第1章 第3節 「神速の乙女」

8. Midnight Inspiration




「う……」


 お馴染みの書院造しょいんづくりの和室で、理里りさとは目を覚ました。


「お、気がついたか。今回は早かったな」


 部屋に居たのは長兄ちょうけい希瑠けるのみ。前回のように、手を握ってくれているヒトはいなかった。


「…………」

「何だ、不満そうだなぁ。オレがしてた方が良かったかい?」

「……気持ち悪いこと、言うな……。めが悪くなる」

「おおっと、こりゃ手厳しい」


 希瑠は天袋てんぶくろ(天井に近い、小さな押し入れ)の中を整理しているらしい。鴨居かもいに頭をぶつけるほどの長身では背伸びの必要もなく、こちらに背を向けて、ガサゴソと何か探っている。


瀕死ひんしのお前たちが菖蒲ヶ原あやめがはらいけで見つかってから、2日と少しってとこだ。吹羅ひゅらたちはもう寝ちまったよ。何せ夜の1時だ……母さんは多分起きてるだろうから、後で呼びに行くよ」

「……2日、か…………」


 ぼうっとした頭で、理里は思索にふける。

 左眼ひだりめを連続使用したにしては、随分と早い目覚めのように思う。前は1回だけの使用で、3日間も寝込んでしまったというのに。能力に名前をつけたことの効果だろうか。


「学校の方じゃ、生徒がひとりいなくなったってのに、何の騒ぎにもなってないらしい。妙な話だ……神々が手を回しているのかもな」

「……そうか」


 理里はうつむいた。人界に対してオリュンポスの神々がどれほど影響力を有するのかは、理里の知るところではないが、何らかの方法で大河の失踪を黙殺したらしい。

 だとしたら、彼の親は、彼の家族は……いったいどんな気持ちで、今を過ごしているのだろうか。いたたまれない思いを抱くと同時に、理里の胸には、大河を殺した罪悪感が再び押し寄せた。


「お、あったあった。コレよ、コレ」


 暗い顔の理里のことも気にせず、希瑠は何かを見つけたらしい。その小さなモノを、細長い指でつまんで、眼前で揺らした。


「……兄さん、何探してたんだ?」

「母さんが、自転車のカギをなくしちまったらしくてな。スペアを取りに来たのよ。明日も買い物で使うだろうから、覚えてるうちにってな。そいじゃ、呼んでくるからちょっと待ってな」


 希瑠はふすまを開け、小走りで部屋を出て行った。


(いいようにパシリにされてるな……25歳にもなってやしなってもらってる代償だいしょう、なのかな……)


 当の希瑠はあまり気にしていないようだが、彼の家庭内での地位はかなり低い。希瑠からすれば妹のはずの珠飛亜とぶつかって、足蹴あしげにされているのをよく見る。威厳などあったものではな


「り゛い゛い゛い゛い゛く゛う゛う゛う゛う゛ん゛ん!!!!!!」

「いやはやすぐわぁっ!?」


 予定より早く飛んできた、予想通りの母の巨体に(決して太っているわけではない、181cmの長身がちょっとムチッとしてるだけなのだ)、身動きも取れずホールドされる理里だった。





 涙をハンカチで拭い、鼻をチーンとかんで、ようやく落ち着いたらしい恵奈えなは、何事もなかったかのごとく口を開いた。


「えー、こほん。それで、今回は何があったのかしら」

「母さん、そこからクール路線に戻すのは流石さすがに無理があるぜ……。まだ目がウルウルじゃねえか」

「ぐすっ……そ、そこ、無駄口を叩かない。三食さんしょく梅干しだけにするわよ」

「いや正しい指摘にこの仕打ちィ!?」


 ツッコミを入れつつも、希瑠はすみませんでした、と頭を下げる。

 それに眉をひそめながらも、理里は恵奈の問いにこたえる。


「……それはそれとして。

 何から話したものかな……」


 朦朧もうろうとした頭ながら、理里は言葉を選びつつ、下校後にアリスタイオスに襲われたことについて、なるたけ詳しく報告した。の属していた生徒会の面々が、実は"英雄"だったという衝撃の事実についても。


