あおの一族

冬澤 紺

第一話 森野宗治

「蜃気楼がでてらあ」

「呑気な声出さないでくださいよ、今日こそヤツを見つけないと」

「やる気満々だな。どうせ何の手がかりもないってのに」


呑気な声の横田と部下の森野宗治もりのむねはる(31)。捜査一課の刑事で、ある殺人事件の担当だ。

2人が乗るパトカーは真っ直ぐ舗装された道路を走り、目の前で幻の様に揺らめく小都市に向かっていた。

ここは大都会に隣接する埋め立て地。20年前までは更地同然の場所には、商業施設、倉庫、そして少し離れの小高い場所に一軒の屋敷が建っていて、そこへ静かなパトカーは向かう。

幾何学模様のアーチが特徴的な門に設置されているインターフォンを押す間、横田はキョロキョロしている。


「相変わらずでけえ家だな。さすがは金も……おっと」

『はい……ああ、また貴方たちですか。

「警視庁の横田です。何度もすみませんね家政婦さん。こちらも仕事なんで」


溜息と同時に切られたインターフォン。肩を竦めていると小奇麗に身なりを整え、エプロンを着けた女性、家政婦の三田さんだが現れた。


「どうぞ」

「どうも失礼します」

「いつも言っておりますが荒らさないで下さいね。物を動かす時は私を呼んでくださいね」

「分かっていますよ。では、いつも通り監視カメラの確認から」


森野が手慣れたように作業をする。

まずは屋敷の出入り口に設置されている監視カメラの確認から。

映像には三田しか映っていなかった。


「やっぱり何もないですね」

「ほらなあ」

「だから言っているでしょ、うちには殺人犯なんていません」

「では、屋敷の中を巡回させてください、ほら、行きますよ先輩!」


カメラの映像が繋がっているリビングの大型テレビを一瞥して屋敷内をうろつく。一階は生活スペース、二階は娯楽スペース、そして三階は寝室や客間だ。


「さすが大富豪・そとざき家だな。何度来ても馬鹿でかい。でも家主が殺人を犯して逃走中ともなれば一気にいわくつきの屋敷だ」

「犯行は一週間前。殺されたのは敵対する財閥の幹部。取引の縺れが原因。監視カメラに映っていたのはこの屋敷の家主、しいては外ヶ崎家の当主、外ヶ崎善次郎ぜんじろう

「あれから足取りもつかめない。行方不明になっているあたりヤツが黒で間違いないだろ。そして、最後に目撃されたのがここの屋敷だ。監視カメラには屋敷に入っていく善次郎しか映っていなかった」


横田と森野は三階へ。

長い廊下に扉が六つ。手前の一室に入ると寝室で、窓の外には海が広がっていた。


「出て行く善次郎は映っていない。そして裏に監視カメラはついていない。俺は裏に通ずるこっち側から船にでも乗って逃走したと考えている。だが、お前は違うんだろ?」


窓を叩く横田に森野は強く頷いた。


「海上警備とも連携しましたが不審な船は一隻もありませんでした。カメラの死角を使ったわけでもなさそうですし、まだ手がかりが残っているとすればここかと」

「だからって毎日、毎日来るかよ。警察犬だって何も反応しなかったんだぞ。まあいい、こっからは別行動だ。俺は二階に行く」


呆れて出て行く横田の背中を見送り、もう一度窓の外を見つめる。


「母さん」


──森野はここ外ヶ崎家に来た事がある。


 それは森野を女手一つで育ててくれた亡き母がここで家政婦として雇われていた時だ。突然の解雇で追われるように去るまで、森野は何度かここに足を運んでいた。


──ガタゴト


「?!」


転落の思い出にふけっていた森野の鼓膜を、襖を乱雑に開ける音が揺らす。階下から「何ですか貴方?!」「おい科捜研がここで何をしている!」と三田と 横田の誰かを止めるような叫び声がする。

森野も寝室から飛び出し階段を駆け下りようとしたその時、


「うわっ!」

「おっと失敬。あれ? 緑とオレンジの人じゃないか」


丁度階段を登ってきた男と衝突しかけ、仰け反る森野を男は色で表した。


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