試される異界の賢者2
わたしが居る場所は
目を瞑ってしまうと知らぬ間にどうにかされそうな……そんな暴力的な魔力が吹き荒れています。
釘付けにされる視線の先で、ヴェルターは落ち着いた優しい声色で「ティアナ」と名前を呼んでくれました。
「君を害することは無いから安心しなさい」
囁くような声が何故かはっきりと耳が拾い、少しだけホッとしたわたしは「は、はいっ!」とかしこまって返事をしてしまいました。
こうなるとむしろ
わたしと同じようにカタカタと震え、けれど剣をしっかりと握り締めたその姿は尊敬に値します。
すぐにでもこの場から逃げ出したい……そう思えるだけの威圧感がヴェルターkから放たれていますから……。
「その年で私に相対できるとは本当にすばらしい」
「―――っ!!」
「さすがに口までは利けませんか。では全力で逃げ回ってください」
言葉と共にヴェルターの周囲へ放出されていた魔力が消え失せ、身体を縛るような圧もなくなりました。
急に身体がふっと軽くなるような感覚に襲われた後、
たとえばヴェルターを中心に地面が真っ赤に焼け爛れているとか。
たとえば見えないはずの風があちこちで音と小石を巻き込んで渦巻いているとか。
たとえば頭上に天井と勘違いしそうな巨大なツララのような石が浮かんでいるとか。
たとえばアミルカーレ様を中心に周囲が青白く凍り付いて小さな氷柱があちこちに突き立っている、とか。
どれを見ても破格の魔法が、同時に四つも起動していて。
そのどれもが圧が消えた次の瞬間には発生していて。
しかも魔法の処理に苦しむ素振りもなく、ヴェルターは平然と佇んでいて。
何より『逃げろ』と言われたアミルカーレ様が、一切動けていなくて……。
いったい何をどう表現すればいいのか、頭の中がぐるぐるするほどの状況です。
「うーむ。まさか逃げないとは」
「逃げられない、の間違いでは……?」
ここまでされれば逃げるも何もありません。
ヴェルターの言葉にわたしは思わず問い返します。
というより
「一歩でも動き出せばこの場の魔法が順次発動し、すべての効力を発揮するまで追い掛け回す予定だったのですが」
なんと恐ろしいことを考えているのでしょうか。
いくら死なないとはいえ、この魔法群に襲われたら今度こそ心が折れますよ。
ヴェルターは「残念ですね」なんて言って笑っています。
さっきまでにこやかに相手してましたが、実はかなりイライラしてました?!
「……これが、貴様の実力か?」
「そうですね。一端と説明しておきましょう」
「手加減した、と?」
「こんな児戯に本気になる必要はないでしょう?
それにこれらの魔法は、今朝ティアナから借りた教本に載っている
「えぇ!? そんな魔法見たことありませんよ!」
思わず大声を上げてしまいました。
一つ一つが大魔法に匹敵するような惨状なのに、何を言っているのでしょうか。
非常識にもほどが……元々常識は欠けていますね。
じゃなくて、下級魔法のはずがありませんよ!
「火属性《
すべて取り立てて技術など必要ない、第一位階の魔法のはずですよ?」
「ティアナ様、魔法に込める魔力量が桁違いでした」
「その通り。実は下級の魔法ほど魔力の量で結果が劇的に変わるのです」
「そんな話聞いたことがありません!」
「込める魔力に比例して術式の維持が難しくなるからね。
技量さえ伴えば基礎と呼ばれる魔法が最も効率よく効果を発揮する、なんてこともありえるわけだね」
「ではなぜ位階の高い魔法を学ぶのですか?」
「多くの場合、わざわざ下級を使うより、最初から上位の魔法を使う方が様々な面で利があるのだよ。
たとえば魔法士の
今まさに魔法が使えないことで学園を追い出されようとしているわたしの身の上と重ね、思わず「う゛……」と呻き声が漏れてしまいました。
たじろぐわたしを他所に、ヴェルターは説明を続けてくれます。
彼が講義好きで助かりました。
「逆に位階が上がるごとに術式は効率化されていき、結果に対する難易度は下がっていくわけです。
といっても、最低限の魔力量は多く要求されますので、『技術的に届いていても起動しない』などということも出てきます。
どちらに要因があるかを精査しなくては努力の方向を間違え、取り返しの付かないことになりかねない。非常にデリケートな問題となりえるわけだ」
「そんなことよりもこれらの魔法を引っ込めてもらえないか」
「負けを認めてくれるのですか?」
「動けずにどうやって勝てというのだ」
「魔法でも撃てばよろしいのでは?」
「下級でこの惨状を作る化け物相手にか?」
「化け物とは人聞きの悪い。私は魔法士として戦っただけなのですが」
この
なのに『化け物』だなんて……苦笑を浮かべて魔法を解いていくヴェルターは気にしていなさそうですが、わたしは胸が痛くなります。
「ヴェルター……」
「大丈夫ですよ。君はちゃんと魔法を使えるようになります」
ヴェルターはわざわざこちらを見て優しく声を掛けてわたしの心を包んでくれます。
けれどわたしが言いたかったのはそういうことではなくて、もっとこう――
「……後ろっ!!」
思わず叫んだのは、アミルカーレ様が静かにヴェルターの後ろに立って剣を振り下ろしていたから。
わたしの声が間に合ったとは思えませんが、しっかりと剣は止まっていました。
「貴様、後ろにも目が付いているのか?」
「付いているように見えますか?
