第十六頁
★
依頼人用のソファーに3人の女子が座っていた。向かって右から鉢田、燕、そして珠依だ。それぞれ、私服を着ているせいか学校で見る時より大人びて見える。
「この人は助手ね」
そう言ってオレは隣に座ったおじさんを紹介した。
「どうも、茂森篤夫といいます。よろしくね」
三人の女子は会釈こそするも表情は硬いままだ。
「今日集まってもらったのは――――」
そこまで言ったところで燕が苛々した声を上げた。探偵お約束のセリフはどうやら言わせてもらえないらしい。
「犯人の手口が分かったって話じゃないの」
「あ、うん。でも、ちゃんと確認をするために、3人にお願いがあって今日は来てもらったんだ」
「ということは、今日は犯人も、その手口も教えてもらえないってことなんですか?」
鉢田が困ったような困惑した声を上げる。
「うん、残念ながら。でも、今回協力してもらえたら、間違いなく証拠が手に入る。これで、すべての謎が明らかになるから」
「だから、日記を見せてほしいと。あたしに関してはもう名指しであんなこと書かれてるんだから、早く解決してもらわないと外もおちおち歩けないんだから。ってかどうせ、亜子たちなんでしょ。早く晒してやってよ」
「あのこと」とは吹奏楽部で起きた楽器落下事故のことだろう。珠依も棘のある話し方を隠さないようだ。不信感を感じているのも無理ないだろう。あの事故のことに加えて目の敵にしたはずの吹田に関する事実をオレが嗅ぎ回っているというのは既に耳に入っているはずだ。
「ちょっと落ち着いてよ。早期解決のためにも、犯人をあぶり出すための細工をしたいんだ」
「細工?」
燕がその言葉をオウム返しする。他の二人もぽかんとした表情をしている。
そこにおじさんが補足説明を入れてくれる。
「そう、簡単に言えば犯人に対して罠を仕掛けるんだよ。ほら、推理小説とかによくあるやつだね」
「あたし、小説とか読まないんで」
「あ、そうだったのか。現代っ子だなぁ」
相変わらず燕は刺々しい。とはいえ、おじさんがのらりくらりとその棘を交わしているのは面白い。
「とはいえ、具体的にどんな細工をするかは言えないんだけど、安心してほしいんだ」
「え、その内容は私たちにも教えてもらえないんですか」
鉢田が心配そうな声を上げる。
「うん、万が一この中に犯人につながる人物がいたらこの作戦は台無しだからね」
「夏目君、もしかして私たちのことまで疑ってるの?」
珠依がオレをきっと睨みつけた。とはいえ、嘘は付けない。
「そうだね。申し訳ないけど、オレたちは一つずつ確かめて疑いを晴らしていくのが仕事だからさ。被害を受けてるのは珠依さんたちで、気分が悪いのは重々承知の上でお願いなんだ」
そこまで、言うとかの情の表情はいくらか穏やかになった。同情と共感をされて気分が悪い人はそうはいない。
「わかった。朋子も、みのりもいいでしょ?」
それまで口を閉じていた二人が弾かれたように珠依を見た。
「あたしは、晴がいいならいいけど」と燕。
「朋子は?」
そう振られた鉢田は悩んでいる様子だった。一度は日記を見せてくれたものの、やはり細工だとか犯人をあぶりだすような物騒話になってくると心境は穏やかではないのだろう。
「―――あたしは、やだな」
「え」聞き返したのは珠依だった。
「あたしは、嫌だよ。この日記は犯人を捕まえるために使いたいものじゃないもの。もっと大切な目的のために使ってるものだから―――」
「じゃあ、朋子はこれからもずっとあの気味悪い日記が挟まれ続けてもいいっていうの?」
燕が珠依に加勢するように鉢田へ詰め寄る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど――――」
彼女の声は尻切れトンボの方に萎んでいく。
「じゃあ決まり、はいこれ」
そう言って珠依がオレに日記を渡した。
「じゃあ、おじさん、お願い」
渡された日記を隣に座るおじさんに渡すと、それを持って奥の部屋へと向かった。
「ありがとう。細工はすぐに終わるし、目に見えて目立つ何かを書いたりするわけでもないからこれからもあの日記は普通に使い続けてもらって平気だから。ただ―――」
「ただ?」聞き返したのはやっぱり珠依だった。
「向こう一週間だけでいいから日記を交換するたびにオレに一度見せてほしいんだ。もちろん、中を見たりはしないよ。それだけさせてもらえたら、大丈夫だから。昼休みの吹奏楽部の練習の時に音楽室で交換してる、で合ってるよね」
「うん。それだけでいいなら、あたしは構わないけど」
珠依が承諾したことで隣の二人も首を縦に振った。
「じゃあ決まり。交換場所はいつも通り音楽室でいいからさ」
「わかった。そこに夏目君が立ち会ってその『細工』を確認するってことね」
「うん」
そこから暫くしておじさんが戻ってくると、日記交換立ち合いの時間を簡単に打ち合わせて解散となった。基本はお昼休みに音楽室で受け渡しだ。
「おじゃましましたー」
女子3人組が事務所を出ていく。
「あ、ちょっといい?」
最後に玄関を出た鉢田がオレを振り返り声を掛けた。
「どうしたの」
「日記の犯人、あたしを襲った人だと思う?」
オレは一呼吸おいて、その不安げな表情に答える。
「はっきりするまで断定をしない主義なんだ。全部わかったら伝えるよ」
「そっか、ありがとう。よろしくね」
そう言って彼女は既に歩き始めていた2人に小走りで合流すると、商店街の方向へと丘を下っていった。
「ありがとう、おじさん」
「お安い御用さ。こっちの調査も完了かな」
「やっぱり当たってたんだ」
「うん、美術館にいた女の子は間違いなくあの子だったよ。本物を見て確信が持てた」
「そっか、じゃあとりあえず歩を呼ばないとね」
☆
七月三日
探偵さんがこの日記も読んでるんだってね。そうだよね、私はいないもの。
まぁ、そんな私自身が言うのも変な話だけれど、探偵さんには頑張ってほしいの。
良く見渡せば世界は悪意に溢れているわ。
理解できないこともたくさんある。でも、謎を一つ解くことで何かが変われば私も嬉しい。さて、私からの問題です。一番の悪者は誰でしょうか?
図らずとも、答えはその悪者がよく分かってるよね。
憐憫の情もそろそろ限界よ。
だからね、お願い。久遠 花蓮
七月十二日
時間と共に楽しみにしていたことがどんどん過ぎていくわ。
語学研修も、体育祭も、テストの後の席替えも、全部全部。
苦しみは誰にもわからない。
憎き悪者はどこまでいっても悪者のまま。
恐ろしいけど、私も覚悟を決めようと思う。
稚拙な私が始めたんだし、私が終わらせないといけないよね。
路傍の石でありたいな。久遠 花蓮
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます