2章3話 ムード・オブ・パステルピンク(3)



「高槻くんには明日にでもパフェでもおごってもらうとして、服を脱いでいるならちょうどいいわ。メジャーを借りてきたから早速測りましょう」


 俺の目の前の床にメジャーが落とされた。それを拾うと俺は立ち上がる。


「ねぇ、タク君……」


 震えた声を俺にかける恋歌。


「今さら怖気づいたのか? さっきまで俺に下着姿で抱き着いていたのに……」

「~~~~っっ、だ、だって……、自分から抱き着くのと、タク君から触られるのは、全然違うし……」

「攻めるのは得意だけど、攻められるのは苦手ってわけね。意外とヘタレじゃない、星乃さん」


 十音先輩は恋歌を挑発しながら部室の入り口にかまえた。部室の入り口は1ヶ所しかないので、そこをふさがれたら逃げることは不可能だろう。入り口は十音先輩に任せて、俺はメジャーを手に恋歌に迫る。


「この構図は高槻くんが星乃さんを襲う直前にしか見えないわね」

「もとはといえばアンタがスリーサイズを測ろうって提案したのが悪いんだ! お願いだからこれ以上、俺のメンタルが擦り減りそうなことを言わないでくれ!」


 決意して恋歌に近付く。恋歌は意外にも大人しくしてくれていた。少し震えていて、涙目だったたけど……。


「タク君……優しくして、ね?」

「頼むから誤解を生むそのセリフはベッドの上で寝るまで封印してくれ。お願いします」


「なるほど、あくまでも星乃さんとベッドで寝ることは前提なのね?」

「アンタも余計な口を慎め!」


 そしていよいよ身体測定が始まる。恋歌は俺に背を向けてブラを外した。ブラを机の上に置くと、振り向き、マニアックな男子中高生が喜びそうな手ブラで一番大事なところを隠す。本人はDカップと悲嘆していたが、充分に魅力的だし、腰が細い分大きく見える。


「はうっ」


 俺は恋歌の胸囲を測る。その際に恋歌の胸に手が触れた。少しだが、偶然だが、初めて触る女の子の胸はこの世の物とは思えない不思議な、柔らかくて温かい感触をしていた。そして何よりも、『幼馴染』で『アイドル』である恋歌の胸に触れたという事実が、俺の鼓動を激しくする。


「トップバストが83cm。アンダーが64cm」

「うう~、タク君、恥ずかしいよぉ~」


「お前が俺に測ってほしいって言い出したんだろ。文句言うな」

「だって、タク君を誘惑するつもりだったけど、想像以上に恥ずかしいもん!」


 溜息を吐きながら、俺は今度メジャーを恋歌の腰に巻きつける。細く華奢で白い、そんな男子なら拝めることができるだけで幸せな恋歌の腰を、俺は今測定している。心臓が早鐘を打って集中できない。それでも何とか恋歌のウエストを測ることに成功した。結果は55cm。


「へいへい! 次はおしりに行ってみよう!」

「十音先輩! それ以上のセクハラは警察呼びますよ!」


 精神的妨害を受けても、俺は挫けることなく測定を続ける。しゃがんで目の位置を恋歌のおしりにあわせる。流石にパンツを脱がせるわけにはいかないので、パンツの上からメジャーを巻く。


「た、タク君~。は、早くしてよ~」

「自業自得だ、諦めろ」


 ヒップは85cmだった。

 全てのサイズを測り終えると俺は恋歌に、床に放り置かれていたブレザーとスカートを拾い、投げ渡した。恋歌はそれを受け取ると、大人しく着始める。十音先輩はドアの前からどいて、昨日から変わらない自分の席に戻った。


「トップ:83。アンダー:64。ウエスト:55。ヒップ:85、っと。ちゃんと入力してあげたわ。やっぱり胸は私の方が大きかったわね」

「だ、大丈夫よ……たぶん! 私の胸は成長過程だから!」

「恋歌、それは貧乳しか使わない言い訳だ。恋歌は別に貧乳じゃないけど、その言い訳を使ったヤツは、マンガにしろ、ラノベにしろ、リアルにしろ、大抵そのあと、大きくならない。諦めろ」


