湖畔のリロイ

 リロイの街は高い山々に囲まれた透明度の高い湖に面した街で、石造りの建物の街並みが湖に写し出される光景はとても美しい。オーストリアのハルシュタットのような街だった。


 戦争もなく平和な国だそうだが、魔物がいる世界だけあって街は壁に囲まれている。門番に衛兵が立っているものの、出入りは自由でお金も掛からない。


 ちなみに湖には霊峰からの霊水が流れ込んでおり、魔物は出ないそう。街の壁の中にもこの霊水が流され、普通の魔物は寄り付かないようになっている。


 街に入る前にココに、妖精なんだから姿を消せないかと聞いてみたら、あっさり消せるとのことだったので、街では姿を消しておいてもらうことにした。


 ビッグボアは急いで売らなくても良かったけど、解体するのも大変なのでそのまま売ってしまうことにした。


 ビッグボアを売却するためには商業ギルドかハンターギルドに登録しないといけないため、ビッグボアに結構ビビった私はハンターをする気にならず、商業ギルドに登録することにした。野菜も売りに来れるしね。


 ハンターギルドはよくアニメや小説に出てくる冒険者ギルドと似たようなものらしいけど、どちらかと言うと狩人ギルドに近い組合らしい。この辺りは平和で討伐依頼や護衛依頼はあまりないんだそう。セリスはこのハンターギルドに所属しているレンジャーなんだって。


 セリス達に連れられてやってきた商業ギルドは一階が卸し市場のようになっており、二階に事務所がある。私は早速受付のお姉さんに話し掛けた。ゆるふわカールの優しそうなお姉さんだ。


 あ、街では悪魔に間違われたりなんてしなかったよ。コウモリみたいな翼で飛んでたり、ウィルオウィスプに照らされた私が怖かったりで、セリスは悪魔かと思ったんだって。まあ、ウィルオウィスプって鬼火だからね。


 街では私と同じ銀髪金目の人は居なかったけど、逆にグリーンだとかブルーだとかアニメみたいな髪の人が結構いるので違和感はないみたい。大半の人はブラウンか金髪だけど、冒険者は戦闘中に敵味方をすぐ判断できるように結構色を変える人もいるんだって。兜とかかぶらないのかな?


「ビッグボアを売りたいので、会員登録したいんです」


「かしこまりました。こちらがエントリーシートです。無料会員はギルドに納入またギルドからの買い取りが可能です。有料会員になると街でお店を出したり、一階の卸し市場での売買が可能になります」


「とりあえず無料会員でお願いします」


 卸し市場は気になるけど、とりあえずは無料会員で充分だろう。


 エントリーシートは謎言語で書かれているが、何故か読める。異世界転移に付き物の言語スキルでも持っているんだろう。


 書くのは日本語で書いてもいいのかな? まあ、駄目でも英語くらいしか書けないけど。それとも謎仕様で現地語が書けるようになってるのかな。現地語、現地語と念じながら書いてみると、やっぱり謎仕様によって書けてしまった。よしよし、住所はブルーベルの森っと。


「えっ? ブルーベルの森ですか?」


 あ、何かまずかったかな?


「この街に住んでないと駄目なんですか?」


「いえ、そういう訳ではないのですが、あの森に人が住んでいるなんて聞いたことがなかったもので」


「そうなんですか。最近引っ越してきまして。これからよろしくお願いします」


「ご丁寧にありがとうございます。私はシャーリーです。困ったことがあればいつでも相談に来てくださいね」


 シャーリー、良い人、好き。


 フレンド登録できないかな。クルミはお友達になりたがっている!なんちゃって。


「お友達になってください!」


「えっ?、ええ、もちろん、いいですよ」


 私が差し出した右手をシャーリーさんは両手で握ってくれた。


 やった! ゆるふわ美女ゲットだぜ!


 脳内に投影されるフレンドリストにシャーリーさんの名前と顔アイコンが表示された。以前のフレンドはリストから消えている。やはり私だけこの世界に来たのかな。あ、ついでにセリスにもフレンド申請しておこう。


「セリスもお友達に!」


「あっ、うん! もちろん! よろしくね」


 よしよし、可愛いセリスちゃんもリストに載ったぞ!


 フレンド登録してるとメッセージを送れるのだ。伝書鳩ならぬ、伝書バードで。南国風の派手な鳥が手紙を届けてくれる。鳩は地味だから派手なのにしたんだろう。


「ふふふっ、引っ越してからお友達第一号かしら?」


 シャーリーさんは微笑みながら、口元に人差し指を当てて小首を傾げた。可愛い!


