第27話 神罰執行

 アクアが<<星海障壁プロヴィデンス・シー>>と呼ばれる高度な防御魔術を展開し、傭兵達を完全に封殺していた一方その頃。単騎更に奥へ進んでいたカインはというと、群がる『魔の兵士デーモン・ソルジャー』を皆殺しにしながらサイエンス・マジック社の社長と幹部達を追撃していた。


「ふむ……」


 やはり所詮は量産品か。三つ葉葵の所で戦った実験体より数段落ちる戦闘力を発揮し自らに襲いかかる『魔の兵士デーモン・ソルジャー』に対して、カインはそう感慨もなく判断するだけだ。既に神命は下った。抜刀を許可されている。もはや、どんな障害も彼にとっては障害に成りえない。


「……」


 ざんっ。瞬く間に斬撃が迸り、一瞬にして『魔の兵士デーモン・ソルジャー』が細切れ肉に変貌する。


「吸え、村正」


 カインは己の愛刀に対して、そう命ずる。それを受けてまるで生命を吸い取る様に彼の妖刀が妖しい赤い光を放ち、『魔の兵士デーモン・ソルジャー』の肉片を吸収した。そうして一度生命を吸収すると、彼の愛刀はその妖しい光を更に増した。まるでそれは妖刀が生命を吸って成長しているかの様でさえあった。


「……」


 再生するのなら。復元するのなら。それでも別に構わない。全てを吸い尽くすだけだ。カインは無言で二振りの妖刀を振るい、時に刺し、時に切り裂いてその生命を吸い取っていく。そうして、あっという間に最深部にたどり着いた。


「ふむ……」


 カインの前にあったのは、エレベーターだ。が、どうやら下で止まっているらしい。というわけで、彼は特に何かを思うではなく普通に扉を切り裂いて見えた穴に飛び降りた。


「ふむ。ただ椅子で扉が閉じない様にしているだけか……まぁ、別に」


 壊すからどうでも良いんだが。カインはそう呟くや、即座にエレベーターを粉微塵にして金属片に変換する。そんな彼を待ち構えていたのは多くの傭兵達だ。彼らはカインを見るなり、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……はぁ」


 この期に及んで呆けるとは。カインは傭兵の練度の低さに只々呆れるばかりだ。故に彼は一切の慈悲もなく襲いかかろうとして、しかしスルーする。呆けていたのではない。はじめから動けなかっただけだ。


「「お進みください、お客人」」


 現れたのは、芙蓉と雛菊。彼女らが先んじてここに忍び込み、カインの敵を殲滅していたのであった。


「恩に着る。三つ葉葵殿にもそうお伝えしてくれ」

「「かしこまりました……では、その他の俗物のお掃除はお任せを」」


 カインの伝言を受け取ると、芙蓉と雛菊は再び闇に消える。そうして闇に消えた彼女らと別れ、カインは最深部にたどり着いた。


「も、もう来たのか!?」

「……チェックメイトだ」


 流石にここまでの速度でたどり着くのは社長達も想定外だったらしい。それはそうだろう。裏社会の死の商人達さえ興奮させる生物兵器、大金を叩いて雇った数々の傭兵を数多繰り出して、それを瞬く間に殲滅してここまでやってきているのだ。普通に考えてありえない。


「ふむ……軍用のヘリコプターか」


 カインはたどり着いた地下のヘリポートを見て、ここから脱出するつもりだったのだろうと理解する。そんな彼の見ている前でゆっくりとだが天井が開いていき、青空が見える様になった。


「が……もう終わりだ。逃げられるとは思わない事だ」


 どうにせよここにヘリポートがあろうと、すでにカインがここに来ている。その時点で敵の敗北は確定だ。が、その社長の顔には余裕が浮かんでいた事に、カインも気づいた。そうして、社長が勝利を確信した様な狂った笑いを上げた。


「くっ……くくく……ここに来たのが運の尽きだったなぁ! 貴様は我々を追ってここに誘い込まれた事に気が付いていない! 本当はこれは今回の目玉となるので使いたくはなかったのだが……仕方がない! 我々の生命が優先だ!」

「ふむ……まぁ、良い。最後の慈悲だ。好きにしろ」


 社長が手に持ったスイッチを見て、カインはまるでどうでも良さげに手でそれをする様に促した。別に何が来ようと問題にはならない。ただ斬り伏せて奴らを殺すなり捕らえるなりするだけだ。


