第6話感謝【ありがとう】

山辺 靖

久しぶりに自分の墓に来た。

プリンが供えてある。墓石の横にある自分の名前をなぞる。その横に「愛」の文字が刻んである。

不意に背中を突かれたような感覚。後ろを見てみる。お婆さんが立っていた。

「愛か」

「そうよ」僕が知っている愛よりだいぶ大人びた返事だ。

「おじさん、会いたかった」

「おじさんに守ってもらった命。代わりにもらった命。作ってくれた道、やっと歩き切りました」

僕に会えた喜びか、目的を達成したことの喜びか晴れ晴れした表情だ。

「長かったな。お疲れ様でした」一人で大変だっただろう。

「佳菜子はどうなった」

「青が結婚した翌年に行きました」

「青って」

「あなたの娘ですよ」笑いながら愛が答えた。

「そうか。僕にも子供ができたんだ。すくすく育ったかな」嬉しかった。

「反抗期も無くて素直に育ってくれたわ。頭も良くて運動神経も抜群。青だったらもっといろんな事できたのに、私の跡を継いで料理人になってくれた。孫も4人。皆、料理人になるって、今修行中よ。それと青がね。お父さんは居ないけど、私にはお母さんが二人いるからと佳菜子さんには感謝していたわ」

佳菜子は自分の人生に満足したのか。会えなかったのは残念だ。礼を沢山言いたかった。

「佳菜子さん青を溺愛していて、結婚式の時、涙ぐんで嬉しそうだった」

「愛はどうだった」

「おじさんの作ってくれた道、大変だったけど沢山の人が居て楽しかった。何時も、おじさんを感じて、後を追っていたみたい。良い人生だったわ」

「江口さんと結愛ちゃん結婚したのよ」愛が自慢気に言った。

「ほう。何処でどう繋がったんだ」

「最初はね、江口さんが駆け出しの頃。私と青を撮りたいって言ってきて。大変だった。朝早くから、まだ小さい青と海岸を歩かされて撮影したのよ。それが評価されていくつか映画を撮れるようになって。その後、江口さんの出世作で、東京でアイドルをしていた結愛ちゃんが主演して賞とって、後で私とおじさんを二人とも知っていることが分かって仲良くなったみたい。おじさんが恋のキューピットよ」

「そうか」照れる。

「店にも帰省する度に来てくれて。何時も幸せそうで、店の宣伝にもなって助かった」

「おじさんはどうしてたの」愛が聞いてきた。

「僕はいろんな所に行って景色や花を見ていた。そう言えば今ちょうど愛の学校に行く運河の桜が見どころだ」

「あの桜。恭子の結婚式の時と、お父さんの遺骨をお母さんと取りに行ったときに見に行ったよ。何時も奇麗だった」

「今から行こうか」愛と手を繋いだ。

景色が一気に変わる。運河の桜が満開だ。

目線より上の桜と運河に落ちた花弁がゆっくり流れていく。桜色に周りが包まれる。

手を繋いでいた愛を見てみると。出会った当時の姿に戻っていた。服は青色のワンピース。靴は初めて買ってあげたピンクのラインが入ったスニーカー。髪型は前髪が額を隠して肩より少し長い僕の好きな髪型だ。

手が離れ桜の花びらが降る道をクルクル回りながら僕の前を愛が歩いて行く。あの頃のままだ。ただあのころと違うのは、声をだして笑っている。その声を聞いて何故だかホッとした。

立ち止まった愛の周りをひらひらとゆっくり桜の花びらが落ちていく。風が吹いて再び桜が舞い上がる。愛のワンピースも少し風になびく。

愛がこちらを向いた。微笑んだ顔が、桜の花の真ん中にあるようだ。いや、桜の背景に鮮やかな青色。僕が見えている世界の中心に愛がいた。奇麗だ。

立ち止まった愛に追いついた。今度は愛が腕を組んできた。頭を僕の肩に乗せて、歩きながら

「ずっとこうやってまた一緒に道を歩きたかった。一人じゃ寂しかった」

長い人生の中、1年足らず愛と一緒に居た時間。忘れることができなかった。

愛も僕が行ってからの人生の方が長かったと思う。僕の事を忘れずにいたことを感謝した。こんな嬉しい事は無い。

「あ。また泣いている。おじさん、私が最初におじさんに言った言葉覚えている」

「ああ。僕が最後に言った言葉だ」

二人が同時に答えた。

「ありがとう」

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導【みち】 堀 むつみ @Hori1652

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