それにしてもティアナに注意が逸れている間に、ですか」
「アミルカーレ様!?」
先ほどヴェルターが剣を引いた時点で終わっていたのではないのですか?
わたしの言葉にぴくりと眉を揺らすだけで、剣を下げたりはしてくれません。
「……卑怯とは言わんよな」
「えぇ、貴方は私に『勝ち方』を問うただけですし、お互いにまだ外に出ていませんからね」
「いい返事だ」
「私はむしろ貴方の度胸に感服いたします」
「譲れぬものがあるからな」
「ふふ、本当にアミルカーレ様はすばらしい」
何の話をしているのでしょう?
これが男同士の友情とかライバルとかそんな感じのものですか?
でも敵対していることには変わりなくて、お互いまったく退く様子もなくて……いったいこの結末をどうなさるおつもりですか!
「長くなりましたね。そろそろ幕引きと行きましょう」
「俺は負けない」
「行きますよ?」
慌てて下がったアミルカーレ様へヴェルターは向き直り、次は水の玉が前方に向けて発射しました。
横に逃れ……と思った瞬間、何かに阻まれて急停止したのは《結界》のせいですか?
剣を握り締めて覚悟を決めたらしいアミルカーレ様は、殺到する水の玉を辛くも斬りながら下がります。
その途中で何かに……また《結界》でしょうか? に足を取られて後方へひっくり返りました。
それでもアミルカーレ様は身体を捻って地面に手を突いて動きを止めません。
しっかり体勢を立て直して水の玉を打ち落としていきますが、次は石が視界を埋め尽くすような量でアミルカーレ様の背後から迫っていました。
ヴェ、ヴェルター……? ですから、いくら死なないからってちょっとやりすぎでは?
思わずそんなことを考えるほど、息つく暇もない波状攻撃がアミルカーレ様を襲い続けています。
しかしアミルカーレ様はそれこそ背中に目があるかのように
「そんな小粒で俺を止められると思うなよ!」
と叫んで今度は前へ踏み出し、一気にヴェルターに近付き剣を横薙ぎに振るいます。
けれどそんな全体重を乗せた攻撃も、ヴェルターの《結界》によって逸らされていき、また距離が開いてしまいました。
「始めの《
「そう、褒めるなよ。渡せるのは敗北しかないぞ?」
「随分と息は上がっているようですが?」
「ちょうど身体が温まってきたところさ」
息も吐かせぬ攻防なのに、ヴェルターは淡々と解説まで入れてきます。
それを防ぎ切ったアミルカーレ様は相変わらずさすがですが、いくら異界で賢者と呼ばれてるからってでたらめすぎませんか?
わたしが呆れているとヴェルターは溜息交じりに忠告?をします。
「まったく。格上相手に『いい勝負』ができてしまうのは意外にも危険なのですよ?」
「格上かどうかはここで決めるものだ!」
魔法の止んだヴェルターにアミルカーレ様が今までで一番早い動きを見せました。
けれど――
「幕引きと言ったでしょう。終わりですよ」
ヴェルターへ近付く前にアミルカーレ様の足元から炎が吹き上がり、発射されたかのように高く上空へ巻き上げられました。
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