3章2話 パープルランドセル(2)



 ここで不届き者の店員には退場願った。一旦、俺たちは恋歌が待機している試着室まで戻ってくる。


「タク君は何をやっているのかな?」

「面目ない……。俺が衣装を選ぶのは危険だから恋歌が指定してくれ。それを俺が取りに行く」

「まったく、もう。それじゃあメイド服、持ってきて?」


 命令を受けて俺は再びコスプレを探しに店内を歩き回った。今回は絶対に誰の助けも借りずに探してみせる! 指定された物を持ってくるなんて、小学生でもできるんだし!


「持ってきたぞ」

「ありがと~。カーテンの隙間から入れてくれる?」


 お願いされたとおりに、俺はメイド服をカーテンの隙間から試着室に入れる。が、その時! 後ろから強く背中を押された! 俺は勢い余って試着室に飛び込んでしまう!


「ちょ、ちょっとタク君!? 本当に入ってくるの!?」

「ち、違う! 俺の意思じゃない! 十音先輩が背中を押したんだ! つーか十音先輩、こんなことして楽しいですか!?」

「ふふ。ええ、結構楽しいわよ?」


 カーテンの向こう側にいる十音先輩に怒鳴る。しかし返ってくるのは爆笑だけだった。やむを得ない……、なるべく恋歌の裸を視界に入れないように、試着室から出るとしよう……。

 なんて考えた次の瞬間! 恋歌が後ろから抱き着いてきた! 毎回恋歌が俺を誘惑する時の方法がワンパターンになってきたな……。まぁ……、それでも思わず足を止めてしまうのは、悲しき男の業だ。


「ふっふっふ~。ここで試着室から出たら、大声で叫ぶよ? タク君には私の着替えを観賞する義務があります!」

「甘いな、Dカップの胸に俺が反応すると思うなよ?」


「今すぐ叫ぶよ?」

「ごめんなさい反省しています」


 要するに再会してから1日1回はやっている色仕掛け、誘惑だ。虚勢を張ったが、正直な話、恋歌の胸でも俺は緊張する。だからこそやめてほしいのだ……。恋歌の気持ちは理解しているけど、家族同然の女の子からアタックされても、どうしたらいいかよくわからないし。


 しかし、いくらなんでも叫ばれて厄介なのは事実だろう。それなので、俺は大人しく恋歌の着替えを観賞することにした。


 恋歌はスク水を脱いだ全裸の状態で、まずはパンツとブラを身に付けた。次にワンピースを着るように、スカートの下から体を入れる。そしてスカート部分を膨らませるためにパニエを穿いた。レース付きのカチューシャを装着して、メイド姿の恋歌が完成! だが、えして問題というモノは、最後の最後に発生するモノだった……。


「あれ? 背中のチャックが閉まらない!? タク君~、たすけて~っ!」

「こうなることぐらい予想できたよ! テンプレだもんな!」


 流石は王道展開を地で行く恋歌だ。

 涙目でうろたえている恋歌を放っておけなかったので、俺は仕方がなく手伝うことにした。背中のチャックに手を伸ばすと、恋歌の肌に触れてしまう。や、やわらかい……っ!


「――んっ。――た、タク君っ」

「ちょっ、変な声を出すな!」


 喘ぎ声を漏らす恋歌。くすぐったそうに身をよじる。ただメイド服を着るのを手伝ってあげているだけなのに、妙にエロい。恋歌の声は恥らっているようで、我慢しているようで、そして俺はその声に鼓動を早めた。


