3章6話 レッド・アンド・グリーン・レストラン(3)
「そうです。タク君とは幼稚園で知り合いました」
十音先輩の質問に恋歌が即答する。確かに恋歌と初めて出会ったのは、幼稚園、詳しく言うと年少の頃だ。当時からインドアだった恋歌は砂場や遊具であまり遊ばずに、屋内で絵を描いたり人形で遊んでいたりしていた。まわりの園児は基本的に外で遊ぶから、必然的に恋歌は1人で遊んでいたことになるのだが……そこで遊び疲れて水筒をバックから取りに着た俺は、恋歌と出会ったのだ。
思い出に浸りながら、懐かしい気持ちになって、俺はコップの水を飲む。
「そう。じゃあ、幼稚園児特有のお医者さんごっこはしたの?」
「はい! 当然わたしが患者で、タク君がお医者さんでした!」
「ふ――ッ、ゲホッッ!」
水が気管に入ったじゃん! 思わず咽ると、2人が驚いて俺の方を向く。俺は深呼吸して落ち着きを取り戻すと、恋歌に喰ってかかった。
「なんでそんな幼き日の過ちをバラすんだよ!?」
「え? だって事実でしょ? それにタク君の方から誘ってきたよね?」
ニマニマしながら、恋歌が俺のわき腹を、肘でつついてくる。その表情をなぜかむかつく。俺は決まりが悪くなって、無言を貫いた。
「ふむ……、タク君は無言になりました」
「なら放っておきましょう。ねぇ、星乃さん? お医者さんごっこをしたのなら、幼馴染特有イベントである、一緒にお風呂もしたのかしら?」
「もちろん! その写真、家にありますよ」
「じゃあ、結婚の約束は?」
「しました!」
「してねぇよ! 少なくともそれはしていない!無言になったのは謝る! だからないことを事実として語らないでくれ!」
「そうなの? だったら星乃さんは、高槻くんが卒業したら結婚するのね。心からお祝いするわ、おめでとう」
「いや~、ありがとうございます」
「俺を無視しないで!」
俺をシカトしてガールズトークは進んでいく。ごめんなさい、俺が悪かったらかまってください。で、俺の願いが通じたからか、恋歌が俺に話しかけてくれた。
「でもさ、結婚の約束はしてなくても、お医者さんごっこはしたし、一緒にお風呂も入ったでしょ?」
「そうだけど……幼馴染なら当たり前だろ?」
俺が返すと……まるでアメリカ人が神に対して嘆くように、額に手をあてて、Oh , no……と、落胆する恋歌。一方、碇ゲンドウのような感じで指を組み、色濃く、ハァ~~~~…………ッ、と、クソでか溜息を
「あのね、タク君? 確かに幼馴染がいたら、そんなイベントが起きるのは、絶対とは言わないけど、可能性はあるよ? でもね? そもそも異性の幼馴染がいる環境って、1つの学校にたぶん2組か3組ぐらいしかないほど珍しいんだからね? だから当たり前と断言されても、幼馴染がいない人は困るだけだよ」
「高槻くんが星乃さんと恋人にならない理由が、なんとなくわかった気がするわ。あまりにも長い時間一緒にいて、感覚が麻痺しているね」
両者違う感想を抱いて、俺に失望した様子を見せる。
恋歌の言うとおり、俺も自分以外に異性の幼馴染を持っている男子を知らない。確かに幼馴染がいない人に、幼馴染イベントを当たり前と断言しても困惑するだけだよな。
そして十音先輩の言い分も理解できる。もし、仮に、恋歌と俺が付き合っていたら、マンネリとか倦怠期とか、そういうモノに相当する時期に突入しているだろう。それを十音先輩は示しているに違いない。
「それで高槻くんと星乃さんは、他に幼き日の過ちを何かしたの?」
「自分でも過ちって分かってますから、わざわざ口にしないでください。恋歌も教えなくていいからな」
思い出したら悶え死にそうな、過去に恋歌と起こしたイベントの数々。嗚呼……、そうさ……。自分でもあれらが、他人に聞かせられない恥ずかしい黒歴史って理解しているよ。お医者さんごっこも、一緒に入浴も。それ以外ではトイレでバッティングも、プールに遊びに行った時に女子更衣室で着替えたことも、全部人には聞かせられない……。だからわざわざ口にしないでください。
「ふむ、タク君に口止めされてしまいました」
「当然だな」
「でもわたしはそんな簡単に黙りません!」
「何を偉そうに、女子特有の口の軽さを自慢してるんだ!」
「わたしを黙らせたかったら、その唇でわたしの口を塞ぐのだ~!」
