第二話 科捜研の久山
「
悪びれもなく「ごめんごめん」と謝ったのは科学捜査研究所の久山(33)だった。
彼と森野の出会いは数年前。鑑定を頼みに行った際に研究室にいたのが久山だった。
森野を見て目を見開いた彼が最初に言ったのは「名前は? 漢字を教えてくれないか?」だった。その時だけは二つ上で少しくたびれた久山が若く見えた。
そして差し出した名刺を見て「おしい。 緑とオレンジか」と言ったことも覚えている。普通なら「どういう意味ですか?」と聞き返すのに森野は
「字に色が見えるなんて素敵ですね」
と返した。その発言を聞いて久山はまた目を見開く。
何故そんな発言をしたのかは分からない。しかしその謎の発言に久山も何も言わず、それからはただの仕事仲間だった。
「何しているんですか?」
「お仕事だよ」
と私服の久山が分かりきった嘘をつく。ズボンのポケットからは封筒が覗いるのみで手ぶらだ。
とりあえず久山を引っ張りリビングへと戻った。リビングには樫の木のテーブルの上に一枚の紙。家計簿をパソコンのソフトでまとめた物のようだ。
よくできた家政婦だと感心する。しかし、そういう小さな個所に手がかりはある。
手を伸ばそうとしたが、横田の「おい、科捜研が何しているんだ! 帰れ!」という罵声で振り向き、その一瞬で家計簿は消える。
「あれ?」
エプロンの紐が視界の隅にちらつく。
「三田さん!」
「おい森野! どこ行きやがる! あっ、お前までどこ行くんだ! いてッ!」
森野を追いかけようとした久山を追って横田が部屋の隅の台車に引っかかった。
「なんでこんな所に台車が?!」
「大丈夫ですか?」
「お前ら二人がうろちょろするからだろ!」
自分は勝手に二階に行ったのにと心で悪態をつきながら横田を支える。そして後ろから見下ろす久山と、その奥には三田の姿。
「あっ、戻ってきたんですね! すみません。先ほどの家計簿を見せてくれませんか?」
「え? あれはええと、どこかしら。ち ょっとお待ちを」
再び消えた三田。
家計簿を隠したなら尻尾を掴んだかもしれないと思ったが、三田は10分ほど席を外した後、あっさりと差し出してきた。
同じ一枚のコピー用紙に書かれた先月の家計簿。買った個数も家政婦一人の屋敷には適した数字だった。
「不審な点はなし、か」
「ちょっと待って。それ貸して」
久山が森野の手から家計簿を奪う。そして三田に疑いの視線を向けた。
「本物は何処ですか?」
「え?」
「食料の購入個数が違う」
数字を見ていたのか?と思ったが、久山は「卵は三パックでなく六パック、キュウリは五本でなく八本」と記載されていた三十五品の正誤の数字まで言ってのけた。
そしてある事に気が付く。
「まるで二人分の食料だ」
「ひいっ」と小さな悲鳴を上げ三田が顔を両手で覆う。台車で脛を打ち付けた横田が素早い動きで三田の手首を掴む。
「パトカーまで来てもらうおうか」
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