1章6話 オレンジロード(2)



「でもさ、清澄先輩は今日中に報告書を仕上げるって宣言したよね? つまり――」

「ええ、もちろん高槻くんには今日中に仕上げてもらって、明日持ってきてもらうわ」


「ガッデム! OK、OK。要望通り、明日まで仕上げてきてやるよ! 吠え面をかくんじゃないぞ――ッ!」


「かかないわよ。むしろ自分の仕事が減って笑いが止まらないわ」

「昔からタク君ってあおり耐性が皆無だよね」


 まさか恋歌からも突っ込みを受けるなんて。軽くショックだ。お前のために頑張ることになったんだから、俺を少しは労わってくれ。

 十音先輩は俺に謝りもせず、カバンから1枚の紙を取り出した。


「これが生徒会に提出する報告書よ」


 報告書が長机の上に置かれた。それを俺と恋歌は2人で眺める。

 項目としては、部活及び同好会名、部員氏名、そして活動内容があった。


「これは宣言しちゃったから俺がやりますよ。でも十音先輩は何をするんですか? 1人だけ役割がない気が……」

「私は今月のところはアイドル同好会の宣伝をするわ。同好会から部活に昇格したら部費も出る。そのためには部員を増やさないといけないし」

「えっ? ここって部活じゃないの?」


 そうか。恋歌はこの学校の部活と同好会の違いを知らないのか。本来ならこういうことを説明するのは部長の役目だが、十音先輩が変なことを吹き込んで一悶着あると面倒なので俺が説明する。


「門前町高校の部活は部員5人以上と顧問を集めて作ることができる。で、俺たちは部員が3名で顧問もいない。だから同好会に当てはまるんだ」

「ここって同好会にも部室が与えられるんだ」


「確か同好会は7クラブくらいあって、その全てに部室が与えられているはずだ。それでも部室棟には部屋が余ってる。使わないのは勿体ないって精神だな」

「へぇ~。タク君一昨日入学したばかりなのに、よく知ってるね」


 入学した日が一緒でも、同好会に入部したのは俺のほうが1日早いからな。

 ちなみに我らがアイドル同好会は部室棟の3階にある。1階は運動部、2階は文化部、3階が同好会の部室となっている。


「あ、そうそう。清澄先輩、土日祝日は同好会ってあるんですか?」

「去年まではなかったけど、今年はあなたを立派なネットアイドルにするって目標があるわ。だから土曜日は活動することにする。日曜と祝日は休みよ」


 十音先輩は席に着くとひたいに右手を当てた。悩んでいるのか?


「でも、問題があるのよ。同好会の土日祝日の学校での活動は認められていない。監督してくれる顧問がいないから。だから、土曜日はこことは別の場所で活動する必要があるわね」


 この学校の同好会に対する風当たりは強いな。熱意があるんだから、休日でも学校の部室を使わせてくれてもいいのに。まぁ、事件や事故が起こったら対処できないから、そういうことになっているとは思うが。


「はい! だったらわたしはタク君の家で活動したいです!」

「それはいいわね。きっと土曜の朝になるとエロ本の隠し場所を必死に考えるのでしょうし」

「あっれぇ~、なぜ俺がエロ本を持っている前提で会話が進んでんだ~?」


 オペラのようにビブラートを効かせて突っ込む。叫んでばかりでは突っ込みがワンパターンになってしまうからな。それにしても恋歌よ。そんな蔑むような目で睨まないでくれよ。俺は泣くぞ。


「タク君、不潔だよ! エ、エロ……いかがわしい本を隠してるなんて!」


 エロ本も口に出せないなんて、恋歌は純情に育ったなぁ。


「落ち着け恋歌。俺はエロ本なんて持ってない」


 立ち上がって抗議する。と、同時に後ろから羽交い絞めにされた。後ろを見ると十音先輩の顔が近くにあった。そして彼女はたわわに実った胸を俺の背中に押し付けて、耳に吐息をかける。


「今よ、星乃さん。スマホのデータを調べなさい」

「やめろオオッ!」


 必死の制止を無視して、恋歌は机の上に放置しておいてしまったスマホのデータを漁る。まずい、まずい、まずいことになった。俺は後ろの悪魔を絶対に許さない!


「今までのやり取りで、高槻くんが星乃さんに甘いことは理解できたわ。だから君は彼女に嘘を|吐(つ)かないと踏んだ。で、あなたの言葉を信じるならエロ本を持ってないそうじゃない」

「それは本当だ!」


「だったらスマホにはえっちぃデータが保存されているんじゃない? それならエロ本は持っていないから、嘘にならないでしょう」

「タク君、何この『水素の画像』ってフォルダー? 明らかに浮いてるよ」


 恋歌は『水素の画像』をタップした。水素は元素記号で表すと『H』だ。つまり、そのフォルダーの本当の意味は『Hの画像』ってことになる。フォルダーを開いた瞬間、恋歌は顔を思いっきり紅潮させた。


「は、はわ! た……っ、タク君のハレンチさん! 思春期男子!」


 恋歌は恥ずかしがっているが、その反面、興味津々でエロ画像を閲覧し続けた。そして全て見終わると、なぜか自分の胸を揉んだ。で、瞳が潤んで泣きそうになる。


「なぜ泣くっ!? 泣きたいのはこっちだ!」

「だってこの人たちFカップ以上あるもん! わたしDカップだもん!」


「勝ったわ、私はGカップよ」

「胸の大きさは勝った負けたで表せないんだよ! 胸ってぇのは哲学だ!」


「タク君の変態っ! このおっぱいマニア!」

「クソ――ッ! 反論できねぇ!」


 ここでやっと俺は十音先輩から解放された。早々と恋歌からスマホを奪還して電源を切る。家に帰ったらフォルダーの名前を変えなくてはいけないな。

 元凶である十音先輩は、我関せずとしていた。そして不意に壁にかけられている時計を見て呟いた。


「今日はここまでにしておきましょう。明日も放課後に部室集合ね。高槻くんは絶対に明日までに報告書を完成させなさい」

「その前に俺に謝れ。今、ナウ」


「それじゃあ、今日は解散」

「無視すんな!」


 謝りも恋歌へのフォローもせず、十音先輩は戸締りを始める。恋歌もあからさまに俺を避けて帰りの準備を始めた。仕方がない、俺も帰りの準備をしよう。まぁ、筆箱をカバンにしまうだけだけど。

 3人は各々カバンを持って部室から出る。そして部長である十音先輩が鍵を閉めた。


「私は鍵を職員室に返してくるから、2人は先に帰っていていいわ。お疲れ様でした」

「「お疲れ様でした~」」


 社交辞令のような、心がこもっていない労いの言葉をかけて十音先輩は先に行ってしまった。残された俺と恋歌は昇降口に向けて歩き出す。部室棟の階段を下りて、連絡用通路を進み、校舎に戻る。昇降口に着くまで一切の会話がなかった。それでもどちらかが先に行ったり、離れたりはしなかった。


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