第3話田舎【たびだち】

山辺 靖

梅雨の晴れ間。ワゴン車に荷物を詰め込み車のエンジンをかける。助手席にはシートベルトを締めた愛が乗っている。

予想では家までのんびりと6時間を考えている。着いたら夕方かな。

愛はちょっとした旅行気分のようではしゃいでいる。元気になったな。

引き算をしてみる。昨年「後一年」と聞いたのが9月。後三か月。まだ自覚症状は無い。先生は自覚症状が出たら進行は早いと言っていた。生きたい。

車は高速を降りて知っている道に入った。

木の葉が濃い緑色になって、赤や青のアジサイが道端に咲いている。目を奪われそうになり運転に集中した。

家に到着。

カギを開けて愛を家の中に招き入れる。

愛は靴を脱いで家に上がるなり、台所に行って冷蔵庫を見て戸棚を開けて、鍋を見たりしている。アパートじゃ調理道具は鍋とフライパンくらいしか無かったから。楽しそうだ。

愛には妹が使っていた部屋を使うように部屋に案内した。妹には部屋を使う許可は得ている。残っているのはベッドと机・洋服箪笥だけだが。妹が嫁に行ってから物置だったが、先日片付けた。

愛は生まれて初めて自分の部屋を持てたみたいではしゃいでいる。

忘れていた。仏壇を開けてりんを鳴らして手を合わせて拝んだ。愛も手を合わせて拝んでくれた。

愛に遺影をみて「僕のお袋」。愛は再度手を合わせてくれた。

電気ガス水道問題ないようだ。風呂のボイラーも点火してお湯も出た。

荷物を家に入れていると妹の佳菜子がやって来た。

部屋で妹と話を始める。愛の身の上話から始まり、こうやって一緒に居る事になったこと。そして、これからの事など。話し終わったら日が暮れ始めていた。

今まで話を聞いていただけの佳菜子が急に口を開いた。

「お兄ちゃんいったい何考えているの。いきなり仕事辞めてきたと思ったら、映画を作りたくて何処か行くし。おまけに何この子、まだ子供じゃない。場合によっては犯罪よ。それにね・・・・」過去の話にまでおよび、一方的に攻められた。

