リロイマルシェ

 セリスのホーンラビットと薬草を納品するためにハンターギルドへとやってきた。


 ハンターギルドの一階には酒場が併設されている。アニメでよくある感じ。でも流石にお昼前からお酒を飲んでいる人はいない。ギルドメンバーでなくても食事は可能だそうで、何人かランチをとっている人がいた。今日の日替わり定食はチキンステーキ。美味しそうな芳ばしい匂いがする。


 登録に来た訳じゃなかったからか、酔っ払いやチンピラに絡まれるというベタイベントは発生しなかった。


 セリスが納品している間、手持ち無沙汰になったのでギルド内にある売店を覗いてみた。テントやロープにカンテラ、クッカー、ピッケル、ファイアスターター、ナイフなどキャンプ用品がならび、各種ポーションがショウケースに陳列されている。キャンプしたことないけど、キャンプ用品店ってなんかテンション上がる。


 その他にはギルメン限定販売の地図や薬草図鑑、魔物図鑑など冒険者に必要そうな本も置かれている。ワクワクしながら商品を見ていると、セリスがやってきた。


「楽しそうだね。何か掘り出し物でもあった?」


「掘り出し物って訳じゃないけど、地図は欲しいな。ギルメン限定みたいだけど、商業ギルドでも売ってるかな?」


「売ってるはずだよ。でも地図の情報が違うんだって。ハンターギルドの地図は、魔物の生息エリアや薬草などの採集ポイントなんかが記載されていて、商業ギルドの地図は主要な交易路について安全性がどの程度かとか、各街のギルドで他の街より高く買いとってくれる物品なんかが書かれているらしいよ」


「なるほどー。本来そういうのは自分で行商しながら培うものなんだろうけど、共有した方がギルドも必要な物が手には入りやすいし新人が破産するのを避けられてウインウインだもんね」


「供給が増えると買取価格が変わるし、季節によって需要も変わるから、毎月新しい地図が売り出されるんだよ」 


「ふわぁ、月刊情報誌だね! 流石に商業ギルドは商売が上手いね」


「ハンターギルドのはずっと同じやつだよ。イレギュラーな魔物は討伐依頼で分かるし、新たな採集ポイントは皆秘密にするから共有されないからね」


「違いがあって面白いね!」


 採集ポイントの地図は見てみたいけど、私には交易路の安全性が分かる商業ギルド版の方がいいかな。別に遠出する予定はないからそんなに要らないけど。落ち着いたら観光とか行ってみたい。


 激レアアイテムに四人乗りのオープンカーとがあって、あれで旅してみたい。あと、最近のキャンプブームに乗っかってキャンピングカーも実装されたらしい。実装されたばかりで、まだ持ってる人見たこと無いけど。車とかログハウスはエクストラガチャで一回当たりの必要ルビーがとても多くて流石にそんなに回せなかった。


 普通のルビーガチャはルビー5個からだけど、エクストラガチャは一回50個、10連ガチャだと500個必要で、10連ガチャでしか出ないものがある。キャンピングカーは10連ガチャでしか出ないらしい。

 酷くない? ルビー1個100円だよ? 500個って5万円じゃないの! 5万円も出したらガチャじゃなくてショップで売ってよ!

 逆に一部のコスチュームや乗り物はショップでしか買えず、ガチャでは出ないというコンプ厨に対する極悪さ。まぁ、大した物は売ってないんだけどね。乗り物は幌馬車とロバくらい。

 えっ? 持ってますけど? よく訓練された廃課金者ですけど、なにか?


 ゲーム時代、ショップアイテムのロバとリアカーを買ってロバのパン屋をやっているプレイヤーがいた。ロバのパン屋って、昭和の時代に実在してたものなんだけど、リアルでは見たこと無い。一体何歳のプレイヤーなんだろう。今度私もメロンパン売りに来てみようかな。


 ちなみにルビーの要らないノーマルガチャは雑貨とショボいコスチューム。一日一回無料で、ゲームマネーでも回せる。野菜の苗とかは結構当たり。


 救済処置なのか何なのか分からないけど、このゲームではアイテムのリアルマネートレードが認められていて、エクストラガチャのアイテムは物によっては一万円くらいで売れる。キャンピングカークラスだとオークションに流れてもっと高くなる。

