日光にて補陀落渡海を考える

「……では紅葉が見頃となっており、観光客で賑わいを見せています」

テレビから聞こえてきた声に反応して画面に目を向けると、画面一面の黄色や赤に染まった樹々の映像が見えた。たいして大きくないテレビだけど、少しの間目を奪われ、朝ごはんを食べる手が止まる。画面右上には栃木県日光市とテロップが出ている。いろは坂だろうか。紅葉した木々を上空から映した映像だ。

つい最近まで暑い暑いと思っていたのに、いつの間にか半そででは寒いと感じるようになっていて、さらに気がつくと紅葉の時期になっている。光陰矢の如しだ。無意味に月日を重ねているような焦りをかすかに覚え、ごまかすように朝食のパンケーキを口いっぱいにほおばる。メープルシロップの香りが口と鼻に広がる。メープルシロップも楓だったよな。ということはきっと、カナダでも紅葉が楽しめるのだろうな。

テーブルの上のメープルシロップの容器に目をやる。子供のころからお馴染みの、全体的に縦長の三角形をして、首の辺りがきゅっとくびれた容器だ。しかし、あれ? パッケージに何か違和感が。

メープル風シロップ……。

 えっ。何これ。メープルシロップじゃないのか。メープルシロップに似せた代替品ということ? 少なくとも十年間はメープルシロップだと思っていた。信じていることを意識することすらないレベルで信じていたことが覆り、衝撃を受ける。でもこの手の衝撃、最近それなりの頻度で感じている気もする。

 それはともかく、これが代替品ということは、本当のメープルシロップを私は一度も食べたことがないのか。きっと少し高めなんだろうけど、いつか買ってみよう。


 テレビは引き続き日光の紅葉の様子を報じている。ああ、紅葉もいいけど、やっぱり日光なら東照宮と二荒山神社と輪王寺だよな。行ってみたいなあ。

東照宮といえば、北極星を背景にした陽明門の写真をよく見る。シャッターを開けっ放しにして撮った写真で、北極星を中心にして周囲の星が細く弧を描いている。その中でも北極星は微動だにしておらず、昔の人が特別視したのも頷けるところだ。そしてそんな星空の下、陽明門もまた種々の彫刻で飾り立てられ、きらびやかに輝いている。

しかし昔の人はシャッターを開けっ放しにした写真なんて当然見ていないのに、動かない星があるなんてことに良く気付いたなと思う。星をただ見るだけが仕事の人もいたのかな。毎日夜空を見ていれば、どの星がどうとか、見えてくるのかもしれない。

二荒山神社と輪王寺は、あまり写真を見た記憶がないな。陽明門に全部持っていかれている感じだ。そう考えると東照宮も、本殿や拝殿の影が薄い。そもそも写真がないのか、写真を見ているのに私が陽明門しか覚えていないのか。

そんなことを考えていて、気がつくと大学に行く時間が迫ってきていた。慌てて朝ごはんを食べ終え、家を出た。


大学に着いて講義のある棟へ向かう。やっぱり朝晩は寒い。昼間は日差しがあると暑いくらいなんだけど。でもこの寒暖の差こそが、きれいに紅葉するための条件の一つだ。昼間に光合成で貯めた糖分が夜に葉の中でアントシアニンという赤い色素の元になる。夜の気温が高いと植物が活動するため糖分が消費されることから、きれいに色づかないのだ。

ちなみにこれは赤くなる葉の場合だ。黄色くなる葉は、寒くなって葉緑素が分解されることで、元々あった黄色い色素、カロチノイドが良く見えるようになるという仕組みだ。

植物の種類によっては、一度黄色くなった後に赤くなるものもある。その場合は加減によって橙色になったり黄色と赤がまだらになったりする。

角を曲がったところで、鮮やかに黄色く染まった風景が目に飛び込んできて、思わず立ち止まった。黄色に紅葉したイチョウの葉が、地面を覆いつくしている。建物と建物の間の道に、イチョウの大木がいくつも並んでおり、そこから落ちた葉だ。昨日まで紅葉に全然気付いてなかったので、一夜にして緑の葉が黄色になったような錯覚を覚える。カロチノイドの黄色。きれいだな。

きれいだけど、イチョウの葉の上を歩くときは、滑りやすいので注意が必要だ。イチョウの葉は油分が多いのだ。

「おはよ」

「あ、三果ちゃん」

 声をかけられ振り返ると、同じ学部の高科三果がいた。夏に宿泊を伴う実習があり、そこで仲良くなった、大学に入って初めてできた同年代の友人である。彼女は常にきりっとした表情をして堂々としている。少し近寄りがたさを感じていたが、いろいろあって打ち解けるに至ったのだ。