もっともな話に恐縮して話を聞くしかなかった。愛も恐縮し正座して横で話を聞いている。

佳菜子は最後に「これからのことは働いていた時の知り合いに聞いてみる。それと、愛さん、二人でまたゆっくり話させて」と言って帰っていった。

簡単に晩御飯を済ませ。久しぶりに狭いけど湯船につかり今日の疲れをとった。

夜、自分の部屋に入るとやっぱり家は落ち着く。

部屋にある布団を引いて。明日の片付けと家の周りの草抜きや掃除の事を考えていたら。風呂上がりの愛が、僕の部屋にノックして入ってきた。

「おじさん。お庭のある家になんて住めると思わなかった。直ぐ近くに神社もあるし、荷物を家に入れている時に、鶯が鳴いていたの。初めて「ホーホケキョ」聞いた。・・」

話は珍しく長く続いている。

よっぽど嬉しかったのだと思っていたら。話が途切れ、なんか恥ずかしそうにしている。

どうも一人だけの部屋はまだ怖いらしい。

 狭い部屋で布団をずらしていると、愛が自分の布団を持ってやってきた。横に愛の布団をひいてから電気を消した。

 次の日は、朝から愛を連れてご近所への挨拶周り。一応、愛とは打ち合わせをして僕の友人の子供を預かる事にしてご近所には説明した。

 妹の佳菜子がやってきて、愛と話があると昔の自分の部屋に連れて行った。

 僕は外で家の周りの草抜きから始めた。蒸し暑い、汗が噴き出してくる。

 佳菜子が僕のところに来た。

 「あの子だいぶ人見知り激しいわね。最初は苦労したわ。お兄ちゃんの話をしたらやっと話をしてくれるようになって。旦那、今日夜勤だから送り出して夕方また来るね」

 佳菜子は自分の車に乗って帰って行った。

そのすぐ後に、愛が家から出てきた。昨日から新しい場所で少しナーバスになっているようだ。「気晴らしに神社でも散歩してきたら」

と言った

 神社の方に一人で歩いて行った。

暫くして愛が走って戻ってきた。

「鶯初めて見た。それにね、リスが居たの

近づいたら逃げちゃったけど可愛かった」

 子供のころウサギやキジは居たけどリスは僕も見たことが無い。

 「良いもの見たな」愛に言ってあげた。

 午後は家の中の片付けをして。車庫にしまってある車を動かした。

 佳菜子が来た。一緒に食べようと食材を買ってきてくれた。

 今度は僕だけに話があるみたいで二人だけで仏壇の部屋に入った。

 佳菜子は口を開けるなり。

 「あの子とセックスしたの?」聞いてきた。

 「してない」とはっきり答えた。

 「あの子ねお兄ちゃんへの思いは、考えられないくらい純粋で一途よ。40歳年の差有るけど結婚しちゃたら直ぐに問題解決よ」

 僕は「できない。理由は聞かないでくれ」と言ってこの話を終わらした。

 佳菜子は「じゃ。まず、転入届は何とかなるけど、親権に関しては、裁判所が絡んできて分からないし、時間もかかる。16歳だから微妙みたい。でも犯罪性が無ければこのままズルズル時間が過ぎていけば行政がいう事じゃないみたい。

 学校は、住所があれば大丈夫。向こうの学校の書類と学校によって違うけど転入試験で通えるようになるわ」

 「ありがとう。良く調べてくれた」礼を言った。

 「学校だけどお兄ちゃんが通っていた高校と、夜間や通信制なんかもあるけど。どうする、早い方がいいわよ」

 「通信制は家だけに居ることになると嫌だから。全日制高校か夜間どちらかにするように愛に話しする」

 佳菜子は「晩御飯作るね」と言って愛を呼んで台所の方へ行った。

 わが妹は頼りになる。僕が居なくなっても佳菜子は上手くやっていけそうだ。

台所へ行ったら二人はハンバーグを作っていた。もう二人は打ち解けているようだ。

佳菜子が「お兄ちゃん愛ちゃんね。自立したいから働いて夜間の高校に通いたいって」

もう、話ししてくれたようで、早い。

「明日は市役所行って転入届。来週学校行ってみて。学校決まったらバイト先決めようか。私、心当たりあるから」

佳菜子は愛を気に入ったようだ。良かった。佳菜子は気難しい所もあるから。

「お兄ちゃん、明日は愛ちゃんと市役所行ってくるね。知り合いとも会いたいし」佳菜子は以前、市役所に勤めていた。

「頼む」と佳菜子に頼んだ。

ハンバーグ美味しかった。愛は佳菜子にソースの作り方を聞いてノートにメモしている。

愛が「私、おじさんに私の作った料理を美味しいって言ってもらえるのが一番うれしい」

「ハイハイ」佳菜子は呆れている。

僕は「凄く美味しいよ。また二人で何か作って」

こんな楽しい晩御飯久しぶりだ。お袋が生きていたころ、佳菜子が嫁に行く前だったかな。もうこんな気持ちなれないと思っていた。

佳菜子が「愛ちゃん髪何時切ったの?」

愛が「もう1年以上美容院に行っていない」と言ったら。

佳菜子が「お兄ちゃん何考えているの。髪は女の命なんだから・・・」また過去まで話はおよんだ。

今回、愛は隣で微笑んでいた。

次の日は、佳菜子と愛は市役所行って外食して美容院へ行く事になった。僕も病院へ行ってみるか。



浜内 愛

おじさんの田舎に行く。山と田んぼしかない所って言っていたけど、どんな所なのだろう。自然がいっぱいで、空気が美味しい所かな。

 車窓の外に海が見える。

 おじさんが「梅雨時期じゃなかったら山も奇麗だったのにな」

 確かに晴れてはいるけど、水平線が、曇って見えない。

 おじさんの家に近づいて来たみたい。緑色が多い。アジサイが奇麗。川が流れている。お魚居るのかな。

 小さな集落の道から少し入った小さな家の前で車が停まった。

 おじさんと一緒に車を降りて、家の中に入った。台所も広い。それに鍋も沢山。レンジもあるし冷蔵庫大きい。美味しい物沢山作れる。

 おじさんは2階に案内してくれた。私の部屋をもらった。机とベッドがある。やった、嬉しい。おじさんありがとう。

 おじさんはまた1階に降りて奥の部屋に入って仏壇を開けて、手を合わせている。遺影はおじさんのお母さんみたい。私も手を合わせた。

 おじさんは家の周りを見だした。私は、持てる物を家に運び込む。おじさんが来て二人で重たいものを運んでいると、おじさんの妹さんがいらした。おじさんと似てはいるけど、奇麗な人。

