1章2話 アンダー・ザ・ブルースカイ(2)



「やっぱり説明しながら勧誘するしかないんじゃないんですか? 今はアイドルに興味なくても、楽しそうだなって思わせれば入部してくれるかもしれないし」

「そうね。ありもしないことを説明して、私が少し甘い声で誘惑すれば、2人や3人は入部するでしょう。退部届けなんて部長の私が受理しなければいいだけだし」

「うん、そういうことはやめてください。ハッキリ言って割とクズです……」


 部室棟の階段を下りて、外靴に履き替えるためにいったん校舎に戻る。部室棟と校舎を繋ぐ連絡用通路から校門の方を見ると、けっこうな人だかりができていた。俺は昨日同好会に入部して、どの部活も入部自体は昨日からできるが、勧誘は今日からスタートだ。だからどの部活も見込みのある新入生を取られないように張り切っているのだろう。


「見てみなさい、高槻くん。まるで人がゴミのようだわ」

「人間をゴミ扱いする人の方がよほどゴミじゃないですか……」


 校舎に入っても入部の誘いはあった。人による誘いではないが、壁一面に部活紹介のポスターが貼ってあったのである。運動部は大会の実績を、文化部は活動内容や雰囲気を伝える感じで。ちなみにうちの同好会のポスターはない。


「なんで十音先輩はポスター作らなかったんですか?」

「仮に、アイドル同好会がポスターを作ったとしましょう」


 なんか語り始めたぞ。俺はとりあえず頷いてみた。すると十音先輩は話を続ける。


「他の部員はもう卒業してしまったし、作るのは当然私よね」


 まぁ、そうなるだろう。その姿が想像できるか否かは置いておいて。


「アイドル同好会なんだから、アイドルの写真をポスターにしようとするじゃない」


 そうだな。俺も同好の士を見つけるためには、目印になるものをポスターに入れる。アイドル同好会の場合、それはどう考えてもアイドルだ。


「でも私たちって普段は何もしてないのよ。だからポスターはアイドルの写真の顔に被さらないように、部員募集中! で終わるわ」


 なんか変な方向になってきたな。


「学校の掲示板に水着JSアイドルのポスターがあったら、私はこの学校の正気を疑うわね」

「はい、ストップ! なんで小学生!? なんで水着!? 普通にコンサートの写真でいいでしょ!」


「私の好みよ。でも、それが生徒会に受理されなかったんだから仕方がないわね」

「作ったのかよッ、提出したのかよッ! 生徒会マジグッジョブ!」


 この人には一般常識がないのか? そんな物、俺だったら恥ずかしくて提出すらできない。俺が作ったら小学生の水着姿を探す時と、レイアウトを作成する時と、印刷する時とで、3回は自分の人生に疑問を持つぞ。


 昇降口に着くと、いったん十音先輩と別れて靴を履き替える。そして再会して校門に向かう。校門にはさっきよりも人が集まっていたが……というよりも、どうやら1人の生徒を大人数で囲っているようだ。期待のスポーツマンルーキーでもいたのか?

 アイドル同好会は少し離れた場所で勧誘活動をすることにしよう。プラカードもチラシも何もない、入部希望者が出るかはなはだ疑問な勧誘だが、やむを得ない。


「アイドル同好会に入部しませんか~~っ! アイドル、モデル、女優、声優について語り合いましょう!」

「でもAV女優については語り合いません! そこは注意してください! 我々は健全な高校生です!」

「あんたは何をアピールしてるんだ!? みんなドン引きしているぞ!」


 みんながこっちを汚物を見るような目で睨んでくる。気のせいか集団が少し離れた。


「いい、高槻くん? 冷静に考えてチラシもない、人数も少ない、目的もない。そんな部活動に誰が入部するというの? 新入部員を集めるなら、少しでもこちらに意識を向けるように仕向けないと」

「正論を言っているようでまるで正論じゃないですよ」


 深い息を吐いて人だかりの様子を一瞥した。どうやらさっき、俺が期待のスポーツマンと認識していた生徒は女子だった。マネージャーになってください! 幽霊部員でもいいんで入部してください! みたいな勧誘が目立つ。文化部も勧誘していて、運動部はマネージャーとしてほしがるってことは、スポーツマンは誤認か。

