第95話 レクリエーション

 アトラス学院で行われる全学合同での交流会。それは終末金曜日を丸一日休みにして行われる大規模なものだった。そんな交流会の裏で暗躍するアレクセイの事なぞつゆ知らず、アクア達は交流会の一夜を過ごしていた。で、カインが危惧したアクアの寝相であるが、これについては彼が手を考えていた為、問題無かった。


『確かアクア様。思考分割は出来たよな?』

『思考分割……ですか? ええ。魔術の多重起動を行う場合、サブの思考回路を設けるのは基礎の基礎。基礎的な技術です』


 基礎とは言うが、実際にはかなり高度な魔術だがな。カインは地球の魔術文明の開祖とも言い得るアクアの言葉に、内心笑う。とはいえ、今の本題はここではない。なので彼は話を進める事にした。


『それを一つ使って、身体制御をしておけ。変にアリシア嬢にみっともない姿を見せてもあれだろう? 一応、オーシャン社のご令嬢なんだからな。きれいな寝相の方が良いだろう』

『それもそうですね』


 交流会数日前。カインのそれとない助言に、アクアも笑ってそれはそうだ、と納得して頷いた。というわけで、アクアはサブの思考回路で常時身体の動きを制御して、寝相が悪い姿を完全に隠していた。そしてその副作用で、彼女にはあるまじき早起きをする事になっていた。


「ふぁー……」


 目覚まし時計のアラート音で、アクアは朝目を覚ます。そうして、何時もの優雅な様子でアラートを切ると、ベッドから降りた。そして彼女が目覚めた以上、アリシアもまた目を覚ましていた。


「ん……え? あ、そっか……おはよ」

「はい、おはようございます」


 どうやら朝一番目を覚ましたばかりで、アリシアは現状の認識が甘かったらしい。何故目の前にパジャマ姿のアクアが、と驚いた様子を見せたものの、すぐに状況を理解して朝の挨拶を交わし合う。

 そんな彼女もパジャマと言えばパジャマだが、アクアのような愛らしさがメインのパジャマではなく、大人向けのパジャマと言って良いだろう。少なくとも少女向けではない。

 とまぁ、それはさておき。寝ぼけ眼の姿を見られるのはやはり恥ずかしかったからか、アリシアは少しだけ頬を朱に染めて冗談を口にする。


「朝起きたら妖精さんが居たから、びっくりしちゃったわ」

「あはは……流石にそこまでメルヘンな服じゃないですよ」

「そう? 昨日も思っていたけれど、妖精の様に可愛らしいわよ」


 アリシアは改めて、アクアの姿を観察する。アクアの寝間着は言うまでもないが、カインがオーシャン社お抱えのデザイナーに要望を出して仕立てさせている一品物だ。というわけで、彼女の愛らしさを完全に活かすフリルの付いた可愛らしい寝間着だった。


「ありがとうございます」

「どこのデザイナーさん?」

「オーシャン社お抱えのデザイナーさんです。詳しいお名前などは知りませんが……腕の良い仕立て屋とは聞いています」

「そうね……確かに、良い生地と仕立てだし……」


 当然であるが、アリシアはこの地球上に七つしかない最高位の名家の令嬢だ。当然、彼女自身の衣服も家でお抱えの仕立て屋が仕立てた一品物で、このパジャマも質素であるが厳選された生地を使用した一品物だった。

 というわけで、彼女にはアクアのパジャマがオーダーメイドである事がわかったらしい。そんな朝の一幕であるが、それは再度のアラート音が鳴り響いた事により終わりを迎えた。


「あ……さ、着替えましょ。朝ごはんまでもう少しね」

「はい」


 一応、今日の交流会本番は学業の一環としてカウントされている。生徒会はそうではないが、部の中には教師も一緒の所もある。なので朝ごはんの時間は決められているし、その後も決められていた。というわけで、二人は少し急ぎ気味にパジャマから制服に着替えて、朝ごはんへと向かう事にするのだった。