 良く訓練された廃課金者はダブりを売りさばき、そのお金でまた10連ガチャを回すのだ。


 ボーナスを注ぎ込んだエクストラ10連で、欲しい物が出なかったときの腹立ちと胃の痛みを思い出して、どんよりしてきた私を見かねたセリスは、私を市場へと連れて行ってくれた。ちなみに小悪魔コスセットは、結果的にシャネルのスーツより高くついた。


 市場は露天商で午前中だけの営業なのだそう。リロイマルシェというらしい。何故にフランス語。小洒落た名前というニュアンスでフランス語に翻訳されているのかな。


 市場には見たこともない果物や野菜が沢山あるが、馴染みのある玉ねぎや大根、リンゴなども並んで売られていた。食材が共通してると何だか安心する。


 変わり物では幼虫のような物も食材として売られている。元の世界でも海外に行くと結構虫が売られている国は多い。日本でも蜂の子やイナゴはよく知られているし、蝉を食べる地域もある。


 虫は高蛋白でミネラルも多く、生産効率も高いため将来的な食糧難や宇宙長期滞在時の食料として期待されていると聞いたことがある。エビみたいな食感らしいけど、私としては多分シャコみたいな感じなんだろうと想像している。あれ虫っぽいし。


 桃のような匂いのする美味しそうな果物と鮎っぽい川魚やムール貝のような貝を購入。


 継いで岩塩とパスタやキノコ、チーズを購入した。牛乳はミニ牧場で回収できるけど、チーズは無理だ。チーズ作りは農業高校マンガで見たけど、あれは流石に無理だ。


「いやー、可愛い子だね! 可愛いからこれも持って行きな!」


「おやおや、可愛い悪魔ちゃんじゃのう。このフルーツ食べるかい?」


 さすがみるく、可愛さ炸裂で色々サービスされてしまった。あっ、もしかして小悪魔コス効果が発動しているのかな? それなら申し訳ないな。そろそろ移動しようかな。


 試食に貰ったフルーツの美味しさに興奮していたら、しっぽアクセがピョコピョコしていた。芸が細かいなこの小悪魔コス。


 あ、オリーブオイル?みたいな良い香りのする油も買っておこう。


 はっ、お腹が空いてきたから食べ物ばかり買ってしまった。


 魔道具はないのかなー?


「ねえ、セリス。魔道具はどこ?」


「マルシェはその日採れた食品が売られているの。魔道具は専門店で売っているよ」


「じゃあ、お昼奢るからそこに連れてってくれる?」


「別にご馳走してくれなくても連れて行くよ?」


 ええんやで。10代半ばの年齢で命懸けのハンター稼業を頑張ってるセリスちゃんに、おばちゃんがご馳走したいんやで。今は12歳だけど。


 セリスのオススメは湖畔のオープンカフェで、確かにとても見晴らしがいい場所で、天気も良いのでオープンカフェは気持ちが良い。


「何がオススメ?」


 見知らぬ食材もあるみたいだし、ジモティのオススメに従うのが一番。街に入ってからは平和なので、海外旅行に来てる気分になってきた。


「この魚介類のパエリアが美味しいよ」


「あっ、パエリアいいね! それにしよう」


 こっちのお米がどんなお米か楽しみだ。セリスもパエリアを頼み、ピザもあったのでそれも一枚シェアすることにした。


 やがて良い香りを漂わせながら、料理が運ばれてきた。


 料理はどちらも元の世界と大差ないように見える。魚介類のパエリアは、見た目はシーフードパエリアだ。エビやイカっぽいものが入っているが、この世界ではイカも湖で穫れるのかな。


 ピザもトマトソースにモッツァレラっぽいチーズ、バジルっぽい香草、アンチョビっぽいものが載ったもちもちナポリピザだった。


 何だかヨーロッパに来たみたい。昔から迷い人がいるみたいだから、同じ料理が広まっていてもおかしくない。料理人の迷い人だって一人くらいは居そうだし。


 パエリアのお米は長粒種だ。スペインは日本と同じ中粒種だった気がするので、そこが違うけどこれはこれでスープをよく吸っていてとても美味しい。トルコ料理っぽいテイスト。


