第三章:賢者の試行錯誤

便利な肩書き

 攻撃はすべて魔力消失という形で影響を及ぼすので怪我などはしないはずです。

 常に万全で戦えるこの場所はとても守られているのですね、と空に打ち上がるアミルカーレ様を視線で追って考えます。

 それにしても、人一人をあんなに吹き飛ばすなんてすごい魔法ですよね。

 アミルカーレ様もあの魔法を受けて魔力が尽きないなんて……と考えていると、空に浮いていた身体がいきなり消失しました。

 口から「えっ……」と声が漏れるのと同じく、わたしのすぐ近くにアミルカーレ様がうつ伏せで倒れていました。


「いくら魔法を施した場とはいえ、ルール上の不備は存在します。

 たとえば『魔力での相殺には限度がある』というものだったりね?」


「大丈夫なのですか?」


「相殺し切れなかったダメージはしっかりと被害者に刻まれます。

 しかし、負傷それはこの場が許しませんから、強制的に無傷の状態へと治癒いいわけが始まります。

 この治癒はあくまでも負傷ふさい分を対象とし、本人の魔力が尽きるまで行われ、足りなければ仮想戦場ヴァーチャルウォーが壊れるまで保障するようだね」


「ですから! アミルカーレ様は大丈夫なのですか!」


「私に無事の確認をする前に彼の安否げんじつを見た方が早いですよ。とはいえ、彼は頑丈ですから心配には及びません。それに仮想戦場ヴァーチャルウォーが壊れる前に外に出たでしょう?」


 言われて気付くわたしの機転の利かなさ。

 急いでアミルカーレ様に駆け寄りますが、既に筆頭従者のアトリが濡れたハンカチを手に介抱していました。

 しかも『お加減はいかがですか』と尋ねる間もなく、「アミルカーレ様は大丈夫ですよ」とにこやかに返されてしまいました。

 涼しい顔でわたしの様子を伺うヴェルターに恨みがましい視線を送ると、苦笑交じりで肩を竦めて壇上から降りてきます。


「なるほど、場に使用者が居なくなると勝手に術式が解かれるわけですか。

 参加者から魔力を奪っているわけですし、判定も簡単で手間もない良い術式ですね。

 ただ保有魔力以上のダメージを負った際に負傷者以外から魔力を徴収するのは少々ルール違反な気がしますが」


「感心しているところ悪いのですが、先ほど何をされたのですか?」


「そう怖い顔をしてはいけませんよティアナ。可愛い顔が台無しです」


「……思ってないでしょう?」


「いいえ、本心からですよ」


 ヴェルターに褒められて嬉しい反面、すごく信用しづらいです。

 複雑な心境でいると、ヴェルターはさっさと「さて、解説ですね」と次の話題こうぎに入ってしまいました。

 もう、わたしの気も知らないで!


「あれは地面付近に接触発動の・・・・・火炎弾フレアバレット》を用意していただけですよ」


「まさか遅延型ですか?」


「知っているなら話は早いですね。

 ゼロ距離から放たれる魔法は、摂理せかいに威力を殺がれることなく十全に発揮します。

 特に《火炎弾フレアバレット》は着弾時に延焼を狙う意味で『破裂』が術式に組み込まれていますからね」


「だとしても飛びすぎでは……?」


「アミルカーレ様の踏み込みが強かっただけです。

 投げられたボールを棒で打ち返す要領で、跳ね返りの分だけ余分に飛び上がったのですよ」


「威力をもっと抑えられなかったのですか?」


「既に三度も攻撃を防がれていましたからね。威力を上げる他なかったのですよ。

 それよりも学園書庫に参りましょう。ティアナを育てるにあたり、私も知識を増やさねばなりません」


「え、えぇ……ですがアミルカーレ様は?」


「あちらは従者の方々が何とかしますよ」


 ヴェルターがにこやかに手をひらひら振るとアトリが頭を下げてきました。

 そのやり取りがまた自然な感じで……貴方たち、いつの間に仲良くなったのですか。


「ま、待て……」


「おや、もう復活ですか? アミルカーレ様は本当に私を驚かせてくれますね」


「手続き、はこちらでしておこう」


「この施設を手配していただいたように、ですか?」


「あぁ、手間が少ないに越したことは無いだろう?」


「確かに。私もガーディエルに詳しいわけではありませんからね」


「それとお前は今日からティアナ様の筆頭従者だ・・・・・


「ヴェルターは先生ですよ!?」


 思わず叫んでしまいましたが、ヴェルターは何か察したのか「あぁ、なるほど」と言って納得していました。

 アミルカーレ様の親切心はありがたいですが、そこを譲ってしまっていいのですか?!


「ではそのように手続きをお願いします。私たちも余り時間があるとは言えませんしね」


「承知した。この度の決闘は実に有意義だった。感謝する」


「……貴方は本当にすばらしい。こちらこそありがとうございました」


 え、何ですかこれ。

 わたしだけを置き去りに話がまとまっているんですが?

 当事者の中にわたしって入ってませんでしたっけ?

 行先も分からないはずなのに演習場を出ていくヴェルターの後をむっとしたまま追いかけます。

 アミルカーレ様が見えなくなって少し経ってから立ち止まって向き直りました。


「そうむくれてはいけないよティアナ」


「ではどういうことか説明してくれてもいいじゃないですか」


「学園に所属しているのに『家庭教師を頼る』のは対面的に良くないだろう?」


「そうかもしれませんが、わたしはもう出られる授業はすべて取りましたよ」


「ではもう少し理由を付け足そう。あの借家に引きこもってしまうより、いろいろと施設が整っている学園を利用した方が良いのはわかるね?」


 機材も施設も学園の方が揃っていますので考えるまでもありません。

 わたしはすぐに「はい」と頷いて先を促しました。


「君が権力者だと知られずに学園を利用するならばルールに則って対面を取り繕う方が得策だ。

 それを学園の常識に疎い私や君が右往左往するより、あちらに整えてもらえるのならば御の字だと考えよう」


「それはそうですが……」


「ふふ……立場の便利さを知るには十二歳は若すぎるかもしれないね」


「便利さ?」


「『あれはこういうもの』というレッテル、とも言うがね。要は肩書を与え、思い込みを利用して世渡りするのさ」


 大きすぎる実家の名前で苦労した覚えしかないく、随分と違う印象が……?

 そんな風に俯いて考える間もなく、ヴェルターがわたしの顎に手を当てて顔を上げました。

 はて、と疑問符を浮かべるわたしに、


「さて、ティアナの疑問も解決したことだし書架へ向かおう。

 時間は有限だ。私に新しい知識を、君には魔法という新たな力を授けよう」


「はいっ! こちらです!」


 そう、アミルカーレ様に邪魔されましたが、わたしは早く魔法が使いたのです!

 顎に当てられていた手を取り、ヴェルターを先導し始めました。

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