3章1話 パープルランドセル(1)
本日は晴天なり。我が心は曇天なり。俺は今、仙台駅前のとある洋服店にいた。
「高槻くん、もっと喜んだらどうなの? 美少女アイドルがこの布切れ1枚の向こうで着替えているのよ」
「気まず過ぎて喜べませんよ。いくら付き添いでも、女性専門のコスプレ店に入るのは勇気がいります」
そう、訪れているのは洋服店でも少々特殊な女性専門のコスプレ店である。今日は土曜日だが部活としてこの店に訪れていた。ことの発端は2日前。俺がUPする動画の再生回数を増やすためにコスプレをしてみたらどう? と、提案したことがきっかけだ。いや……、確かに、これは結構真面目な案だったのだ。サムネだけでも充分目を引くし、タグで『コスプレ』と打ち込めばすぐに出てくるから、かなりの効果を望めるはずだし。で、俺は実際に発案して、結果、十音先輩が散々俺を小馬鹿にする展開があったが、無事その案は通った。
そして訪れた土曜日。コスプレの衣装を購入するために、アイドル同好会全員で駅前まで買い物にやってきたのだ。俺はコスプレに詳しくないので、店選びは十音先輩に任せたのだが、やってきて驚いたよ……。客が俺以外女性しかいないんだし……。
「タク君、覗いたらダメだからね~」
カーテンの向こうから恋歌の声がする。この店には3人でやってきて、俺と十音先輩は試着室の外、恋歌は試着室の中にいた。つまり、恋歌はこの奥で着替えているのということ。体は見えないが、影がカーテンに映って、男子なら非常に興奮するシュチュエーションだとは思う……。
「これは暗に覗いてほしいとお願いしているものね。レッツ・ゴー」
「恋歌ならそれでも受け入れてくれそうな気がしますけど……」
「聞こえてるよ! 覗いてもいいけど、タク君だから特別なんだよ? 誰でもイイってわけじゃないの! OK!?」
「ストップ、お前つい10秒前にダメって断ったことを忘れたのか!?」
これ以上会話を進めると、恋歌が淫乱っ娘属性になってしまう気がした。ところで特定の1人に対してアタックが過激なのは、果たしてそれに含まれるのか否か。なかなか難しいところだ。
そんなことを考えている間にも、試着室の中から布が擦れる音がする。影しか見えない分、想像、いや妄想が加速してしまいそうだった。
そして数秒後、勢いよくカーテンが開く! そこには――、
「じゃーん! どうかな、どうかな? アイドル・ホシノのスク水姿!」
そこでは絶滅したはずのスクール水着を身にまとった恋歌がポーズをキメていた。もちろんコスチュームのチョイスは十音先輩によるもの。
雪よりも白く綺麗な肌が、普段よりも大幅に露出している。普段スカートで隠されている太ももは、細く、しかし柔らかそう。スク水は露出が多いので、恋歌の艶のあるうなじと、健康そうな鎖骨があらわになって、俺の視線を釘付けにした。それだけではない。スク水は体に密着する衣装なので、恋歌の体の線がはっきりとわかる。女の子らしく腰はくびれていて、生唾を呑んでしまうほど強調されている胸とおしり。
「ねぇ、女の子が、どう? って感想を求めてるんだよ? それなのにタク君は何も褒めてくれないの?」
「えっ? あ、ああ。すごく可愛いと思う。本当に似合ってるよ」
「うんっ、ありがと!」
可愛らしい満面の笑みを披露する恋歌。俺の賛辞に心の底から喜んでいるようで、褒めた側としても嬉しくなってくる。
「それで、このコスプレは購入するのかしら? プロデューサーさん?」
十音先輩が判断を俺に仰ぐ。この同好会の役割分担上、俺が恋歌のプロデューサーになるので、プロデュースに関することは俺が決めた方がいいのか? さて、スク水を買うか、買わないか。どっちにするか……。
「清澄先輩? コスプレって部費が出ないから自腹で買うんですよね?」
「そうね。1人1着買って、計3着はほしいわ」
「無駄買いは出来ないってことか……。それじゃあスク水は候補に入れておいて、他のコスプレも着てみようぜ」
「そうね。あ、私がスク水を選んだのだから、次は高槻くんが選んだらどう?」
「わたし、タク君が選んだのなら何でも着るよ?」
「よくもまあ、そんなことを臆面もなく……。じゃあ、ちょっと探してきます」
断りを入れてから俺は一時的に2人と別れて、店内を歩き回った。軽く見回すと様々なコスチュームが視界に入った。種類はもちろん、サイズ違い、色違いまで揃っている。
歩いていると周りの女性客から訝しむような目つきで睨まれるので、俺は早々と恋歌に着てもらうコスプレを探すことにした。しかし、俺はどのような基準で服を選べばいいのか分からない。仕方がない、店員に尋ねることにしよう。
「あの、すみません」
「はい! なんでしょうか?」
俺が声をかけた女性店員がはきはきと返事をしてくれた。
「万人に受ける女性用コスプレって何かありますかね? 俺、コスプレに詳しくなくて」
その刹那、女性店員の眼光が一気に冷めた。うじ虫を見下すような、ゴキブリに殺意を抱くような、そんな態度が一瞬にしてにじみ出てきた。それでも彼女は表面上の態度は変えずに接客してくる。
「…………っ、そ、それはお客様がご着用なさるのですか? 申し訳ございませんが、当店は女装関連の商品は置いておりません。お客様の女装癖を責めるつもりはございませんが、違うお店の方が、お客様のご趣味に合っていると思いますが……」
盛大に誤解された!? 確かに今の文脈だと、俺が女装用のコスチュームを探しているようにも受け取れる……、ような気もする……。いや、この店員にも悪気があるわけではないと思うので、許してあげようと考える……だが! 誤解は絶対に解かせてもらう!
「いえ、知り合いが着るんですよ! 幼馴染でアイドルの女の子が何でも着てくれる、って、そう言っているので、それを選ぶのを手伝って欲しいんです」
「……幼馴染、アイドル、女の子…………そして、何でも。失礼ですが、それはお客様の心の中にだけ存在する空想上の人物ではないでしょうか?」
さらに誤解は広がっていく。常識で考えたら、幼馴染が女の子の確率×幼馴染とこの年まで友達の確率×幼馴染がアイドルの確率×その子が何でもコスプレを着てくれる確率はきっと天文学的な数字だ。店員さんの勘違いも一応理解できる。
だからといって、このままでは俺が変態のレッテルを貼られただけで終わってしまうだけだ! その上、手ぶらで帰ったら十音先輩に怒られる。何とかしなくては!
「えっと、本当に実在しますから変な心配はしなくていいです。それでお勧めのコスプレはありますか? できるだけ多くの人に見せて注目を浴びたいんですけど、何か……?」
「か、仮にその幼馴染さんが実在されておられても、野外プレイは危険かと思いますが……」
「もう嫌だ! 十音先輩! 恋歌! ヘルプ・ミーッ!」
「どうしたの、高槻くん?」
悲鳴を受けて十音先輩が小走りで登場してくれた。初めて十音先輩のことを優しく感じた。そういえば恋歌は? 探してみると試着室から顔だけ出してこっちの様子をうかがっていた。
で、十音先輩に一連の出来事を説明すると――、
「店員さん? この子にはアイドルの幼馴染が確かにいるわ。彼は妄言を垂れ流しているわけではないから安心して」
「し、しかし野外プレイは……」
「大丈夫よ。彼らは路上でキスをしているから慣れっこよ」
「十音先輩は俺を助けに来たんでしょ!? 野外プレイを推奨しなくていいから!」
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