第33話 愚痴

 聖都グランブルー。アレクシアを筆頭にした七人の英雄<<聖なる七つの星スターズ・オブ・セブン>>が政治を行う現在の世界の中心。世界で最も復興が進んだ都市。アレクシアが子孫のアリシアと共に帰還したのは、ここでアトラス学院の生徒達への表彰式が行われる為だ。

 アレクシアがアリシアの所に向かったのは、あくまでも祖先として子孫を表彰する為。それに対してここで行われる表彰式は英雄として英雄達を称する為だ。なので今回の表彰式に合わせて子孫が殆ど関わっていなかった者たちもまた聖都に集まる事になっていた。


「……」


 そんな聖都の方角をカインは眺めていた。あそこには今、<<聖なる七つの星スターズ・オブ・セブン>>の七人全員が集まっているという。その中には、あの男も居るのだろう。カインはそう思う。


「……カイン」

「……あ、はい。お嬢様。如何なさいました?」

「どうしたんですか、ぼぅとして……」

「いえ、今日は良い天気だな、と思いまして……」


 カインは気を取り直して生徒会室の窓から空を眺める。かつて大阪と呼ばれた地とかつて京都と呼ばれた地だ。その距離は非常に近い。故に、天候は殆ど変わらなかった。


「……」

「気になるんですか?」

「……わかりますか?」

「何年一緒だと思うんですか?」

「数え切れませんね」


 アクアの冗談めかした問いかけに、カインは笑いながらわからない筈はないよな、と負けた様に微笑んだ。カインは彼自身が言っていたが、かつてアクアに拾われた身だ。では、ここで一つ疑問があるだろう。拾われたという事はアクアが拾ったという事。ではその彼女とはどこで出会ったのか、という事だ。

 当然だが、あの当時の彼女は人里に近寄る事はなかった。今でこそ美少女の姿であるが、カインその人もアルマその人も言っていた様に出会った当初は白鯨の姿だった。あの姿で人里に出ていれば今頃大騒ぎだろう。そもそも美少女の姿を取ったのとて当時のカインの為だ。そうなっていない時点で、両者の出会いは人里ではない。


「……アレス家と貴方は因縁……でもカイン。少しは我慢出来るでしょう?」

「……さぁ……どうなのでしょう」


 アクアの問いかけにカインは僅かな苦味を浮かべる。そんな彼が見る方角はやはり、北。聖都がある方角だ。

 と、そんな彼の呟きと内心の様々な感情を斬り裂く様に、電子音が鳴り響いて扉が開いた。そうして入ってきたのは、風紀委員会委員長のレヴァンである。

 既に生徒会は新たに見繕っている人員を除けば全員揃っているので自由に入ってこれるとなると彼ぐらいしか居なかったが、それでもクラリスの顔には驚きがあった。


「……はぁ」

「レヴァン? どうした、珍しいな。お前が仕事でも無しにこちらに来るのは。それともお前のアポを私が忘れたか?」

「すまん。どうしても少しだけこちらに来たかった」


  レヴァンはそういうと、クラリスの許可も得ずに来客用の椅子に思いっきり寝そべった。どうやら相当な疲れが溜まっているらしい。風紀だ規則だ礼儀作法だ、とうるさい彼が生徒会は仕事中にも関わらずこんな姿を見せるのは非常に珍しい事だった。


「はぁ……お前の所は良いな、クラリス」

「なんとも言えん言葉を唐突に投げないでくれ……」


 レヴァンとは長い付き合いだ。クラリスはもう何が起きているかわかっていたのだろう。故にだらけた様子を見せるレヴァンを窘めようともせず、それどころか若干の呆れ混じりに初音へと彼へお茶と茶菓子を出す様に命じていた。


「すまん……はぁ。まぁ、こちらに来たのは向こうでは流石にこんな姿は見せれんのでな。変な話だとは思うが、自分の城たる委員会室よりこちらの方がくつろげる」

「疲れている理由はわかっているさ。それで君の疲れが少しでも癒えるのなら、好きにすると良い」


 初音から差し出された紅茶を飲むレヴァンを見ながら、クラリスは仕方がない、と好きにしてもらう事にする。と、そんな彼女であるが流石にアクアとカインの二人が呆気にとられているのを見て口を開いた。


