第90話 交流会

 アトラス学院の生徒会にて行われる事になっていた交流会。それはアトラス学院という大学から幼稚園まで全てが併設されている巨大学院における全ての生徒会が参加する大きなものであった。

 というわけで、二台のバスに別れて交流会が行われるという温泉地へと向かう事になったアクアは、その道中アリシアやクラリスのヴィナス家姉妹や中等部の生徒会役員達と共にゲームに興じながら時間を過ごしていた。


「えーっと……これをチェンジすると……」


 アリシアから教わったモニターに表示されるトランプのカードを見ながら、アクアはどれを変更しどれを残すかを考える。今やっているのはポーカーだ。

 このバスの特徴としてアリシアが述べていたように第三次世界大戦以前の多人数対戦型の電子ゲームも入っているらしかったが、一応は学業の一環として行っているので駄目という事だった。

 なお、クラリス曰く本当にやりたければ旅館に到着してから、との事であった。交流会だが基本は旅行と考えて良い、との事である。とまぁ、それはさておき。アクアはカードの交換について考えた後、手札を決める。


『アクア。貴方の番よ』

「あ、はい……レイズ」

『あら……』


 アリシアはアクアが覗かせた自信に、僅かに顔を顰める。掛け金を上乗せした、という事は手札に自信がある、という事なのだろう。それを受けて、他の参加者が僅かな思慮を覗かせた。


『レイズ……ですか。うーん……』

『……ドロップ。私は降ります』


 中等部会長の御剣は僅かに悩み、中等部の副会長という少女が僅かに悩んだ後に勝負を降りる事を選択する。すでに数戦勝負を混じえており、アクアがレイズをしてきた時は素直に降りておく方が良い、と踏んだらしかった。そんな副会長を受けて、クラリスが御剣に問いかける。


『御剣はどうする?』

『……このまま行きます』

『そうか。なら、私もレイズだ』

『『え?』』


 ここに来て更に掛け金を釣り上げたクラリスに、アリシアと御剣の二人が思わず目を見開く。どうやらこれは予想外だったらしい。

 しかもいやらしいのは、クラリスは余裕の笑みを見せていた事だ。彼女も相当強い手札を抱えているのか、それともブラフか。アクア以上に判別が出来なかった。そしてアクア自身もこれがブラフか自信の現れかは、判別出来かねた。


『……』


 どうするべきか。厄介なのはクラリスは平常時では若干芝居がかった行動が得意だ、という所だろう。これが彼女の手である演技である可能性は十二分にあり得た。そうして、およそ十秒。アクアは自身の手を決める。


『さぁ、アリシア。お前の番だぞ』

『……えぇい! コール!』

『あ、私はドロップで』

『「えぇ!?」』


 自身に続けて即座に勝負を降りる事を選択したアクアに、アリシアが思わず声を上げる。その大きさや結界――声が外にもれないように展開されている物――越しに聞こえるほどだった。そうしてアクアが降りた事で、次は御剣の番となる。


『……では、僕はコールで』

『そうか……では、オープンだ』


 御剣の選択を受けて、クラリスが告げる。そしてそれと同時に、全員の手札が開かれた。


『『ぐっ……』』

『ふぅ……』

「はぁ……」


 やっぱり降りて正解だった。アクアと中等部副会長は開かれたクラリスの手札を見て、僅かな安堵を浮かべる。彼女の手札はフルハウス。アクアはフラッシュだったのだが、それより強い手だった。引いて正解だった。というわけで、敗者二人に向けてクラリスが楽しげに告げた。