「おはよう」

「ぼーっとしてどうした。竜田姫にでも思いを馳せてた?」

 以前も誰かにそんなことを言われたような。そんなにぼーっとしてるかな、私は。

「ううん……紅葉だなと思って」

「紅葉だね」

「落葉樹って何で葉を落とすんだっけ」

 三果はふむと呟きながらイチョウの大木に目をやる。

「冬は光合成の効率が悪いからでしょ。葉っぱを残しといても無駄にエネルギーを消費するだけになる」

 そっか。夏の間に蓄えた養分で冬を過ごすのか。数ヶ月前に見た蛍をちょっと思い出した。

 三果に聞くと、目的地は私と同じ棟だったので、一緒にイチョウの葉の上を歩く。ギンナンもそこかしこに落ちており、独特のにおいが鼻を突く。

「ギンナン臭いね」

 三果が顔をしかめて言う。

「でも季節感あるよね。紅葉の季節だって感じがする」

「季節感ねえ。そんなおしゃれな臭いじゃないでしょ」

 三果が呆れた顔をする。

「あ、そういえば今朝テレビで奥日光が映っててね、紅葉がきれいだったよ」

「いろは坂? よく映るよね、あそこ」

「うん。日光は二社一寺もあるし、行ってみたいなあ」

「ああ、いいねえ」

 そうだ、と三果が何かを思いついた様子で言った。

「じゃあさ、来週末にでも一緒に行こっか。日帰りででも」

 驚いて思わず息を呑んだ。そんな私の様子を見て、三果も驚いている。

「何、どうした? そんなに嫌だった?」」

「あ、ごめん。嫌というわけじゃなくて、その、自分がそこに行くという発想がなかったのでびっくりしちゃって」

「発想って」

 三果は私の言葉に目を点にしている。

「いやあ、私出不精だから、いろいろ行ってみたい場所はあるけど、実際に行くというのは考えたことがなかった。なので目から鱗が落ちました」

「そういうことね」

 お昼を食べながら計画でも立てるかと三果が言い、お昼に待ち合わせの約束をした。お昼休みに早速計画とは、その行動の早さに舌を巻く。とりあえず三果と分かれて講義を受けに行った。


 講師がプログラム細胞死の解説をしている。生物は生体を正常に維持するため、不要な細胞や有害な細胞を死なせる機能を持っている。例えば手は、発生段階では指の間が全てつながった状態だ。発生過程でこの指の間の細胞が死ぬことで手が完成する。これは、アポトーシスと呼ばれる細胞死だ。

死ぬべき細胞は、外部からシグナルを受け取る。すると細胞内でカスパーゼという酵素が活性化し、カスパーゼは細胞内のたんぱく質を分解していく。そして細胞は凝縮し、最後には免疫細胞に食われてなくなる。植物の落葉も、プログラム細胞死の一つだ。


昼休みになった。生協で買ってきたパンとお茶をテーブルに広げ、三果と向かい合って座って食べている。とある棟の廊下にある休憩スペースだ。幅広の廊下の窓際に、いくつかテーブルとソファが置いてある。昼休みは建物の中は人気がなくなるので、一人でご飯を食べるときや時間をつぶすときによく使っている場所だ。構内にこういう場所が他にもいくつかあり、大学入学早々にチェック済みである。

 三果が早速買ってきた旅行情報誌を紙袋から取り出し、ぱらぱらめくりながら言う。

「二社一寺ね。東照宮と……どこだっけ」

「二荒山神社と輪王寺だよ」

「あー、あったあった。これは陽明門ね。別名日暮門」

 よく見る構図の写真が載っている。陽明門を北の空を背景に映した写真だ。別のページには女性二人が旅行をしている設定で陽明門などを回っている様子がスナップ写真で並べられている。両腕を広げて満面の笑みを浮かべていたり、三猿の真似をしていたり。吹き出しで「きれーい」とか「すごーい」とかの台詞も付いていたりする。こんなはしゃぎ方はしないにせよ、私もここに行くんだなと、やっと実感が湧いてわくわくしてきた。

「二荒山ってこう書くのね。にこうと読んで日光の語源と言う説もあると。ふうん」

「そのふたらさんという名前は補陀落山から来ているという話もあるね」

「補陀落山って何だっけ。聞いたことあるような気もする。親が何か話してたかな」

 三果のご両親もそういう話が好きらしく、名前も両親の趣味でつけられたと以前嘆いていた。

「南の海の彼方にあるとされる観音菩薩の浄土で、そこにある山のこと。平安~鎌倉時代には補陀落渡海と言って、その浄土に行くべく、お坊さんが動力のない舟に乗って沖を目指すというのが流行ったらしいよ」

 動力のない舟なのだから、当然ただの漂流と同じだ。待っているのは餓死か溺死か。それでも紀伊半島にあるなんとかというお寺の住職は、代々決まった年齢に達すると補陀落渡海を行ったという。一種の捨身行なのだろう。全ての衆生の罪を背負い我が身を捨てることで、衆生救済を図る。

渡海船には小屋が建てられ、小屋の四方には鳥居が設けられる。お坊さんに鳥居とは現代の私たちにはアンマッチに思えるが、神仏習合の名残なのだろう。小屋はお坊さんが乗り込んだ後に釘で打たれ、入り口が開かないようになる。

