第70話 謎

 リアーナの事故を受けてアトラス学院の近辺を管轄する警察署へと、証拠品として保管されていたカメラを受け取りに行ったアクアとアリシア。そんな二人であったが、そんな二人が訪れた警察署にて侵入者が発見され、一騒動起きる事になってしまっていた。

 とはいえ、そんな騒動に関しては機動隊による奮戦もありノータッチで終わりを迎え、二人はカメラを受け取って学園へと帰還していた。


「ふぅ……なんだか今週は本当に色々とあったわね」

「ですね」


 どこか苦笑混じりなアリシアの言葉に、アクアもまた苦笑混じりに頷いた。ハッキングに休校にリアーナの事故、そしてあまつさえ今の襲撃である。一ヶ月どころか一年分の騒動がこの一週間に凝縮したかの様な一週間だった。


「さて……あー……やっぱりデータは結構壊れてるわね」

「そうですか……カイン」

「はい。では、お預かり致します」


 元々データが壊れている可能性は予見されていた事だ。なのですぐに応じたカインへと、アクアはアリシアから受け取ったカメラを手渡した。そうして、それを以って本日の生徒会活動は終わりとなり、二人はそれぞれの寮室へと帰還する事にするのだった。




 さて、明けて翌日。カインは昨日の内にデータの転送を終えたわけであるが、昼頃になりオーシャン社から緊急という事で連絡が入ってきていた。


「ああ、オレだ。何か社の方で緊急事態か?」

『ああ、いえ。社の方では……というか、何時も思うんですけど、その格好。似合いますねー』

「それはどうでも良い。緊急という事で連絡を入れたんだろう? 緊急じゃないのか?」


 カインとしても緊急用の連絡アドレスに着信があった為、様々な根回しや裏方仕事を切り上げて応じたのだ。あまり時間が無いといえば、時間はなかった。

 とはいえ、怒っているわけでもない。彼に直接接触出来るのは彼の正体を知る者だけだ。この相手も百年近くの付き合いで、性格も知っている。別段気にした様子もなかった。


『ああ、いえいえ。緊急は緊急です。昨夜依頼してくださってましたカメラのデータの解析で進展がありましたので、そのご報告です』

「ああ、それか。早かったな。夕方ごろまで掛かるか、と思っていたんだが……」


 カインとしても今回の仕事は急ぎではないと判断し、社の方にもそれを伝えていた。最悪でもアクアの生徒会業務の開始までに復元できていればそれで事足りるのだ。急がせる意味もなかった。


『いえ、どうやら少し解析班が面白がって、途中で急がせた様子です』

「面白がって……?」

『ちょ、ちょっと! カイン様! 抑えて抑えて!』

「……」


 じとー。僅かに柳眉を逆立てるカインに、オペレーターが慌て気味に制止する。そうして少しの間彼女がカインを宥めるのに時間を費やし、落ち着いた所で話を本題に戻した。


『はぁ……カイン様。アクア様の事になると見境なくなるんですから……』

「主人の心配をして悪いか」

『……カイン様の場合、それを超越してるんじゃないかな……』


 カインの堂々とした返答に、オペレーターが小さく呟いた。


「何か言ったか?」

『いーえ、なんにも……で、本題です。その急がせた面白い事、というのが今回のご報告です』

「ふむ?」


 この様子から社長の職権乱用などと判断された、というわけではないのだろう。カインはオペレーターの少しだけ真剣味を帯びた様子から、そう判断する。そうして僅かに真剣味を滲ませた彼に、オペレーターが報告する。


『写真の一枚に幽霊が写っていた……だそうです』

「幽霊?」

『ええ』


 この世の中に心霊写真。確かに解析に携わった者が面白がっても無理はないのかもしれない。カインはそう思うが、同時に疑問が無いわけでもなかった。


「だが、写真は一度アクア様も含め生徒会で会報に携わった全員が確認している。特にリアーナ嬢は一度全てに目を通している。彼女は何も言っている風がなかったが……それとも、データが破損して心霊写真に見えてしまっただけではないのか?」

『ああ、いえ……すいません。これは解析を行ったチームのリーダーがそう言っていたのをそのまま告げただけです。詳細は見て頂いた方が早いかと』


 カインの疑念を受けて、オペレーターは彼へとデータを提出する。そうして送られてきた写真はやはりクラッキングの影響で若干の破損があり会報に使える様子は無かったが、顔についてははっきりと判別出来る様な形だった。


「……たんに表彰式の後に行われた夜会の写真に見えるが」

『ええ。単に表彰式の後に行われた夜会の写真です』

「ふむ……?」


 ならこれのどこが心霊写真なんだ。カインは改めて写真を確認する。写っているのはアクア、アリシア、クラリスに加えてアレクシアと紅葉だ。写真の構図なども鑑みるに、リアーナが撮影したと見て間違いない。どうやらアレクシアはアクアを甚く気に入っている様子で、楽しそうに彼女に抱きついていた。


「はぁ……あの人はまったく……アクア様も嫌なら嫌、と言わないと」

『あ、あははは……い、いえ。そちらではなく。お二人の背後をご覧頂けますか?』

「背後……? 背後というと……これは確か軍の……」


 誰だったか。カインはそう思い、記憶を手繰る。確かアクアが目覚める少し前に、フィオの秘書の一人として会った記憶があった。そうして少しして、彼は僅かに目を見開いた。思い出したらしい。


「ああ、思い出した。物資調達に携わっていた軍高官だな。確かローマの復興に関わるあれこれでフィオがかなり頻繁に会っていたな。それで代理でオレも一度会ったんだったか」

