ガーディエル学園図書館

 王都屈指の蔵書量を誇るガーディエル学園図書館。

 ここは常時何人もの憲兵が不審者に目を光らせています。

 そんな様子に驚いたのか、ヴェルターは「なかなか物々しい警備だね?」とわたしに問いかけてきました。


「本は貴重ですから、火をつけられないためだと思います」


「過去にあったかのようだね」


「学園史には無かったと思いますが……」


「そんなものまで教えているのか」


 ヴェルターは「へぇ」「ほぉ」と感心しながら学園図書館を観察していきます。

 幾多の戦争を乗り越えた歴史を持つ建物は、それ自体が美術品としての価値を持つばかりか、知識を保存している宝物庫の役目も担っています。

 こんなにも格式高い図書館は他国にも滅多に存在しないらしいので、物珍しいのは仕方ありませんよね。


 そういえば目的地は何処でしょうか?


 ……うん、やはり魔法関連ですよね。

 魔力があると教えられたわたしは、今まさにやる気に満ちています。

 ヴェルターの手を引いて魔法書が置いてある書架へと向かいます。

 何でもドンと来いですよ!


「随分と奥へ向かうね。私のために一周してくれているのかい?」


「今向かっているのは魔法関連の書架ですね。案内が必要なら他のも説明しますよ」


「魔法書かね」


「はい。あくまでも解説書で魔導書グリモアは置いていませんが」


魔導書グリモアというと頭に術式を焼き付けるモノかな? 本当にティアナはせっかちさんだね」


「さん付けされても嬉しくありませんよ! 魔法を使えるようになるのにどれだけ待ったか……」


「なら少し巻き・・で行こうか。貸し出しはされるのだろうか?」


「わたしは二十冊まで許可いただいています」


「随分と多いね……わたし?」


「あー……実技まほう以外は成績が良くて特別待遇で……」


 軽くへこみつつ気恥ずかしさに俯きました。

 改めて実感しますが、わたしはこの学園で必要な力だけが足りないのですね。

 視線を下げた頭にぽんと手が乗せられ、穏やかな声が「魔法の成績もすぐ上がりますしね」と降りてきました。

 もう何度も言われているにも関わらず、心が湧き立ち目をきらきらと輝かせてしまいます。


「ではジャンルごとに一冊、二冊借りて行こうか」


 頬が緩んだ顔を上げた頃にはヴェルターはもう次のことに意識が向いているようでした。

 わたしに負けず劣らずのうきうきした表情で棚に刺さる背表紙を眺めています。

 そうですね、わたしばかり楽しみにしてもいけませんよね。

 ヴェルターにもこの世界を知ってもらいたいですし。


 ……あれ?

 そういえば、と疑問が浮かびました。


「ヴェルター、魔法士けんじゃの貴方が、どうやってアミルカーレ様の速度に追いつけていたのですか?」


「いまさらな質問だね。単に私の方が戦い慣れているだけではないかな」


「えぇ……それにしたって背後の攻撃も止めていませんでした?」


「興味が出てきましたか。もう少し訓練した後でも良かったけれど、時間も惜しいですし歩きながら簡単に講義をしようか」


 嬉しくて思わず「はいっ!」と元気よく答えると、口元に人差し指を立てたヴェルターに「読書中の人も居るから静かにね」と当たり前の指摘を受けてしまいました。

 にこやかな笑みが苦笑いに変わる瞬間を見て申し訳なくなると同時に、興味を持てばすぐに教えてくれるヴェルターは、わたしにとって最適な先生だと確信します。


「さっきも言ったように、暴力沙汰では実戦経験の有無が歴然な差となって現れます。

 当然、実戦の数が多いほど差は出ますし、強者と戦うほど瞬間的な判断力が必要になり、鍛えられていくわけですね」


「ではヴェルターは賢者と呼ばれるまでに沢山戦ったのですか?」


「平たく言えばそうですね。召喚時にティアナに『どんな問題が?』と訊いたと思うのですが……」


「あっ! 確かに言われました。え、でもそれが何か?」


「もしも『初めての召喚』ならそんなことを訊かないと思いませんか?」


「……もしかして過去に他の世界から呼ばれたことがあるんですか」


「えぇ、私は幾度となく召喚の要望オファーを受けていますよ」


 気楽な調子で話していますが、そんなことがあるのでしょうか?