動力がないので、沖へは別の船に曳航されて行くことになる。沖合いに出た後は切り離されて、後は波に身を任せるのみである。必ずしも死が待っているというわけでもなく、漂流の末に沖縄に着き、そこで仏教の教えを説いたというケースもあったらしい。

初めて補陀落渡海を知ったとき、狂気的だと感じた。いや、狂信的と言うべきか。餓死にしても溺死にしても、舟に乗ってから死を迎えるまで、それなりの期間があるだろうが、その間ずっと何を思っているのだろうか。死に対する恐怖はないのだろうか。一心不乱に読経しているのか、恐怖に泣き喚いているのか。逃げようとしても、周りは見渡す限り海だ。そもそも小屋は釘で打たれ、出口は開かない。

ただ、自ら渡海を決意したわけではなく、周りからの圧力により実行せざるを得なかったなんて話もあるようだ。特に前述の、ある年齢に達すると補陀落渡海をしなければならない代々の住職の中には、そういう人もいたらしい。

「へえ。補陀落渡海ねえ。即身仏と似てるね」

「そうだね」

 即身仏は東北地方に多く見られるミイラだ。お坊さんが生きながら土中に埋まり、ミイラと化す。ミイラとなった後は信徒に掘り返され、仏像のように祀られることになる。

単に土中に埋まってもミイラにはなれないので、事前に数年かけて、体をミイラになりやすいようにしていく。食べるものを制限することで、体から脂肪や水分を削いでいくのだ。五穀を断ち、十穀を断ち、食べるものは木の皮のみ。これを木食行という。ちなみに行きながら土中に埋まることを土中入定と言う。

「すぐにミイラになるわけじゃないから、土中で亡くなってから三年くらい置いて掘り返すんだって。時間が空くから、忘れられて掘り返されないままのミイラもあるらしいよ」

「ふうん。リスみたいね」

 即身仏の頭が発芽し、地面に双葉を出すのを想像してしまった。

しかし補陀落渡海にしても即身仏にしても、死への恐怖を意志で押さえ込むというところに、人間の凄さを感じる。大脳新皮質のなせる業か。その人間であるはずの私は、目の前のお菓子を本能の赴くまま貪り食ってしまうような意志薄弱さだけど。

 そんな話をしていたら昼休みも残り十分になってしまった。

「とりあえずだ、二社一寺は全部一箇所に集まってるから、細かく計画立てる必要はなさそうだね」

「そうだね。電車の時間くらいを調べればいいかな」

「私、後で調べてみるからさ、そしたら行きの待ち合わせの場所と時間決めよう」


 午後の講義が終わった後も、わくわくした気持ちが落ち着かない。私にしては珍しく、誰かと話したい気分だった。誘える人は限られており、結城さんを誘って大学構内のカフェに行った。

「補陀落渡海ね。県内にも渡海した例があるよ」

「へえ、そうなんですか」

 結城さんは文学部日本文化学研究室所属で、こういう話に詳しい。結城さんによると、こうだ。


 宝永年間、下総国の海沿いの村。その上人は元武士で、あるとき発心して修行を重ね、そのお寺の住職になったそうな。穏やかな人柄で村人からも慕われていた。

 前年には東海道周辺を中心とした大地震が、その四年前には関東を中心とした大地震が発生しており、世情はきわめて不安定であった。四年前の地震では、直後に大津波も発生し、被害は相当なもの。房総半島での死者数は、全体の死者数の実に六割を超えていたという。そして前年の大地震によりやはり津波が発生。人々はまだ記憶に新しい四年前の恐怖を改めて感じている。そんな時節柄、治安も悪化し、その村の周辺ではよく盗賊の類が出るようになっていた。

あるとき村の娘が行方不明になるということがあった。調べると、どうも盗賊にさらわれたようだ。元武士の上人はなかなかの手練れで、盗賊の元に行き娘を取り返してくることができた。この世相の悪さに上人は修行が足りないと苦しみ、毎晩眠ることもできずにふらふらと外をさまよい歩いている様子だった。

 しばらくして、再び娘が姿を消した。上人が村人を引き連れ娘を探すが、今度はどこに行ったのやら見つけることができなかった。娘の両親は嘆くあまりそのまま寝込んでしまった。その様子を見ている上人も悲痛の表情である。

ここにきて今度は富士の山が噴火し、世の中の混迷は増す一方である。ついに上人は補陀落渡海を決心した。我が身を捨てることでこの地に安寧をもたらしたい。ただし、ただ漂流するのではない。実際に浄土を目指すのだ。

 樽や箱、籠などに水や様々な食料を詰め、船に積み込む。積み込みを手伝う村人には、くれぐれも大事に扱ってくれと、普段の穏やかな上人とは思えない厳しい声をかける。渡海船を曳航する舟には、寺の下男が乗り込んだ。下男は先に上人と盗賊がやりあった際に、一人だけ改心した者で、その後寺で下男として働いていたのである。

