蒼き従者は白きお嬢様と共に

ヒマジン

白き主人と蒼き従者

第1話 白き少女と蒼き青年

「第三次世界大戦。通称『最終戦争ラグナレク』。たった数日で終わった地球で最もバカバカしい戦争……」


 本当にバカバカしい。電車が目的地に着くまでの間この世界の歴史を記した歴史書を読む青年は心の底からそう思う。

 結局、どれだけ小競り合いを起こしても誰も世界を滅ぼすつもりなんてなかったのに、終わったのは神の悪戯かそれとも悪魔の悪戯か、核兵器の老朽化による誤作動だった。


「たった一発の核兵器の誤作動。今となっては誤作動だったのかそれとも誰かが暴走したのかもわからんが……ともかく、それによりユーラシア大陸のとある国の核は発射され、かつて世界一だった大国の都市が焼き払われた。それで、終わりだった」


 後は、報復の連鎖だ。核兵器がまさか誤作動で発射された、なぞ誰も信じなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。

 そして撃った国の指導者にはミスを認められる度量が無かった。いや、認めたくなかったのかもしれない。もはや誰にもわからない。なにせどちらもお互いに撃ち合った核に焼かれて死んだからだ。

 しかし、結果は残っていた。流された血。轟いた悲鳴。その贖いあがないを誰もが求め、撃ち返した。後は、その連続だ。結果、世界は簡単に滅びた。


「第四次世界大戦。通称『聖戦ジハード』……第三次世界大戦で滅んだ世界に現れた第二のキリストでありマリア。奇跡を独占するではなく、奇跡を広めた開祖アルマ。彼女が興したラグナ教。それを中心として出来た世界政府……が、しかし世界政府は旧世紀の生き残り。奴隷制度の復活を許す結果となった」


 歴史は繰り返すのだろう。青年はそう思う。無論、奴隷制度と言っても公のものではない。世界が壊れた事で教育水準も大きく低下し、貴族社会にも似た社会が生まれてしまったというだけだ。

 その結果、学の無い者は富める者に奉仕して生きるしかなくなった。仕方がない事だ。敢えて言えば旧来の奉公をより酷くした物とでも言えば良いだろう。

 が、結局は実態としては奴隷制と変わらないので今の者たちは総じて奴隷制度と見做していた。


「その奴隷制度を駄目だと訴えかけ、世界政府に反旗を翻した者たち。その中心となったのが、七人の英雄……通称七星。<<聖なる七つの星スターズ・オブ・セブン>>。人々は彼らの手によって解放され、今は彼らの手によって世界は繁栄を取り戻しつつある……ね」


 これが、二百年前。第三次世界大戦から三百年。今は至って平穏らしい。これに、青年はため息混じりに首を振った。


「まぁ、確かに英雄様は清らかで正しい心を持っているとの事らしいからな。当然といえば当然なんだろう」


 正しい心を持つ奴が不老不死にも近い存在なのだ。それは腐敗も何もあったものではないだろう。旧文明の発達していた頃より、今を理想郷と言う者さえ居るほどだ。

 が、歴史とは子供でも知っている嘘だらけだ。歴史書に書かれる歴史の大半は統治者に都合の良い歴史だ。かつて最も教科書に事実を記していると評された日本は既に無い。であれば世界政府の歴史書も当然、そうだった。


