そうだ、街に行こう!

「という訳なの」


「クルミは中二病なの!」


 せっかく一生懸命思い出して説明したのに、心無いことを言う悪い子の頬を摘まんでタコ口にしてやる。


「はにふるのはの!」


「ちゃんと聞いてないからでしょ!」


 ココを放してやり、私は外出の準備を始めた。とりあえずお水を持って行こう。ドリンクアイテムはビンやペットボトルに入っているので、お水のボトルをネコポシェットに入れる。インベントリで良いのだけれど、用意するとお出かけ気分が盛り上がる。ポシェットよりボトルの方が大きい気もするが、スルッと入ってしまった。アイテム袋的な感じなのかな。


 森の中だしトレッキング用に杖もあった方がいいかな? まあ、疲れたら出せばいいか。


 そもそも歩いていく気はないのだ。人生に疲れたオーバーサーティを舐めてはいけない。


 ブルーベル・フォレストのコスチュームは、ガチャで手に入れる物とショップ購入できる物があり、ゲーム通貨で買える物は大半デザインのみの物だが、一部の高級品とリアルマネーやログインボーナスで手に入るルビーで購入するアイテムや課金ガチャ限定アイテムには特殊効果が付いている。


 特にルビーを大量に消費する、ガチャをひたすら回す前提のコスチュームセットは、セットアップ効果で色々なことができるようになる。ナースコスだと病気や怪我を治すことができるなど。


 当然この小悪魔コスもエクストラガチャコーデ。しかもハロウィン限定。


 小悪魔セットは何と小悪魔魔法が使え、背中の翼も飾りではなく空が飛べてしまうのだ。


 小悪魔魔法はNPCを魅了してお菓子やアイテムが貰えたり、カボチャお化けを召喚したり、青い火の玉みたいなウィルオウィスプを呼び出したりもできる。


 所謂ホラーハロウィン衣装なのだ。カボチャお化けもウィルオウィスプもピョコピョコするだけで特に何ができる訳でもないんだけど、小悪魔コーデで連れ歩くと中々可愛い。


 可愛いのでNPCだけじゃなくて他のプレイヤーもお菓子をくれたりする。


 他にも色んなコスがあるので、ハロウィン仮装パーティイベントもあって、他のプレイヤーの仮装を観たり一緒に写真を撮ったりするのも楽しい。


 そんな限定衣装欲しいに決まってる。


 流石スマホゲーム。課金誘導がすごい。


 はい、ガッツリ課金しました。いくら掛かったと思う? ふっ、引くくらいの値段さ!


 でも後悔はしてない。むしろこうなってしまっては、グッジョブ私!


「じゃあ行くよ、ココ」


「はーいなの!」


 だから私の耳朶は吊革じゃないから。あなた飛べるんだから肩に座らなくてもいいでしょ?


 本当に飛べるかちょっと不安だったけど、全然問題なくフワッと体が浮き上がり、私はツリーハウスを飛び立った。


 小さな翼だし羽ばたきに連動してないから、システム的というか魔法的な飛び方みたいで、安定していて思ったより怖くなかった。


「まず上空から街を探しましょう」


 空から観ると山の麓にある大きな森で、山からきた清流が少し離れた所で滝になり、そこからツリーハウスの近くを通って森の外の草原へと流れていた。


 川の流れを追うと遠くに大きな湖があり、そのそばには街が見えた。


「綺麗な景色だねぇ」


「うんなの! あの街まで行くなの?」


「うん、とりあえず行ってみよう。言葉が通じるといいけど」


 川に沿って街を目指してしばらく飛んでいると、争うような物音、そして獣の鳴き声と人の声が聞こえた。


「行ってみよう!」


 いたずらに近寄るというのも危機管理が甘い気もするけど、空から観る分には大丈夫だろう。


「なんでビッグボアなんかがいるの!」


 女性の声がした方に急いで行ってみると、16歳くらいの女の子が弓矢でイノシシと戦っていた。


 現実でもイノシシって大きいし、指とか食いちぎられたりするから結構怖い。それなのに、そのイノシシは象のように大きく、怖さ倍増である。


 あまりの怖さに固まっていると、女の子がイノシシの体当たりを喰らって吹き飛ばされてしまった。


「危ないっ! た、助けなきゃ!」


 でも怖いので上空から何とか撃退したい。


「ど、どうするのなの!」


「ま、魔法! なんか魔法!」


 戦闘のないブルーベル・フォレストでは当然攻撃魔法なんてない。小悪魔魔法だと火をつけるくらい。それも攻撃魔法みたいに飛んでいかない。


 とりあえず火を出してみた。手のひらに火の玉が現れたので、それを投げつけてみる。気分はファイヤーマ○オ。いや、小悪魔だし○ッパ姫かも。


 火の玉は消えはしないものの、頼りなくヒョロヒョロ飛んでイノシシの背中に当たったが、少し毛皮に焦げ痕ができただけだった。


「ブモー!」


 てめーは俺を怒らせた!という幻聴が聞こえるくらいにイノシシが怒りの咆哮を上げて睨んできた。離れていても怖いんですけど。


 それでも制空権を握っている私はめげずにファイヤーボールをポコポコ投げつけた。いや、もうポコポコという擬音が相応しいくらいに怒らせる以外の効果が出ない。泣きそう。


 早く逃げたいところだが、女の子は倒れたまま動けないでいる。子供を守るのは大人の務め! 私頑張る!