通常の補陀落渡海では曳航船は沖に出た後に渡海船を切り離し、陸へ戻ってくる。しかしこの渡海では、より浄土を目指すことに主眼を置き、曳航船も最後まで渡海船と運命を共にすることとしている。

そして渡海当日を迎えた。上人と下男は船に乗り込み、村人たちが見送る中静かに沖を目指す。その後、上人と下男を見たものはいない。


「へえ。本当にあった話なんですか?」

「お寺に代々伝わる話だって。信憑性はあるみたいよ。」

「地震は本当にあったことですよね。何か聞いたことあります」

「元禄地震と宝永地震ね」

 一七〇三年の元禄地震と、一七〇七年の宝永地震。それぞれマグニチュード八以上と想定されている。元禄地震による社会不安を鎮めるため、年号が宝永に変えられたくらいの災害だった。

そして宝永大噴火と呼ばれる富士山の噴火は、宝永地震と同じ年、一七〇七年に起きた。富士山の東南に現在も見られる大きな窪みは、このときの噴火の跡である。火山灰は、江戸はもとより房総半島にも降り注ぐ。降灰により空は薄暗くなり、灰を吸った人々は呼吸器疾患に悩まされたという。

ちなみに火山灰とは、実際には灰ではなく細かなガラス片らしい。だから吸ってしまうとのどや灰を傷つけるし、目に入れば眼球も傷つく。細かいから完全に遮断することも難しく、とても厄介なものなのだそうだ。

 と、結城さんが教えてくれた。

「そこまで重なるともう、人心も乱れますね」

「怖いよね。周りの人がたくさん死んじゃったりしたのだろうし」

 当時の人は何かの祟りだとか、神様が怒っているだとか、思ったのだろうか。ただの天災で運悪く死んだと思うよりは、そういう意味づけをできた方が救いがあるのだろうか。


早いもので日光旅行当日になった。地元の駅で待ち合わせ、何度か乗換えをして東武日光線に乗り込んだ。そんなに混んでいない車内で、三果と並んで座った。日帰りなので二人ともリュックサックひとつという身軽な装いだ。

後は目的地の東部日光駅まで乗り換えなしだ。普段遠出をしないので、ここまで乗り換え駅を意識しながら気が張っていた分、ほっと気が楽になった。

「眠かったら寝ていいよ。私に気を使う必要ないから」

 気が抜けたのが眠そうな顔に見えたようで、三果にそう言われた。

「ううん、大丈夫。外の景色も見ていたいし」

 正面の人の頭越しに秋晴れのきれいな青空が見える。始発で地元を出たので、今は朝の七時過ぎ。後一時間ちょっとで日光に到着する。

「でも昨日は興奮して眠れなかったから、確かに少し眠い」

「あー、私もいつもより寝付き悪かったわ」

 三果がチョコレートを差し出してきたのでありがたく頂く。チョコレートを口に含んで、もごもごと三果が喋る。

「駅から歩いてまずは輪王寺でしょ。その後東照宮行って、お昼にして、それから二荒山神社行って、最後に大猷院。そして帰宅、と」

 事前に二人で決めたスケジュールだ。決めたと言っても大雑把としか言いようのないスケジュールだけど。

「時間はたっぷりあるから思う存分浸ってくれ」

 三果の言葉にあははと笑いで応えた。二社一寺は憧れの場所のひとつだ。こういう旅が初めてなだけに、どのくらい時間が必要になるのか、自分でもよくわかっていない。今日のためにデジタルカメラも新調してきた。撮って撮って撮りまくるのだっ。

 東武日光駅に降り立つと、山の上だけあって結構肌寒い。駅から三十分ほど歩くと、石畳のゆるい上り坂が現れた。入り口脇には石碑が建っている。石碑には東照宮と輪王寺と二荒山神社の三つが並べて彫られ、その下にさらに表参道と彫られていた。坂の両側は樹が所狭しと植えられており、ただ二社一寺にのみ道が続いているといった装いで、期待が高まる。坂を右に左に折れ、進んでいく。

坂が終わり、急に視界が開けた。手前に駐車場、その向こうに大きなお堂が見える。そして道の脇に植えられているのであろう樹々、塀やお社の屋根。所々に落葉樹が植えられているようで、赤や黄色がアクセントとなり、一幅の絵のように美しい。

「着いたねー」

 駐車場では観光バスからツアー客がぞろぞろと降りてきたり、制服を着た高校生が大勢バスの前で整列をしていたりしている。その横を通り、最初に見えた大きなお堂へ向かう。ここは輪王寺の三仏堂だ。

正面に立つと本当に大きい。幅の広い階段を上って中に入ると、線香の匂いと読経の声。これはわくわくする。正面には三体の大仏が並んでいる。向かって右から千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音だ。

三仏堂内部は順路に従って進むようになっている。しばらく進んだところで下りの階段が現れた。その薄暗い階段をおり、右に曲がると、通路が真っ直ぐ続いている。通路に足を踏み入れたところで、急に三果が声を上げた。

