農業貴族クルミ

 コックさんコスに味を占めた私は、畑に行く前に作業着コスに身を包んだ。そんなに可愛くないが仕方ない。何故ならただのハズレなのだから。


 クルミ・マーガレット・ミルク

 LV:5

 スキル:料理、手芸、農業

 魔法:火魔法

 装備効果:高速作業、疲労減弱、器用、工業、土木、農業、第一次産業・第二次産業増強


「凄いっ! このセット、装備効果なんて無かったのに! こ、これが異世界転移チートと言うやつか!」


 それに比べて私本人のチートがショボい。ポコポコファイヤーボールと手芸、農業。だ、大丈夫か、私!


 いや、コスチュームチートがあって良かったと思おう。前向き前向き!一々着替えないといけないのは面倒だけど。妖精パワーとかでプリキュアみたいに変身できないものか。


 問題は盗まれたら詰むということ。ゲームではコスチュームやアクセサリーはクローゼットでしか交換できなかったので、保管もインベントリではなくクローゼットになっていた。インベントリに入るなら、盗難防止に入れた方が良いね。


「生産職の夢が詰まったチートだなぁ。水産業だけ弱いけど。漁業って作業着使うのかな?防水ウエアを着てるイメージだね」


 インベントリがあるから要らないんだけど、気分的に収穫物を入れるカゴとクワを取り出して畑へと向かった。


「バウバウ!」


「ぎゃー! く、くまー! た、たちけてー!」


 畑に入ると途端に私は大きな獣に襲いかかられた。


「ぷぷぷっ、たちけてーだってなの!」


 酷いよ、ココ!助ける努力くらいしてくれても良いじゃない!


 恐怖に目を瞑って固まっていると、生暖かい息が顔に掛かり、そのまま顔を舐められた。


「ひぃっ!」


 恐怖で死にそうになったものの、一向に齧られる気配が無く、うっすら目を開けてみると、白い毛玉が覆い被さっていた。


「わん!」


「ぷぷぷっ、クルミ、ビビりすぎなのー!」


「えっ、ええ!?」


 よく見ると、大きな、とても大きなわんこだった。サモエドかピレネー犬みたいだけど、もっと大きい。


「えっ、あれ !? わんこ!? あっ、シロだー!」


「わんわん!」


 フワフワモコモコのわんこは、ゲームの中のペット兼牧羊犬のシロだった。牧羊犬と言ってもゲームでは特に何をする訳でもなく、ミニ牧場で寝てたり、畑を散歩していたり、割と自由なわんこで、ホームで寝ていることも多い。


 ちなみにハンティングミニゲームに犬を連れて行くと、獲物出現率や捕獲率が倍増する。ダックスフンドタイプだとアナグマやウサギが激増するらしい。


 ダックスフンドってアナグマ犬っていう意味のドイツ語で、アナグマの巣穴に潜り込みやすく品種改良された狩猟犬なので、アナグマやウサギが穫りやすくなるみたい。ほのぼの系ゲームの癖に変なところはリアル。


 うちの子はみるくよりかなり大きいので、イノシシやキツネなんかを追い込んでくれる。 ウサギは時々。


 そしてシロは本物のサモエドよりずっと大きいので、なんと乗って散歩できるのである。乗り物扱いじゃないんだけど、その分家の中でもどこでも乗れる。移動速度増加用のユニットでもあるのだ。ほのぼの系ゲームだからアバターが歩くの遅いんだよね。 あ、ダックスには乗れないよ。