「ふははははは! 何時まで強がっていられるか、見ものだな! これで、もうお前は終わりだ!」


 社長はカインの見ている前でスイッチを押し込むと、それを躊躇なく投げ捨てる。そして、その次の瞬間。地下格納庫にあった巨大なコンテナが音を立てて膨らんだ。


「……うん?」

「ふははははは! では、君の健闘を空の彼方から祈っているよ!」


 がぁん、がぁん、と強烈な音を立てて内側から変形していく巨大なコンテナを見て、カインが首を傾げる。と、そんな彼が見ている前で、コンテナから巨大な腕が飛び出した。その大きさは腕だけで三メートルはありそうだった。

 そうして、その次の瞬間。巨大な魔物が飛び出した。全長10メートルは下るまい。おそらく素体には人間以外の別の何かを使っていると思われた。


「……はぁ」


 まさかこれを切り札なぞと言うつもりはないだろうな。ゆっくりと浮かんでいくヘリコプターからこちらに勝ち誇った笑みを浮かべる社長に対して、カインは呆れた様にため息を吐いた。

 確かに、これは物凄い戦闘力を保有している。まずサイズからして桁違いだ。実験体とは比べ物にならない破壊を巻き起こすだろう。

 間違いなく、顧客の中でも上客に隠し玉として用意していたのだと理解出来た。と、そんな社長は聞いてもいないのに勝手に語ってくれた。


「ふははははは! どうだね! 凄いだろう! これはとある筋から入手したキメラを使った『魔の兵士デーモン・ソルジャー』! 我が社の最高級モデルとでも言っておこう!」

合成獣キメラ……ねぇ」


 合成獣キメラ。それはその名の通り、遺伝子を組み合わせて作られた人工生命体だ。第三次世界大戦以降の荒廃した世界の中で作られた人類の負の象徴の一つだ。

 遺伝子治療の基礎にもなった研究で生み出された異形の存在。ただでさえとんでもない性能を有するそれを、魔物化したという。間違いなく、現人類の悪の総決算の一つと断じられるだろう。


「……ふ……っははははは!」


 バカバカしい。この程度を切り札として自分にぶつけるなぞ。故にカインは大笑いしてやる。合成獣キメラなぞ、黎明期から無数に殺してきた。そうして、彼は従者としての戦いを開始する事にした。


「女神アクアの名において……これより神罰を執行する」


 騎士の様に、カインは刀を前に構える。別にこの程度に負ける道理はどこにもない。が、楽に勝つには技を披露する必要があるのもまた事実ではあった。


「……?」


 何か変な事を言ったと思えば、脱力した様に両腕を垂らしたカインに社長は首を傾げる。諦めたのではないだろう。が、力を抜いていて戦えるわけではない。

 ここでもしこの社長に古典に関する、それも第三次世界大戦以前に関する知識があれば、彼はこれがとある古い武芸者の姿絵に酷似していた事に気付けただろう。

 その描かれた人物の名は、宮本武蔵。二天一流の開祖。今のカインの姿は彼が描かれる姿絵の姿勢に酷似していた。そうして、力なく脱力していたはずのカインが消えた。


「……な……に……?」


 そこから先。おそらく社長は何が起きたか全くわからなかっただろう。今までカインめがけて暴れながら突進していた筈の巨大な『魔の兵士デーモン・ソルジャー』が唐突に動きを止めたのだ。そして、次の瞬間。まるでそれが悪い夢であるかの様に崩れ去った。


「……バカか。この程度で勝てるとでも思っていたのか?」

「ひっ!」


 自らの背後から聞こえたカインの声に、思わず社長は仰け反った。周囲の幹部達は既に殺されたか昏倒させられたか意識を失っていた。そして、彼がここに居る。それは間違いなく、自らの敗北に他ならなかった。


「な、ななんあな……なんで貴様の様な奴がここに!?」

「うん?」


 確かに疑問といえば疑問になるのも仕方がない。カインの戦闘能力は明らかに尋常ではない。サイエンス・マジック社程度を潰すにはあまりに過ぎた戦力だ。というわけでカインは自分がなぜ動いたか、を教えてやる事にした。


「お前らがウチの近所にゴミをぽいぽい不法投棄するからだろうに! アクア様の寝付きが悪くなるだろうが!」

「……は?」


 何を言っているかわからない。この社長の表情はまったくもって正しかった。が、カインが怒っているのもまた正しかった。


「貴様らが作ろうとしたえー、あー、なんだっけ? SOWシリーズ? そんなのの実験体がアクア様の寝床の近くまで来てるんだよ! わかるか!?」

「え、SOWシリーズ……か、海魔の事……か?」

「知るか!」

「ふべっ!」


 理不尽ではあるが、どうやらカインは怒っているからか問いかけに答えただけの筈である社長を思いっきりぶん殴る。

 このSOWシリーズというのは、海洋生物を素体とした『魔の兵士デーモン・ソルジャー』の事だ。『海洋生物兵器シー・オーガニック・ウェポン』というわけであった。


「お前、わかってんのか? アクア様がどんだけ寝相悪いか……お前らのポイ捨てしたゴミが大声出したら、アクア様が寝ぼけてんにゅ、とか言いながらブッパするんだぞ! その後始末は全部オレがやるんだぞ!? ただでさえバレちゃまずい身の上なのに、バレたらどうするんだ!」