「そうか……そりゃ珠飛亜のヤツ、気の毒にな……」

「ええ……あれだけ生徒会のこと、楽しそうに話してたのにね。まさか全員が敵だったなんて」

「……ああ…………」


 理里だってショックだった。怒りのあまりブチ切れて、憎しみだけに心が支配されて、そして――――。

 また理里の心が闇に堕ちる寸前で、希瑠が口を開く。


「……珠飛亜には悪いんだけどよ。ちょっと現実的な話、していいか?」

「……? 何だ、兄さん」


 怪訝な顔をする理里と恵奈。京風きょうふう細面ほそおもてしかめさせて、希瑠は、己の考えを述べはじめた。


「確かに、生徒会の面々がみんな英雄だったってのはショッキングな事実だ。でも裏を返せば……俺たちは、どこから襲ってくるか分からなかった"英雄"の素性すじょうを、数人分手に入れたってことじゃあないのか?」

「…………!」


 理里の目から鱗が落ちる。


「確か、生徒会のメンバーは珠飛亜を抜いて5人。うち1人は敗れたわけだから、残りは4人か? 身近にいる英雄の正体が4人分も掴めたってのは、かなり大きなアドバンテージだ。何せ、こちらから先手を打つことができるようになったんだからな」


 全く以って、希瑠の言う通りだった。

 今まで理里たちは、人界じんかい何所どこに潜んでいるか分からない英雄からの襲撃に、後手に回ることしかできない状況だった。しかし、相手の正体が掴めたということは、襲われるより以前に攻撃を仕掛けて、未然に襲撃を防ぐことができるようになったということ。


 それを悟った恵奈が両手を叩く。


「希瑠くん、たまには良いこと言うじゃない! なら、わたしが先に行って全員しまうわ。その方が、皆を危険にさらさなくて済むでしょうし」

「……ああ。……まあ、その方が良いんだろう。母さんは強いし、な……」


 その反応に、希瑠は微妙な顔をしたが、ひととき間を置いてうなずいた。


「決まりね。りーくん、もう安心よ。あとはお母さんが全部やってあげるから」


 理里の両肩に手を置き、恵奈は切れ長の目元を微笑ほほえませた。

 ……しかし、理里の表情はくらい。


「どうしたの? もう、あなたたちがおびえることはないのよ? 残りの英雄は、お母さんが全て――」


「……それさ。『殺す』ってことだよな」


「えっ?」


 恵奈が、怪訝けげんそうに首をかしげる。疑問を持つ意味が分からない、とでも言うように。

 その仕草に、さらに理里は苛立ちをあらわにした。


「なんで、軽々しくそんなこと言えるんだ……? 相手は人間なんだ。俺たちとおんなじように考えて、生きてる人間じゃないか。それを、たった6人の自分たちが生きるために殺す……そんな話なのに、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


 『片付ける』『やる』など、4人もの人間の命をおのれのために奪うことを、まるで作業のように恵奈は言った。

 あまりに人命を軽視したその言葉に、理里は抵抗をおぼえたのだ。


「…………」


 恵奈は、少し困った顔をした。


「……わたしたちは、人間とは違う存在でしょう。たまたま仮初かりそめの姿として、人間の外見をもって生まれて、その社会に寄生しているだけの存在よ。生きるために自分と異なる存在を殺すのに、さほど迷うことはないと思うのだけれど……」

「そりゃ、母さんはそうかもしれないさ。何てったって、俺たちよりずっと長く生きてるからな。

……けど、俺は違うんだよ。そりゃ、『戦いの技術』は母さんに仕込まれたけど、特に人間と戦うこともなく、平和に暮らしてきたんだ。人間の中で、人間の価値観に染まって生きてきた。自分とは違うものだなんて、そう簡単に思えねえよ……」