「シロ! あなたもこっちに来てたのね! ホームの中に居ないから来てないと思ってたよ!」


「わふぅ?」


 小首を傾げて可愛い。和むわー。


「今日は一緒に寝ようね!」


「わん!」


 おっきな尻尾がパタパタ揺れて嬉しそう。


「もしかして、畑とか牧場を守ってくれてたの?」


「わふぅ!」


「そうだよって言ってるの」


「凄い、ココってシロの言ってること分かるんだ?」


 ココは自慢気な顔で飛んできて、シロの頭に乗った。


「当たり前なの! だってココは妖精なの!」


 そうだった、妖精だった。単に羽根付きのちっこい食いしん坊として認識してた。


「そうだった! 妖精なんだった!」


「クルミはお馬鹿さんなの!」


「うちの妖精さんは口が悪いねぇ。悪い子はプリン抜き!」


 私の言葉にココは青ざめ、涙目で飛びかかってきて耳たぶを引っ張った。だから何故耳たぶを引っ張るのか。


「わ、悪い子じゃないの! ちょっとお茶目なだけなの! ごめんなさいなの、プリン食べたいの!」


「分かった分かった。分かったから、耳たぶ引っ張んないで!」


 ココって小さな子供みたいで可愛い。多少口が悪くても何か憎めないのよね。


「じゃあ、シロが守ってくれた畑を見てみようかな」


 畑にはジャガイモ、トウモロコシ、トマト、カボチャが生っていた。ゲームなので作物の季節は全く関係なかった。ガチャかショップで手に入れた、種もしくは苗を植えたら、特に除草や除虫も必要なく、数回のマップチェンジかタップで成長していた。


 まだまだ種も苗も大量にあるけど、無くなったらこの世界の種でも大丈夫かな? 念の為に収穫物から種芋とかカボチャの種とかとっておこう。トマトの種って、発芽するのかな?


「さて! 収穫するかー! まず、ジャガイモからいこうかな。ジャガイモ掘るのって鍬の方が良さそうだけど、ブルーベル・フォレストってクワしか無かったんだよねぇ。まあ、やってみよっと。えいっ!」


 畝にクワを突き刺した瞬間、土の中からジャガイモが飛び出した。何を言ってるのかと思うだろうけど、畝全体のジャガイモが飛び出したの。


「ぎょわー!」


「ぎょわーっだってなのー! クルミ、面白いの! もっとやってなの!」


 チビ妖精がバカウケしながら私の周りを飛び回った。ええい、鬱陶しい!


「プリン!」


「ごめんなさいなの!」


 しかし、驚いた。黒ひげ危機一髪で当たりに刺したみたいに、畝全体のジャガイモがポーンと飛び出したのだ。しかも葉や茎は消えてしまった。


「ビックリしたなぁ。まあ、楽で良いけど。これって仕様なのかな、スキルなのかな?」


「仕様なの。いつもやってるの。クルミ憶えてないの?」


「そうなんだ? いつもこんなポンポン飛び出てた?」


「いつも飛び出たのをそのままインベントリに入れてたの」


 ああ、そういうことか。ゲーム画面では畝にタッチしたら、収穫物のアイコンがポップしてそのままインベントリに格納されていた。収穫物ポップが現実だとこうなるのか。


「そのままインベントリってどうやるの?」


「別に普通にインベントリに入れるつもりで掘るだけなの」


「そうなんだ。やってみるね!」


 次の畝にクワを突き刺すと、またジャガイモがポンポン飛び出て、落下し始めた瞬間にインベントリに送られていった。


「超便利なんですけど! 農業スキルの必要性を感じないんですけど!」


 楽しくなってきて、一気にジャガイモの収穫を終えてしまった。落ちていたジャガイモも近くに寄るだけで回収された。ゲームでもアイテムはなぞるだけで回収できてたもんね。


「なかなか楽しいね、農業の楽しさと違うけど。次はカボチャか。ハサミ? 鎌?」


「そんなの要らないの。手で取ればいいの」


「そう?」


 引きちぎれば良いのかなと思ってカボチャを持った途端に、またしてもポポポポーン! イ、インベントリ!


「ま、間に合った!」


 何とか落下する前にインベントリに収納するとこができた。回収して廻るの面倒なんだよね。贅沢言い過ぎなんだけど。


「プリン作っちゃったけど、カボチャプリンでも良かったなー。パンプキンスープ、カボチャパイ、キッシュ、タルト! 全部美味しそう! あと、カボチャの煮物も!」


「わーい!ご馳走なのー!」


 ふふふっ、ドンドン行くよ! ポポポポーン!


「いやぁ、大漁! 漁じゃないけど! うちで食べるには多いから、今度ギルドに売りに行こうっと。ああ、マルシェやってみたくなってきた!

 有料会員かー。無料会員で引き入れたら、勝手に魅力的な有料会員に流れるとは良くできたシステム! 密林通販みたい」


 ああ、楽しみだ。ショボいチートとか言ってごめんなさい。生産チート最高! 平和が一番!


「どうしよっかなー。トウモロコシ、カボチャ、トマトかー。そのまま売っても良いけど、スープバーも良いなぁ。まとめて作れるし。キッシュも良いけど数作るのが大変だから…あっ、大変じゃないんだった! コックさんならいくらでも作れちゃうよ!

