第三頁


【記録】


□最初に“現象”が確認されたのは五月十五日


※現象=交換日記に書いていないはずの日記が書かれていること




□交換日記の当事者


球依たまより はれ 


鉢田はちだ 朋子ともこ 


つばめ みのり


※3人の共通点:星の杜第一中学校、2年4組、吹奏楽部、女子、関谷がフラれた吹田の友達




□日記の形状、細かい“現象”が確認された状況は不明




□【依頼人】関谷 歩について


・星の杜第一中学校 2年3組


・演劇部


・吹田葵に告白するも断られ吹奏楽部との関係△



「私が気が付いたときは既に書かれていたの」


珠依晴たまよりはれにダメもとで声を掛けた時にこうも協力的な態度を示してくれたことは調査をする上では最も大きい収穫の一つだった。


オレが関谷から話を聞いた次の日、早速、休み時間に廊下を一人で歩いていた彼女に声を掛けた。一重の切れ長なの目を怪訝そうに細めた彼女に日記の噂をぶつけた。変に隠して話を聞くのは信用を失いかねないのでほとんどをありのままに話した。


すると彼女は初めこそギョッとした態度を見せたものの「誰かに相談したいところだった」と素直に調査に協力してくれた。


「なるほど……ちなみに、実際のノートを見せてもらうことはできますか」


その質問に珠依は逡巡したのち「ごめんなさい」と答えた。


「あれは私たちの、そのなんていうか、内側が書かれているの。それをいくら何でも誰かに見せるっていうのは気が進まないの。分かってもらえると嬉しいけど」


当然と言えば、当然の反応だった。とはいえ、彼女は追加されたページの状況についてはよく記憶しているようで詳しく教えてくれた。


「初めにページが増えていたのは五月十五日。見つけたのは、みのりだったと思う。あ、実りってわかる? 燕みのり、ね。私たち、吹奏楽部だから。ちなみにね、私たちの日記はその日の担当の名前、3行ぐらいの日記、次の人にメッセージみたいな感じでそんなにたくさん書くことはないから、比較的小さい日記帳なの。とはいえ、基本的には一日一ページで余白には何かイラストを描いたり、自由スペースとして使ってるの。で、その日は朋子からみのりに日記がまわってそこまでの内容を私とみのりが読んでいた時に変なことに気が付いたの。私はその2日前、つまり5月13日に書いている、そして、14日は朋子、そして15日にみのりが書くはずよね。で、私が日記を書いたときはページの下に印刷されているページ数が21ページだったの。でも、その時、朋子が書いていたページは23ページ。22ページ目が飛んでるの。それで、一ページ戻したら、あの日記が見つかったっていうことなの」


そこまで、少し興奮気味に話し終えた珠依はオレに意見を求めているようだった。


「なるほど、つまりそこの日記を3人以外の誰かが書いたと」


「その時だけだったら、それが書けるのは一日前の日記を書いた朋子だけよね。でも、それはその後も私の後だったり、みのりの後だったりばらばらに続いたの。そうなると、私3人全員が犯人だし、好きで始めた交換日記のためにお互いを怖がらせるなんて意味がそもそも分からないでしょ」


まったくその通りであった。推理小説の中には「探偵以外全員犯人でした」という奇抜なトリックで読者を驚かせてきた作品が有名なものだけでもいくつかあるが、今回は被害者も自分たちなわけだ。とても辻褄の合った犯行とは思えない。そもそも利がないのに犯行は行われない。その事件が起きて一番得をする人物がいるかというのが調査をする上ではかなり重要なポイントになる。今回はそれが現時点では全く見当がつかない。なにせ、被害はその日記帳であり、非常にプライベートな部分になる。しいて言えばそのプライベートな部分を覗き見ているぞというアピールなのかもしれないが、そもそも3人の中に犯人がいるとすれば別にそんな嫌がらせをせずとも日記を読むことは容易にできることなのである。もし、3人の中に犯人がいるのであれば極めて支離滅裂だ。錯乱しているともいえる。