「……」


 何を言っているかさっぱりわからん。社長はとりあえず激怒しているらしいカインの言葉をさっぱり理解出来なかった。そもそも可怪しいのは、海洋生物を素体とした生体兵器が彼らの寝床に来る、という所だ。

 つまり彼らは海の中で生活している、という事にほかならない。そんな奇特な人物は彼は知らないし、ここまでの戦闘力を持ち合わせているのなら尚更だ。


「はぁ……はぁ……で、あいつら何かわからないから相談したらアルマさんもわからない、って困り果てて不法投棄知ったジルベルトが怒るし……」

「あ、アルマにジルベルト……?」


 幾らなんでもこの名前は社長も知っていた。アルマ。開祖アルマ。そしてジルベルトとは、今代のラグナ教団の教皇の筈だった。


「お、お前……何者だ……?」

「あ? だから言っただろう。オレはアクア様の従者カインだ」

「アクア……? あの少女の事か……?」

「あ?」


 カインはアクアを呼び捨てにした社長の顔をとりあえずもう一発ぶん殴る。兎にも角にも彼の様なゴミがアクアを呼び捨てにして良いはずがなかった。


「お前……様をつけろよ。アクア様、ア・ク・ア・様だ。本来はその名を呼ぶ事は許されん女神様だぞ」

「なに……を……」

「はぁ……やれやれ。これだから不勉強な若者は困る。オレが十歳の頃にはアクア様の名を知っていたぞ」


 カインは呆れ果てた様に社長から手を放し、改めてラグナ教団について教えてやる事にした。


「ラグナ教団の正式名称を言ってみろ」

「は? ラグナ教団の正式名称……?」

「そうだ……って、お前知らんのか。はぁー……」


 バカだバカだとは思っていたものの、ここまでバカとは思わなかった。カインは心底見下げた様にため息を吐いた。そうして、彼はラグナ教団の正式名称を口にした。


「ラグナ教団の正式名称はアクア教団。ラグナ教団は俗称だ。本来、女神の名はラグナではない。女神の名を呼ぶのは恐れ多い、とラグナの名で呼び出したのが広まっただけ。それで教団の名もラグナになった。経典はしっかり読んでおけ。開祖アルマは海の底で女神に出会い、水を意味する名で呼ぶ事と決めたとされている」


 それは流石に知っている。社長もそう思った。が、ここで違和感がどうしても拭えない。故に、彼はそれを口にした。


「だ、だが開祖アルマが出会ったのは赤い目をした……白鯨……」


 自分で言って、社長はどうやら気づいたらしい。赤い目をした、白い少女。その名は、アクア。つまりは、そういう事だった。


「わかったか? 確かに、オレが初めて出会った時もアクア様は白い鯨の姿だった。が、別にその姿に拘る必要は一切無いのさ。色々とあって、今はあのお姿を取られている。いや、単にイチャイチャするのにあの姿が楽と理解しただけだがな」


 カインは何も一切気負いなく、彼女こそがラグナ教団が奉る女神その人であると明言する。と、その社長の腹には既に妖刀が突き刺さっていた。

 彼自身言っていた様に、これは語ってはならないこと。それを語っていた以上、口封じも考えての事だった。単に冥土の土産というだけであった。故に妖刀は主の命令を受けるまでもなく流れる血を吸って、刀身を赤く染めていた。


「あ……れ……?」


 静かに眠りに落ちる様に、社長の意識が闇に包まれる。そうして、カインは真紅に染まりきった刃を抜いた。


「ふむ……これだけ血を抜き取れば、脳に血液が行かず廃人ぐらいにはなるかね。生きていれば、だが。生きるも地獄、死ぬも地獄……好きな方を選んでくれ」


 妖刀によって大量に血を吸い取られ、社長の肌からは血の気が失せていた。


「ああ、そうだ。もしオレに勝てれば、の話だったんだが……あの方は魔術の一切合切が無効だ。なにせアルマさんに魔術を教えたのが、アクア様なんだからな……って、もう聞いてないか」


 カインは楽しげにそう笑い、魔術で洗脳したパイロットに命じてゆっくりとヘリコプターを地面に下ろす。こうして事件はカイン達の尽力により首謀者達の逮捕となり、幕を下ろしたのだった。

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