 何これ、夢が広がる! ああ、マルシェにお店出したい!」


 ああ、また課金してしまうのね。これが私の業(カルマ)なのね。


 まっ、いっか! 戻れるかどうかも分かんないし、とりあえず毎日を楽しもう。戻ったら生活を楽しむ余裕なんてないしね。


「ふんふんふん、わーたしは、可愛い、農家の娘ークルミちゃんー♪ 美味しい野菜はどうですかぁー♪」


 へっぽこソングを歌いながら収穫を続けていると、シロが楽しそうにピョコピョコ跳ねている。踊ってるのかな?


「トメィトゥも甘くて美味しいよー♪」


 トマトもガッツリ収穫!


「いやぁ、楽しいなぁ。カゴ要らなかったけど!」


 要らなかったカゴをインベントリに戻し、次に植える物を考える。


「これ肥料とかいるのかな?」


「要らないの。クルミのマナが肥料なの」


「マナ? そんなの私持ってるの?」


「皆持ってるの。特に村の人達のマナは普通よりずっと濃くて多いの」


 村の人達ってプレイヤーのことかな。魔力とはまた違うのかなぁ。


「マナって垂れ流し? 意識して送るの?」


「どっちでもいいなの。意識してなくても勝手に育つし、意識してマナを与えたらすぐ育つの」


 ああ、作物は放置でも育ったけど、苗をタップしまくったらすぐ成長してた。なるほど、ゲーム準拠なんだね。


「じゃあ、試しにやってみよう。スイカ食べたいからスイカで」


 季節と関係なくできるかも確かめられるし丁度良い。


 スイカの種を取り出し、これを播こうと思った途端に種が手から飛んでいって、畝に埋まっていった。


「ええっ、これも自動なの? ちょっと楽(らく)し過ぎかなぁ。あと耕すの忘れてた」 


「耕さなくても大丈夫なの。マナがあれば、収穫した後勝手に元の状態に戻るの」


「言われてみれば崩したはずの畝がまたできてるね」


 どうもホームエリア全体がゲーム寄りの環境になってるみたい。牧場もそうなのかな。


「じゃあ、スイカちゃん、スクスク育ってー!」


 タップ代わりに畝をポンポン叩いてみるとすぐに芽が出て、さらに叩くと叩く度に芽が成長し、ついにはスイカを実らせた。なんか可愛い。タップが打ちでの小槌みたい。


「早いなー! ゲームの時と変わらないくらいだね!」


 だとすると、放置していてもウロウロしてるだけで実が生るはず。


「うわぁ、引くくらい生産チートだけど、やり過ぎると他の農家さんの営業妨害になるから、あんまり作らないようにしよう。やっぱりスープバーかな」


 スイカを収穫してしまうと、新しい種を蒔くのは止めておいた。何事も程々が良いのだ。課金以外はね?


「次は牧場を見に行こう」


「バウ!」


「牛乳なの!」


 ミニ牧場では牛と羊がのんびり草を食み、ニワトリが地面をつついていた。それぞれ番(つがい)なのか二匹ずつ。


「牧草もすぐ生えちゃう感じ?」


「畑と一緒なの」


「じゃあ、牧草を探して移動とか、餌を別に用意したりとかしなくていいの?」


「大丈夫なの。そもそも、この子達も妖精なの。マナだけでも生きていけるの」


「えっ、じゃあ、ココも食事要らないの?」


 ココはしまったと焦った様子で、また私の耳たぶを引っ張った。


「た、食べなくても平気だけど、ココは食べたいの! 牛さんも羊さんも食べなくても良いけど草を食べてるの!」


「そうなんだ。いや、別にあげないとは言ってないよ? 確認しただけ」


「も、もうなの! 紛らわしいの!」


 ココは小さなほっぺたを膨らまして抗議している。


「一人で食べるより、一緒に食べる方が美味しいもんね」


「そうなの! だからココも一緒に食べてあげるの!」


「うふふ、ありがと」


「わんわん!わふっ!」


 シロが尻尾をパタパタさせながら、僕も食べるよと言っている。可愛い奴め!