『二人共、残念だったな……さて、次だ』

『っと、その前にお姉さま。これで十戦終了しましたが、ゲームを変えますか?』

『うん? ああ、もうそうなったか。最後に勝ててよかった』 


 折角色々とゲームがあるのだ。一つだけに絞る必要は無いか、とゲーム次第ではあったが十戦しては次のゲーム、とする事にしたらしい。

 なお、ポーカーの最終的な戦績としてはアクアが四勝で最多、その次がクラリスと中等部副会長の二勝、御剣とアリシアは一勝ずつとの事であった。


『それで、どうだろう。何か他にしたい物はあるか?』

『そうですね……』


 クラリスの言葉を受けて、アクアは再度ゲームのリストを確認する。と、そうして確認したタイミングで、クラリスの所に通信が入ったらしい。


『総会長。何か? ええ……ああ、もうそんな時間でしたか』


 クラリスの言葉を聞いて、アクアは少し気になってモニターの隅に表示される時計を見てみる。出発からおよそ四十分。

 後少しで到着という所だったが、副聖都から温泉地までは三百年前の戦争などの影響で若干迂回しないといけないため、まだもう少し時間は掛かる見込みだった。


『全員、一度お手洗いで停車する。必要な物は降りて行くように』


 一時間と少しぐらいの行程であるが、どうやら一度お手洗いを挟むらしい。クラリスの声が各座席のスピーカーから響く。

 まぁ、クラリスやアクア、アリシアらはそうでもないが、中学生の入りたてという生徒会役員の中には緊張している者もまだ見受けられる。緊張してお手洗いに行きたい、という者は居るだろう。配慮というわけだった。


『アクア、御剣達も。お手洗いは大丈夫か?』

「あ、私は大丈夫です」

『そうか……なら、少し付き合ってくれ。アリシアもな』

『はい』

「?」


 なにかあるのだろうか。クラリスの言葉にアクアが首を傾げる。


『実はここで一度止まるのは、お手洗い以外に理由があってな。ま、降りればわかるさ』

「はぁ……」


 楽しげなクラリスに、アクアは生返事だ。が、どうやら去年も参加した御剣らはわかっているらしく、彼らも大丈夫と言いながら降りる用意をしていた。そうして、数分。バスがサービスエリアで停車し、アクアはアリシア、クラリスと共にバスを降りた。


「ここは……」

「かつての道の駅、という所だそうよ。今でもそれ故に道の駅と呼ばれているわ」

「はー……」


 トイレ以外にも各種の土産物や土地の名産品などを使ったグルメが販売されているのを見て、アクアは僅かに目を見開いた。と、そんな彼女らへと声が掛けられる。


「なにか買いたい物があれば、買っておくと良い。普段は買い食いなぞ許される事ではないが、今日明日ばかりはそういう硬いことは抜きだ」

「あ……総会長」


 声を掛けたのは、大学の生徒会会長のルイだ。そんな彼の横にはユーディリトが一緒で、他にも初等部の生徒会役員らしい数人が一緒だった。


「ああ……クラリスくん。私は何時ものを買うが、君もだったな?」

「あ、はい……先輩は何時ものですか?」

「ああ……アクアくんだったな。折角だ。ここの名物を紹介しよう」

「ルイ先輩のこれは何時もの恒例行事みたいなものだ。すまんが、少し付き合ってやってくれ」

「まぁ、損はさせんよ」


 どこか楽しげなクラリスに対して、ルイは少しだけ冗談ぽさを滲ませて笑う。というわけで、折角なのでアクアはルイに案内されてユーディリト率いる初等部の生徒会役員達と共に、道の駅の中へと案内される。そうして案内されたのは、少しだけ蒸し暑い場所だった。


「実はここの温泉まんじゅうが絶品でな」

「ああ、それで少し蒸すんですね」

「ああ。これから向かう温泉地ほどではないが、ここにも少し温泉が湧いているらしい。それを使って蒸しているそうだ。実際、外には足湯もある」


 アクアの言葉に、ルイは一つ上機嫌に頷いた。どうやら本当に好物らしい。後年彼が大学院を卒業するにあたりここの饅頭が食えなくなる事だけが口惜しい、というほどなのであった。クラリス曰く、ルイはこう見えて大の甘いもの好きとの事であった。