『ええ……カスト・ロザート。欧州方面で物資調達に携わっていた軍高官です』


 カインの言葉に、オペレーターが一つ頷いて名前を告げる。それについてはカインの記憶にある通りだ。そんなカストと言う男は誰かと話している様子で、相手は影に隠れてほとんど顔はわからなかったものの、なんとか判別出来る程度にはなっていた。何か真剣な話をしている様子で、どちらも顔には真剣さが見え隠れしていた。


「ふむ……話し相手は……覚えが無いな。大抵の奴の顔は覚えているんだが」

『ええ、それで正しいと思います。写真、一般には出てませんから』

「うん?」


 妙な言い方をするものだ。カインはそう思い、オペレーターの言葉に首を傾げる。それに、オペレーターは告げた。


『……ゴールデンウィーク前に聖都で起きた火災は覚えていますか? 『神話の番犬ヘル・ハウンド』の隊員が死亡した、という』

「ああ、覚えてる。予見不可能な事故で即死だった、だったか」

『はい……あの内の一人です』

「……何?」


 一気にきな臭くなってきたぞ。カインは告げられた情報に、思わず顔を顰めた。元々オーシャン社と軍は懇意にしていて、時に軍事機密の解析を依頼される事もある。世界政府にしてもオーシャン社はラグナ教団の覚えが良い優良企業という認識だ。

 技術力も信頼出来る以上、軍が協力を仰いで不思議はない。なのでこの時の事件にも若干だが協力を依頼され、特に断る理由も無かったのでオーシャン社も関わっていたのである。

 というわけで、被害者の情報も軍より提供され、それを見知っていた者がどこかのデータが紛れ込んだかと思った、というわけなのだろう。事実、カインはそう思った。


「クラッキングを受けた際に、データに混入した可能性は?」

『あり得ない、というのが研究所からの報告です』

「とどのつまり、あの夜会の場で死んだ筈の隊員と軍の高官が密会していた、と」

『はい……なお、ログによれば撮影された時間はあの襲撃があったタイミングとの事です』

「……」


 つまり、会場の大半の注意が外に向いていたタイミングで密かに会っていたと。カインはそう判断する。


「……確かに、『神話の番犬ヘル・ハウンド』の隊員であったのならそれも不可能ではないな。あの会場の警備は厳重だったが、もし邪神の手先となっていた『神話の番犬ヘル・ハウンド』の隊員であれば、全てを囮にして内部に忍び込めて不思議はない」

『どうします?』

「……この件はオレ預かりとする。研究所には箝口令を敷いておけ」

『すでに』

「上出来だ」


 オペレーターの返答に、カインは一つ笑って頷いた。脱線も多い彼女であるが、その有能さを誰より理解していたのはカインその人だ。この彼女の言葉は真実だと信じるに十分な信頼関係があった。そうして報告を受け取ったわけであるが、そうなるといくつかの指示も必要だった。


「アクア様の放課後までに、データを二つに分けてオレに送らせてくれ。一つは全ての解析結果を含めた物。もう一つは」

『不都合な物を全て隠匿したデータ、ですね』

「ああ。ああ、後それと。そうなってくると」

『そちらもすでに。また合わせて大学病院の医師についても全て経歴や関係を洗い流している所です』

「……お前は本当に安い買い物だったな」


 自身の言葉の先を読み取り、すでに指示まで終わらせていたオペレーターにカインは思わず苦笑する。ここまで有能なら言う事が無かった。


『あはは……あ、一応そういうわけですので三つ葉葵に接触を取らせて頂きましたが、問題は』

「いや、彼女なら問題は無い。言い値で買おう」

『わかりました。そのまま支払いを行わせて頂きます』


 三つ葉葵の情報の信憑性は今更考えるまでもない。彼女はこの副聖都に限ってしまえば、おおよそ全てを知っていると言っても過言ではない。

 特に今回は時間が無いかもしれない。金でなんとか出来る所について、金に糸目をつけるつもりは一切無かった。そのためのオーシャン社でもあるのだ。


「そこらの報告は急ぎ、取りまとめてくれ。オレはヴィナス家に接触を取る」

『……良いのですか? おそらく……『神話の番犬ヘル・ハウンド』が動きますよ』

「……自分の尻ぐらい、自分で拭いてもらうさ」


 僅かに伺う様なオペレーターの言葉に、カインは僅かな苦笑を浮かべる。彼としてもあまり自身の周囲で『神話の番犬ヘル・ハウンド』に動いてもらいたく無いのは事実だ。特に女神アクアという超常の存在を抱えている以上、それに気付き得る彼女らにはなるべく関わりたくない。

 が、今回ばかりは彼女らの中の裏切り者が関わっているのだ。自分達の失態は自分達でなんとかしてもらうのが筋だろう。そうして報告を一通り受けた後、カインは送られた写真を見ながら深い溜息を吐いた。


「……はぁ。面倒な事を……偶然……か? 流石にここまで見通した上とは考えたくはないんだが……」


 カインが見ていたのは、アクアを上機嫌に撫で回すアレクシアだ。彼女が策略家である事は彼は知っている。だからこそ、これを見越しての事だとは思いたくなかった。あまりに凄まじすぎるからだ。


「……」


 僅かに、カインは立ち上がるのを躊躇っていた。その顔には僅かな怯えがあり、ためらいがあった。が、アクアとその周囲の安全を守るには、彼が動くしか無い。そしてそのために自身が居る。そう彼は決めていた。


「……何があっても、あの方を守る。それが、オレの使命……だな」


 僅かに自嘲する様に、カインはそう呟いた。そうして、カインは送られてきた写真を消して、それと共に自身の迷いも抹消。ナナセと初音の所へと向かう事にするのだった。

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