「ほ……っ、ほら、終わったぞ」

「うん、ありがとタク君!」


 そこにはどこからどう見てもメイドの姿をした恋歌がいた。恋歌は試着室を出る。俺も一緒に。

 で、そこに魔王がいたのは言うまでもない。


「高槻くん? 確かに私は試着室に押し込んだわ。それは私が悪かった。けど、あなたもあなたで、何で星乃さんとラブコメを展開しているのかしら?」

「えっ~と、逆らったら叫ぶと脅されまして……」


「…………カーテン1枚に防音機能はないわ。あなた達の会話は全部私に聞こえていたわよ。『――んっ。――た、タク君っ』『ちょっ、変な声を出すな!』ですって? ハッ、リア充は滅べ。そしてもげろ」

「すみませんでした! もぐのだけは勘弁してください!」


 誠心誠意謝罪する。もげたら俺は女の子になってしまう。それにしても十音先輩の口調、荒いな。それだけ怒っている証拠か。当然だな。しかし納得がいかない。なぜ俺だけで恋歌が咎められないのだ!?


「ふん、まぁいいわ。それで高槻くん。このメイド服も保留にしておくの?」

「そうですね~、鉄板だから新鮮味はないけど、タグで一番ヒットしそうだし……」

「ねぇっ、タク君、こっち見て!」


 買うか否かを考えていると、突然恋歌に呼ばれて思考を中断する。

 恋歌はその場で1回転した。スカートと髪を、ふわりと舞わせての1回転。そしてスカートの左右の裾を指でつまんで持ち上げる。腰を折って頭を下げた。一連の動作が、あまりにも完成された可憐さを表現するので、俺は返事がしたくてもできない。


「ご主人さま? 私の衣装はどうでございますか?」


 メイド服姿の恋歌に、ご主人さまと呼ばれる。その呼び方はすごく新鮮だった。メイドなら当たり前の呼び方だが、恋歌が俺をそう呼んだことは、当たり前だが初めてだし。なんていうか、幼馴染からご主人さまと呼ばれるのはすごく照れるし、違和感もすごい。それでも、普段とは違う恋歌の一面に、俺の顔は熱くなってしまった。


「なんつーか、本当にメイドっぽいな。似合ってるよ」

「お褒めいただきありがとうございます。なんてねっ」


 ここでようやく、普段通りの口調に戻った恋歌。


「あの、清澄先輩。わたしこの服気に入ったんで買ってみたいんですけど……ダメですか?」

「私はいいと思うわ。女性からしても星乃さんのメイド服姿は似合っているもの。で、アイドルと上司がこう言っているけど、プロデューサーさんはどうなのかしら?」


「OKです。メイド服は購入決定で」

「やったっ。ありがとね、タク君、清澄先輩」


 その一言で恋歌は小さくガッツポーズをする。よほどメイド服が気に入ったらしい。十音先輩は『衣装は皆で決める』と昨日の部活で説明したが、俺としては着て活動するのは恋歌なので本人に任せてあげたかった。

 恋歌は私服に着替えるために、再び試着室に入った。その間に俺は十音先輩と話す。


「次の衣装はどうしますか?」

「――そうね、現時点で決まっているのはメイド服、候補がスク水。コスプレ自体の評価はメイド服で稼げるし、肌色はスク水で大丈夫。ふむ……、ここは少し、マニアックに攻めた方がいいかもしれないわね」


「つまり?」

「幼稚園児の格好なんてどうかしら?」


「それはまずいです! ロリコンどころかペドフィリアですよ!」

「私の性癖を否定しないでくれるかしら!?」


 えぇ……、十音先輩が大声で意見を主張したのは初めてかもしれない。ただその内容はあまりにも社会的にアレなモノだった……。

 そして自分の背中から幼稚園児が着る水色のスモックと、黄色いカバンを取り出した十音先輩。この状況で出せるということは、この人、あらかじめ恋歌に着せるために用意していたな……。


「お願いですから、せめて小学生みたいな服にしましょうよ……」

「まったく、仕方がないわね。これだから幼女の美学を理解できない連中は……」


 十音先輩は文句を垂れ流しながらも、幼稚園児セットを片付けてきて、しばらくするとパープルのランドセルと黄色い帽子を持ってきた。


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