「やれやれ……」


 この歴史書のどの程度が本当なのだろうな。青年はそう思えばこそ、呆れ果てた様にぱたん、と歴史書を閉じる。と、そんな音を聞いたかの様に、一人の少女が口を開いた。


「終わりました?」

「あ……お嬢様。お目覚めでしたか」

「ええ……今はどのあたりですか?」

「今は……ちょうど聖都を通り過ぎた頃です」

「聖都……かつて京都と呼ばれていた方? それともラグナ教の聖地がある方?」

「京都と呼ばれていた方です。聖都、ですからね。ラグナ教団の本拠地は聖地です」


 少女の問いかけに青年は柔和に笑いながら奇妙な薄い板を見ながら答える。この奇妙な板はいわば発展したスマートフォンとでも思えば良い。

 第三次世界大戦で文明は全て滅んだわけではない。一部は残っていた。その中の一つが、このスマホだったというわけだ。

 ナノマシン技術の発展とAR技術の発展で物理的なデバイスを持つ必要は殆ど無いが、青年はデバイスを持つ事を好んでいた。


「そう……じゃあ、後十分ほどですね」

「はい……どうされますか? もう一眠りするのでしたら、到着次第起こさせていただきますが……」

「別に良いです……あ、そうだ。時間はまだ少しあるんでしょう?」

「はい。少しの間ですが……」

「せっかくだから、一度この島についておさらいさせて?」


 少女は青年に対してそう願い出る。お嬢様、というほどなのだから世間知らずでも仕方がないのだろう。それに、青年は頭を下げた。


「かしこまりました。まず、我々が向かうのはかつて大阪と呼ばれた地。今は……」

「副聖都メーア。かつてドイツという国で海を意味した言葉を与えられた、第二の水の都。国立アトラス学院がある街ですね」

「はい。ラグナ教の聖地ラグナ、世界政府の今の中心となる聖都グランブルー。こちらはかつて?」

「前者はかつて東京、後者はかつて京都と呼ばれていた街ですね」


 青年の問いかけに少女は僅かに薄い胸を張ってはっきりと明言する。まぁ、ここらは常識的な話なのだろうが、どうしてか少女は得意げだった。

 そしてその一方、そんな当たり前の事を得意げに語った少女に対して青年も嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「そのとおりです」

「えへへ。一緒に勉強しましたから」

「はい……さて。では、続けましょう。この国……というより今の地球で一般的に信仰されているラグナ教。このラグナ教団……それが祀る神は?」


 青年は嬉しげに話す少女に嬉しそうに頷くと、気を取り直して勉強を再開させる。時間はないのだ。何時までもいちゃついてはいられない。それに、少女も気を取り直した。


「女神ラグナ。かつて第二のキリストと言われた人物が海を漂流する中で出会ったとされる海の女神です。白い鯨の姿で描かれ、ラグナ教団の神獣は白鯨です。彼女は第三次世界大戦で汚染された海を浄化すべし、とかつて日本と呼ばれた地を中心として活動。そのラグナ教は世界政府の大本となっている……ですね」

「はい。教祖アルマはドイツ人だというのが通説です。それ故、彼女に敬意を表して副聖都の名にはドイツ語を使っているわけです。グランブルーは英雄様のお一人がかつてで言う所のイギリス人だから、ですね。が、こちらも教祖に敬意を表し、青を名に入れています」


 二人はしばらくの間、今の地球についてを勉強していく。と、そんな事をしていれば時間なぞあっという間だ。気付けば電車は速度を落とし、停車した。


「お嬢様。駅に到着しました」

「はい……カイン。荷物は?」

「整っています、アクア様」

「はい」


 カインと呼ばれた青年の返答に、アクアと呼ばれた少女が頷いた。そうして、二人は立ち上がって個室から降りる。

 そんな彼らを出迎えたのは21世紀にはあっただろう雑多な大阪駅の風景ではなく、整理され整備されたどこか北欧にも似た清楚な町並みだった。

 第三次世界大戦と第四次世界大戦で日本も焼かれ、世界中から人が集まる関係でもはや日本は日本ではなかった。

 そもそも国としては日本もアメリカもドイツも全てが消え去った。今は世界政府という統一政府が統治していた。町並みもそれに合わせて大きな変貌を遂げていたのである。


「ここが、メーア……」

「はい。副聖都メーア。その玄関口です」


 二人は整理され整備され、二十一世紀であれば考えられない町並みとなったかつて大阪と呼ばれた街の町並みを見る。が、そんな二人に対して圧倒されていたのは周囲の方だった。


「何、あれ……」

「うっわ……むちゃくちゃかわいい……」

「雪の妖精だ……」

「うわー……何、あのイケメン……」

「アイドル? 撮影? え、違うの?」


 男女問わず、周囲の者たちは二人に見惚れていた。が、視線を注いでいる先は男女で分かれている。男は、アクアの方を。女は、カインの方を。それぞれが異性の視線を集めていた。

 それはそうだろう。なにせ二人共類まれな、と付けねばならないほどの美形だった。まず少女の方であるが、髪は純白。目は赤色。いわゆるアルビノだ。

 肌も髪に負けないぐらいの透き通る様な白色だが、不健康な印象は一切無い。健康そのものだ。年の頃はおよそ十代中頃。が、見る者次第ではローティーンにも見えるほどに幼さが残っている。