 ピザが空中でちょっとずつ消えていく。ココが食べてるんだろうね。


 ピザは日本で食べるより美味しいかも。チーズがとても美味しい。日本産のモッツァレラチーズはほとんど牛乳で作っていて、このモッツァレラ風チーズは風味が弱い。本当のモッツァレラは水牛の乳で作ったもので、日本では一社か二社しか作っていなかった。だからモッツァレラはほぼ輸入品で、ちょっと高めのピッツェリアに行かないと美味しいマルゲリータやロマーナは食べられなかった。


 この世界のモッツァレラは水牛かどうか知らないけど、水牛並みに脂肪が多いミルキーな生乳を使っているはず。


 さっきチーズを買ったお店は、このモッツァレラと、カマンベールっぽい白カビ、ロックフォールっぽい青カビ、リヴァロっぽいオレンジ色のウォッシュタイプ、パルミジャーノ・レッジャーノ風味のハードタイプと中々の品揃えだった。

 チーズは流石にカッテージチーズ位しか自作できない。ゲームでもチーズはあったけど一種類だったので、よくスーパーで売ってる6Pチーズみたいな日本人に馴染み深いプロセスタイプだと思う。


 だから色々なチーズがあって、とても嬉しい。無いと料理の幅が狭くなってしまう。まあ、ウォッシュタイプは無くても良いけど。パルミジャーノの粉チーズは必須でしょ!


 パンくらいならレーズンとかヨーグルトで酵母作れば良いし、極端に言えばワインなんか葡萄を潰して置いておけば作れるらしいし、日本酒なんて米を噛んで吐き出して置いておけばできるので何とでもなるけど、チーズは無理!


 件の農業高校マンガによるとレンネットなんて哺乳中の子牛の第四胃から抽出するらしい。チーズの醗酵も年単位だし。そんなの無理に決まってる。


 チーズについてセリスに熱く語ってしまった。セリスは料理をしないらしく、ちょっと引いていた。


「いや、だってパルミジャーノ・レッジャーノがないとカルボナーラも作れないよ? ボロネーゼに粉チーズ掛けられないんだよ!

 青カビも白カビもないとクアトロフォルマッジが食べられないんだぞ! あと蜂蜜もいるぞ! 蜂蜜はお花によって風味が違うんだぞ!」


「クルミ、恐い…」


「ごめんごめん。今度家に来たら日本式カルボナーラでも作るよ」


 本場のカルボナーラは生クリームを入れない。でもあれ私は好きじゃない。釜玉パスタって感じ。生クリームを入れた方が絶対美味しい。カロリーは激増するけど。

 この街はかなりヨーロピアンなので、カルボナーラがあっても生クリーム無しだろう。さらに温玉トッピングで日本式のハイカロリーカルボナーラを食らわせてやる! 楽しみにしておくが良い、ふはははっ!


 食文化はほとんど元の世界と変わらないみたいで一安心。




「魔道具屋は何軒かあるけど、この店が一番品揃えが多いの」


 結構大きな建物で、ワンフロア全てが魔道具屋になっていて、ショーケースに入った物から、家電量販店みたいに展示している大きな物もあった。


「うわぁ、いっぱいあるね!」


「色々必要だからね。ランタン、コンロ、洗濯機なんかは必需品だし」


 うん、正しく家電量販店だね。ランタンとコンロは要らないけど、言われてみたら洗濯機無かったね。


 あ、携帯用コンロなんかある! ポータブルのIHコンロみたいなフラットなやつ。凄く薄くてただの板みたい。お鍋する時用に買っておこう。


「これ、どうやって使うの?」


「ここの穴にコインを入れるんだよ」


「温度調節は無いの?」


「そういうのはあっちの高い奴だね」


 ショーケースの中に先程より少し厚めの板があり、板のサイドに温度調節用のスライダーが付いていた。


 その横には板に鍋が付いているタイプがある。鍋もできるホットプレートだね。あ、あっちは逆にお鍋だけで、お鍋自体が熱くなるみたい。炊飯器に良いかも。


 どれにするか迷うなー。こういうのって楽しい。


 よし、鍋無しの調節付で! 炊飯器は多分あったはず。無くても土鍋で炊ける。土鍋がツリーハウスにあったか憶えてないけど、食料アイテムには鴨鍋とかあったので、食べた後の鍋を使おう。


