1章4話 ホワイトボード(2)



「さぁ、私は自己紹介をしたわ」

「名前と学年しか本当のことを紹介してないでしょ」


「星乃さんもこの会話で私がどのような性格か理解できたでしょう?」

「これから同じ部活で活動していくのに、そんな認識を持たれたままでいいんですか!?」


「もちろんよ。私はどう取り繕っても性格がひん曲がっているもの」

「歪み方が歪みないッ!」


 どうやら十音先輩はこれ以上自己紹介をする気はなさそうだ。2人とも俺のことは知っているから、俺の紹介は必要ない。となると、必然的に次は恋歌の順番になる。


「タク君の幼馴染の星乃恋歌です。ネットアイドルをやっています」


 実に短い自己紹介だった。恋歌はアイドルなのに、インパクトがあるのは十音先輩の方って、どういうことでしょう? アイドルならもう少しキャラクターを立てた方がいいぞ。

 俺は会話を膨らますべく恋歌に質問した。


「なんで恋歌はネットアイドルなんて始めたんだ?」

「タク君を見返すためよ!」


 それはもう、清々しいぐらいの断言だった。俺は、なんとなくこの先の展開が読める気がする。それは十音先輩も同じようで、この人もアイドルがヒロインのマンガを読むんだなぁ、と、どうでもいい共感を覚えてしまう。


「小学校の卒業式でタク君に振られて、そしてわたしは決心したのよ! 超可愛くなって、すごく綺麗になって、タク君にわたしを振ったことを後悔させようと思ったの!」


 テンプレート、その単語が頭に浮かんだ。王道ともいえる展開だ。幼馴染と高校で再会、アイドルになった理由、その全てが王道と言って差し支えない。

 そんな雑感は置いておいて、恋歌は本当に綺麗になったと思う。肌は滑らかで、髪はさらさら。あどけない幼さと、大人びた香りを兼ね備えている。その魅力は、さっきだってたくさんの生徒を魅了した。誇張や身内ビイキを抜きにしても、新入生で一番可愛いんじゃないだろうか?


「で、どうかなぁ、タク君? わたし、可愛くなった?」

 

 上目遣いで俺に尋ねてくる恋歌。少し不安げな様子だ。


「ああ、可愛くなったよ。でもやっぱり……」

「恋愛対象としては見られない?」


 頷く。すると恋歌はなぜかはにかんだ。優しく、穏やかで、それでも決意を秘めた笑みだった。もうわかっている。恋歌は3年間も俺のことを想い続けてくれたんだ。しかも一度振られているのに。だから、俺は、彼女が今の発言ぐらいでは諦めないことを知っている。


「だったら、今からでも遅くない。わたしはタク君を恋に落とす! そしていつか、タク君の方から告白させる。言っておくけど、タク君に選択肢はないんだから!」


 恋歌は立ち上がって宣言した。その姿は自信に満ち溢れている。何度振られても諦めない性格をしているのが恋歌だ。恋歌は俺に向けて満面の笑顔を披露する。

 恋歌が座ると少しの間、空気を読んでいた十音先輩が口を開き――、


「星乃さんがネットアイドルを始めた理由は理解したわ。でも、なぜこの同好会に入ろうとしたのかしら? ここはアイドル活動をする場所じゃなくて、アイドルについて語り合う場よ」

「知っているよ。最初は自分が可愛くなることだけを考えて、すぐに評価をもらえるネットアイドルを始めた。けど、徐々に本物のアイドルにも興味が出てきたの。だからアイドル同好会があるこの学校に進学したわけ」