「ああ、二人は何があったかわからないか。アリシアから聞いたかもしれんが……この間私達はイギリスの実家に帰っていてな。それに合わせてレヴァンも実家に帰っていたんだ。そこで、だと思ってやって欲しい」

「すまん。本当に後一時間程度だけ、目を瞑って見なかった事にしてくれ」


 クラリスの執り成しに対して、レヴァンもまた深々と頭を下げる。それは何時も通りであるがどこか何時もより丁寧で、申し訳ないと心の底から思っている様子だった。と、そんなレヴァンに対してクラリスが立ち上がり、紫苑に手を振った。


「紫苑。すまないがしばらく頼まれてくれ」

「はい」


 仕方がないな。立ち上がったクラリスに対して、紫苑がそんな感じで頷いた。それにクラリスも来客用の椅子に腰掛けた。


「何があった? 今更だ。愚痴ぐらいなら聞いてやるぞ」

「すまん。何時も何時も世話になる」

「良いさ。何時もの事だからな」


 どうやらクラリスも慣れているのだろう。爽やかにそう笑うだけであった。そうして、寝そべっていたソファから上体を起こしたレヴァンが愚痴を言い始めた。


「はぁ……まぁ、別に表彰してくださる事そのものには問題はない。それどころか有り難い事だと言って良いだろう。だが、まぁ……なんというか……はぁ」


 レヴァンは盛大なため息を吐く。それが何よりも、彼の疲れた様子を表していた。


「一応、曲がりなりにも各所の高位高官が集まっている場に女連れはどうなのだ、と思うのだがな。いや、女性同伴は悪い事ではない。それどころか当然だろう。が、それはそれでも幾ら何でも……」

「ははは……何時も通りといえば、何時も通りだったわけか」

「ああ……開口一番。姉貴に言われなけりゃ来なかった、と仰っていた……出来れば来ないでもらいたいのだが」


 あのレヴァンがこんな愚痴だ。この時点で相当な厄介な事があったのだろうというのは想像に難くない。なお、この女連れというのを単なる女連れと思うのは非常に間違いだ。女連れというのは娼婦を連れてきた、という事だろう。それを堂々とやるのだから、手に負えなかった。


「何故あれがアレクシア様の弟なのだ……心底、心底、疑問でしかない」

「ま、まぁ……アレクシア様も弟君に甘いのが唯一の欠点と言われるお方だ。人間、どうしても一つ二つは欠点があるものなのだろう」

「……」


 じとー、とレヴァンはクラリスを睨みつける。これが確かに完璧人間ではない証、愛嬌があるというのなら良いのだろうが、逆にアレクセイは何が長所なのかと思うほどの厄介さだ。


「であれば聞かせて貰いたいのだがな……あの方の長所は何だ?」

「……」


 レヴァンの問いかけにクラリスは思わず沈黙するしかなかった。と、それは本来はこういう場合に即座にフォローを入れるべき初音やその会話を小耳に挟んでいたナナセ、ひいてはアリシアも同様だった。と、言うわけでカインが口を挟んだ。


「あの方の長所でしたら、やはり軍事面において他なりません。確かに性格には難あり、百害あって一利無しというしかないお方ですが……彼の軍略的な視点は間違いなく、時の世界政府の高位高官にとって悪夢に違いありませんでしたよ。当時のクーデター派……まぁ、俗に言う現在の主流派の軍人達からはそれはもう信頼されていたそうです」

「「「……」」」


 ぽかん、とレヴァン以下いわゆる英雄の子孫達の中でもアレクシア・アレクセイ姉弟に連なる者達が呆気に取られる。

 通常、こういう彼の事を話し合う時には誰もが彼については口を閉ざす。それを大真面目に称賛した人物は彼女らをして初めて出会ったと言うしかなかったらしい。


「そ、そうなのか……だが軍といえばやはり皇龍様ではないか?」

「<<武士道ミスター・ブシドー>>、<<最強の侍サムライマスター>>、<<恐れ知らぬ剣士ブレイヴフェンサー>>の皇龍様ですね。確かに、あの方も軍事に掛けては優れた見識をお持ちですが……彼の方は個としての戦闘能力に特化していらっしゃる。それはあの話を知っていれば、よくおわかりになられるかと」

「『神話の猟犬ヘル・ハウンド』の事か……」


 呆気にとられたレヴァンはカインの言外の言葉を口にする。『神話の猟犬ヘル・ハウンド』。七星が率いる特殊部隊。その中でも最強にして世界政府を直接的に叩き潰した部隊と言われる猛者達の集まり。