 次は洗濯機だ! ゲームでは洗濯なんて必要なかったからね。


「洗濯機はどれがオススメ?」


「うーん、これは分からないから店員に聞こう。店員さん!」


「はい、洗濯機ですかな?」


「どれがオススメですか?」


 セリスが頷いているが、やってきたおじさんに横から質問する。おじさんはセリスが買うものと思っていたみたいで、声をかけると少し驚いた顔でこちらを見て、すぐに笑顔で答えてくれた。


「そうですな、こちらは大容量タイプでまとめて沢山洗えます。大家族用ですな。こちらは短時間で綺麗に洗える少人数用。あとは高くなりますが、乾燥までしてくれるタイプもありますよ」


「おおっ、洗濯乾燥機! どれですか!?」


 思わず食いついてしまった。だって干すのめんどくさいんだもん。


「こちらが大容量、こちらがコンパクトタイプです」


「コンパクトタイプでもシーツ何枚か洗えます?」


「二枚が限度ですな」


 シーツと布団カバーは纏めて洗いたい。コンパクトタイプだとギリギリか。スペースもあるし大容量タイプにしておこう。


「じゃあ、大きい方で」


「5000ディールになりますが、よろしいですか?」


 値段も聞かずに決めてしまった。ゲーム通貨で成金になった悪影響が出てたみたい。


「他にも買うから負けてください」


 大口顧客は珍しいのか店員さんは嬉しそうな顔で頷いた。


「それなら多少は割り引けますよ」


 よしよし! どんどん買うよ、成金クルミちゃんですよ!


「あとあそこのコンロも買います。アイロンはありますか?」


「はい、もちろん」


 その後も色々見せて貰ったけど、結局コンロと洗濯機、掃除機、アイロンを買うことにした。


 なんとコタツまであったけど、せっかくファンシーで可愛い部屋にしてるし、まだ寒くないから我慢した。寒くなったらまた考えよう。


 お尻洗浄機つきトイレが凄かった。なんと汚水が魔法で分解されて綺麗になっちゃうのだ。排水配管や汲み取りも必要ない。マイホームのトイレも給水排水謎仕様なので今のところ必要ないけど、旅行に行くときは一応買っておきたい。


 あ、マイホームには大きなお風呂もある。排水はどこに消えているのか。お風呂があるからドライヤーもあった。ゲームでは背景として描かれていただけだったけど、ちゃんと動いた。


 全部で7000ディールのお買い物。店員さんと私、二人ともホクホク顔。配送してくれるとのことだったけど、インベントリに入れて持って帰った。


 次は衣料品を見に行って下着類とタオルを数枚買い込んだ。タオルも下着も多少あるんだけど、タオルは背景描き込み分だけだし、下着類はそこそこ有るんだけど、意外に大人っぽい下着が多いのだ。

 子供っぽいのはシマパンと、小さいリボンが付いたシンプルなパンツくらい。大人っぽいのはレースの高級下着、見せパン見せブラ。あとキャミソールも何枚かあった。ちなみに見せパンにはTバックもある。見せパン見せブラはコスチュームにセットで付いて来ただけだからね?


 見えないところに気を使うのがお洒落って雑誌に書いてあったので、リアル絵じゃないし見えないのに高級下着とか意味ないかもしれないけど、レースの高級下着はショップで買ってしまった。レースって書いてあるだけでレースに見えなかったけど、レースなんだもん! オシャレなんだもん! たぶん。


 でも、そんな下着買いあさった訳じゃないよ? 少しだけだよ? 


 実際にみるくになってみると、お子様体型にレースの下着やTバックを着けるのは何とも恥ずかしく、お子様下着の予備を一応用意しておこうと思ったのだ。あんまり良い生地のが無かったから使わないかもしれないけど。


 連れまわしたセリスにお礼を言って別れ、フィレ肉を受け取ってパタパタ飛んでホームに戻ると、戦利品を各所に設置していった。


 そしてお風呂上がりに洗濯しようとして気が付いた。


 体を拭いたタオルが濡れていないことに。


 ゲーム由来のタオルや衣装、下着などはシワも汚れも臭いすら付かないということに。


 洗濯機、要らんかった。アイロンも要らんかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る