「うわっ。びっくりした」

「おー、大きいね」

 通路右手側に、大きい仏像が三体並んで立っていた。先ほど堂内に入ったときに正面に見えた仏像の足元にいるのだ。ここは少し薄暗いが、左手側を見上げると、上の方は、堂内正面から仏像が見えるように開いているため、光が入ってきている。仏像は高さが七.五メートルほどあるらしい。三体とも蓮台に座している。大きいとそれだけで迫力がある。

「こう薄暗いと薄気味悪いね」

「ゆみえでもそう感じるんだ」

「うん。でもこの雰囲気はなかなかいいね。ぞくぞくする。写真撮影禁止なのが残念」

「しょうがないね。せめて目に焼き付けておこう」

 そう言って二人そろって仏像を凝視し始めたとき、背後からざわざわと騒ぐ声が聞こえてきた。

「うおっ、でけぇ!」

「びびってんじゃねーよ」

 そしてぎゃははという笑い声。う、うるさい。階段から通路に男子高校生が数人入ってきたのだった。班に分かれて見学中と言ったところだろうか。男子五人組である。脇にどいて先に行かせたところ、仏像には特に興味がないのだろう、そのままあっという間に去って行った。

「高校生なんて、たいていは興味ないよね、こういうとこ」

「うん、まあ、そうだよね」

「ま、とりあえず次へ行きますか」

 三仏堂を出て、周辺の他のお堂やら門やらを見て回り、そのまま東照宮へ向かう道に出た。幅の広い道で、砂利が敷かれている。道の左右は石垣が組まれ、その石は緑色に苔むしている。右側の石垣の上は等間隔に樹が植えられ、樹の間からは先ほどの三仏堂が見える。左側の石垣の上は樹が密集して植えられており、向こう側は見えない。そして砂利道の正面を見ると、先のほうに東照宮に続く門が見えている。ああ、いいな、この空間。清冽な空気に包まれているような気持ちになる。

表門をくぐり抜け、境内に入る。お守りの並べられたところでは、女子高校生たちが恋のお守りはないのかとか、誰々ちゃん二つ買っちゃいなよーとか、騒いでいた。

「陽明門だ」

 道に沿って進むと、急な階段の上に何度も写真で見たその姿があった。白を基調とした色合いで、細々とたくさんの彫刻で飾り立てられている。重い屋根を支えるための構造が、細かく精緻な文様を描いている。今私たちは階段の下から陽明門を見上げているのだ。

「こうやって見上げるように造られてるんだね」

 北極星が後ろに見えるようにあえてこういう配置にしているんだろう。実際に現地に来ないと、そんなところまで想像が及ばないな。

「なるほどねえ。家康公を見上げることにもなるね」

「ああ、そうかも」

 陽明門手前には、右側に鐘楼、左側に鼓楼が配置されている。目の前の二十段ほどの階段を上ったところがそれら楼閣の立っている場所で、そこからさらに数段の階段を上ると陽明門だ。階段を上ろうとしたとき、頭上右側の鐘楼の辺りから声が聞こえてきた。

「ほら早く行けよ」

「時間ねーから」

 と、鐘楼手前の柵を越え、階段脇の垂直の壁から、男子高校生が飛び降りた。そのまま地面に両手両足を突いて着地。手のひらを怪我したようで、少し痛そうにしている。鐘楼の方からは歓声と拍手が沸き起こる。関わり合いにならないよう、目を合わすまいと陽明門の方を向いて写真を撮っていると、階段に走って近づいてきた高校生がそのまま仲間のところに戻るかと思いきや、声をかけてきた。

「あのー、僕たちとお茶でもいかがですか」

 絶句する私。三果は一瞬の間をおいて険のある表情を見せた。

「はあ? 学校に苦情言われたくなかったらさっさと消えろ」

 高校生は一瞬顔を強張らせたあと、すみませんともごもご言い、階段を駆け上がって行った。

「何あれ」

 高校生の後姿を睨みながら三果が言う。

「さすが……」

 三果の勇姿に心の中で拍手を送った。

「罰ゲームか何かかね。次何かあったら本当に苦情出してやる」

「成人の通過儀礼だ、きっと」


 高校生たちが移動したのを確認してから、階段を上る。陽明門が目の前だ。

「この柱のうちどれか一本だけ、模様がさかさまのはず」

「これだ」

 三果が一本の柱を指さす。本当に逆になっている。

完全なものには魔が忍び寄るという思想で、あえて一部を他と異なる状態にして、不完全なものとしている、ということらしい。陽明門の八本の柱の中で、一本だけ模様がさかさまなのだ。

境内にある五重塔も、同じ思想で一つの屋根だけ木材の組み方が変えられている。四層では、屋根を支える木材が何本も平行にのびているのに対して、ある一層だけは、中心から放射状に木材がのびているのだ。

 陽明門をくぐると、唐門という門があり、唐門から伸びた塀がぐるりと拝殿や本殿を囲っている。唐門もまた白を基調としており、そこに金色の金具で飾られていたり、様々な彫刻があったりで、やはり美麗である。唐門から先は行けないようになっているので、脇の塀から中を透かし見る。子の塀は、中を透かし見ることができるから、文字通り透塀というらしい。中には拝殿と、さらに奥に本殿の屋根が見えた。


