第69話 警察署

 高度なハッカーによる襲撃を受け作っていた生徒会会報のデータを全喪失するという事態に見舞われたアクアらアトラス学院生徒会一同。その被害を被った愚痴を言っている所に舞い込んだのは、リアーナが帰宅中に事故に遭ったという知らせだった。

 その悲報を受け翌々日にリアーナの見舞いに生徒会代表として訪問していたわけであるが、幸いな事にリアーナの怪我は重傷というわけではなく、しかし背骨にヒビが入っているという事で入院を余儀なくされるという状態だった。

 それを受けて生徒会会報の後を若干強引に引き継いだアクアとアリシアは、それぞれの従者を引き連れて一度生徒会室に戻っていた。


「ナナセ。申請は?」

「はい。すでに申請は警察署へと受理され、何時でもとの事です」

「そう。それなら行ってすぐに帰れそうね」


 ナナセの返答にアリシアは一つ頷いた。なお、本来はここまで早くに受理される事は無いのであるが、今回は相手がヴィナス家――アリシアがクラリスを通して学院の公務として申請した――ということで特例的に対応されたそうである。というわけで、その報告を受けたアリシアがクラリスへと報告する。


「会長」

「ああ、聞いていた。まぁ、カメラが無い事には仕事にならないからな。行って来い。報道部のバックアップについては引き続きこちらから聞いておこう」

「はい……アクア」

「はい」


 そもそも生徒会会報を作ろうにもそのネタがなければ作るに作れない。一応書いた内容程度は覚えているが、それでも完璧に覚えているわけではない。なので写真が欲しいというのは事実で、データが残っているのならそれを早急に確認したい所であった。

 というわけで、クラリスの許諾を得た二人は早速とばかりに立ち上がった。そうして立ち上がったアクアが、カインへと問い掛ける。


「カイン。車は?」

「はい、お嬢様。私共が降りた時には到着する様にさせて頂いております」

「良し……カイン。運転はよろしくね」

「かしこまりました」


 アリシアの言葉に、カインは一度立ち止まって優雅に腰を折る。そうして、二人の主人とナナセを乗せてカインは一路、副聖都を管轄する警察署へと向かう事にするのだった。



 さて、少しだけ話は横に逸れる。当然の話であるが、申請を行ってすぐに申請が通るにはわけがある。その理由というのは、至極分かりやすい。


「まぁ、こういう時ぐらいヴィナス家の名前を使わせて頂戴な」

「はぁ……」


 警察署への申請などを任せきりになってしまった形のアクアの謝罪に対して、アリシアが笑って首を振る。


「とはいえ、実際には私が申請しないでもなんとかなったと思うけど……」

「そうなのですか?」

「ええ。実際、アトラスってエスカレータ方式の学院でしょう? なので自然、警察の高位高官もここの生徒会に所属していた、というのは少なくないの」


 アクアの問いかけに、アリシアが改めてアトラス学院の事を語る。これについては改めて言われるまでもない事だ。実際、<<神を支える者キュベレー>>の中にも卒業生という親は少なくない。それを当然、アトラス学院の近辺を管轄する警察署の署長達も知っていた。


「だから、基本的に警察署の署長とかが私達に忖度するわけ」

「お嬢様……些か言い方が悪いかと」

「違くて?」

「……まぁ」


 違わないが。アリシアの楽しげな問いかけに、ナナセは言葉を濁す。とはいえ、これが最適な言い方は言い方だった。


「でしょう? 実際、噂によればアトラス学院からの申請は自動的に署長にまで上がって、即座に審議が図られるとの事よ」

「そ、そうなんですか……」


 実際、今回の申請から許可までの事を考えればそれもあり得なくない。アクアはアリシアの言葉に内心でそう思う。なお、実際の所これは事実で、元々ハッキングを受けていた事を聞いていた署長が、しばらくはアトラス学院からの申請はすぐに自分に報告する様に、と告げており、結果としてすぐに申請が受理され許可が下りたとの事であった。

 無論、そこにヴィナス家の名があった事も勿論ある。最優先で処理された、との事であった。まぁ、これについてはオーシャン家でも変わらなかっただろう。両家とも、決して無碍に出来ない家だった。


「とはいえ、これで明日には仕事を再開出来そうですね」

「そうね。明日からは急いで仕事をしないと。遅れた分は取り戻さないと、ね」


 アクアの言葉に、アリシアもまたやる気を漲らせる。消えてしまったものはもう仕方がない。やり直すしかないのなら、やり直すだけだ。そしてそうと決まれば、善は急げである。