 顔立ちはもはや同性さえ見惚れさせるほどに愛らしい。雪の妖精という誰かの呟きが何よりも相応しかったし、服もそう思わせるかの様に幻想的な服装だ。

 それに対して青年も青年で非常に美しかった。こちらは髪も目も深い海の様に蒼い。年の頃は十代後半から二十代前半という所で、肉体は細マッチョという所。

 鍛えられた肉体は彫刻の様でさえある。顔立ちは凛として整っており、お嬢様に侍り執事服を着ている事も相まってまるで物語から飛び出てきたかの様な印象があった。


「……お嬢様。学院に向かいましょう」

「え?」

「どうやら耳目を集めている様子……このままでは移動もままならない事になりかねません」

「???」


 どうやらアクアは自分が注目されている事に気付いていないらしい。カインに言われて困惑気味だった。が、確かに二人の周囲には人だかりが出来つつあり、確かにこのままでは動けなくなるのは時間の問題だった。というわけで些か強引にカインはアクアの手を引いて、移動を開始する。

 そうして人だかりを抜けて駅前に出ると、そこには数台の自動運転車が並んでいた。その一台に、二人はいそいそと逃げる様に乗り込んだ。


「ふぅ……」

「やっぱり凄い人なんですね、副聖都にもなると」

「そういう事では……」


 アクアの天然気味な一言に、カインはため息を吐く。確かにここが副聖都である事もあるだろうが、それだけではない事は確実だ。

 が、自らの美しさには気付かないのかアクアは理解していない様子だった。と、そんなアクアは少しだけ身を乗り出してカインの頬に両手を当てる。そうしてアクアはカインの頬を押して強制的にアヒル口にすると、笑いながら告げる。


「口調。ここでは二人だけなんだから、何時も通りにしてください」

「……そうしたいのは山々ですが、どこで誰が聞いているかもわかりません。日本……と呼ばれた国には壁に耳あり障子に目ありということわざがありました。油断はしない方が良いかと」

「むぅ……」


 カインの返答に対して、アクアは不満げだ。そうして口を尖らせるアクアに対して、カインはため息混じりに少しだけ彼女を抱き寄せてその唇を奪う。主従であるのなら許されないのだろうが、恋人であれば許された。


「ん……これで我慢してください。安全と盗聴などの確認が取れれば、きちんと何時も通りに振る舞いますから」

「えー」

「可愛らしく拗ねても駄目です。ここではオレと貴方は本来の従者と主。そう決めたでしょう?」

「むぅ……」


 決めた、とカインは言ったがどちらかというとそれはアクアを強引に押し切った形らしい。アクアは見るからに不満です、という態度を取っていた。そんなアクアを可愛らしく思いながら、カインは少し楽しげに告げる。


「アヒル口をしてると、またキスしますよ?」

「……ん!」

「すいません。藪蛇でした。忘れてください」

「んー! んー! んー!」


 アヒル口で必死にキスをせがむアクアに、カインがうなだれて謝罪する。が、それにもめげずにアクアはカインへとキスのおねだりの攻勢を仕掛ける。

 と、そんな攻防戦から少し。二人を乗せた自動運転車は一つの大きな建物の前で立ち止まった。それを見て、アクアが悲しげに目を潤ませる。


「ん……」

「……はぁ。キスしたら、きちんと出来ますね? ここでのアクア様は世界的な企業のお嬢様。私は古くからアクア様にお仕えする従者。正しい立場です。よろしいですね?」

「はい!」


 カインの問いかけにアクアが元気よく頷いた。というわけで、それに折れたカインがアクアにキスして、二人は車から降りる。その時には、二人共既にお嬢様と従者だった。


「アクア様。アトラス学院に到着しました」

「はい」


 カインにキスしてもらったからか、アクアはご機嫌だった。その一方のカインはというと、学院の門を守る門番に身分証明書を提示していた。


「アトラス学院にこの度転入する事になったアクア・オーシャンお嬢様と従者のカイン・カイだ。学院の門を開いてくれ」

「……確認しました。オーシャン・リカバリー社令嬢アクア・オーシャン様。お待ちしておりました。お進みください。学院長がお待ちです」


 カインの提示した身分証明証を確認して、門番がアトラス学院の門を開く。そうして、二人はアトラス学院の地へと踏み入れる事になるのだった。

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