 なぜ女子かわかったか、というと、人と人の間から彼女の横顔が覗けたのである。その顔はどこか見覚えがあった。


「アイドル同好会は楽しいですよ~! 放課後に集まって、和気藹々と好きなアイドルについて話しましょう~!」


 数人の生徒が興味を示すも、遠巻きにこちらの様子をうかがうだけで、近付いてきてはくれなかった。残念。


「ねぇ、ドルオタって世間様からは冷たい反応を抱かれるのね」

「そうですね。一般人はオタクって単語に変なイメージを持ちますから。風当たりが強くても地道に頑張るしかないですよ」


「まぁ、この場において、その原因は私のAV女優発言にあるのだけれどもね」

「おい、待て、自覚してんのかよ」


 なおのことタチが悪いな。自覚しているなら場を混乱させる行動を慎んでいただきたい。無理か、無理だな。


「ほら、大声で勧誘しなさい。部長命令よ」

「理不尽だ……、アイドル同好会に入部してください――っっ!」


 その瞬間、人だかりの中から1人の少女が現れた。

 それと同時に俺は目を見開く。その子が、あまりにも美少女だったからだ。


 まるで赤ちゃんのように色白で、瑞々しくて、スベスベしていそうな肌。色素の薄い栗色のツーサイドアップは、まるで春風のように絡まることを知らず、初対面なのに触れてみたいと思うほどサラサラだった。瞳はトパーズをはめ込んだように輝いているあどけないパッチリ二重で、薄桃色の唇は一度目に焼き付けたら、夢に出てきそうなほど魅力的。ブレザーのスカートから覗ける細い脚は綺麗な曲線を描いており、胸は強く、強く、その子が思春期を迎えた女の子であることを主張していた。


 少女は先ほどまで多くの部活から勧誘を受けていた少女だった――が――やはり見覚えがある。この娘は――、


「あの、わたし、アイドル同好会に入部します!」


 少女は走って俺たちの元までやってきた。近くまでこられるとよくわかる。小顔、かつ、童顔で、顔も体もバランスが取れている。存在そのものが、可憐で、澄み切っていて、神様の気まぐれで出来上がったといっても信じそうなくらい、神秘的な可愛さだった。


 彼女が入部を宣言すると、他の部活の部員が一斉に悲しそうな表情をする。それぐらい彼女は出会って間もない人々を魅了したのだろう。

 俺は彼女の瞳に、微笑みに吸い込まれるように、足を一歩、前に動かす。動かしてしまう。


「君って――もしかして――」

「あれ? ひょっとして君って――」


 どうやらお互いに会ったことがあるようだ。しかし、俺は彼女とリアルで会うのは初めてだ。それでも、彼女は俺にあったことがあるような言い振りだった。でも、俺は違う。確信がある。今日だって、さっきだって、見た。


「タクく―― 「アイドルのホシノさんですか!?」


 その瞬間、彼女の笑みは凍りついた、彼女を取り巻く空間が灰色になった。時間が止まった。そして彼女は顔をうつむかせてプルプルと震えだす。


「あっ、すみません。プライベートで芸名を出すのはマナー違反ですよね。それとも人違い……」


 彼女は震えるだけで何も答えない。十音先輩は珍しく茶化さないで成り行きを見守っていた。この状況で動けるのは俺だけ。しかし、俺も動けずにいた。だってそうだろ? 目の前に憧れのアイドルと似ている女の子がいるんだから。


「えっと……やっぱり人違いでしたか?」


 すると彼女は俺の胸倉を掴む。顔が、澄んだ瞳が、薄桃色の唇が触れそうな距離にある。自然と鼓動は早鐘を打ち、自分でも赤面しているのが想像に難くない。

 そして彼女は大声で――、


「バカタク君! わたしは! あなたの幼馴染の! 星乃恋歌よ!」


 これが俺と恋歌の、3年越しの再会だった。


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