 わたしの賢者様はもしかして途方もないすごい人なのでは……と、いまさらになって頬が引きつるような事実を知らされました。


「世界を救って歩いているのですか?」


「まさか。いくら私でも世界が抱える問題に介入できることなどほとんどありませんよ」


「……ほとんど・・・・?」


「たとえば『理由は分からないが天変地異に見舞われているのを何とかして欲しい』と言われても無理ですよね。

 しかし『巨大な火山が噴火していてこのまま放置することはできない』のであれば、その原因かざんをどうにかすれば良いだけですからね」


「スケールが大きすぎるのですが……?」


 たとえ話にしては明確ですし、きっと過去にあったことなんでしょうね。

 けれど異界から召喚してまで止めなくてはいけない火山ってどんな規模ですか。

 しかも言い方からするときっと何とかしたと思いますが……何すれば良いのか、訊くのも少し怖い気がします。


「ちなみに単に戦力を欲した個人や国の召喚もありましたよ」


「わたしみたいですね」


「ふふ……君とは違いますよ」


「そうですか?」


「証明のために呼んだティアナは、成長のためにと『契約が不完全な私』を引き止めている状態でしょう?」


「それは……えっと、すみません」


「非難しているわけではないよ。自己研鑽に勤しむ子は好きだからね。

 そんな君と、言い訳が上手いだけで他力本願な召喚者たちとを比較するのもおこがましいというものだ」


 もしかして褒められてる?

 それとも他の召喚者が貶されている?

 どちらにしても『召喚』にあまり良い思いは無いのかもしれませんね。


「召喚されて嫌でしたか……?」


「さっき話したような他力本願の馬鹿は、何故か見下して来ることが多かったりもするからね。

 本来の召喚であれば、私も思うところがあっただろうが……召喚者がティアナでむしろ良かった思っているくらいだよ」


 良かった……嫌われているわけではなかったようです。

 あ、でも本当に嫌なら異界へ帰ってしまいそうですよね。

 この賢者様はそれくらい平気でできそうですし。


「話を戻そうか。実戦経験以外にも理由を挙げるなら、単にアミルカーレ様の動きが手に取るようにわかるからですね」


「その理由が知りたいのですが……」


「ティアナはやはり視野が狭い。仮想戦場ヴァーチャルウォーの説明は既にしていたはずですよ」


 ということはあの魔法か、舞台上で特別な何かがあるってことですか?

 ルール的には『舞台から降りたら負け』でしたよね……範囲が区切られてるから相手の行動を読みやすいとかでしょうか?


「そう唸って考えるほどではないのだけれど……あの仮想戦場ヴァーチャルウォーを形成した際に『魔力の膜』が作られる話はしたね?」


「はい。強制的に魔力を奪われて作るんでしたよね」


「そうだね。だから魔力感知が行える魔法士の独壇場なのですよ」


「……アミルカーレ様も魔法士ですよ?」


 『だから』と言われても、いったい何の話をしているのか分からない。

 いくらアミルカーレ様が剣で戦ったからと言っても、魔法士でなくてはあそこに立てません。

 むしろ第三位階ロックバレットまでなら無詠唱で使うアミルカーレ様が魔法士ではない、なんて言えるわけが……。


「確かに彼は魔法も扱っていましし、さながら魔法剣士と言ったろころでしょうか」


「アミルカーレ様も普段は魔法で戦うのですが、今回は最初からほんき出してましたよ」


「それはまた光栄なことですね。ですがそれでも魔法士と呼ぶにはいささか隙がありすぎますね」


「隙ですか?」


「えぇ、だって相手は輪郭のはっきりした魔力を垂れ流しにしているわけですよ。

 私が威圧のために分かりやすく魔力を外に出した時のように、目を瞑っていたって場所が分からなければおかしいでしょう?」


 魔力圧とか言うんでしたっけ?

 って、え…もしかして仮想戦場ヴァーチャルウォーが作った魔力の膜でも同じように感じ取れる?

 自分ですら実感のないごく薄い魔力を? 本当に?

 わたしが絶句していると


「おや、この世界では習わない技術ですか?」


「習いますが……小さすぎて誰も気付けませんよ」


「そうですか? 選別が必要だったり、対象が多かったり、範囲が広かったりといった困難な条件をことごとく排除した、あんな理想的な場面でも?」


「むーりーでーすぅ! そんなことができるのはヴェルターだけですよっ!」


「ほらほら、大声を出しては周りに迷惑ですよ」


 口を閉じて「むぅ……」とうつむく。

 でもそれができたから背後からの攻撃も止めたわけですし。


 あれ……そういえば最初は防御もせずに攻撃を受けてましたよね?

 防ぐ必要もないほど魔力量が多いとかで……え、じゃぁわざわざ魔法使って受け止めた? 何のために?

 ……あ、さっき『もう少し後で話すつもり』って言ってませんでした?

 まさかっ! わたしに信じさせるためにわざわざ魔法で止めた?

 え、何それ…本当に……?


 頭で渦巻くいろいろな思いと格闘しているわたしに、ヴェルターが「それでは行きましょうか」と声を掛けて来ました。


「何処へですか?」


「魔法の訓練ですよ」


 わたしは当然元気よく「はいっ!」と答えました。

 もちろん、ヴェルターに「静かにしようね」と叱られちゃいましたが。

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