 見事に胸が大きくならないフラグを立てたな。フィクションにしろ、リアルにしろ、俺はその言い訳を使って巨乳になった女子を知らない。これを貧乳フラグとして世に知らしめていきたい。

 恋歌は服を着終えると席に座った。俺も1人で立っていると寂しいので着席する。


「次は星乃さんのプロフィールに何を加えるのかしら? 好きな異性のタイプ?」

「それぐらいなら、ギリギリセーフですかね。恋歌、好きな男のタイプは?」


「タク君しか考えられない! 他の男子に興味はないわ!」

「ブログが炎上してもいいのか!? あとさらっと告白しないで、恥ずかしいから!」


 ひとまずシンキングタイムを設けた。時間は3分。十音先輩がルーズリーフを俺と恋歌の前まで滑らせて渡してくる。これに考え付くだけ案を書け、ということだろう。いわゆるブレインストーミングだ。ルールは1つ、今までに出てこなかった項目を考える、これだけだ。アイドルビジョンの恋歌のマイページにもそれなりにあったが、それも含んではいけない。


「できたか? それでは恋歌から」

「はい! 『今後の目標』と『将来の夢』なんてどうかな?」


「無難だな。ちなみに回答は?」

「『今後の目標』はタク君を落とす! 『将来の夢』はタク君のお嫁さん!」


「予想通りのぶれない答えをありがとう。嬉しいけど却下だ。ファンが憤死する」


 ブーイングする恋歌。素直に嬉しいけど、それがアイドルのプロフィールに適しているかといえばNOだ。


「じゃあ、次は高槻くんでいい?」

「イエス。無難に『ファンへのメッセージ』なんて……」


「あなたには失望したわ。そんなのつまらないじゃない! もっとボケてよ!」

「つまらなくて何が悪い!? ビバ、無難! ビバ、平凡!」


 別に良いじゃん。こっちの方がことを荒立たせずに済むんだよ。仮に恋歌の案をそのまま通してみろ? ブログは炎上するぞ? 十音先輩はそんなことをおかまいなしに、ルーズリーフを机の中央に寄せて、自分のターンを始めようとする。この人はどこまでも己の道を往くんだな……。


「『どうしてやろうと思ったか?』と『やってみてどうだったか?』そして――」


 十音先輩にしては珍しく真剣に取り組んだようだ。『どうしてやろうと思ったか?』はアイドルになったキッカケ。2つ目の『やってみてどうだったか?』は楽しいとか、忙しいとかかな?


「そして――『経験人数は?』なんてどうかしら?」

「それ、大人のビデオの最初にある前座だよな! そんなのダメに決まってるだろ!」


「ん~? 高槻くんは15歳でしょ? なんでそんなことを知っているのかしら?」

「不潔だよ、タク君!」


「すまない恋歌、あとで謝る! でも、十音先輩! もっと世間一般のルールを守ってください!」

「このブレインストーミングのルールにボケてはいけない、なんてないわ!」


「自覚してボケてるのかよ! 実にタチが悪い!」


 息を落ち着かせて、俺は冷静さを取り戻す。とりあえず今出た項目は6項目。最後はお蔵入りにするとして、他のヤツは充分に使えるな。俺はパソコンに5つの項目を打ち込み、2人に見せる。


「じゃあこの5項目を採用します。今日はもう下校時刻なので解散にしますが、恋歌は家に帰ったらブログを作成してください」

「了解だよっ」

「部長は私よ。勝手に仕切らないでくれるかしら……」


 十音先輩の文句を受け流す。そして俺と恋歌は帰宅の準備を始めた。といっても、昨日とほぼ同じく、カバンに筆箱とパソコンをしまうだけなんだが……。俺たち2人のスルーを受け止めて、十音先輩も帰宅の準備をした。3人が全ての荷物をカバンにしまうと、全員で部室から出た。


「明日もまた部室で。今日も私は鍵を返してくるから、先に帰っていていいわ。尾行はしないから安心しなさい」

「それじゃあ、また明日」

「さようならっ、清澄先輩」


 あんまり進まなかったものの、特にいざこざもなく、恋歌が入部して2日目の部活は終了した。


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