第65話 日常の裏で

 ゴールデン・ウィークが明けて、改めて学園生活を再開したアクア。そんな彼女は本格的に始動したアトラス学院高等部生徒会にて、本格的な業務としては初となる会報作りに参加する事になっていた。そんな彼女の横で、カインは相変わらず甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「……カイン。一つ意見を聞いて良いですか?」

「はい」

「この写真……どれが良いと思いますか?」


 柔和な従者の仮面を被ったカインの返答に、アクアは数枚の写真を提示する。どれもこれもが入学式の写真だ。今回、アクアは会報において二番目の大きさを持つ入学式関連の記事を書く事になったそうだ。

 なお、メインとなる表彰式はリアーナが。文章だけで表さねばならない各部の新人戦についてはアリシアが執筆する事になっていた。

 前者はそもそも会報作りのリーダー格だし、後者はこちらの方が難しいから、という事らしい。言ってしまえばアクアは本当に新人なので、写真である程度表現がフォロー出来る方を任された、というわけでもあった。


「そうですね……とりあえず、この二枚はダメでしょう」

「この二枚ですか?」


 カインが提示したのは、どちらもアリシアが中心となっている写真だ。片方は新入生代表として式辞を読み上げている写真で、もう片方は新入生の一人として国家か校歌を歌っている姿だ。

 生徒会役員一年生という事で、報道部が選んで寄越してきたらしい。そんな二枚を却下したカインは、言外に説明を求めるアクアに一つ頷いた。


「ええ……どちらもクラリス様か紫苑様が入っておりません……生徒会活動である以上、メインとなるのは生徒会であるべきです。当時のアリシア様はまだ生徒会役員ではない以上、新入生がメインとなっていては報道部の報道とさほど変わらないかと」

「なるほど……」


 確かに、言われてみればそうだ。今回は入学式を題材としているわけであるが、これは生徒会の活動を周知する会報だ。そうである以上生徒会の活動を述べるべきで、新入生を迎えた事を告知するべきだろう。


「となると、一番良いのは……」


 カインの助言を頼りに、アクアは改めて残りの写真を確認する。報道部とて全ての写真を送ってくれたわけではなく、幾つかは自分達で使ったので抜いていたし、それ以外にも彼らの手で使えないと判断された写真についてはそもそもで抜かれている。

 なので生徒会にあるのは、それ以外だ。そうしてその残りの幾つかの写真を見ながら、アクアは最終的に二枚の写真を選びだした。


「……では、この二枚は?」

「ふむ……」


 アクアの次の問いかけに、カインは改めて提示された二枚の写真を確認する。そうして、彼は最終的にその片方を選んだ。


「こちら……でしょうか」

「一応、自分で選んでおいて言うのもなんですが……この二枚で何が違うんですか?」

「そうですね。写真の構図の問題、でしょうか。どちらもクラリス様とアリシア様が写っておいででしたが……こちらはメインがクラリス様となっております。更には紫苑様も入っておりますので、生徒会の活動報告としては丁度よろしいかと」

「あ……」


 確かにそうだ。アクアはカインの指摘した点を中心に見て、こちらはアリシアではなくクラリスがメインとなっている事に気が付いた。

 ほぼ同時に撮られた写真なのだが、報道部には数人カメラマンが居るらしく片方はアリシアを、片方はクラリスをメインに撮っていたのである。


「……そうですね。ありがとう。少しこれを中心として、写真の配置や文章を考えてみようと思います」

「はい。では、私は紅茶を入れて参ります」

「ありがとう」


 一応使えるスペースは決まっているが、どこにどう写真を配置して、というのは執筆者の感性で決められる事になっているらしい。

 なのでこの場合、写真の位置を考えるのもアクアの仕事だった。勿論、他の記事との兼ね合いもあるのでその都度調整は掛ける事にはなっている。


「……」


 生徒会の役員の一人として、単なる女学生の様に熱心に業務に打ち込むアクアをカインは微笑ましげに見ながら、紅茶を淹れる。ここらは、何時も慣れ親しんだ動作だ。ただ自分の為にやるか、誰かの為にやるかの差でしかなかった。そうして、この日一日カインはアクアの補佐をしつつ、一日は終わりを迎える事になるのだった。




 カインとアクアが何時もの日々を過ごしていた、一方その頃。以前の軍内部に存在するという裏切り者達の後始末に奔走していたドライはというと、改めて遺体の司法解剖結果を聞くべく警察署へとやって来ていた。相手は軍の解剖医なのだが、少し理由があったらしく警察署に来ていたらしい。


