試される異界の賢者
始まった二人の戦いはとても一方的なものでした。
「大した速度ですね」
「さっきから防げもしないのに余裕じゃないか!」
「防ぐ必要がないですからね」
「強がりばかりだな! 攻撃と防御で使用する魔力量が違うのは知っているだろう!?」
「そうですね、防ぐ方が圧倒的に消費します。
これは負傷させるよりも治癒させる方が労力が掛かるのと同じ原理ですね」
「そこまで分かっているなら話は早い!
どれほどお前が頑丈でも、へばるまでいくらでも斬り続けてやろう!」
アミルカーレ様の得意分野に異論があるわけではないですが、これは魔法士の
そもそもあの方は魔法も十分に扱えるはずでは……?
ただ、防ぐこともできないヴェルターを見れば、魔法士相手に剣での制圧というのは理にかなっているのでしょう。
「なるほど
回避しても膜に触れた時点で若干の漸減が見られるので、攻撃こそが有利を呼び込む鍵なわけですね」
「悠長に分析している時間があるのか!」
「それはもう。では私も一手進めしょうか」
「一手と言わず何手でも進めればいいんだぞ!?」
「それではすぐに詰んでしまいますからね」
涼しい顔で斬られるに任せていたヴェルターの周りに薄っすらとしたカーテンが掛かったように見えます。
警戒したアミルカーレ様は一気に下がって様子を伺いますが、ヴェルターは「初歩的な《結界》ですよ?」と余裕を崩しません。
何処が初歩的ですか……あんな風に『揺らめく《結界》』なんて見たことありませんよ。
というよりあの方、わたしが知る限り全部無詠唱で魔法使っていませんか?
「はっ、罠かもしれないのに誰が!」
「なるほ、それもそうですね」
「減らず口を!」
アミルカーレ様も牽制の土属性の第三位階の《
しかし難なく受け止めたため、結局剣に切り替えて走り出しました。
やり取りを聞いていると仲が良さそうに思えますが、これを
隙を突くために言葉を発し、隙を隠すために話を合わせるだなんて、目の前のことに忙しい時にできるはずがありません。
「おや。罠を警戒したのではないのですか?」
「そんなもの無かったからな!」
「あぁ、あの
「……涼しい顔で笑っていられるのもそう長くはないぞ!」
「そうでしたティアナ。魔法士が接近戦を行えないことはありません。
実際、魔法士でも剣士でも、突き詰めれば『制圧手段』でしかなく、どんな手法を用いても構いません」
「え、ですが……ヴェルターは現に防ぐばかりで……?」
「何をティアナ様と談笑している!」
「ふふ、実証してみましょうか」
ヴェルターが纏っていたカーテンのような《結界》が解けます。
好機と踏み込んだアミルカーレ様の剣は鋭さを増して迫り――ヴェルターの少し手前で停止しました。
「何をした!?」
「戦場でならば答え合わせはしませんが……今回は
アミルカーレ様の疑問にお答えしましょう。単に《結界》のサイズを極小に変更しただけですよ」
「ヴェルター……?」
「斬撃はいきなり現れるものではありません。軌跡や剣筋が存在し、結果として敵の身体に到達し害します。
では逆に。到達点……つまり被弾箇所にのみ《結界》を用意すればどうなるでしょう? 答えはこのように『止められる』です」
「そんな簡単にできることでは……」
ギリギリとせめぎ合っていた剣を弾き、距離を取ったアミルカーレ様の猛攻が再開されました。
速さが一段増した足の運びと共に振り下ろされる攻撃は、ヴェルターに迫ることなく遮られ、横を通り過ぎるだけにとどまります。
振り向きざまの横薙ぎも、下へと違和感しかない急角度を描いて
すべて小さくした《結界》が攻撃を滑らせたようですが……そんなものなど全然見えません。
剣が描く軌跡だけが不自然に曲がるだけで衝突音のない静かな攻防。
空を切り、持ち替え・握り直し、鋭い踏み込みや急旋回で床が擦れる音だけが聞こえます。
まるであえてヴェルターを避けるように剣を振り、アミルカーレ様が一人で演舞をしているようにすら感じてしまう光景が繰り広げられ……。
「それと流体や気体ではない線や点の物理攻撃は、身体に近い『到達点』ではなく軌跡を邪魔するだけでこんな風に反らせられ、非常に効果的です」
「……何故ヴェルターはそんなに余裕があるのですか?」
「ここは相手に気遣うことなく全力を振るえる良い修練場だ。
しかし怪我も死にもしない、
「えぇ……? 確かにこの仕組みは学園以外では見られませんが……」
「自らへの危機感が鈍磨していく懸念がありましたが、設置場所がここだけならば問題なさそうですね。
この差も生死を懸ける魔物と戦えば違いも分かるのでしょうが……あぁ、良いですね。ティアナも一度、
「ふざけるなっ!」
「本気ですよ? 私に師事した彼女を半端に放逐する方が危険ですからね」
でも期間限定ですよね?
まさか一週間以内にわたしは魔物と戦うのですか?
魔物って王都の近くに居ないんですが、出る場所までどうやって……?
