1章1話 アンダー・ザ・ブルースカイ(1)



 仙台門前町もんぜんまち高校――。

 宮城県仙台市には5つの区がある。それぞれ、青葉区、宮城野区、若林区、泉区、太白区という名称なのだが、太白区には市営地下鉄の『長町一丁目駅』という駅があった。


 地下にある長町一丁目駅の階段を上り、出口を出て、世界が日光を取り戻すと、目の前に広がるのは片側2車線、計4車線の奥州街道。街道沿いにはアパートもあればマンションもあるし、一軒家だって大通りのすぐ近くなのに、ないというわけではない。花屋さんもあるし、本屋さんもあるし、スーパーもあるし、『シーガル』という主に宮城県を中心に展開しているゲームショップもあった。


 流石、杜の都と言われているだけあり、新緑を梢に茂らせた街路樹が一定の間隔で並んでおり、北に3分歩けば静かにせせらぐ広瀬川、南に10分歩けば最近ではご当地放送局でCMを流してプッシュしている、『仙台市住みたい街ランキング』をすれば間違いなく上位に食い込む新環境都市であるアスト長町、で、少し大通りから外れると、そこは閑静な住宅街である。


 長町一丁目駅からスタートして、その住宅街を西に約1km、おおよそ15分進めば、仙台門前町高校があるのだが……、4月上旬、その部室棟の一室に、2人の男女の声が響いた。


「ですから先輩! やっぱりアイドルは清純派が一番なんですよ。流れるような長髪、癒されるソプラノボイス、圧倒的な歌唱力、リズミカルなダンス。この全てに一番あうのは、やっぱり清純派です!」

「それは高槻くんの好みでしょう? アイドルにはオンリーワンはいてもナンバーワンはないわ。それに高槻くんが力説している清純派って要するにバランス型のことじゃない。それよりは一点強化のダンス重視とか外見重視の方が、個人的には好感が持てるわね」


「あ……やっぱ、そっちも捨てがたいな」

「節操ないわね、高槻くん……。先ほどまでの清純派に対する熱意はどこに行ってしまったのかしら?」


 2人の男女の男の方は俺、一昨日入学したばかりの高槻拓斗。女の方は高校2年生の清澄きよすみ十音とおん先輩だ。で、ここはアイドル同好会の部室なのだが、部室を与えられているとはいえ、部員が俺と十音先輩しかいないので同好会止まり。部費も出ない。


「さっきから会話の路線がずれまくりですね。本題に戻りましょう。どうやったら部員を増やせますかね? アイドル好きの生徒を新入生から見つけるのは苦労しそうですよ。ドルオタって、一種のオタクですから、入学3日目の時点では趣味を隠しているでしょうし……」


 そう、もともと俺と十音先輩はアイドル同好会の部員を集める会議をしていた。しかし新入部員に求めるドルオタとしての矜持やら、新入部員の好きそうなアイドルのタイプやら、徐々に論点がずれていった。

 俺と十音先輩はパイプ椅子に座りながら溜息をく。


「早く部員を増やして、生徒会から部費を分捕ぶんどってやりたいものね……」


 流水のように絡まることを知らないサラサラの深い黒のロングヘア、女性としてすごく魅力的で吸い込まれるように視線がそっちに行ってしまう形のいい胸、ストッキングに包まれている優艶でやわらかそうな脚、太もも。十音先輩は、それこそアイドルのような、見る者全てを魅了する美貌を備えていた。例えるなら中世西洋のお姫様のように、気品と凛々しさを兼ね備えた女性だが、十音先輩は自分の評価など眼中になく、むしろ他の女性の可愛さや美しさに興味を持っている……。


「ところで、なんで高槻くんは清純派を押してきたのかしら? 前に会った時は、癒し系こそが最高、なんて言っていたじゃない。春休みから入学式までに何があったの?」

「実は2週間くらい前に、アイドルビジョンで1人の女の子を見つけまして」


 アイドルビジョン、というのは写真や動画、音声データ=主に歌、TwittreでいうところのツイートなどをアップロードできるSNSだ。アイドルや歌手、役者、モデルになりたい若者が、自分たちの活動を写真や動画にしてUPするサイト、及びアプリケーションのことをアイドルビジョンと呼ぶ。

 俺はポケットからスマホを取り出し、スリープを解除する。そしてアプリのアイドルビジョンにログインして、お気に入りを開いた。


「どうです!? 俺の中で話題沸騰中のホシノちゃん! まさに清純派って感じがしませんか!?」


 少し俺からスマホを借りればいい話なのに、椅子ごと移動してきて俺の隣でスマホを覗き込む十音先輩。胸が切なくなるほどほのかな甘い香りがしてドキドキする。距離はかなり近く、見る人によっては恋人同士に見えるかもしれない。