 過程は違ってもアイドル同好会がある、って結果を求めたのは俺も恋歌も一緒だったんだな。幼馴染と同じ理由で再会できてかなり嬉しい。

 十音先輩は紙の束から1枚の入部届けを手に取り、恋歌に渡した。


「入部届けよ。これに名前と学年、クラスと性癖を書けば入部できるわ」

「ウェイトッ! 性癖なんて項目、俺が入部したときにはなかったですよね!?」

「せ、性癖なんて! えっ、えっちぃのはいけないと思います!」


 恥ずかしがって十音先輩を指差した手を、思いっ切り上下に思い切り振る恋歌。もう恋歌が十音先輩のオモチャになる運命は確定してしまったのか。無念。


「ちなみに、私の性癖はJSアイドルの水着姿で妄想することよ」

「そんなんだから生徒会からポスター貼る許可が下りないんですよ!」


 ロリコン、妄想癖、そして新入部員に対するセクハラ。こいつはイケナイ要素が揃ってやがる。まさに変態の役満だ。


「十音先輩の冗談は受け流していいから、入部届けを書いていいぞ」

「わかった」


 俺は部の備品のボールペンを恋歌の方に転がした。で、そのボールペンで恋歌は入部届けの項目を埋めていく。そして部長の十音先輩ではなく俺の方に届けを提出する恋歌。恋歌の十音先輩に対する印象は最悪に近いから、極力関わりたくない気持ちが窺える。

 まぁ、確かに全ての項目が埋まっていたので、俺は十音先輩に入部届けを渡すことに。


「それでは、星乃恋歌さんを私たちアイドル同好会に歓迎するわ」


 十音先輩が拍手するので俺もそれにならう。2人だけの拍手だといささか締まらないが、それでも恋歌は照れ隠しをしながら喜んでくれた。

 拍手が止むと十音先輩はホワイトボードの前に立ち、黒ペンをボードに走らせると――、


「これからの活動予定、っと。今日はこれを話し合うわ」

「アイドルについて話し合う以外に何かあるんですか?」


「ないわ。でも、生徒会に毎月活動予定表を出さなきゃいけないのよ、同好会なのに。でも生徒会も間抜けだから、適当にそれっぽい活動内容をでっち上げればいいわ」

「アンタ生徒会に何か恨みがあるのか!?」


「ないわ」

「ないのかよ……」


 活動内容をでっち上げるって……。きっと活動がだいたい決まっている文化部のほとんどは提出書類を捏造しているに違いない。それがあまりにも多過ぎて生徒会は気付いていても無視するんだろうな。ブラック企業にありそうな構図だ。不祥事が起きないことを切に願う。


「ダメです。生徒会の人が迷惑します。清澄先輩は常識を身に付けてください」


 ここに来て恋歌が反撃に出た。流石に十音先輩も常識を持ち出されたら対処できないはず。少しは反省してくれるといいが。


「常識は身に付けているわ。でも、あえて守らないの」

「うっわぁ、詭弁にも限度があるな、おい」

「だったら私が考えます!」


 恋歌は席を立ちホワイトボードの前で、十音先輩から黒ペンを奪い取った。そしてボードに――、


「どうした恋歌? 何も考えてなかったのか?」

「そ、そんなわけないじゃないっ。バカにしないでよっ」


 別にバカにはしていない。ただ天然だな~、と和んでいるだけだ。

 どんなに恋歌が悩んでもボードが埋まることはなかった。時間が15秒、30秒、1分と過ぎていく。そして、ついにそこで恋歌の右手が動き出した。勢いよく、しかし丁寧に、ペンを滑らせる。


「じゃん! 『星乃恋歌のトップアイドル計画!』ってどうっ?」

「展開が王道だな」

「展開が王道ね」


 同じ反応をする俺と十音先輩。まぁ、あれだ。幼馴染との再会イベント、アイドルになった理由。この2つを王道で突っ走ってきた恋歌に王道以外を求めるのは酷な話か。


「でもいいと思うよ。少なくとも活動報告をでっち上げるよりは」

「そう思うでしょっ。やっぱり趣味だとしても、アイドルをやる以上は人気になりたいものね! でっ、人気になったらタク君にこう言うんだ」


 恋歌が座っている俺の目の高さに合わせる。彼女の瞳には俺が映っていた。甘い香りに縛られて恋歌から視線が離れない。花の蕾のように可憐な唇が小さく開いた。そして――、


「――わたしを振ったこと、これで後悔した? って」


 彼女は初夏の太陽のように爽やかな笑みを浮かべた。


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