 東照宮には徳川家康が祭られている。家康ともなると周りの祭り上げ方もスケールが大きいもので、こんな豪華な社殿が建てられ、四百年以上祭られ続けられることになる。周りから祭り上げられて高いところから飛び降りたりナンパしたりの高校生とは格が違うのだ。

神としての家康は、豊臣秀吉が死後にその名で祭られている豊国大明神に対して、東照大権現と名付けられた。明神は神の称号だが、後述の権現と違い、仏の仮の姿といった考えはない。秀吉は神そのものとして祭られている。

それに対して権現とは、本地垂迹説で、仏が仮の姿をとり現れたものを言う。つまり、権現(イコール神)の本当の姿は仏ということだ。

東照大権現の本当の姿、即ち本地仏は薬師如来とされている。なぜ薬師如来なのか。その理由の一つは、薬師如来の浄土、瑠璃光浄土が東方にあるからだ。東を照らす、あるいは東から照らす、という東照の「東」と瑠璃光浄土が結びついたのだろうと思う。それに加えて、家康の趣味が薬の調合だったのも薬師如来を連想させたことだろう。

そうか、そうすると日光は瑠璃光浄土であり補陀落浄土でもあるんだ。すごい場所だ。


 東照宮奥宮に続く石段の途中には、次の言葉が書かれた高札が設置されていた。


 人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し

急ぐべからず

  東照宮御遺訓


 本当に徳川家康が言ったかどうかはともかく、聞いたことのある言葉だ。でも改めて見ると、分かるようでよく分からない内容でもある。重い荷物を持って遠いところに行くという例えは、結局何を言わんとしているのだろう。

「ペース配分が大事ということじゃない?」

 三果が事も無げに言う。

「たまには休みなさいと。常にあれこれ忙しくして生きているのが前提だけど」

 なるほど、常にだらだらすることばかり考えている私には、ぴんと来ないわけだ。


「そろそろお昼にしよっか」

 三果に言われて時計を見ると、もうお昼近くになっていた。ここから徒歩数分のところにいくつか食事処があるらしく、そちらへ向かった。

「ごめん、トイレ行ってくるから待ってて」

「じゃあそこのベンチで待ってるね」

 三果を待っていると、後ろから人が走って近づいてくる足音が聞こえてきた。振り返るとちょうど私の真後ろを、さっき声をかけてきた高校生が走っていく所だった。そのままお手洗いを越えてどこかへ駆けていく。その高校生が来た方向を見ると、残りの四人組がいるのが見えた。また何かの罰ゲームだろうか。三果もいないし、話しかけられなくて良かった。

見るともなしに見ていると、教師らしき人が彼らの側に現れた。

「C班か。田中はどうした」

「便所でーす」

「お前らもか。便所であっても単独行動は禁止だって言っただろ。男子ならまあ大丈夫だろうが、何かあったらすぐ連絡すること。いいな」

 はいと口々に返事を返す生徒たち。教師の前ではいい子だ。おそらくさっきどこかに走って行ったのが田中なんだろうけど、彼がお手洗いに行かずに走り去ったこと、三果なら教師にばらしてやると息巻くところだ。


 三果が戻り、改めて食事処に向かう。お土産売り場と食堂が併設された建物があったので、そこに入った。値段が安めのところでもあり、高校生たちで混雑している。日光と言えば湯波だよねということで、二人して湯波蕎麦を注文した。

「湯波って初めて食べたけど、こんなもんか」

 三果が湯波をお箸でつまみ、口に放り込んだ。私も初めて食べたけど、同感である。特に自己主張するような味でもなく。

「高い会席料理とかならもっと違うかもね」

「貧乏人はつらいのう」

 でも蕎麦はおいしい。

「湯波って、日光ではお湯に波だけど、京都ではお湯に葉っぱって書くんだって」

「へえ、そうなんだ」

 食べながらふと顔を上げると、例の五人組が少し離れた席で蕎麦を食べていた。いや、四人組になっている。さっきどこかに走って行った彼がいないようだ。仲間はずれにされているんだろうか。

「ゆみえ、写真大量に撮ってたね」

「あ、うん。デジカメ買ったのも初めてで、便利なのでついつい」

 看板があればそれを撮るし、建物があればそれを撮るし、建物全体を撮ったり細部を撮ったり、ピントも合っているんだか合っていないんだかで撮り直したり、もう大量である。おそらくメモリーカードには、同じような写真が何枚も入っていることだろう。

