1章5話 オレンジロード(1)



「私もいいと思うわ。アイドルについて議論するよりも、星乃さんをプロデュースする方が活動報告書も栄えるでしょうし。さっきはアイドル活動をする場じゃないって言ったけど、退屈しなさそうだし許可しましょう」

「やったっ」


 部長である十音先輩から許可を得て、これからの、少なくとも今月のアイドル同好会の活動は、恋歌のプロデュースに決定する。そのことを恋歌は無邪気な子供のように喜んでいた。


「それでも報告書を書かなきゃいけないことに変わりはないわ。面倒なことは早く終わらせる主義なの。今日中に報告書をまとめるわよ」

「「はい」」


 同時に返事をする俺と恋歌。恋歌を一瞥すると照れているのか顔を背けた。

 先ほどと同じ席順で活動を開始する。


「まずは目標を決めましょう。日間投票3000位以内とかアクセス数500位以内とか、数字で表せる目標を」


 数字で表せってことは、誤魔化しも効かないし、一目見て簡単に成果を確認できるということだ。1日3時間歌のレッスンをするとか、ダンスの練習をするとかより非常にわかりやすい。

 それなので俺は賛成した。恋歌も賛成。


「PVじゃなくて投票の方ですが、今の恋歌のランキングは最高で日間2705位です。ファン側じゃなくて、アイドル側のユーザーが3万人以上いるアイドルビジョンでは比較的上位に分類されるな」

「べ、別にそんなことタク君に言われても嬉しくないもんっ」


 その割には口角が上がって嬉しそうじゃないか。幼馴染の必死の照れ隠しを看破しながら、スマホを使い必要な情報をネットから集める。


「ちなみに昨日の日間順位は6000位より上。……う~む、やっぱり写真や動画をUPした日の方が、アクセス数は多くなっているな」

「参考にするから動画を見てみましょう。サムネが一番エロいのでお願いするわ」


「待って! お願いだから見ないでぇ! 恥ずかしくて死んじゃうぅ~!」

「そのセリフは初めての時に高槻くんに言ってあげなさい」


「なんてこと抜かしているんですか、あなたはアァァッ!」


 確かにこの恋歌のセリフを切り抜いたら、ナニかしているように誤解を受けるな。口では突っ込みを入れるが、妄想を広げる。

 妄想を広げながらも、目に付いた動画のタイトルをタップしてリンク先に飛んだ。

 ちなみにサムネとは、サムネイルの略称で、動画の一部を静画にして見出しにしたモノだ。このサムネ、つまり見出しが目立つとより多くの人から注目される。


「この動画はどうですか? エロくありませんが再生回数はホシノ関連で一番です」


 俺の席の隣から十音先輩が覗いてきた。恋歌は耳を塞いで目を閉じる。

 動画を再生すると画面の中の恋歌、否、ホシノが音楽に合わせて踊り始めた。普段着とは違う特別な衣装を着て、慣れた感じでダンスする。動きもリズムも趣味でやっているとは思えないほど上手い。


 動画が終了すると十音先輩が感想を述べる。


「素直に上手いと思うわ。これで私の中では目標は決まった」

「ホントですか?」


 十音先輩は立ち上がると、再びホワイトボードの前に立つ。そして今度は黒ペンではなく赤ペンで――、


「目標は1ヶ月以内に日間1000位以内! これ目指しなさい」


 ホワイトボードに記された目標に俺は緊張する。恋歌も真面目な表情をした。高校生の部活でも人の目に映るところで活動するのだ。誰かが自分たちを評価する活動をする。目標を持って計画的に活動する。真剣になって然るべきだろう。

 そして十音先輩が言葉にした日間1000位という目安。アイドルビジョンにおいて、日間1000位がランキング最上層部の入り口と言われていることを、彼女が知らないわけがない。


「そう重く受け止めなくても良いわ。もちろん積極的に取り組むことは大切だけれど、罰則があるわけでもないし」


 ホワイトボードの裏面を俺たちに見えるようにする十音先輩。真っ白の裏面に今後の作戦を図解する。


「まずアイドルビジョンにはだいたい3万人以上のアイドルがいる。でも、このうちの7分の1~5分の1は消えるわ」

「タク君、どういうこと?」


「たぶん、だいたい6分の1前後はSNS感覚でやっていたり、一度活動をUPしたけどつまらなくて、あるいは夢物語のように上手く評価をもらえなくて、放置してたりするんじゃないか?」

