第十五頁
★
「―――というわけなんだ」
オレはここまでの日記の当事者3人への聞き込みと、高坂亜子からの興味深い事実についてを歩に説明した。フィルム1の座席に沈み込むように座っていた彼が姿勢を正してオレを見る。ちなみに、松岡とのことは言わなかった。なんだか、恥ずかしいような気がしてしまったからだ。
「そこまで調べてくれてありがとう。吹田さんはやっぱり珠依さんに詰め寄られていたんだね。不登校になってしまうのも納得だよ。そりゃ、いつもいるグループからそんな扱いを受けたら行きにくくなっちゃうものね」
調査開始から3週間以上が経過していた。この間も、日記にページはだいたい一週間に一回のペースで増え続けていた。
「日記の方なんだけど」
オレはいよいよ本題を切り出す。ここまでの内容をまとめただけではまだ彼の依頼に対しての答えではない。
「うん。謎は解けそうなのかい」
「だいぶ、輪郭が見えてきていたんだ。そして、高坂さんの証言でほとんど確信に変わったと言える。でも―――」
「でも?」
「証拠がない」
そう言うと、歩はまた椅子に深く沈んだ。
「そうなのか。確たる証拠を犯人に突きつけてこその探偵だもんね。そう、バシーンとね」
「うん」
「それで、証拠はどうにかすれば手に入れられそうなのかい?」
「恐らく。あと一か月もすれば夏休みだ。少し急ごうとは思う。おじさんの方も調査が進んでいて、日記の販売元も特定できた。そして、そこに出入りしている可能性のある人物もほぼほぼ絞れている」
「そっか。じゃあ、僕はお任せしますとだけ言っておこうかな。夏目くんは結論が出るまで自分の推理を人に話さないって聞いてるからね」
きっとおじさんが吹き込んだのだろう。しかし、それは正しいわけでここで答えを求められなかったことに胸をなでおろした。
「ところでさ、夏目くん」
歩が改まったように話し始める。視線は何も映っていないグレーの銀幕に向いたままである。
「ん」
「こんなことを君に話すのはなんだか、変な感じなんだけどさ。僕、やっぱり吹田さんのことが好きみたいなんだ」
歩はその言葉を自分自身で噛みしめているようだった。オレは少しだけ間隔を空けてその気持ちを肯定した。
「歩の気持ちは大事にするべきだと思う」
「ありがとう。でもね、今なら拒絶をされたのも今なら分かる気がするんだ」
ここにきてオレは歩がなぜフラれたのかということを知らなかったことに気が付いた。顔も整っている、スポーツも勉強も中の上。決して目立つ存在ではないが、疎まれることや逆に存在感が皆無なわけでもない。無難かそれ以上の男子であることは間違いないはずだった。
「教えてくれるの?」
「うん。誰かに聞いてほしくて」
「じゃあ、聴くよ」
「ありがとう」
そこまで言うと、歩は黙ってしまう。話すつもりが気が変わったのだろうか。耳鳴りがするほどに静かな空間にオレは徐々に居づらさを感じてしまったころ、ようやく歩が口を開いた。きっと5分ぐらい時間が経っていた。
「吹田さん、自分を見ているみたいで嫌だったんじゃないかなって思ったんだ」
「え」
「ほら、吹田さんって誰とでも仲良くできるし、勉強もスポーツもそつなくこなせる。でも、一つだけ欠点があったんだ。こんなことを、本人でもない僕が語るのはとってもおこがましいし、気持ち悪いのも自覚してるんだ。でも、伊達に吹田さんを見てきたわけじゃないんだ」
歩は少しだけその顔を上気させて話していた。心の底からの言葉であることは一目瞭然だった。
「彼女には申し訳ないけれど、深いつながりを持てた人がいなかったんだと思う。『そつなく』を合言葉に生きてきた彼女は全部が平等で浅くて広い。本当の意味で心を許せた人がいなかったと思うんだ」
「どうしてそんなことが言い切れるのさ」
「僕もそうだったから」
間髪入れずに放たれたその返答は冷たく重かった。