「カイン。カメラについては」

「はい。こちらはすでにデータを送る準備が出来ております。明日の朝一番には復旧に取り掛かりますので、放課後には出来ているかと」

「ありがとう」

「いえ。旦那様も頑張る様に、との事でしたよ」

「はい」


 この程度でアクアの機嫌が直ってくれるのなら安いものだ。カインはあくまでも従者の顔で彼女の言葉に頭を下げる。そうしてそんな事を話しながら車を進める事二十分ほど。アトラス学院の近辺を取り扱う警察署に到着する。


「……良し。おまたせ致しました」

「ええ……えっと、確かナナセ。受付に行けば良いのよね?」

「はい。そちらで申請をしてくれ、と」


 アリシアの問いかけに、ナナセが一つ頷いた。基本的に移動をカインが取り仕切り、ナナセが警察への申請などを取り仕切っていた。なのでどこへ行くか、などは全て彼女が知っていたのである。


「良し。じゃあ、行きましょうか」

「はい」


 アリシアの背に従って、アクアもまた警察署の中へと歩いていく。そうして受付へ行き、腕輪を使って申請書を提示した。


「アトラス学院高等部生徒会のアリシア・ヴィナスです。事故に遭った本生徒会の役員の所持品を受け取りに来ました」

「はい。ありがとうございます。少々、お待ち下さい……」


 アリシアの要請を受けて、受付がコンソールを操作して申請書に間違いが無いかなどを確認していく。そうして数分。受付が一つ頷いた。


「はい。確認致しました。腕輪に情報をお送りしますので、こちらの端末にかざしてください」

「はい」


 受付の要請を受けて、アリシアが指示された端末に腕をかざす。すると端末が少しだけ光って、情報が送信された。そうして次にアクアもまた腕輪に情報を受け取った。別に一人でも良いが、何かがあって別行動になるかもしれない。なので二人共受け取っておいたのである。それを確認し、受付が再度頷いた。


「はい、ありがとうございます。では後はそちらの指示に従って、指定の場所へお願いします」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 二人は腕輪の情報を展開しながら、受付に一つ礼を言う。これは仕方がない事だが、やはり副聖都ともなると人は多い。その分事件や相談の数は多く、要件毎に受付が分かれていたのである。というわけで、二人は腕輪の指示に従って指定された受付へと向かう事にする。


「……はい。確認致しました。では、そちらでしばらくお待ち下さい」


 申請書を確認した次の受付が立ち上がる。当然だが生徒会の備品ではあるが、同時に証拠品の一つだ。なので基本は別の所で管理されており、それは当然署内だ。アクアやアリシアが入れるわけがない。

 というわけで、受付が物を取りに行ってくれている間、四人は指定された場所で待つ事にする。と、そんなわけでしばらく待たされる事になるわけであるが、そこでアクアは興味深げに周囲を見回していた。


「……」

「珍しいの?」

「はい……警察署なんて普通は来ませんから」

「あははは。そうね。私も来た事はほとんど無いわね」


 一応小学校から生徒会役員をやっていたアリシアは、何度かあった事件に際して警察署へと訪れている。なので初めてというわけではなかったが、アクアは正真正銘初めての経験だ。素直に物珍しかったようだ。


「にしても……ここしばらくろくなことがないわね。一度お祓いにでも行った方が良いかしら」

「あははは」


 確かに今年は四月に入ってからトラブル続きだ。何かよくない事がこれ以上起きる前にお祓いに行きたい、と思っても無理はない。とはいえ、アリシアも冗談でしか言っていないし、アクアも冗談として捉えていた。


「そういえば、待つのってどれぐらい待つんでしょうか」

「そんなに待たなくて良いと思うわよ。すでに申請書は通ってるし、後は内部で少しという所でしょうし。十分ぐらいじゃないかしら」


 じゃあ、すぐに終わりかな。アクアはアリシアの返答にそう考える。なお、アリシアとて実際の所を知っているわけではないので、単に当てずっぽうで答えただけだ。が、常識的な範疇ではあるのでそこまで的はずれな意見では無いだろう。と、そんな所に。唐突に署内全体にけたたましいアラームが鳴り響いた。


「「え?」」

「ナナセさん」

「はい」


 困惑気味な主人に対して、やはり従者二人の動きは素早かった。警報が鳴り響いたのを見るや、即座に動いた。そうして彼らが動くとほぼ同時に、何かが爆発する様な音が署内の奥の方で鳴り響く。それにアクアが僅かに警戒しながら口を開いた。