 理里は布団の中でひざを抱え、ふさむ。


「「………………」」


 希瑠も恵奈も、一時だまってしまった。理里は続ける。


「……戦わない、なんてわけにはいかないさ。きっと相手を生かして帰すこともできないだろう。……だけど、せめてさ。自分に戦いをいどんでくる奴には、自分の手で引導いんどうを渡してあげたい、って思うんだよ。それが相手に対する、『礼儀れいぎ』なんじゃないのかなって」


 半ば自分に言い聞かせるように、理里はつぶやく。

 理里は「ただしく」生きたいと願っている。おのれが正しいと信じることをおこなって生きたいと願っている。それができなければ、己が己として生まれてきた意味がない。そう思っている。


 しかし――






 ばちん。






「…………!?」


 理里と希瑠は、呆気あっけにとられた。いや、一番驚いたのは理里だ。


 何せ、これまでの人生で母に叩かれたことなど、なかったのだ。



「母……さん……?」


 呆然とする理里に、恵奈は、しかと言い放った。


自惚うぬぼれないで。ひとりじゃ何もできやしない、のくせに」

「なっ……」


 驚きを隠さない理里。だが、気にせず恵奈は続ける。


「あなたはまだ、怪物としては未熟でしょう。しかもただの蜥蜴男とかげおとこ、成長したとしても強さは下の下の怪物よ。必殺の左眼ひだりめを持ってはいるけれど、一度使うと体力を大幅に削られて、ほぼ行動不能になってしまう。そんな貧弱なあなたが、冥府めいふで数千年のキャリアを積んだ英雄たちに、たったひとりで敵うわけがない」

「それは……で、でも、今回は俺が勝ったじゃ」

「それも、珠飛亜ぴあちゃんとの共闘あってのことでしょう。あなた一人なら、最初に奇襲をかけられた時点で絶命していたわ。いい? あなたはまだ「子ども」なの。わたしたち保護者の庇護下にある子ども。一人前にごたくを垂れても、それを実現する力が、あなたにはともなっていない」


 それは、永劫かと思えるほどに永い年月を経て生きてきた「怪物の先輩」として、そして我が子を導く「母」としての言葉。子を大切に思うがゆえの、厳しい言葉だった。

 しかし。子が素直にそれを受け入れる場合が少ないことも、またこの世の道理。


「……いいさ、伴っていなくても。自分が正しいと思うことをして死ぬなら、俺は本望なんだ」

「……貴方あなたそれ、本気で言っていないわよね」


 うそぶく理里に、恵奈が静かな怒りを匂わせる。しかし、希瑠の右手が、彼女をさえぎる。


「母さん、あまり正論を押し付けちゃいけない。こいつはこいつなりに、色々いろいろ葛藤かっとうがあるんだ」


 平時は飄々ひょうひょうとした表情を、いつになく引き締めて、希瑠は恵奈に言う。


「今は理里たちに、どう英雄の手が及ばないようにするかだ。もちろん、母さんが出て行って全員ブチのめしてくるのが一番安全だし、早いだろうさ。……でも、ここは。息子の精神の自立を、ちょっと応援してやっちゃあくれねえか?」


 すると、恵奈は声色に苛立いらだちをあらわにした。


「……自立? あなたにそんなこと言えた立場?」


 恵奈の強烈な毒に、希瑠が言葉に詰まる。が、すぐさま恵奈は右手を振り、話題を戻した。


「いえ、今はそういう話じゃなかったわ……。あなたは、わたしの大事なあなたたちを、みすみす死なせろと言うの? 思いにじゅんじるなんて、本当に意味のないことよ。残された者がどれだけつらい思いをするか、貴方も知らないわけじゃないでしょう?」