「僕も同じなんだ。誰とでも仲良くしましょうなんて、保育園の頃から教わったことを律儀に守ってきたらこの様だよ。僕がそれが正しいと信じて生きてきた間に周りの同級生は派閥を作り、グループが乱立させて、お互いをいがみ合ってる。そして、僕はひとりさ。そのグループにも属していない空白にポツンと立っていた。大人から見れば誰とでも仲良くできる、どのグループともそつなく付き合える手のかからない生徒に見えると思う。でも、本人が感じているのは一つだけだよ、夏目君」
「孤独」
「そう、その通り。僕は孤独だった。ニコニコ笑っているだけで敵こそできないけど味方もできない。そんなの、辛くないわけないじゃないか。そして、そんななか4月にクラス替えがあって見つけたんだ。吹田さんを。同じだったよ。イメージできるかな、体から均等に同じ長さのテープが誰にでも伸びてるんだ。それは決して伸びることも縮むこともない。あの笑い方、話し方、彼女はグループに入っていたけど本心がそこにないのはすぐに分かったんだ。でもね、僕が人でなしなのはここだった。あの時、安心しちゃったんだ。あぁ、僕だけじゃないんだって。そして、気が付いたら―――」
「好きになっていた」
「うん、その通り。でも、彼女は僕と同じで警戒心が強くて、周りへのアンテナが非常に過敏になっている。だから、すぐに僕が同類だってわかったんだと思う。僕をフる時に彼女言ったんだ『私は一人でいいの』ってね。同族嫌悪ってやつなのかなぁって、今なら納得できるよ」
歩がこんなことを考えながら学校生活を送っていたなんて想像もしたことがなかった。そんな中、オレに声を掛けて心の内を話して依頼をするまでに、いったいどれだけの葛藤があったのかと思うと胸が痛くなった。
「話してくれてありがとう」
「いいんだ。むしろ、僕が聞いてもらいたかったんだし」
「一人でいることに何も感じないオレでは、共感できるなんては言えないけど受け止めることくらいはできるからさ。でも、今の話を聞いてなおさらこの件をちゃんと解明しようって思えた。歩の一番核の部分が知れてよかったよ。でも、一つだけ訂正」
「え、なんだい」
「吹田さんはきっと同族嫌悪なんかじゃないと思う」
歩はたいそう驚いた表情を浮かべた。
「なんでそんなことが言えるのさ」
「これは、探偵の勘、と今の内は言っておこうかな」
「そっか。じゃあそれも含めて真相が訊けるのを楽しみにしようかな」
「そうしてよ」と言って席を立つとオレはフィルム1を後にした。歩はさっきまでの席居座ったまま、後ろ向きに手を振った。彼も彼で整理が必要なのだろう。
★
「おじさんはどう思う?」
夕食後でお腹をパンパンにしたおじさんが難しい顔をしていた。
「うーん、ページが増えるトリックは分かったとしてもそれの現場をどうやって抑えるかだよね。どれも推測の域を出なくて、憶測と言われてしまえば反論ができないよね。その、よくいう『犯人に仕掛ける』っていう一手がないといけないよね」
日記にページが追加されていくトリックはほぼほぼ見当がついた。これはおじさんの調査があってのことだった。そして、灯台下暗しとはこのことなのだろうと痛感した。
「そうなんだ。でも、例のトリックを使われちゃったらどうしようもないんだよね」
うーん、と二人して頭を悩ませているとじいじが洗い物を終えてリビングに来る。
「それは、見えるものを使うからじゃろうが。見えないものを使えば簡単なことじゃよ」
逆転の発想とはこのことだった。
翌日の土曜日、交換日記の当時者である3人に事務所に来てもらうことをお願いした。吹奏楽部はちょうど休みの日を狙った。もちろん窓口は吹奏楽部に伝手のある丸山先輩だ。名目としては犯人の手口が分かったかもしれないということにしてある。
そして、あっという間に夜が明けた。
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