「あっ。湯波蕎麦撮るの忘れてた」

「入り口のサンプルでも撮っとけば」

 三果に笑いながら言われた。そうしよう。

「ま、値段相応にはおいしかったね。じゃあ次は二荒山神社だ」

 ごちそうさまでしたと言いながら、食堂を後にした。


二荒山神社は東照宮に比べると地味である。いや、東照宮が派手すぎるのであって、二荒山神社も神社としてはきらびやかな方だと思う。

祭神は大巳貴命、田心姫命、味耜高彦根命。この地に二社一寺などなかった時代から、山岳信仰の場として開かれていたのが、ここである。境内から拝殿に向かって左手側からは神苑に入ることができ、そこにはちょっとした展示や、占い、湧き水に化け灯篭など、狭いところに様々なものがある。占いのコーナーや湧き水のところでは女子高校生たちがきゃーきゃー騒いでいたので、そばに行くのは止めておいた。

最後に大猷院だ。ここは三大将軍家光の廟である。ここには、竜宮城を連想させる形状の皇嘉門がある。文字通り竜宮造りと言うらしい。ここも順路に従って進んでいく。皇嘉門はどこかなと探していると、最後の方にあった。思ったより小ぶりだ。三仏堂の仏像は大きくて迫力があったが、この皇嘉門は小さくて、言うなればかわいらしい感じだ。もっと大きくて迫力がある方が私の好みではある。


「これで予定は完遂だね。もう思い残すことはない?」

 大猷院を出て歩きながら三果が聞いてくる。

「うん、すごく満足した。正直なところ、脚が大変疲れてて、ちょっともう帰りたい」

「そっか。だいぶ歩いたもんね」

 三果が笑う。

「すみません」

 声とともにちりんとかわいらしい鈴の音が聞こえ、振り返るとあの男子高校生がいた。鈴の音は何かと思って見ると、右肩だけにかけられたリュックサックに薄紅色をした鈴形のお守りがぶら下がっている。高校生が動くたびにそのお守りが鳴っているのだった。東照宮で授与されるお守りだ。

ちなみに神社ではお守りは購入するものではない。初穂料を納め、授与してもらうものだ。売買行為ではないのである。

 その高校生は決まり悪そうに手をもぞもぞさせている。そのせいで手のひらに貼ってある絆創膏が剥がれそうになっていた。

「何?」

 三果がまた一瞬で険のある表情に変わり、とげとげしい声を出す。

「あの、さっきはすみませんでした」

 それだけ言い、走って仲間四人組のところへ戻っていった。鈴の音がだんだん小さくなっていく。思えば朝から見かけるたびに走ってばっかりで、元気の良いことだ。あの体力を少し分けてほしい。

「学校にチクられたくなくてわざわざ謝りに来たのかね」

 三果が呆れたように肩をすくめた。

私はといえば足の疲れを意識したら、それしか頭になくなってきた。駅まで何とか歩き、電車に乗り込む。シートに腰をかけるや否や、昨晩の分まで取り返そうと言わんばかりに睡魔が襲ってきて、襲われるまま眠りに落ちていった。


 週明けの月曜日、夕方に学食へ行くと、ちょうど千里さんが帰り支度をしていたので、声をかけた。

「日光に行ってきたのでお土産あげます」

 どうぞと言いながら買ってきた補陀落大福八個入りを手渡した。

「お、ありがとう。ちょうどお腹空いてたんだ。一緒に食べる?」

「いいんですか? ではお言葉に甘えて」

「お茶入れてくるから適当に座ってて」

 手近な椅子に座って待つ。学食はもう終わっているので、テーブルや椅子だけががらんとした空間に置かれており、職員の人が片付ける音だけ、厨房から響いて聞こえてくる。

その厨房から、千里さんがお茶を入れて持ってきてくれた。千里さんはこの学食でアルバイトをしている人だ。ひょんなことから知り合いになって、時々学食にお邪魔してお喋りをしている。