「……カイン」

「……いえ、安易に動くべきではないかと」

「……ですね」


 ここは警察署だ。時代柄重武装の警察官も内部で待機している。なので何かしらの襲撃であっても対応は可能な筈だった。


『署内全体に通達! 証拠品保管庫に侵入者あり! 繰り返す! 証拠品保管庫に侵入者! 即座に各所を封鎖し、怪しい行動を行った者は捕縛せよ!』


 どうやら、状況としてはあまり良く無いらしい。慌て気味に告げられた通達に即座に警察署が封鎖され、出入りが制限される。

 と、そうして警戒する四人の所へと、重武装の警察官数名に守られた壮年の男が現れた。壮年の男はかなりの偉丈夫で、非常に鍛えられた様子があった。


「ヴィナスさんとオーシャンさんですか?」

「はい……貴方は?」

「失礼。私はこの警察署の署長をしております、アルバロ・マルティスと申します」


 警察署の署長だから内勤が多い様に思われたが、どうやらかなり武闘派らしい。普通の警察官僚の服にも関わらず、機動隊らしい武装警官にも負けない威容があった。とはいえ、同時に高度な教育も受けているらしく所作にはきちんとした慣れが見えていた。そんなアルバロがここに来た事情を告げた。


「現在、証拠品保管庫に侵入者が発見されました。賊徒の捕縛に問題はありませんが、念の為にお二人の身柄の安全を確保させて頂きたく」

「……お願いします」


 ナナセとカインの同意を得て、アリシアが一つ頷いた。そうして四人は武装警官に守られながら署長室へと案内されるわけであるが、その道中でアルバロがカインとナナセに告げた。


「お二人共、腕輪を」

「はぁ……」

「念の為、武器の使用許可を私の一存で出させて頂きます。万が一の場合にはそちらをお使いください」

「よろしいのですか?」


 アルバロの対応に、カインが僅かに驚きを露わにする。それにアルバロは一つ頷いた。


「ええ。本来、警察署内部への侵入なぞ許される事ではありません。その醜態を晒している以上、まず優先するべきはお嬢様お二人の身の安全かと」

「……ありがとうございます。万が一の場合には」


 カインはアルバロから出された許可を受け、一つ頭を下げる。現在の状況から万が一の場合が起きるとはどちらも考えていないが、万が一が起きた時に許可があるのと無いのとでは動きやすさが変わってくる。あった方が良いというのは事実だった。

 そうして署長室へ通されてから、十数分。鳴り響いていた戦闘音は次第に小さくなり、いつしか聞こえなくなっていた。


「……そうか。逃げた者たちについてはそのまま軍に追跡を依頼しろ」

『はっ。では被害状況の確認を急ぎます』

「そうしろ……おまたせ致しました」


 どうやら戦闘は終わったらしい。下で事態の収集にあたっていた人員を指揮する警官の報告を受けたアルバロから、僅かに肩の力が抜けていた。幸いな事にカインとナナセが戦わねばならない事態は避けられたようだ。そんな彼に、アクアが真剣な顔で問いかける。


「いえ……それで賊徒は?」

「申し訳ない。数名、逃げたようです。が、大半は捕らえました」

「そうですか……それで被害のほどは?」

「幸い、人的被害はさほど」


 この儚さが見え隠れする少女がこんな顔をするのか。アルバロは少しだけ驚きながらも、アクアの問いかけに答えていく。どうやら元々賊は何かしらの押収された証拠品を狙っていたらしく、内通者の手引きを受けて入り込んでいたらしい。

 そこに偶然アトラス学院からの申請を受けた受付が何かをしている者たちに気付いて、即座に警報を鳴らしたとの事であった。そうして少し話をしていると、署長室の扉がノックされた。


「署長。例の証拠品をお持ちいたしました」

「ああ。ありがとう……下がって良い」

「はっ」


 入ってきた警察官が持っていたのは、リアーナが持っていたカメラだ。どうやらこれを持ってきてくれたらしい。そうしてカメラを受け取ったアルバロはそれをアクアへと手渡した。


「では、こちらを。この度は申し訳ありませんでした」

「いえ……ああ、カイン」

「はい、すでに。アルバロさん。オーシャン社とヴィナス家より、けが人の手当てに必要な人員を寄越す手配をさせて頂きました。そちらもお使いください」

「おぉ、そうでしたか。ありがとうございます。ありがたく、使わせて頂きます」


 アクアの指示を受けたカインの話を聞いて、アルバロが一つ頭を下げる。状況からけが人が出るだろうというのはわかりきった話だ。

 なので予めアリシアとアクアの指示で両家に連絡を入れ、すぐに動かしていたのである。そうして喜色を滲ませ礼を述べたアルバロであったが、一転申し訳ない顔を見せた。


「それで、申し訳ありません。本来なら私が見送るのが筋なのでしょうが……如何せん、事態の収集があります。どうか、ご理解を」

「いえ。それが良いかと思われます。私達はご配慮により怪我一つありません。なら、邪魔にならない様に去った方が良いかと」

「ありがとうございます……お二人をお見送りしろ」

「は」


 アルバロの指示を受け、一緒に部屋で警戒をしていた武装警官の一人が頷いた。そうして、そんな彼らに見送られ、四人は警察署を後にしてアトラス学院へと戻る事になるのだった。

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