「正解よ。で、計算を簡単にするため、仮に3万800人をアイドル側のユーザーと定義した場合、残りは2万4640~2万6400人。つまり、2万5000人前後ということ。極端な話、24~26人で可愛い子選手権をして、1位を取れればアイドルビジョンで1000位に入れるわ」


「確かに恋歌は可愛いからな。本当にそれだけだったら楽勝だろ」

「バッ、バッカじゃないのっ? タク君は顔が熱くなるようなセリフ言わないで!」


 言われたら顔が熱くなるって自覚あるんだ……。あ、また頬を紅潮させた。

 ごほん、と、十音先輩が咳払いする。傍からしたらいちゃついているようにしか思えないよな。反省しながら姿勢を正した。


「でもそれだけじゃ1000位には入れない。恋歌の場合はUPの頻度がばらついているんだよ。アイドルビジョンには毎日投稿している人もいる。上位には本物のプロだっている。その人たちには今のままだったら絶対に勝てない」

「うぅ~」


 情けないうなり声を上げる恋歌。でも大丈夫。きっとこれから十音先輩が画期的なアイディアを出して、恋歌を1000位に導いてくれるはず!


「高槻くんの言うとおりで、このままじゃ1000位に入れないわ。でも安心しなさい? 高槻くんが画期的なアイディアを出して、きっと星乃さんを1000位に導いてくれるわ」

「そっかぁ、タク君がわたしをプロデュースしてくれるんだ。えへへ、なんか照れるね」

「えっ?」


「高槻くん、あなたがホシノをプロデュースしなさい! トップアイドルになるためならば、彼女にどんなレッスンをしたってかまわないわ!」

「先輩がかまわなくても俺がかまうんですけど!? っていうか、ここまで盛り上げておいてあとは俺に任せるって卑怯じゃないですか!?」


 十音先輩はバカを哀れむかのごとく俺を見下した。一方、恋歌は俺がプロデュースすることを嬉々として瞳を輝かせている。場の空気は俺が逃げることを許してくれそうにない。それでも一応意見してみる。


「何で俺なんですか?」

「私がプロデュースするよりも高槻くんがした方が彼女、やる気出るでしょ。精神主義な話は嫌いだけど、本人のモチベーションを向上させるにはあなたが適任と判断したの」


 思ったより真面目な理由だった。反射的に反発したが、よく考えれば反対する理由もないから俺がしても大丈夫か。


「了解です。でもそうなると、今後の作戦や予定を組むのは俺になりそうだな。……ん?」


 そこで俺は悪魔の謀略に気が付いた。当の本人、十音先輩は微笑をたたえてポーカーフェイスをする。しかし俺はもう知っている。


「じゃあタク君。予定を組むってことは、生徒会に提出する報告書はタク君が作るんだね?」

「謀ったなアアッ! 十音先輩、あんた自分が書類作るのが面倒だからって、体よく俺に押し付けやがってエェェッ!」

「バレたか……。でも私が言ったことは事実よ。高槻くんがプロデューサーになった方が星乃さんはやる気が出る。違う?」


 策士――ッ! ここには絶対に敵に回していけない策士がいた――ッッ! 作戦がばれても理論が破綻することがなく、逃れる術はない。これ、まさに奇策――ッ!


「わたしは、タク君にプロデューサーになってほしいな。ダメ?」


 恋歌が寂しそうに、ミルクを欲しがる子犬のように懇願してくる。ここで断ったら、間違いなく恋歌が落ち込む。泣きそうな顔になって涙を我慢する。仕方がない。


「……わかった、俺がやるよ。恋歌のプロデューサー」

「ホントっ! ありがとね、タク君っ」


 上機嫌になってはしゃぐ恋歌。幼いと思ったが、同時に彼女らしいとも思った。

 諸悪の根源は俺たちのことをニヤニヤしながら観察していた。非常にむかつく。


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