「でも妖精さんならお肉にはできないね。いつも通り牛乳と羊毛と卵を貰えばいいか」


「お肉ならウサギを狩ってくればいいの」


「そうだね。シカもいるかも。今度ハンティングしようか。モンスターとか出たら恐いから、セリスを誘っていこう。あの子レンジャーだし」


 しかし、牧場の生き物達が妖精だとは知らなかった。確かにゲームでは死ぬこともないし、妖精の森だからモブも妖精だったんだね。あれ、豚はお肉取れた気がする。


「豚さんはお肉取れなかったっけ?」


「豚さんはお肉を分けてくれるの。牛さんもお肉を分けてくれる子もいるの」


「それは解体するわけじゃないのよね?」


「あ、当たり前なの! クルミ恐いの!」


「や、やだなー。確認じゃないの!」


 同じ妖精を殺して食べると言われれば、それは恐いだろう。確かにゲームで豚をタップしても豚は消えずにお肉がポップした。お肉を分けてくれるというやつなんだろう。豚も飼っておけば良かった。私、料理に使う肉は大体豚肉か鶏肉だったんだ。安いからね。

 羊肉も好きなんだけど、この子達はお肉くれないかな。


「羊さんはお肉くれる子いないの?」


「いなかったけど、聞いてみたらいいの」


「えっ、お願いしたらくれるの?」


「その子によるの」


 早速モコモコ羊さんにお願いしてみた。


「もしもし、羊さん。マナを沢山あげるからお肉を少し分けてくれない?」


「メェー」


 ポンとお肉がポップした。ビックリしたけど、なんとか地面に落ちる前にキャッチできた。お肉屋さんみたいな紙に包まれている。


「ありがとう!」


 マナが渡せてるのか分からないが、とりあえずモコモコをポンポンしておいた。


「モォー」「コッコー」


「牛さんもニワトリさんもくれるって言ってるの」


「まぁ! うちの子達は何ていい子なんでしょう!」


 ウキウキしながらお肉をもらい、ポンポンしてまわる。何だかポンポンするのも楽しくなってきた。


 不思議なことに、お肉の部位は私の好きな物になっていた。羊肉はロースと骨付き背肉、牛肉はなんと、牛タン、ミノ、ハラミ、カルビ、ロース、フィレだった。好きじゃないセンマイとかは入ってない。

 鶏肉に至っては、丸鶏なんですけど、どういうこと?


「ニワトリさん、ニワトリ一匹くれたけど、どうなってるの?」


「自分の肉じゃないの。妖精の肉を食べるなんてとんでもないの! 牛の妖精は牛肉、羊の妖精は羊肉、ニワトリの妖精は鶏肉を召喚してるの」


「なにそれ、凄すぎるんですけど!」


「妖精は凄いの! でも、凄いことをできるのは、マナに溢れたブルーベル・フォレストの村の中だけなの。この世界じゃクルミのホームだけなの」


「そうなんだ! へぇ! お肉の種類のセレクトはどうなってるの?」


「クルミが食べたかった部位を選んでくれてるの」


「なるほどー、道理で私の好きなのばっかり」


 妖精凄いな! 私の好みまで理解しているとは。ますます豚さんもほしい。ショップかガチャが機能するか後で確認しよう。


「あ、そうだ。そもそも牛乳と卵と羊毛貰いにきたんだった。皆、くれるかな?」


 妖精さん達は頷いて、ポポンとポップさせた。


 毛束と毛糸の羊毛と鶏卵はカゴに入って、牛乳はミルクタンクに入っている。 これって生乳かな? バター作れるかな?


「ありがとう! 今度乳搾りしても良い?」


 リアルの牧場で乳搾り体験をしたことがあるんだけど、楽しかったんだよね。


「妖精はお乳出ないの」


「あっ、そうなの?」


 見るからにホルスタインな乳牛なのに。


「妖精はマナを食べて生きてるから、お乳は必要ないから出ないの」


「ああ、なるほどー。納得です。でもせっかくの農業スキルだから何かやってみたいなー」


 手芸スキルでセーターを編もうと思ってるんだけど、私の個人スキルってほとんど何も役に立ってないんだよね。まさかここには冬がなくてセーターも手芸スキルも要らないとか、ないよね?


「街から牛を買ってくればいいの」


「そうかぁ、まあ、そこまでしなくてもいいかな。あっウサギを養殖しようかな。牛より簡単そうだし。でも一人で世話するとなると遠出もできないか。そのうち旅行もしてみたいし。

 ま、追々考えようっと」


 これで調味料以外は自給自足できてしまうことが分かった。農業貴族さまだ!


 農業王に私はなる!なんちゃって。

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