 父のことを言っているのだろう、と、理里は心の中で納得した。いや、彼は死んだわけではないが。

 たかぶる恵奈に、希瑠は必死にさとす。


「もちろんだ。タダでとは言わないさ。理里には今のように、必ず誰かが護衛ごえいにつく体制にしよう。さすがに理里ひとりでは、危険すぎると俺も思う。

 ……それから理里。生みの親の前で、間違っても『死んでもいい』なんて口にするんじゃねえ。それこそ命の軽視だ。母さんに謝れ」

「あ、ああ…………母さん、ごめん」


 白い布団に身体を起こした態勢のまま、理里は頭を下げた。


「……まあ、わかってくれたのなら良いけれど。私が先制攻撃を仕掛けないとしたら、何か代替案はあるのかしら」


 不服そうな恵奈に、希瑠はたたみの上にあぐらをかいた。


「……順を追って説明しよう。

 英雄たち4人は、全員柚葉高校の学生だ。となると、誰が狙われる可能性が高いと思う?」

「……そりゃ、俺と珠飛亜だろうな」


 理里が首肯しゅこうする。希瑠はそれにうなずき、続ける。


「そう、お前たちだ。奴らの生活圏にいちばん近いわけだから、最も攻撃を仕掛けやすいんだ。……もちろん、弱い順に狙ってくる可能性もなくはないし、その場合だと見かけ上から綺羅きらが狙われることになるが……その場合は吹羅ひゅらがついているから問題ない。

 となると、現状最も危ないのは理里おまえたちだ。ここまでは分かるな?」

「……ああ」


 その辺りは、理里も理解していた。理里も珠飛亜も、無敵と呼べる異能を持っているわけではない。確実な必勝の手を持っているとは言い難い。

 沈鬱ちんうつな表情になった理里に、希瑠は続けた。


「理里。さっきも言ったが、俺はお前の意思を尊重したいと思う。それがお前の成長につながると信じてるからだ。だから、これから俺は、『お前たちだけで英雄を倒す』方向で話を進めたいんだが……そこで、お前にひとつ質問したい。

 ……お前は、『やられる前にやる』ことを、と思うか?」


『正しい』のところに重点を置いて、細い眼で理里の貌(かお)を真摯に見つめ、希瑠は問うた。


 理里は、ひととき黙考する。


「…………」

「大丈夫だ、正直なところを言ってくれて構わない。理論的な話じゃなく、お前の感性に聞きたいんだ」

「……言っても、いいかな……」

「ああ。気は遣わなくていい」


 少し頭を掻いて、理里は答えた。


「理屈の上では正しい……と思う。けど、感覚的にはどうしても、気が引けるんだ。自分のために、相手を殺しに行くってのは」

「……そうだろうな。だが、奴らに奇襲をかけられて、生き残れると思うか? もしかすると、狙撃手の英雄がいるかもしれない。頭をぶち抜かれて生き残れるほど、お前はタフじゃあないだろう?」

「……そう、だな…………」


 理里は言葉を返せなかった。希瑠の言うことに間違いは無い。理里の意見は、ただのわがままな欲望にすぎない。自分ひとりだけが『正しく生きたい』という身勝手な欲望だ。義は家族全員を守ろうとしている希瑠にある。

 うつむいた理里に、希瑠は細い目をなごませた。


「そうだ、それでいい。お前はえらいよ……。

 ……さて。そういう点から、理里と珠飛亜の側から英雄たちに襲撃をかけることを了解してほしい。こればかりは譲れないんだ。分かってくれ」

「うん……分かったよ。俺たちの命が一番、大事だもんな……」


 表情に影を落としたまま、理里はうなずく。

 そんな理里を気にかけてか、希瑠は肩をすくめる。


「……そう気を落とすんじゃないぜ。お前は間違っちゃいない。その『正しさ』は、いつかきっとお前の役に立つ。今回はやむを得ず、それを曲げるだけのことだ…………。

 お前は、清らかな心の持ち主だ。その心に自信を持って、いつまでも大事にしろよ」


 希瑠はニコッと、ぐしゃぐしゃ、と理里の頭をでる。理里は心なしか、気分が明るくなったような気がした。


「……ああ!」


 目覚めてはじめて、理里は顔をほころばせた。





「さて……これで一応、方針は決まったわけだが。ひとつ、重大な問題がある」

「…………?」


 悩ましげに眉間に皺を寄せる希瑠に、理里が首を傾げる。


「何か不都合でもあるのか?」

「不都合というか…………実は、珠飛亜がまだ目を覚まさないんだ」

「えっ……そうなのか」


 左眼の代償よりも長く眠らされるとは、それほどまでの重傷だったのだろうか、と考えかけて、思い出す。珠飛亜が有村ありむら大河たいがとの戦いで、火だるまならぬになっていた光景を。