「そうですね。まだ全然知り合いもいないので、これからよろしくお願いします!」


「あら? お友達でしょう? 敬語でなくていいですよ?」


「うん! ありがとう。よろしくね!」


 シャーリーさんの心遣いがとても嬉しい。セリスとは歩きながら話してもう結構仲良くなっている。可愛い子大好き! あ、性的な意味じゃないよ。


 後で手紙が送れるかやってみよう。ガチャのハズレで可愛いレターセットも大量にあるのだ。アロマオイルとか役に立たなかったハズレ小物は大量にある。


「今度召喚獣で手紙を送れるか試してみるね」


「えっ、召喚魔法が使えるのですか?」


「あ、なんか火の玉召喚してたよね」


「うん。まあ、使い魔程度で戦闘向きじゃないんだけどね」


 伝書バードはそもそも召喚じゃないけど、手紙を届けたら消えるかも知れないから召喚獣ということにしておく。消えないで返信を持って帰ってきてくれたらいいんだけど。その他もカボチャと火の玉だからあんまり戦闘要員って感じじゃないよね。灯りには便利かも。


「いやいや、凄かったよ?」


「まぐれまぐれ!」


 確かに凄かったよね、ウィルオウィスプ。なんであんなに強かったんだろう。助かったけど。ほんとに強いのか要検証だね。


「ふふふっ、仲良しなんですね」


「今日会ったばかりだけどね」


「じゃあ、私とも仲良くしてくださいね」


 やっぱりシャーリーさんって素敵な女性だなぁ。モテるんだろうなぁ。元の私とは違うわ。


「ココもなの!」


 ココの姿は見えないけど声は私以外にも聞こえる。自分も紹介して欲しいのか耳朶を引っ張ってきた。なんで君はいつも耳朶を引っ張るのかな。


「えっ? 誰の声?」


 シャーリーさんがキョロキョロしている。ココもシャーリーさんと仲良くなりたいみたいだし、お家に招待して紹介しよう。


「あの、実は私、迷い人らしいの。気付いたらブルーベルの森にいて」


「まぁ、迷い人さんですか。それは大変ですね。分からないことや困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」


 シャーリーさんは驚いた様子だったけど、すぐに私のことを心配してくれるなんて優しい人だなぁ。こんなお姉さん欲しかったな。


「ありがとう。それで、一緒に迷い込んだ友達というか家族が一人いて、その子もシャーリーさんと友達になりたいみたいなの。もし良かったら、今度私の家に遊びに来てくれないかな。紹介したいの」


「まぁ! お招きありがとうございます。是非伺いますね」


「私も私も!」


「うん。もちろん、セリスもね。美味しいパンケーキでも用意して待ってるね」


「やったー!」


「うふふ、楽しみです」


 冷たっ! ちょっとココ! 涎垂らしてるんでしょう! やめてよ!


 妖精の存在は知られているみたいだから、今姿を現しても大丈夫かもしれないけど、もしココが浚われてしまったら大変だ。ジモティなシャーリー姉さんの意見も聞いてから考えよう。本当は私の方が年上だろうけど。


「あ、カードができましたね。こちらが無料会員カードです。このカードでギルドにお金を預けたり、加盟店でカード払いが可能です。指紋で本人認証します」


 プラスチックみたいな素材のカードで、大きさも元の世界のクレジットカードサイズだ。キャッシュカード機能とデビッドカード機能付きなんて便利だね。一応両手の人差し指と親指を登録しておいた。元の世界ではコンビニで数百円もクレカ払い派だったので嬉しい。小銭のやり取りは数えたりお釣り貰ったり面倒くさいよね。


「規約詳細はこちらをお読みください。手続きはこれで終了です」


「ビッグボアはどこで売却できますか?」


「はい、ご案内しますね」


 シャーリーさんに連れられて一階の奥まったところにある買い取りカウンターまで移動した。


 さらに買い取りカウンターで係員に案内してもらい、解体場にビッグボアを出した。


「大きいな! でもこんなに黒こげじゃあなぁ。 毛皮も使えないし肉と骨だけとなると、1000ディールでどうだい?」


「それで良いです。あっ、セリス、それで良かった?」


「いや、私は要らないよ?」


 遠慮しなくても良いのに。

 セリスが要らないなら、正直いくらでも別に良い。安いかもしれないけど、前の世界で豚一匹解体手数料引かれると6万しないと聞いたことがあるので、そんなものだろう。下取りが安いということは小売り価格も安いということだから、安いことにも不満はない。私自身が売るより買う機会の方が多そうだし。


「あ、腸腰筋は一本持って帰ります」


「それだと900ディールになるけど」


「それで大丈夫です」


 腸腰筋はフィレ肉で柔らかくて美味しい最高級部位なのだ。一週間熟成させてフィレステーキだ!


「じゃあ、一時間後に戻ってきな」


「分かりました」


「では、私はこれで」


「シャーリーさん、ありがとう」


「いえいえ、では失礼します」


 私達はシャーリーさんと別れ、街を散策することにした。

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