第89話 道中にて

 アトラス学院において行われる部活動の交流会。それは大学から小学校まで学院全ての金曜日を丸々一日使って行われる大規模なものであった。そんな中に、アクアも生徒会役員として全学の生徒会との交流会を行うべく参加していた。

 というわけで、彼女は大学の生徒会長にしてアトラス学院全学の総会長であるルイの号令の下、目的地までのバスに乗り込んでいた。


「へー……」


 バスに乗り込んだアクアであるが、そんな彼女は興味深い様子でバスの車内を見学していた。


「珍しい?」

「はい。あまりこういった大型バスに乗る事は無いですから。もう少し小さいのなら、何度か乗ったのですが……」


 アリシアの問いかけに、アクアは楽しげに一つ頷いた。そんなバスだが、やはりこの時代になって色々と変わった所はあった。

 まずタイヤは無いので基本的に揺れる事が無い。そしてアトラス学院の学生達が乗る物なので、最高級の座席が用意されている。一人あたりの広さもかなりのものだった。とはいえ、やはり交流会という側面があるので、個室にはなっていない。あくまでも長旅になって疲れない様に、という配慮がされているだけだ。というわけで、アクアはアリシアの横。窓際に腰掛ける。


「ふぅ……」

「はぁ……やっぱり座れるのは良いわね。そうだ。アクアは聖地からこっちにまで何で移動したの?」

「電車です」

「電車……また珍しいのを使ったわね」


 アクアの返答に、アリシアがわずかに目を見開く。それにアクアが首を傾げた。


「なにか不思議ですか? 聖地だとよく電車で移動していましたし、副聖都にも電車はあったと思いますが……」

「ああ、電車での移動は別に珍しいわけじゃないわ。でも長距離の移動だと飛行機がメインでしょ?」

「はぁ……」


 長距離の移動は飛行機がメイン。アクアはアリシアの言葉に不思議そうだ。これに、今度はアリシアが訝しむ。


「飛行機、使わないの?」

「いえ、使います。けどそこまで長距離の移動をした記憶が……」


 そもそもオーシャン家の本家本邸がある場所は海の孤島だ。なので移動は基本船か飛行機しかない。そして色々な関係からカインは船を使わない様にさせており、その彼に頼まれてアクアも海流を制御して船では相当の技術が無いとたどり着けない様にしている。

 なのでカインも聖地とオーシャン家を行き来する場合は飛行機を使っており、アクアも移動する必要がある場合、基本はそれだった。というわけで、アリシアもそれなら、と納得を示した。


「んー……まぁ、たしかに少し前まで実家に居たという事だったし、聖地は路面電車とかの交通機関が発達しているものね。不思議は無いのかも」

「ええ……基本、聖地だと電車が主でした」


 アクアは基本聖域に居たが、カインとのデートで何度か聖地を歩いている。なのでその中で電車を利用したりする事もあり、電車には逆に乗り慣れていたらしかった。無論、車もある。が、それ故にこそ長距離の移動で使う飛行機は滅多に乗らないのであった。

 と、そんな事を話しながら全員の乗車を待つわけであるが、そんな中。アクアはふとアリシアがなにかをゴソゴソとしている事に気がついた。


「……何をしているんですか?」

「え? あ、あぁ、これよ」


 アリシアはアクアの問いかけに、どこか恥ずかしげに座席の脇にあったらしい袋を取り出す。所謂エチケット袋である。そしてその存在は流石にアクアも知っていた。


「エチケット袋……ですか?」

「ええ。例年、交流会でテンションが上がっちゃって何人か酔うから。万が一に備えて、ね。場所と有無だけ確認しておこう、って」

「ああ、なるほど……」


 アリシアらしい気の回しだ。アクアは彼女の言葉に一つ頷くと、自身も万が一にすぐに取り出せる様にエチケット袋の場所を確認しておく。と、そうして確認するわけであるが、そうなると色々と出て来たらしい。