「さて……ああ、奥方。久方ぶりです」

「あらぁ! ルイくん! 一人じゃない所を見ると、今年も? そっちの子とか、見た記憶があるわねぇ」

「はい。クラリスとアリシアです」


 どうやらルイは交流会の道中以外にも私的に来ているらしい。店の従業員らしい年配の女性と顔見知りらしかった。


「あぁ、そういえばそう言ってたわねぇ。もうそんな時期なのねぇ。一年が早いわぁ」

「そうですね。私もこの間来たばかりと思っていたのですが……」

「来てたわよぉ、つい先月の事じゃなかったかしら」

「ああ、いえ。下級生達を連れて、という意味です」

「あぁ、そういう……」


 やはり顔見知り、というわけで少しの間社交辞令的ではあったが、ルイは雑談に興ずる。そうして程々に雑談を行った所で、ルイが告げた。


「で、すいません。何時も通り、人数分お願いします」

「ええ。ちょっとまってね。数が数だから、用意に時間が掛かるの」

「はい」


 もともと数を連れてきたのはルイ側だ。なので待つ事に異論は無く、彼は年配の女性の言葉に一つ頷いた。そうして、待つことしばらく。ふとカインの声が響いた。


「おや……アクア様に皆様。皆様もこちらへ?」

「あ、カイン。貴方も?」

「ええ」


 僅かに驚いた様子のアクアの問いかけに、カインは一つ頷いた。と、そんな彼の横にはアクアの見知らぬメイド服の女性が一緒だった。が、そんな彼女はルイを見るなりため息を吐いており、首を振る。


「む……随分とご挨拶な対応だな」

「ルイ様。毎度毎度申しますが、大規模な布教活動はおやめください。店先にこうも連れてきては邪魔になってしまいます」

「承知している。それ故、邪魔にならないような配慮も忘れていない」


 メイド服の女性の言葉に、ルイはどこか胸を張るように告げる。どうやら王者としての風格などはあくまでも公的なもので、一皮剥けば普通の大学生と同じ様な性格なのかもしれなかった。


「そういう事ではございません。いきなり来て数を注文してはご迷惑になります、という事です」

「あぁ! 良いわよ! 毎年の事だから! それに、売上に貢献してくれてるし!」

「申し訳ありません、奥様」


 奥から聞こえてきた年配の女性の楽しげな声に、メイド服の女性が頭を下げる。この様子だとどうやら彼女はルイの世話役やお目付け役という事なのだろう。ルイがこちらに来ているのを聞いて、苦言を呈しに来たという所だった。そんな三人のやり取りを横目に、アクアがカインへと問いかけた。


「それで、カイン。貴方もおまんじゅうを買いに?」

「ええ。ここの蒸し饅頭は有名でして」

「ほぉ……確かカインさん、だったな。貴方もここをご存知で?」

「ええ。お嬢様に各地の土産物を買う事もありましたので……」

「む……アクアくん。食べた事があるのか?」

「いえ……初耳です」


 提供されていたのか? アクアはカインへと視線で問いかける。これに、カインは恥ずかしげに首を振る。


「申し訳ありません。実はここは買いには来たのですが……私の判断で取りやめに」

「そうなのですか」

「はい……ここの蒸し饅頭はお嬢様をお連れして、出来上がりを食して頂くのが一番かと思いまして」

「実に正しい」


 カインの返答に、ルイが思わず、という具合で深く同意を示す頷きをしながら口を挟む。そうして、そんな彼が若干早口に告げる。


「ここに皆を連れてきたのは、ぜひできたてを食べて欲しくてな。後で旅館で食べよう、とする者が多くてな……熱い内に食べてもらいたい」

「そういう事なのです」


 ルイの言葉に、カインもまた同意を示す。どうやら、それ故に買ったは良いが持っていかなかった、という事なのだろう。特にアクアの場合年単位で寝ている事もあるのだ。買ったものの食べられない可能性も高かった。

 と、そんな事をしていると、店の奥から年配の女性が戻ってきた。が、そんな彼女はカインを見るなり、びっくりした様子を見せた。


「はい、出来たてほやほやの……あら。カインさん?」

「お久しぶりです、奥方様」

「その服……という事は今はお仕事中? 何時もは私服だったと思うのだけど」

「ええ……あぁ、失礼いたしました。こちら、私がお仕えしておりますアクアお嬢様です。お嬢様。こちらの方はこの幸福堂こうふくどう店主の奥方です」


 どこか興味深い様子でカインを見た年配の女性に対して、カインはアクアを紹介する。それを受けて、アクアが優雅に腰を折った。


「アクア・オーシャンです。よろしくお願い致します」

「あら……はい、よろしくね。はい、これ貴方の分」

「あ、ありがとうございます」

「カインさんは別?」

「はい。偶然、こちらでご一緒に」

「そう……じゃあ、少し待ってね」

「かしこまりました」


 年配の女性の言葉に、カインが一つ頭を下げる。どうやらこちらもこちらで顔見知りと言えるぐらいには何度か来ていたらしい。

 そうして、アクアはルイの奢りというおまんじゅうに舌鼓を打つ事になり、再び旅館に向けて出発する事にするのだった。

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