「ちなみに、その追加された日記の内容ってどんなことが書かれていたんですか」


「うん。担当者の名前は久遠花蓮くおんかれん。もちろん知らない名前。そして、日記の部分には『今日から私も混ぜてもらうね。』みたいなことが書かれてたの。すごく整っていてパソコンで打ったみたいな文字だったから、余計に気持ち悪かったのを覚えてる。すぐに朋子にも見せたんだけど、『前の日に日記を書く時にはそんなものは書いてなかった』って。朋子もすごく怖かったみたいであの時は動揺してたように見えたわ」


突如として彼女たちの日常に現れた異変はその後もたびたび顔を出すわけになる。しかし、彼女たちはその気味の悪い日記が中断や休止をされることなく続いていく。これは非常に興味深い事実である。普通だったらとうに止めていてもおかしくないにも拘らず彼女たちは続けるという判断を下した。


「ちなみに、日記は現在も続いているということでいいんですよね」


「もちろん。私たちはあんな子供騙しみたいな悪戯でせっかくの交換日記をやめたりしないわ。ノートだってせっかく朋子が用意してくれたのに。まぁ、誰だか知らない人に日記を読まれるってのは気が進まないし、早くなくなってほしいのは本音だけどね」


「なるほど、ちなみに日記に書かれること以外に何か嫌がらせの類があったりしますか」


ここで、珠依は表情をこわばらせた。何かを引き当てたのだろうか。


「日記に書かれたことに繋がっている部分なんだけど、朋子に対して『まだ、帰り道は暗くなるのが速いからは十分に気を付けてね』みたいなのが久遠花蓮が出始まってすぐの頃に書かれて―――」


「あっ」


「そう、あの事件、結局犯人は見つかってないけどあの前の日がその日記が差し込まれた日だったの」


鉢田朋子が帰り道に謎の人物に襲撃をされたあの日。彼女は相手は女だったと証言したそうだった。手がかりはほぼ皆無で、結局、警察は注意喚起をしただけで手も足も出ていないと聞いている。


「じゃあ、もしこんなことを珠依さんたちにする人がいるとすれば心当たりはあったりしますか?」

この質問にも珠依はしっかり時間をかけて答えた。オレは手に持っていた少し長めのペンをぐるりと回す。今回は出番がなさそうだが。

「正直、いないの。朋子を襲おうとした犯人がこの件と関係あるかはわからないけど、私たちに交換日記をさせたくないとしてもいまいち理由がわからないし、そもそもこの日記があるからって誰かが得することも無ければ損をすることもないでしょ。だって、私たちの日常が書かれてるだけだもの。これはあくまでも仮にだけど、私たちの誰かを好きな男子が犯人だとすれば好きな子の日常を覗き見れるファン垂涎のアイテムなのかもしれないけどね」


そう言って自嘲気味に笑う彼女は本心では少し参っているように見える。


「わかりました。いろいろ答えてくれてありがとうございます。珠依さん以外の2人にも話を聞くことになるかもしれないけど、それは大丈夫ですか」


「ええ、もちろん。早く解決してくれると私たちも安心して交換日記ができるし。お願い」


こうして、当事者である珠依晴への聞き込みが終わった。


全体を通して彼女は嘘をついているようには見えなかったものの、質問に答える間などを鑑みるとまだ話してくれなかったことがあるのは間違いないようにも見えた。それはある意味当然の反応ともいえるだろう。昨日まで話したこともなかったような同級生の異性に何でもかんでも話すということは普通はない。女子は往々にしてステップ、つまり段階を踏むということを好むのだと女性経験がきっと少ないはずの篤夫おじさんが言っていた。唐突に白馬に乗った王子様が迎えに来ることをどこかで期待しつつも、いざ、現実の異性から飛躍したアプローチを受けると残念なことに反射的に嫌悪感や拒絶反応を示してしまうらしい(あくまでもおじさんの持論だが)。


しかし、それ以上に残念なことにオレは女子とどうにかなりたいという思いをこれまで持ったことがないのだからことさら共感もできないということだ。

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