「……まあ、当然か」


 理里たち"異形いぎょう"という種族は、個体差もあるが、余程の致命傷でなければ死ぬことは無い。基本的にどんな傷も寝ていれば治る。腕を吹き飛ばされようとも、繋げて放置しておけば再生する。ただ、眠る時間が長いか短いかの違いでしかない。

 もっとも、例にもれず理里だけは、その治癒力を有していないのだが。


「かなり手ひどくやられたみたいだな。全身が真っ赤に腫れていやがった……2日経って大分マシになったが、ありゃあ見れたもんじゃないぜ」


 希瑠が顔をしかめる。

 恵奈も頷き、珠飛亜の惨状さんじょうを肯定する。


「見つかってからずっと、私の部屋で寝ているけれど……大量の毒を流し込まれて、身体が内外からかなり傷ついているみたい。自然治癒に相当、時間がかかっているわ。もう少し長く蜂に襲われていれば、命が危なかったでしょう」

「オレ、ちょっと様子を……」


 理里は立ち上がろうとする。が、恵奈に制止せいしされた。


「駄目よ」

「……なんでだよ。珠飛亜がああなったのには、俺にも責任の一端いったんがあるじゃないか。せめて、状態を――」

「……きっと珠飛亜ぴあちゃんは、今の状態をりーくんに見られたくないと思うの。あの子はいつも、理想のお姉ちゃんであろうとしているから……。

 今のあの子の姿を目にすることは、その努力を無にすることよ。だから、どうか、行かないであげて」

「……分かったよ」


 恵奈の言い分も理里には分かる。いわゆる、女の矜持きょうじというやつだろう。男が口を挟むことではない。


「で、問題はだな……珠飛亜がダウンしちまった今、誰がお前を守るかってことなんだよ」

「……あっ」


 理里は、そのことをすっかり失念していた。珠飛亜の安否ばかりが気になっていた。


(俺、やっぱシスコンなのかな)


 自らの深層に眠るものを再確認し、理里は少し鬱な気分になる。


吹羅ひゅーちゃんは綺羅きーちゃんで手一杯だから論外だし……となると、私か希瑠けーくんになるわけだけど。今、私は珠飛亜ぴあちゃんのお世話があるから、必然的に……」


 チラリ、恵奈が希瑠に視線をやる。


「やっぱ俺ですかー…………ボクじゃなきゃ、ダメぇ?」


 急に裏声うらごえになった希瑠は、上目遣うわめづかいで、まぶたを可愛らしくぱちくりさせる。心なしか睫毛まつげも長く見える。


 が。


「そうね。どう足掻あがいても貴方になるわね。これ以上りーくんに学校を休ませるわけにもいかないし、何もしてないプー太郎がいるんだから、使わない手は無いわね」


 恵奈は冷酷無比な心で、その愛嬌あいきょうをバッサリ切り捨てた。

 愛想が通じないと分かった希瑠は、今度は反論に入る。


「いや、何もしてないってのは違うぜ? 俺には自宅警備という至高の使命が」

「何もしてない、わよね?」


 が、恵奈の絶対零度の笑顔に、希瑠はネズミのように委縮してしまった。


「……その通りですぅ……」

「分かればよろしい。それじゃ、明日からお願いね☆」


 可愛らしいトーンで語尾を上げて、恵奈は和室を出て行った。後には、死んだようなかおの希瑠だけが残った。


「……ハ、ハハ……」


 こんな調子で、護衛が務まるのだろうか。不安に思いながら、苦笑する理里だった。


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