「……では、他殺の可能性は無いと?」

「あくまでも遺体からは、です。遺体には一切の魔術の兆候も睡眠薬などの兆候も見られませんでした。全員からかなりのアルコールと別の薬物は見られましたが」

「ああ、そちらに興味はありません。アルコールは兎も角、大凡繋がりからどの様な薬物かはわかっていますので」


 つながっていた相手はサイエンス・マジック社。そして彼らが裏の財源の一つにしていたのが、最近出回り始めたという違法ドラッグだ。その中毒者と考えて間違いはないだろうし、それでなくてもよほど有名な所でなければドライに興味はなかった。


「が……これは司法解剖の結果を聞きに来た捜査官からちらりと聞いたのですが」

「ふむ……」

「老朽化で爆発が起きた、というのに間違いはないそうなのですが、どうにもそれそのものに違和感を感じている様子でした」

「? どういうことですか?」


 カインの読んでいた新聞にも出ていたが、あの一件は事故として処理されている。軍の見解としても事故になっており、内通者である事は伏せられて遺族にはきちんと見舞金も支払われている。出した方が不利益が大きい、という判断とアレクシアの温情という事だった。それを、来たという捜査官は訝しんでいるという。


「どうにも老朽化にしては、些か老朽化の程度が酷い、との事です。まぁ、彼らも専門家ではないので、詳しくわかるわけではないのでしょうけどね」

「ふむ……老朽化が……」


 元々古い建物だとは聞いていたし、実際に軍で行わせた調査でもかなり古い建物だった。なので事故が起きても不思議は無いと判断されていたし、アルコールで酔って油断している所に一網打尽だったのだろう、というのが軍の見解だ。

 油断していればどれだけの強者だろうと一緒だ。特殊部隊の隊員だろうと、この程度の爆発で死んでしまうのである。


「わかりました。ありがとうございます」

「いえ……では、私は仕事に戻ります」

「ええ」


 今回の一件で遺体の確認を行った解剖医の返答を聞いて、ドライは一つ立ち上がって彼の部屋を後にする。そうして歩きながら、彼女は少し考える。


(老朽化が激しい……考えられるのは、腐食を促す魔術ですが……そんな痕跡は見られなかった。建物全体の老朽化で、あそこ一部だけ際立って腐食が進んでいたわけでもないですし……)


 建物全体の老朽化は大差無い、というのが建物の調査を行った者たちの報告だ。こちらは<<神話の番犬ヘル・ハウンド>>が手配した人員なので検査に間違いがあった、とは考えにくい。今回の一件なのでドライとツヴァイがしっかり内通者でない事も確認している。


(……建物全体に腐食の魔術を? それだけ大規模な魔術を町中で展開して、警察も軍も把握しない可能性が無い。となると……)


 何があるだろうか。ドライはそう考えながら、歩いていく。と、そんな考え事をしながら歩くわけであるが、一度立ち止まって考えたいとドライは警察署の入り口の椅子を借りる事にした。とはいえ、割と話をしていたので喉が乾いたらしく、彼女は一度自販機で飲み物を買って、椅子に腰掛けた。


「ふぅ……」


 少し休むか。色々と考えていたし、見直したい事も多い。ドライは少しだけ疲れを自覚して、一度思考を消去。一休みを入れる事にした。と、そんなわけで一休みを入れる事にしたわけであるが、そこで怒鳴り声が聞こえてきた。


「……あれは……」


 始め何事だ、と顔を顰めていたドライであるが、怒鳴っている相手が何度か見た事がある人物だった事も相まって僅かに訝しむ。そうして見た事があった相手だった為、彼女は仕方がない、という様子で立ち上がった。


「失礼。何事ですか?」

「……貴方は?」

「貴方は……ドライさん?」

「はい。貴方はたしか……ステファノさん……でしたか? ああ、私は軍の所属です」

「これは……っ! 失礼致しました!」


 先にも言われていたが、<<神話の番犬ヘル・ハウンド>>の紋章は警察関係者なら誰もが知っている。なのでドライが提示した身分証明書を見て、応対していたらしい警察官が慌てて敬礼をしていた。その一方、柳眉を逆立てていたステファノもドライを見て少し落ち着いたのか、まずは挨拶を、と頭を下げる。


「はい……その節は娘が御世話になりました」

「? 娘……ですか?」

「ええ……夜会の折り、アレクシア様にお屋敷に招かれたと」

「ああ、そういえば……リアーナは貴方の娘さんでしたか。いえ、こちらこそ主人のわがままに巻き込ませてしまい、申し訳ありませんでした」


 やはりステファノは立場上と相手が格上の事があり、そしてドライはドライで生真面目な性格が相まって、どちらもまずは社交辞令から入らざるを得なかったらしい。とはいえ、これでひとまずの社交辞令は交わせただろう、とドライが改めて本題に入った。