 神話の番犬の名をコードネームとして与えられた猟犬達。そのトップは、ちょうど今アレクシアに翻弄されているドライとその上官のツヴァイなる少女であった。そしてそのツヴァイの事をクラリスが思い出した。


「そういえばこの間もアレクシア様に付き従われていたツヴァイさんとお会いしたが……やはり身のこなしは猛者特有のものがあったな。足音一つ無いというか……そういえば大昔に戯れで聴力を強化して足音一つ聞こえなかったな。あれにはびっくりさせられたよ」

「でしょう」


 やはり英雄の子孫として武道を嗜むからだろう。クラリスにもそのツヴァイの腕前はよくわかったらしい。


「あの方々に教えを授けたと言われているのが、皇龍様とその妹君にあらせられる紅葉様です。やはり個としての戦闘力に優れているものの、と言わざるを得ません。いえ、それでも勿論、軍事の腕前としては優れていらっしゃる事は事実。ただ、大軍の指揮をなさる場合にはどちらがより優れるか、という点においてはアレクセイ様に分があると言わざるを得ないというだけの話に過ぎません」

「ふむ……確かに言われてみれば軍でも支持を集めているのはアレクセイ様だったか……」


 カインの指摘にレヴァンはそういえば、と思い出す。個々の兵士として、戦士としてであればやはり皇龍の方が信望を集めているが、全体的に見ればアレクセイの方がどういうわけか支持を集めていた。

 その理由は身内なればこそ訝しむばかりで理解も納得も出来なかったが、そうだとすれば理解も出来た。無論、それは百害あって一利無しの百害を打ち消せるほどではないが、少なくとも正当な評価として認められるべき所は認めるべきと言える。と、そんな子孫さえ見えなかった評価を聞いて、レヴァンが思わず問いかけた。


「にしても、よくそんな事を知っているな」

「いえ……旦那様……先代の大旦那様より他者への評価は正当に与えるべき、信賞必罰は全ての基本と教えて頂いておりましたので……かつての大戦の事を調べた折り、全てを見た時にそう下さざるを得ないと判断したまでです」

「「ふむ……」」


 レヴァンとクラリスは揃って顎に手を当ててカインの言葉を考える。基本、カインも認めた通り――というよりこればかりは誰も否定できない為――百害あって一利無しという人物であるが、やはり良い点もあるのだろう。と、そんな事を考えていたわけであるが、クラリスが先に気を取り直した。


「ま、まぁ……そんな人物にも長所がある、という事ではないか?」

「あ、ああ……」


 どうやらカインの指摘により、少しはレヴァンもアレクセイの事を見直したらしい。少しだけ気を取り直していた様子だった。


「……はぁ。何はともあれ、とりあえずカイン殿。助かった」

「いえ、気が紛れたのなら幸いです。差し出がましい真似をした事、お許しください」

「いや、有り難い限りだった……ではな。仕事に戻る事にしよう」


 どうやらカインの言葉でレヴァンも少しは気が紛れたようだ。彼は頭を下げたカインに感謝を述べると少しだけため息を吐いて立ち上がり、生徒会室を後にした。


「カイン。助かった」

「いえ……差し出がましいとは思いましたが、口を挟まさせて頂きました」

「いや、奴も言っていたが有り難い話だった。やはり、まだまだ君には勝てそうもないな」


 頭を下げたカインにクラリスが首を振る。と、そんな彼女にアクアが問いかけた。


「にしても……ずいぶんと仲がよいのですね」

「ん? ああ、そういえばアクアには言っていなかったな。私とレヴァンは許嫁だ」

「「……へ?」」


 まさか飛び出た一言に、アクアもカインも思わず呆気に取られる。ずいぶんと親しげだな、とは前から思っていたがそんな風だとは思ってもいなかったのだ。とはいえ、わからないでもない。


「私はヴィナス家の長女。あいつはアレス家の次男。どちらも親戚だからな。時折、姻戚関係を結ぶ事にしている。それで私達が、というわけだ」

「は、はぁ……」


 そうだったのか。アクアは呆気にとられ、生返事を返す。そうして、この日はそのまま全員仕事に戻る事になり、一日は終わる事になるのだった。

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