「確かに可愛いわね。私たちと同い年くらいかしら? 可愛くも見えるし綺麗にも見える。肌も白くて画面越しでもすべすべってよく分かるわ」


 俺は画面を操作して写真やら動画やらを次々に十音先輩に紹介していく。


「いいですよね~、ホシノちゃん。まさに清純派アイドルそのものですよ!」

「そうね、流石高槻くんが目を付けただけのことはあるわね」


 ここでようやく十音先輩は俺からスマホを借りて、ホシノちゃんのプロフィール画面に飛んだ。


「ホシノ。女性。15歳。宮城県出身。好きな色:オレンジ。好きな食べ物:みかん。好きな飲み物:牛乳。趣味:お昼寝とお風呂。好きな物:枕とフカフカのベッド。嫌いな物:梅雨と勉強」


 俺はプロフィール画面に書いてあることを、思い出して言った。そう、思い出して。残念なことに十音先輩にスマホを貸しているから、画面が見えなかったのである。

 すると、十音先輩が(まったく高槻くんは……)と言いたげに、気だるげに嘆息して――、


「……全部暗記しているの? その情熱を少しでも勉強に回せば、入試で楽ができたんじゃない?」


 苦笑いで応えるしかなかった。受験期間中でもアイドルビジョンを鑑賞しまくって、中3の担任からは、門前町高校突破は難しい、って、宣言されたっけ……。でもそれだと困ったんだよなぁ。近隣の高校でアイドル同好会があるのは、この学校しかないし。


「十音先輩は最近、良いアイドルと巡り会えましたか?」

「最近? あまりないわね。このホシノって子が一番かもしれない」


 十音先輩は1人のアイドルを長年思うよりも、流行に乗ってくタイプだ。いかにも女子高校生らしい考えをしていると言えるかもしれない。ただ、十音先輩の場合、男性よりも女性を追う傾向があるのだが。


「じゃあアイドルビジョンの投票もホシノちゃんに入れてくださいよ。ちなみに俺はもう投票しました」


 このサイトには投票システムが4種類ある。即ち、日間、週間、月間、年間の4種類だ。日間は投票券が朝の7時に配布され、23時59分締切。週間は毎週月曜日に投票券配布、日曜日23時59分締切。月間は毎月1日に投票券配布、30日か31日、2月だけ28日23時59分締切。年間だけ少し例外で、11月1日に投票券が配布されると、同月30日23時59分に締切って、大晦日にアイドルビジョンの公式生放送でアイドル本人を迎えて結果発表、という形式。


 で、この投票で上位常住ランカーになると、事務所やら雑誌から出演のオファーが来るとのこと。


「いいわよ。でも、日間、週間ならいいけれど月間はもう少し様子を見るわ」

「それだけでもありがたいですよ」


 早速、十音先輩は俺にスマホを返して、自分の方のスマホをポケットから取り出すと、アイドルビジョンにログインする。

 俺はなんとなく、見てもいいよなぁ、って、画面を覗かせてもらうんだけど――、


「先輩……」

「なにかしら?」


「何で他の人に投票しているんですか?」

「誰も今日投票するとは言っていないわよ?」


「詐欺だ! 俺のアイドルに対する純情な心を弄ぶなんて!」


 口を手で隠して笑いをこらえる十音先輩。このイタズラ好きめ! この人は一体何のつもりで俺を苦しめるんだ? ドルオタは、投票とか、ランキングとか、そういうのに非常に、非常に、それはもう非常に敏感なのに……。


「大丈夫よ、まだ月間投票は誰にも入れてないから。安心しなさい」

「でも、さっき月間は様子見るって言っていませんでしたっけ? 安心させて、最終的にはまた違う人に入れるんじゃないですか?」


「当たり前じゃない。あなたほど弄りがいがある男子はそうそういないもの」

「このドSペテン師がアアァッッ!」


 ダメだ……。この人には俺は一生勝てない。少なくとも2年間は彼女のオモチャになってしまうだろう。なんてこった。


「それよりも高槻くん、また話が脱線しているわよ。しっかりしてくれないかしら」

「それを俺ひとりのせいにするんですか!?」


 確かにさぁ! 確かに、俺がホシノちゃんの話題を出して、脱線した話を膨らましたけど! けど、訊いてきたのは十音先輩だし、あんたも充分楽しんだだろ!

 しかし俺はクールに対応する。ここで文句を言っても部員は集まらないし、下手に発言したらまた弄られる。


「ここで文句を言っても部員は集まらないし、下手に発言したらまた弄られる。と、考えたのね? 意外と高槻くんってチキンなのかしら」

「人の心を読むんじゃありません!」


 おかしいなぁ、何も喋ってないのにさらに弄られてしまう。

 仕方がない。本格的に部員を勧誘するか。俺はスマホをポケットにしまうと、部室の棚から入部届けを適当な枚数取り出す。やっぱり地道に校門前で宣伝するしかないよな。事件は会議室ではなく現場で起きているんだ、って、よく言うし。


 教科書や筆箱などの荷物を置いたまま俺は部室をあとにすると、十音先輩も追ってきて、俺の横を歩く。


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