「あれか? これが昨今話題になっているウザ可愛いって属性か!?」
「傍から見たら、仲の良いバカップルにしか映らないわね……。なんていうか……、高槻くんも満更じゃなさそうだし……。高槻くんはもう少し、自分たちが仲良しって自覚を持った方がいいのではないかしら?」
「そこ! 変な勘違いをしないでください!」
そろそろハンバーグが冷めてしまいそうなので、食事に集中することにした。そして数分して全員がランチを食べ終える。すると恋歌は備え付けの呼び鈴を鳴らして、店員を呼ぶ。食べ終えたのでパフェを持ってくるように頼んだ。
「幼馴染といえば……、清澄先輩には昔からの友達っていないんですか?」
「友達なんて、小学校から中学校に、中学校から高校に進学するたびに、別れて新しく作るものでしょ。あなた達みたいに仲の良い幼馴染はけっこう珍しいのよ?」
「そうですよね。俺と恋歌だって小学校卒業する時に一度離れ離れになってますし、普通はそうですよね」
下手したら友達なんて、進級の時のクラス替えでも離れ離れになってしまうかもしれないからな。そう考えると、一度別れたとはいえ恋歌と高校でも仲良くできるのは、奇跡なのかもしれない。
本人に気付かれないように気を付けながら、恋歌の横顔を覗くと、不覚にも恋歌と目が合った。瞬間、同時にお互いに相手のいる反対方向に顔を背ける。きっと恋歌も、俺と同じ思考をしたから俺を見ようとしたんだ。考えまで一緒なんて恥ずかしい……。
「………………バカプッルは爆ぜろ」
流石に今回は反論できない。俺は恥ずかしくて体が熱くなっているし、恋歌は両手の人差し指をもじもじさせている。視線が交差するだけでこの結果なんて、付き合い始めた初々しいカップルそのものだ。
ここで恋歌の頼んだパフェが届く。簡単に説明すると苺とバナナの上に生クリームをのせたパフェだ。値段は1200円。いつも思うけど、パフェとかクレープとか、女子が好んで食べるデザートはなぜ値段が高いのだろうか?
恋歌は一口食べて、次にスプーンを俺の口元に持ってきた。
「はいっ。タク君、アーンして?」
「ここでもそれするのかよ!? もう周りお客さんが壁殴ったり、舌打ちしたりしているぞ!」
「正直、星乃さんの近くにいると、アイドルの恋愛禁止法が無意味に思えてくるわね……」
「アイドルの前に1人の恋する乙女ですからっ♡」
「恋する乙女でもいいから、時と場所を選んでこういうことをしてくれ」
「時と場所を選んだらこういうことしていいのっ?」
「もう恋歌を完全に止めることは諦めたよ……」
俺の敗北宣言を聞いて、恋歌は上機嫌だ。きっと人気のないところで俺に襲い掛かるに違いない。夜道は背後に気をつけよう。
ちなみに、結局恋歌に突き出されたパフェは食べさせてもらった。ここで言うことを聞かないと拗ねるからな。そんな俺たちに十音先輩は肩をすくめた。表面上は十音先輩の呆れ顔に気付かないフリをして、内心では誠心誠意謝罪する。言ったそばからこんな雰囲気を作ってしまってごめんなさい。
「清澄先輩も一口どうですか? 美味しいですよ」
「……そうね、一口いただくわ」
恋歌は俺にしたように、十音先輩にもパフェの乗ったスプーンを突き出した。綺麗で長い髪を、邪魔にならないように耳にかける十音先輩。そして上品に小さく口を開いてパフェを食べる。
「高槻くんと、間接キス、しちゃったわね」
「あ、あんたまで恋歌と同じ精神攻撃をしてくるんですか!? もも、もう俺は間接キスごときじゃ動揺しませんよ!」
「その割にはタク君、噛みまくりだし、声が大きいよ?」
「高槻くんって幼いわよね。高校生なのだから間接キスでそんなに騒がなくても……」
「恋歌は俺に好意を寄せてるからまだ大丈夫だ。だが十音先輩はなぜこんなことをした?」
「面白そうだからよ? 高槻くんの反応が」
「この魔王が! 人の心を弄ぶなんて、魔王の所業だ!」
「そういう反応を清澄先輩は楽しんでいるんだよ? 学習しようよ、タク君」
恋歌に諭されるなんて……。なんかシャクだ。
さて、恋歌もパフェを食べ終えたので、俺たちはお会計をしてファミレスをあとにした。次の目的地は十音先輩が予約してくれたレンタルルームである!
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