「えいえいえい!」


 ポコポコポコ


「ブモモモーッ!」


 怒りまくったイノシシは助走をつけて飛び掛かってきた。女の子投げのファイヤーボールを当てるため、知らず知らずに私は近付き過ぎていた。


 私の足をイノシシの牙が掠め、オシッコちびりそうになりました。


「ひぃぃー!」


 恐っ! イノシシ、恐っ!


 あんまり近付きたくないので、他の魔法を試してみる。


「ウィルオウィスプ! あいつをやっつけて!」


 青白い火の玉が現れてユラユラしていたかと思うと、凄い勢いでイノシシにぶち当たり、その巨体を吹き飛ばした。イノシシは青い炎に包まれてもがきくるしんでいる。


「「凄っ!」いの!」


 クッ○姫ファイヤーボールとの攻撃力の差が酷いんですけど。


 祟り神でも憑いていそうな巨体がのたうち回るのは恐ろしかったが、やがてイノシシは動きを止め、それと同時に火も消え失せた。


 何だか美味しそうな匂いがする。後で良い焼き加減の所を切って食べてみよう。今日はローストイノシシ丼かな!


「大丈夫?」


「ひっ、悪魔!?」


 安全を確かめてから降りていくと、女の子は身を竦めて後退った。


「ちがうよ、小悪魔クルミちゃんだよ!」


 しっぽフリフリ可愛さアピール。うちのみるくちゃんの可愛さを見よ!


「恐がってるの! 小悪魔はいらないの!」


 ココは冷静だなぁ。


「た、助けて!」


「大丈夫だよ、今助けたじゃない」


 そう言って微笑みつつ手を差し出すと、やっと落ち着いてきたのか私の全身を隅々まで見てホッと息を付いて手を握ってくれた。


「助けてくれて、ありがとうございます。失礼なこと言ってごめんなさい」


「いえいえ、正直、助けられたのたまたまです」


 明るいブラウンの髪にブルーの瞳、欧米の女の子って感じだ。世界的に人気の歌手に似てる。凄く可愛い。ぐぬぬっ、負けないもん!


「そうなの。たまたま、たまたまなの」


 いやいや、ココさん。たまたまを強調しすぎですから。まぁ、まぐれみたいな感じでしたけど。


「よよよ、妖精っ!」


「ココなの」


 私を警戒しすぎてココに気付いてなかったみたい。やっぱり妖精は珍しいのかな。


「この子は私の家族のココ。あなたは?」


「ご、ごめんなさい。私はセリス」


 そう言いながらも目がココに釘付けだ。


「そんなに妖精が珍しいの?」


「うん、ここはブルーベルの森だから、妖精が住んでいるという伝説はあるけど、初めて見たよ」


 そうなんだ。じゃあ、街ではココを隠している方が良いのかな。妖精なんだし姿を消したりできないのかな。


「あなたはこのイノシシを狩りに来たの?」


「まさか! こんな大きなビッグボアは独りじゃ無理だよ。もっと高ランクのハンターならまだしも。

 私は薬草の採集とホーンラビットか雉を狩ろうと思って来たの。この森でビッグボアなんてめったに見かけないもの」


「そうなんだ。ホーンラビットって美味しいの?」


「美味しいよ。食べたこと無いの?」


「普通のウサギならあるよ」


 ウサギならフランス料理で食べたことがある。美味しかった。


「それを濃厚にした感じかな」


「ふーん。今度食べてみるね」


「ココもなの!」


「それなら、助けてもらったお礼にさっき仕留めたホーンラビットをあげるよ」


 セリスは腰に提げていたホーンラビットの死体を差し出してきたが、死体って何か怖い。


「あ、ありがとう。でも、解体できないしいいわ」


「そう? 私が解体しようか?」


 うーん、解体を教えてもらう方がいいのかなぁ。でもグロそうだし心の準備ができてない。


 その点イノシシは豚の丸焼き状態なのでグロいと言うより美味しそう。


「いや、いいよ。それよりあのイノシシどうする? 私も少しお肉欲しい」


「ああ、あれはビッグボアだよ。少しじゃなくて全部いいよ、私が倒したんじゃないんだから。第一重過ぎて私じゃほとんど持って帰れないし」


「そっかぁ。アイテム袋とかないの?」


「私は駆け出しだから持ってないよ、高いもん。あんなの入るアイテム袋なんて多分相当な値段だよ」


「そうなんだ。あれって黒こげだけど売れるの?」


「うん。あれだけの巨体だから、中までは焼けてないと思うし」


 じゃあ持って行くか。インベントリってゲームアイテムじゃなくても入るのかな。セリスに見えないように背を向けてインベントリに収納する。良かった、入った。一応ポシェットに入れたフリをしておこう。