「これなんて読むの?」

「ふだらくです。補陀落浄土っていう浄土があって、日光の語源とも言われているんです」

 わが意を得たりと言うわけでもないが、一通り補陀落について話をした。千里さんは大福を食べながら聞いている。

「ふうん。浄土って何種類もあるのか。極楽浄土しか知らなかった。面白いね」

「ちなみに浄土って、いわゆる天国とは別物で、悟りを開くための修行が何にも妨げられずに思う存分できる場所のことなんですよ」

「へえ……。仏教徒以外嬉しくないね、それは」

「そうですねえ。私も行ってみたくはないです」

 フォークを借りて、大福を一口頂いた。うん、おいしい。自宅ならそのままかぶりつくところだけど、少しでも上品にと思ってフォークを借りたのだ。

「それで、日光には紅葉狩りに行ったの?」

「いえ、どちらかと言うと二社一寺を見に」

「だろうね。秋月さんのことだからそうだと思った」

「でも境内の紅葉もきれいでしたよ。葉っぱがはらはら落ちてきたりして」

 細胞レベルの自死が葉という組織レベルの自死を引き起こし、その部分的な死が全体を生かす。衆生を救うために一人沖に向かう補陀落渡海に似ている。とふと思った。


「しかしその高校生は青春を謳歌してるな」

「そうですねえ。って、何がですか? ただただ迷惑でしたけど」

 物思いにふけっていて聞き流すところだった。

「修学旅行の途中で抜け出してカップルで一緒の時間を過ごしてたんだろうから、これはもう青春でしょう」

「カップル? えーと」

 またこのパターン……。千里さんがどこからそういう結論に至ったのか、考えてもわからない。確かにお昼には一人、どっか行ったままだったけど。

「では、解説をお願いします」

 素直に聞くに限る。新たな大福に手を伸ばしながら千里さんが口を開く。私も大福を食べながら話を聞く。

「その高校生が怪我した手、最後に絆創膏が貼ってあったんでしょ。それから鞄についていた鈴のお守り、両方とも彼女がくれたものだと思うよ」

「まあ、確かに男子高校生が絆創膏持ち歩いていたり、薄紅色のお守りを自分で選ぶとは考えにくいですけど」

「あと、教師が現れたとき。単独行動を注意していたけど、お前らもか、とか、男子なら大丈夫だろうとか言っていたことから察するに、単独行動をしている女子がいたんだろう。二人でどっかでご飯食べてたんじゃないの。で、彼女が彼の手に絆創膏を貼ってあげて、おそろいのお守りをあげたと」

 そういえばお守りを二個買うとか買わないとか騒いでいる女の子たちもいた。

「抜け出すために班のメンバーに協力を求めたら、罰ゲーム的なことを求められたんだろうね。そういうのも含めて青春だなあと思ったわけだよ」

 最後の一口を食べながらあの日のことを思い返す。

「なるほど。青春はともかく、そういうこともあったのかもしれませんね」

 しかし何だか心がざわつく。人の色恋沙汰を聞いても普段はこういう気持ちにならないんだけどな……。何でだろう。秋だから人恋しいのかな。

「どうした? 足りなければもう一個食べていいよ」

「ありがとうございます。遠慮はしませんからね」

 そう言って大福を一つ手に取った。ああそうか、大学に入って、親しく喋る人が三人もできたから、人付き合いというものに対して以前より心が開いてしまっているんだ。人生を大局的に考えると悪い変化ではないのだろうけど、いちいち心が揺らぐというのはちょっと面倒くさい。

「それとその結城さんから聞いた補陀落渡海の話も、似たような話かなと思う」

「似たような話?」

「うん、駆け落ち」

 駆け落ち? 黙って大福を食べながら、千里さんの話を聞く。

「盗賊から助けた娘と恋仲になったんじゃないかなと思って。毎晩外で娘と逢引して、煩悩を捨てられなかったことで苦悩。そして二人でどこか別の場所で生きようとしたんだ。

 補陀落渡海を装うことで、死んだと思わせることができる。娘とはどこかで落ち合うことにしたのか、樽の中に入れて共に船に乗り込んだのか、元盗賊の下男が男装した娘だったのか。樽を大事に扱えと言ったところからすると、その中に娘がいたんじゃないかという気もするね」

「えーと……」

 元盗賊がいれば、隠れて生きるノウハウがあったかもしれない。大地震や噴火による混乱に乗じれば、うまいこと別の土地で生きていくことができたのかもしれない。そんな風にも思えてくる。地震と噴火……。

「あ、そうだ。心中だったかもしれません。二人で死出の道行き」

「へ?」

 千里さんが一瞬絶句し、非難がましい目で私を見る。

「それはちょっと」

「何ですか?」

「いくら青春が妬ましいからってわざわざそういう方向に話を持っていくのはどうかと思う」

「ち、違いますよっ」

 慌てて否定する。

「あの曽根崎心中が世に出たのが元禄のころなんですっ」

「へえ、そうなんだ。なるほどね」

 千里さんは私の狼狽を全く意に介さず次の大福にかぶりついている。

「もう……。どうせ私のような無表情で暗い女は青春とは縁遠いですよ」

 千里さんが怪訝そうな顔で口の中の大福を飲み込む。その怪訝な顔を私は怪訝に思う。

「何ですか?」

「僕は秋月さんをそういう風に感じたことはないけどね」

 え? 千里さんが何を言っているのかよく分からず、大福を手でもてあそびつつ千里さんの顔を見る。

「何の話でしたっけ」

「だから、少なくとも僕が見る秋月さんはいつも笑顔で楽しそうに喋ってるよ」

「えーと……」

 これで何度目のえーとだっけ。千里さんの言葉を理解するのにはいつも時間がかかる。

「えーと、そうですかね」

「そうですね」

 私がいつも笑顔で楽しそう。そんなことを人から言われたのは初めてだ。千里さんの話を聞いてよく驚いたり目から鱗が落ちたりしてきたが、これが一番衝撃的だ。

でも確かに思い返せば、千里さんと話しているときはそうだったかもしれない。

「セルフイメージを改めた方がいいようだね、秋月さんは」

 そうかあ、私は暗いだけの人間じゃないんだ。すごい発見をしたような気分だ。

この先何か楽しいことが待っているような、とらえどころがないけど心地よい気持ちが湧いてくる。そんな気持ちとともに手の中の大福を一口、かみ締めた。

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