「えっと……これは観光案内? あれ? この小さいものは……」

「イヤホンね。ほら、バスの座席の前。モニターがあるでしょう?」

「はい」

「それで音楽を聞いたり、ネット配信とかを見れたりするけれど……まぁ、交流会で自分の世界に入るのもね」

「そうですね」


 確かに交流会で移動しているし、折角こうやって話せる様になっているのだ。なのにネット配信などを見てそれを放棄するのは、ある意味ではこの交流会そのものを放棄するようなものだろう。なのでアクアはこれを使わない物、として奥深くに仕舞い込もうとして、アリシアが待ったを掛けた。


「待った。やると思った」

「? どうしてですか?」

「これ……実は車内の他の座席と話せる通信機の機能が備わっているの。今回用意されているバスだと、他の車輌と話す機能もあるわね。ほら、イヤホンのここの部分。コードが片方だけ外せる様になっているから、片方だけ耳に装着しておくの」


 百聞は一見にしかず。そんな感じでアリシアはイヤホンの右耳用のスピーカーからコードを引き抜いた。そうして、左耳部分とコードを座席のポケットに入れておく。そんな様子を見て、アクアもまたイヤホンのコードを抜いた。


「へー……こう……ですか?」

「ええ。ほら、これで別の学年の方と話しながら、こっちでも話せるでしょう? 座席のモニターにはカメラも付いているから、普通に顔を見ながら話す事も出来るわ」

「でもそれならいっそ、モニターにスピーカーを付ければ……」


 イヤホンをわざわざ使わないで良いし、多人数で話が出来るような。アクアはアリシアの言葉に、そんな疑問を抱いた。が、これにアリシアが笑う。


「それじゃあ、他の人の迷惑にもなっちゃうでしょう? 一応、通話時には座席から特殊な音波が出て音漏れはしない様にはされているけど、それだって限度があるわ。このバスは一般の方も使うもの」

「ああ、なるほど……」


 確かに言われてみればそれはそうだ。今回交流会という事で一台丸々貸し切っているが、実際には他の見知らぬ乗客が一緒に乗っている可能性だって十分にありえる。そうなった場合、話し声が五月蠅ければトラブルの原因にもなりかねない。それを考えて、このような形になっているのだろう。


「で、他にも実はこのバス。色々と便利というか、交流会に使えるような機能があってね……そうだ。えっと……」


 どうせなので待っている間に説明してしまおう。アリシアはそう思ったらしく、バスの座席表を取り出した。改めて言うまでもないが、当然だがバスの座席は決まっている。

 なのでクラリスがどこに居るか、というのもわかっていた。そして通信機の機能を使う場合、この座席表を頼りに、連絡を取るとの事であった。


「えっと……アクア。そこのモニターの左下のボタンを押して」

「はい……あ、番号を入れられる枠が出てきました」

「1番を。肘置きの所に数字を入力出来る簡易パッドがあるから、それを使って」

「はい」


 アリシアに指示されるがまま、アクアはモニターに現れた枠に番号を入力する。そして同じ様にアリシアもまた、番号を入力する。すると、モニターに呼び出し中という表示が出て来た。


『……私だ。アリシア。何かあったか?』

「いえ、アクアにこの座席のモニターの使い方を教えていた所です。で、お姉さまに一度そちらから掛けて頂ければ、と」

『なるほど。確かにいきなり連絡が入ってきても困るな』


 アリシアの言葉に、クラリスは一つ頷いた。そうして彼女がなにかを操作すると、唐突に通話が終了しました、というメッセージがモニターに現れた。どうやらクラリスが通話を終わらせた、という事なのだろう。

 そうして待つ事数秒。アクアの前にあるモニターにメッセージが現れ、イヤホンから少し大きな音が流れた。


「ひゃあ!」

「ああ、やっぱり。これ、誰でもどんな状況でも聞こえる様に設定がされてるから、人によっては大きく聞こえちゃうの」


 驚いた様子のアクアに向けて、アリシアが若干いたずらっぽい様子で笑って告げる。口ぶりと良い、最初からわかっていたという事なのだろう。というわけで、アクアが拗ねた様に口を尖らせる。


「もぉ……」

「ごめんごめん……でも、これでわかりやすいでしょう?」

「むぅ……で、これを押せば良いんですか?」

「ええ」


 兎にも角にも、座席1番の方が応答を求めています、というメッセージがモニターに出たままだ。つまり、クラリスが待ってくれているという事で間違いない。というわけで、アクアはモニターの応答のボタンを触れてみる。すると、どこか楽しげなクラリスが映し出された。