「じゃあ、持って行って山分けしようか」


「えっ、凄い。そのネコポシェットがアイテム袋なの?」


「うん。可愛いでしょ?」


「可愛いけど性能が可愛くない」


 何を言うかなこの美人さんは。どう見ても可愛いから。


「そうだ! 街に行くならお礼にお昼をご馳走するよ」


 お金を持ってないし、ビッグボアをどこに売れば良いのかも分からないから、セリスの好意に甘えよう。


「ああ、それなら嬉しいわ。私お金ないの」


「お金ならそこに落ちてるよ?」


「えっ?」


 セリスが指差す辺りを見ると、確かに銀色のコインが落ちていた。拾ってみると普通の5百円玉くらい。


「これってお金なの? 私達最近こっちに引っ越してきたばかりだから、色々よく分からないの」


「お金というより魔石かな。魔物の魔力結晶なんだ。クルミの地元では使わないの?」


「魔物自体居なかったから」


「ええっ!? そんな所があるなら行ってみたい」


「遠くてとても行けないよー」


 それを聞いたセリスは残念そう。そしてココは驚いた顔で私に詰め寄ってきた。


「か、帰れないのなの!?」


「い、いや、帰れるかどうか分かんない。ここが何処かも分からないし」


「えっ、どういうこと? 迷子なの? 引っ越して来たんじゃないの?」


 ココの様子にセリスは疑問を持ったようだ。それはそうだろう。


「私達気が付いたらこの森に居たの。なんでここにいるのか、ここがどこかも分からないんだよね」


 セリスは良い人そうだから、あんまり嘘をつきたくない。


「そうなんだ。クルミは迷い人なんだね」


「迷い人?」


「妖精が住む森は人を惑わして、子供をどこかへ連れ去ってしまうことがあると言われているの。逆にどこかから連れてこられた人もたまに現れると言われているわ。それが迷い人。ココちゃんみたいな迷い妖精なんて聞いたこと無いけどね」


「惑わす側が惑わされてもねぇ」


「そいつらは悪い妖精なの! ココは良い妖精だから違うの!」


 まあ、実際そういうことなのかも知れない。妖精のせいならこの森に住んでいた方が帰れる可能性も出てくるかも。


「ここにずっといても仕方ないし、とりあえず街に行こう」


 行こうとか言っておきながら、歩いて行く道を知らない私。てへへ。セリス姉さん頼んます! ついて行きますぜ!


 道すがらセリスにこの国のことを聞いてみた。


 国の名前はローゼリア王国。封建社会で貴族が領主をしている。


 通貨は世界共通でディール。


 この世界では各国が発行する紙幣もあるが、一般的には先程のコインが通貨の代わりで使われているそうだ。


 コインはディールという単位で、内包される魔力量で価値が変わるそう。これがそのまま魔道具の燃料になるそうだ。ちなみに安いコインを強くぶつけると合計された高いコインになり、割ると安いコインに変化する。銅色のコインを10枚袋に入れて強く振ると銀色のコインになり、銀色10枚で金色、金色10枚で虹色になる。両替要らずで便利。


 紙幣はコインの約束手形みたいなもので、国の銀行でコインに交換してくれるらしい。金本位制ならぬディール本位制。銅色一枚で1ディール。1ドルとか1ユーロくらいの価値みたい。


 ついでにブルーベル・フォレストのゲーム通貨が使えるか聞いておこう。ポシェットの中にゲーム通貨を出しておき、それを取り出してみる。


 すると何故かディールコインになっていた。インベントリに戻すと頭の中でゲーム通貨の残量が加算された。どうやらゲーム通貨は勝手にディールに両替してくれるみたいだ。意外な親切設計。


 ゲーム通貨はすでにインフレしているのでコスチューム一着10万ディール以上、特殊効果ありなら1000万ディール以上する。まあ、ガチャしなくても買えるものなんて大したこと無いんだけど。


 私はコスチュームを買いあさっていたので残っているのは50万ディールくらいしかないが、それでも日本円で5千万円以上。しばらく生活に困ることは無さそうだ。

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