いろいろと頭の中を疑問が駆け巡りますが、単にヴェルターの無知から来ているだけかもしれません。
彼はまだこの世界についてほとんど何も知りませんからね。
「教えと称してティアナ様を危険に晒す真似をさせる外道とはな!」
「死生観の違いを議論するつもりはありません。お互いこれまでの生き様は違いますからね。
ところでアミルカーレ様、そろそろ疲れてきたのでは?」
「俺よりも自分を心配する方が良い!」
「おぉ、怒りを全面に出すのはマイナスですが、その踏み込みは素晴らしい」
「品評される覚えもない!」
「それもそうですね。ですが一太刀すら届かない私に勝てます?」
「お前の《結界》は精密であるがゆえに極度の疲労を伴うはずだ!」
「ふむ。観察眼と発想も良いですね。しかしそれはあくまで『一般的な魔法士対策』でしかありません」
「はっ、攻撃もできないのに何を言う! 言葉で動揺させて心を折るつもりだろうがそうはいくか!」
「別に防御に手一杯というわけではないですよ?」
「ふん! そんな言葉を誰が信用する!」
アミルカーレ様の演舞に見える攻撃は鋭さを増していきます。
対するヴェルターも開始位置から一歩も変わらず立っ……あんなに圧力を掛けられているのにどうして平然としていられるのでしょうか。
「では同じく《結界》の戦闘運用と参りましょう。
先ほど説明した軌跡の前段階、出掛りである『踏み込み』や『振り始め』に合わせます」
「なっ!?」
「すると『剣を振る姿勢』が取れず、そもそも攻撃にもなりません。
「何をした?!」
すごく変な姿勢でアミルカーレ様が叫び、すぐに距離を取りました。
ヴェルターったら、ちょっと笑いそうになったじゃないですか。
本人は「講義を聞いていなかったのですか?」と呆れるように答えています。
「たとえば踏み締める予定の地面よりも少し高い位置に《結界》を用意するとします。
ただそれだけでも、わずかに狂った着地が連動するすべての動作を邪魔して行きます。
これは練度が高いほどに効果があり、最悪踏み込みの足を壊す、なんてことにもなりかねません」
「え……それは強すぎません?」
「人は誰しも地面を踏み締めて移動しますからね。とても地味ですが効果的ですよ?
同じ要領で行軍してくる敵の膝くらいまでの高さに《結界》を足場に偽装させて維持しておきます。
《結界》の耐久度を越える人数が乗ると一気に落下する罠ですが、これがまた恐ろしいほどの効果を発揮します」
「ぐ、具体的には?」
「ティアナも足元がいきなり崩れたら反応できませんよね?」
「それはまぁ……ですが高さはさほどでは?」
「膝丈からの落下と侮りますが、装備や荷物で重くなった飛び上がるのも億劫な状態で、秒と掛からず全体重が不意打ちで両足に直撃するわけです。
足をくじいたり骨を折るなどの怪我も起き、負傷者が出れば介助と治療が必要になり、『地面が無くなる恐怖』も相まって最低でも行軍が一日遅れます。
加えて、馬車などの運搬を利用しているのならば被害はさらに甚大で、特に水、油、ワインなどを運んでいれば容器が倒れて回収不能に……。糧食は行軍の生命線ですから帰るしかない状況にまで追い込めます」
「それをアミルカーレ様にやった、と?」
「規模が非常に小さいですがそうですね」
思わず絶句してしまう。
素直に聞けば簡単そうに思えますが、戦術レベルの魔法を平然と実現するってどうなのでしょう?
いえ、今の話しって『罠』ですよね? アミルカーレ様を止められる理由になってませんよね?
「そんなもの、何とでも言える!」
「その通りです。ティアナも甘言には気をつけましょう」
「嘘なのですか?!」
「いいえ。実行者は私なので本当のことですよ」
「えぇ!?」
「虚言に惑わされてはいけません!」
「
「どっちなんですか?!」
「それは君が決めることですよ。
ですが少なくともあそこで変な踊りをするアミルカーレ様よりは説得力があると自負しますが」
「誰のせいでっ!!」
「えぇ、ですからそれが証明でしょう?」
えぇっと、本当のこととかはもうどうでも良いと思いましょう。
こだわっても分かりませんし、ヴェルターは最初からわたしとアミルカーレ様をからかっているかもしれませんし。
それよりも前に出ようとするたびに何かを踏み外すアミルカーレ様が居るのは『現実』です。
ヴェルターが話した戦術に及ばずとも、対人では十分な成果を挙げているのは事実です。
「ですがそれも攻撃では……」
「確かに。私は先ほどからアミルカーレ様の体力ばかり削っていますからね」
「こんなもの、ただの準備運動でしかないわ!」
「これほど手応えのない私を相手に心を折らないとはすばらしい。ではお望み通り、私も『魔法士』として相手いたしましょうか」
「え、今までのは……?」
「ただの遊びですよ? さて、アミルカーレ様。迎撃など考えぬようお願いしますね」
「誰がお前の――」
悪態をつくアミルカーレ様の声が耳に響k――
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