして幽霊に連れ去られたとか?」

「ぷははは! さすがに非科学的な事では科捜研には勝てないよ?」

「久山さんが色々教えてくれたんで、俺も白状します。俺、小学生の頃ここに来た事があるんです」


久山の手が止まる。


「君、お坊ちゃんだったの?」

「まさか。母がここの家政婦でした。それで何度か遊びに来ていたんです。その時、一度だけここで幽霊を見たんです」


 ある夏の日、先ほどの寝室で森野はボロボロの白い服を着た少年に出会った。他にも家政婦はいた為、その子どもだと思っていた。何を話したかは覚えていない。何故なら別れ際、三階の廊下で姿を消した彼を見て全て吹き飛んでしまったのだ。母にそれを話せば酷く恐ろしい顔をして口止めをさせられた。だが、あまりにも気になった森野は外ヶ崎善次郎に話してしまう。


「教えてもらえたの?」

「いえ、その後、母が解雇になってここへ 来ることはありませんでした。だから、ある意味俺にとって今回の事件は思い入れが深い」


そこまで話して非科学的な事は信じない科捜研の男を盗み見る。

久山は折り紙を封筒に直していた。

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