 さて、二人の起床からおよそ二時間。朝九時だ。彼女らは再度、アトラス学院高等部生徒会として集まっていた。


「さて、全員集まっているな? 流石に逐一点呼が必要な年齢とは思いたくないが」


 勢揃いした高等部生徒会役員一同に向けて、クラリスが告げる。ここからは基本的には高等部などの学年毎に分かれて、ではないが集合は学年単位だった。


「昨日の時点で渡しているとは思うが、ここからは基本的に各学年バラバラにバラけて班分けされている。各自、リーダーの所に集合する様に」


 クラリスの言葉に、アクアは一度腕輪に表示される自身の班長を確認する。


「アクアは確かルイ先輩……だったっけ?」

「はい。後は……一年生だと……リアーナ、ドモンさん、風紀委員だとヘルトさんや飛鳥さんが一緒です」

「そっか……私はお姉さまとこのまま一緒ね。後は……」


 基本的にここからは生徒会と風紀委員が合同で行動する事になっているらしい。なお、班長は各学の生徒会長か、風紀委員長だ。なので計四つが二つで八班出来る事になっていた。

 無論、これだけではなくカイン達従者も一緒だ。というわけで、朝礼のような一幕を終えた後、アクアはカインやリアーナ、シュウジと共にルイの所へと向かう事にした。


「ルイ先輩」

「ああ、アクアくん。高等部勢も来たか。では後は、風紀委員達だけだな」

「そういえば、あちらも一緒なんですね」

「何かと一緒に行動するからな。先の勧誘活動の対処でも、風紀委員と生徒会は一緒に動いていただろう? 学生達に楽しみを提供するイベントごとを生徒会が主催するのなら、そのイベント……即ちお祭りで羽目を外す生徒達を引き締めるのが風紀委員だ。彼らの協力なくしてはイベントの完璧な成功は望めない。なので風紀委員との連携はなくしてはならないものだ」


 アクアの問いかけに、ルイは一つ今回の交流会で風紀委員と合同で行う意義を説く。そういうわけなので、例外的に生徒会と風紀委員だけは合同でレクリエーションを行うのが通例らしい。なお、あくまでも通例なので、何年かに一回は別々に別れて行っているそうだ。


「なるほど……それで、交流会でしっかりと連携を確かめておこう、と」

「そういう事だ」

「あの……ルイ先輩。一つ良いですか?」

「ああ、土門くん。なんだ?」


 ルイの語りを一つ聞いていたシュウジの問いかけに、ルイが促した。それを受けて、おずおずと言った形でシュウジが至極当然の問いかけを行った。


「あの……このレクリエーションは誰が内容を構築しているんですか? 確か順位を分ける、とは聞いていたのですが……」

「ああ、それか。確かに、君達はそれを知らないか」


 今回、アクア、シュウジ、リアーナの三人にはある共通点がある。それは言うまでもなく、アトラス学院の生徒会に今まで所属した事がない、という点だ。

 そしてルイが率いる班の大半がそうで、基本的には一年生や初等部の場合は五年生などの新入りが多く組み込まれていた。

 勿論、それだけではないが比率としては他の班よりも多かった。その次に多いのは、大学の風紀委員長が率いる班だ。パワーバランスを取る為、であった。


「無論、私ではないとも。私が内容を考えていては、競争も何も無いだろう?」

「ええ……では、誰が?」

「学内にはこういったイベントを考える為の部があってね。そこに依頼している。勿論、内容については一切ノータッチだ」

「だ、大丈夫なんですか……?」

「さぁ?」


 今までのどこか超然とした態度とは一転して、ルイは少しだけいたずらっぽくシュウジの問いかけに笑った。一応、公序良俗に違反しない、小学生から見て危険性は無い、という二点を重視してレクリエーションの内容は構築する様に、とは依頼を出している。

 そして今の所、その面で問題が起きた事は滅多に無い。が、それ故にこそ内容についてはルイさえ一切知らなかった。というわけで、そんな楽しげなルイにシュウジが再度問いかける。


「え、えーっと……では、このレクリエーションは誰が運営しているんですか?」

「先の部だ。まぁ、それ以外にもバイトで何人か雇ってくれている……勿論、別宿に泊まったので、誰も内容は知らないがね。彼らも、そういった所は漏らさないだろう。依頼だからね」