「それで、如何しました? 剣呑な様子でしたが……」

「それが、その……実はあの夜会の折りに我社で撮影をしておりました者が事故に遭いまして」

「それは……ご冥福をお祈りします」


 事故に遭って、ここに居るというのだ。ドライにも大凡の事態は把握出来たらしい。そんな彼女の言葉に、ステファノが頭を下げた。


「ありがとうございます。彼は優秀な部下でした……それで、その部下の遺品を引き取りに来たのですが……」

「何かありましたか?」

「それが、その……データが全て消えてしまっていたのです」

「データが? 全てですか?」


 どういう事だ。ステファノの言葉に、ドライが訝しげに首を傾げる。現代の機器だ。数百年前ならまだしも、多少の事故でも十分に耐えられる様な強度を持つ。更には大凡全ての機器がネットワークにつながっている為、即座にデータのバックアップを取る事だって可能だ。

 そのデータが普通の交通事故で失われたとは、些か考えにくかったらしい。そうして、ステファノが悼ましげな顔でドライへと事情を語った。


「ご存知とは思うのですが……我々報道関係者は情報が漏れる事が無い様に、基本的にカメラの内部情報はネットを介しては社のデータバンクには共有しておりません。ですので、このカメラの中にあるデータだけが、彼が遺した全てだったのです」

「それは把握しています……会社へは持ち帰らなかったのですか?」

「実は……彼にとって初の単独での大仕事でして、些か撮りすぎたか、と近くの喫茶店で見直していたとの事です」


 大仕事を成し遂げた自分へのご褒美で、店で最高級のコーヒーを飲みました。電話口で部下がそう満足げに語っていたのを、そしてそれに自身が褒め言葉を送っていた事を、ステファノは覚えていた。そうして、彼はその後の事を語る。


「それで……事故の間際。電話口で彼がとんでもない写真が撮れている事がわかった、と言っておりまして……」

「とんでもない写真……ですか?」

「はい。それが、その……幽霊が写っていた、と」

「……はぁ?」


 ふざけているのか。一瞬、ドライは言われた意味が理解出来ず思わずしかめっ面をしてしまう。が、これはステファノも部下の言葉をそのまま語っただけで、彼とてそのまま受け取ったわけではなかった。


「ああ、いえ。勿論、そんな幽霊が写っていたわけではないと思います。おそらく、何かそう言い表すに相応しい何かが写っていたのだと私達は解釈しています」

「ふむ……で、それを調べる為に来た、と」

「はい……ですが、その肝心のデータが消えた状態でして……」


 僅かに怒りを湛えながら、ステファノがやるせなさを滲ませる。これに、ドライも何か作為的な物を感じざるを得なかった。とはいえ、一方だけで決めつけるわけにもいかないので、彼女は改めて警察官の側から話を聞く事にした。


「それでデータが消えていた、というのは?」

「はい……これは正式な証明書が出ています。こちらを」

「ふむ……」


 確かに、これは正式な証明書だ。ドライは空間上に投影された証明書を見て、一つ頷く。それは警察が正式に発行しているもので、きちんとした証明も入っていた。


「そうですね……確かに、これは正式な……ん?」

「どうしました?」

「いえ……」


 自身の権限を使って証明書の詳細を確認していたドライであるが、そこで一つの訝しみを得ていた。確かに証明書は正規の手続きで発行されていたのであるが、そこに記されていたメーカによるデータ復旧の試み――事件性がある場合規則として行われる――に違和感を感じたのである。


「通常、データの復旧の場合現物を持ち運ぶ事になります。事故が起きたのがこの日ですから……全ての申請が最速で受理されたとて、些か可怪しい。早すぎる。何か特別な対応をしたとは?」

「いえ、何も……」

「ふむ……」


 どうやら、些か面倒な話になってきたらしい。ドライはそう判断し、寄り道だが、とは思いながらも判断を下した。


「ステファノさん。カメラを一度軍でお預かりしてよろしいですか?」

「最後にお返しいただけるのでしたら。この際、スクープ云々より、彼が何を知り、殺されたのなら何故殺されねばならなかったのかが知りたい」

「わかりました。もしもの時には守秘義務契約を結んでもらいますが、カメラは必ずお返ししましょう。後ほど、軍より正式な書類はお送り致します」

「お願い致します」


 ドライの返答に、ステファノは遺品のカメラを手渡した。どちらにせよ彼は報道局の局長なので許可を出す立場だ。この場で渡しても、相手がドライである事も相まって問題にはならないと踏んだらしい。そうしてカメラを受け取ったドライは、改めて警察官に告げる。


「……この事は私の権限により、箝口令を発令させて頂きます。貴方も後ほど調書を取る事になります」

「はっ」


 どうやらこの警察官は違うらしい。何かが起きていると察して即座に命令を受諾した警察官を見て、ドライは内心でそう判断する。そうして、ドライは一度預かったカメラを軍の解析班に渡すべく、基地へ戻る事にするのだった。

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