『ああ、つながったな……どうだった?』

「会長もご存知だったんですね……」

『当たり前だろう? まぁ、通過儀礼みたいなものだ』

「お二人共、人が悪いです」


 楽しげなクラリスに、アクアが再度口を尖らせる。こういうのも交流会の一環という所なのだろう。後に聞けば、代々生徒会の新入生の何人かはやられていた、という事で今年はアクアがその標的だった、という所だろう。まぁ、こういう事がされるぐらいには馴染んでいた、と考えてよかった。


『で、まぁ……これは実は通信機としての機能以外にも、色々と機能があってな。そうだ。折角だから、御剣なども呼ぶか』

「あ、そうですね。折角ですので一度体験してみるのが良いと思います」

「なんですか?」

「け、警戒しないで。別に今度は騙すとかじゃないから」


 若干警戒を含んだ目を向けるアクアに、アリシアが苦笑気味にまぁまぁ、と手を振った。その一方、クラリスが再び通信を閉ざした。これに、アクアは首をかしげる。


「?」

「ああ、ほら。折角だから中等部の会長も呼んでみよう、って。さっき言ってたでしょう?」

「はぁ……それは聞いていましたけど。何をするんですか?」

「さっきも言ったでしょう? この通信機には幾つかの機能があるって……まぁ、タイマー機能とかヘルスケア機能とか、今は必要の無い物とかがあるんだけど……レクリエーション機能とか遊戯の機能もあるの」

「ああ、なるほど……」


 レクリエーション機能や遊び。交流会などで使えるとすれば、その機能だろう。それを実際に使ってみよう、そしてせっかくなので中等部の生徒会役員数人と合同でやってみよう、という事らしかった。というわけで、アクアは軽くその機能一式についての使い方をアリシアから学ぶ事になる。


「という感じ。そこのメニューから選べるわ。基本は通信機やゲーム機能だと思うけど……」

「へー……色々とあるんですね。一人用から大人数で遊べるボードゲームまで……」

「あまり、熱くなりすぎちゃだめだからね」

「はい」


 見たことがないものから、見たことがあるものまで。アクアはバスのモニターに表示されるゲームの一覧に感心する。凄い事にどうやら第三次世界大戦以前のゲームも入っているらしく、本当に聞いた事がないものまであった。


「凄いんですね、これ……大戦前の物もたくさんあります」

「す、凄いって……このバス、オーシャン社のものよ? 貴方の所じゃない」

「え?」


 どこか呆れた様なアリシアの言葉に、アクアは驚いた様に目を見開く。どうやら、そういう事だったらしい。

 後に聞けば、カインがオーシャン社の大戦以前の遺物を散策する中で見つけた物を復旧して、こういう所に目玉的にインストールしていたらしかった。一応最後まで遊べるらしい。著作権などの問題はすでにその時代の者たちや企業は存在していないため、問題無かったらしい。


「……いえ、実家の仕事のこんな細かい所まで知っている必要も無いわね。とりあえず、なにか遊んでみたいものある?」

「えっと……ごめんなさい。何がなんだかさっぱりで……」

「まぁ、中等部の方で決まってるかもしれないし、それからで良いかもしれないわね」


 アクアの返答に、アリシアは一つ頷いた。どうやらこれを使って、中等部の生徒会役員達と交流を行おう、という事だったのだろう。そんな事を言っていると、再びクラリスから連絡が入った。


『ああ、私だ。御剣の方から、声を掛けてくれるらしい。あちらが整ったら、ゲームスタートとしよう』

「お姉さま。ゲームは決まって?」

『いや、まだだ。まぁ、そこらも話し合うのも、交流会という所で良いだろう。アクアもそれで良いか?』

「はい。楽しみにしています」


 どうやらアクアは本当に楽しみらしい。ゲームのリストを熱心に見ていた。そうして、そんな彼女は御剣が声を掛けた中等部の生徒会役員達と共に、道中は遊戯に興じながら時間を潰す事になるのだった。

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