「はぁ……」


 そうなのか。ルイの返答にシュウジは生返事だ。とはいえ、そんな事をしていると、暑苦しい声が聞こえてきた。


「おぉ! ルイ先輩! 久方ぶりです!」

「ああ、ヘルトくん。君が来たという事は……飛鳥くん。君も一緒か」

「はい」


 どこか辟易とした様子で、飛鳥なるつややかな黒髪の少女が頷いた。その横では昨夜カインが一緒に酒を飲んでいた清十郎が一緒だった。なお、辟易とした様子なのはヘルトが相変わらず暑苦しいから、という一言で良い。

 後の彼女いわく、朝一番からヘルトのテンションに付いて行くのは辛い、との事である。どうやらアクアと同じく朝が弱いらしい。


「まぁ、君達が来たのなら、もう少しすれば他の者達も来るか。では、それを待つ事にしよう」

「はっ!」

「はい……」


 とりあえずは全員が来ない事にはレクリエーションも何も無い。なので他の風紀委員達が来るのを待つ間、ヘルトはアクアの方を向いた。


「アクア嬢! 昨日ぶりだ!」

「はい、ヘルトさん」

「うむ! そしてカイン殿! 昨夜はリーガが世話になった! 珍しく上機嫌なので、少々事情を伺わせて頂いた!」

「いえ……私も良い一時を過ごさせて頂きました」


 昨日はあの後であるが、どうやら風呂を上がった後もちびちびとリーガ、清十郎を筆頭にした従者達の中でも酒好きな面子と飲み交わしたらしい。

 勿論、彼らはプロの従者だ。なので翌日になり主人達の大半が昨夜酒を飲んでいた事に気付いていなかった。実のところ、あの後ナナセらとも少しだけ飲んだらしい――従者達で集まれる部屋がある――のだが、アリシアがそれに気付いた様子は一切無かった。というわけで、そんなカインにアクアが問いかける。


「何かあったのですか?」

「いえ……少々、酒を共に飲ませて頂いたというだけです。私的な場でしたので、ご報告するまでも無いかと思い話しておりませんでした」

「まぁ……カインは実は隠れてお酒が好きなんです。二十歳になって飲みだした時の事を覚えています」

「ちょ、ちょっとアクア様……その事はどうか、ご内密に……」


 どうやらこの時の事はアクアにとっては良い思い出で、カインにとっては恥ずかしい思い出らしい。思わず、と言った具合で彼が制止を掛けていた。


「おぉ、そうなのか。そういえばリーガは何時からか飲んでいたな」

「は……」


 どうやらリーガの側はいつの間にか飲んでいたらしい。とはいえ、こちらも気付かれていたのは知っているらしいのだが、どこか恥ずかしげではあった。と、そんな所に今度は清十郎を連れた飛鳥が現れる。


「オーシャンさん」

「大神さん……どうされました?」

「いえ……昨夜清十郎が世話になった、と言っていたものですから」

「……」


 飛鳥の言葉に、清十郎が一つ頭を下げる。どうやらなんだかんだ報告しなかったカインは少数派だったらしい。なお、他にも報告していないのはナナセと初音の姉妹など、女性側の方が多かった。


「今、そのお話をしていた所です……そういえば、こうやって話すのは初めてですか?」

「はい」


 一応、同じ学年かつ体育の時には一緒になる面子ではある。が、同時にクラスは別なので、必ずしも一緒になれるというわけではない。

 さらには生徒会と風紀委員で別ということもあった。こうやって長々と仕事以外の話をするのは初めてと言っても過言ではなかった。というわけで、案外話す事のなかった三人で集まって会話を繰り広げる事になった。と、そんな所に更にルイが近付いてくる。


「アクアくん。少し良いか?」

「ルイ先輩。どうされました?」

「いや、ニコルが昨夜の話をしてくれてね」


 後の話なのであるが、どうやらこの三人の会話を横で聞いていて、ルイが少し楽しげにニコルへと問いかけたらしい。君は飲まなかったのか、と。

 それで彼女は観念して、昨夜の事を報告したそうだ。そもそもこの交流会は本来、学年関わらずで交流を持つ為のものだ。こうやって従者達の交流から学年を超えての交流を持つのもまた、本来の意図に沿うものだろう。

 というわけで、それからレクリエーションの開始まで、昨夜従者が飲み交わした面子の主人達の間で交流会が持たれる事になるのだった。

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