 荷物をとりあえず家の中に入れて、3人で仏壇の部屋でおじさんとおじさんの妹さんで話を始めた。

 おじさんは、今まで私と一緒になった経緯や、私の家の事、これからの事を妹さんに話している。

 おじさんの話が一通り終わったら、今まで相槌しか売っていなかった妹さんが急に口を開いた。と言うより、怒り出した。

 言っている事は間違いが無いし、もっともだと思う。でも最後は私の知らない話になって。妹さんがおじさんに紹介した女の人の話になって。おじさんは話を小さくなって聞いていた。こんなおじさん初めて見た。

 妹さんは最後に「私にまた話があるから」と言って用事があるのか帰って行った。

 夜はおじさんが買ってきたお弁当で済ませて。お風呂に入る。お風呂の中で家の事、お庭の事いろいろ考えていた。部屋に入って荷物の整理をしていたら外から変な音がしている。ぜんぜん止まない。怖くなっておじさんの部屋に行く。

 おじさんとお風呂に入っていた時に考えていたことを話しするけど、そのうち話しすることが無くなった。『怖い』と言えなくて動かないでいると、おじさんが「隣で寝るか」と言ってくれて『やった』直ぐに隣の部屋から私の布団を持ってきた。

 おじさんに「この音何?」って聞いたら。

 それ「カエル」だよと言われた。

 「カエルの鳴き声じゃなくて歌だと思ったら怖くないよ」

 少し恥ずかしかった。

 次の日、妹さんが来た。私を部屋まで連れてきて、自己紹介をしてくれた。私も名前言いたかったけど、昨日の怖いイメージがあって思うように喋れない。佳菜子さんはおじさんの話を始めだした。

 私もおじさんの話になると撮影所の事や、料理の事沢山話しができた。

 佳菜子さんは突然に「愛さん、お兄ちゃんの事好きなの」と聞いてきた。

 顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。「はい」と短く答えた。

 さらに佳菜子さんは「結婚したい」

 心臓の音が聞こえるくらいドキドキしている。言葉が出せなくて頭を縦に振った。

 少し雑談して佳菜子さんは帰って行った。

 まだ落ち着かなくて、おじさんの顔が見たくて家の外に出た。

 おじさんが「神社でも散歩してくれば」と言ってくれたから、鳥居の方に向かって歩き出した。鳥居をくぐると沢山の木が有って中は少し暗い。中から吹いてくる風が気持ちいい。急に、目の前を何かが横ぎった。落ち葉を乱すような音がして、そっちを見ると野生のリスがこっちを見ている。『うわ。小さくて可愛い』と思って近づくと、リスはあっという間に視界からいなくなった。

 二つ目の鳥居をくぐると、今度は鶯の声がした。声の方を見てみると緑色で雀ほどの大きさの鳥がいた。これが鶯なんだ。

 無人の本殿について大きな鈴を鳴らして手を合わせた。

『おじさんと幸せになりますように』

佳菜子さんと話の余韻が残っていると思いながらも、少し恥ずかしかった。

そうだ鶯とリス見たっておじさんに報告しないと。

おじさんに報告したら、リスは見たことが無いって。『やった』

おじさんは忙しそうに家の事をしている。私も荷物の片付けは終わって。夕方おじさんと買い出しにでも行こうといっていたら、佳菜子さんがやってきた。食事の材料もたくさん買ってきてくれた。

おじさんと佳菜子さんは奥の部屋で、また話している。

暫くして佳菜子さん「晩御飯作ろう」と私の所に来た。

ひき肉がたくさんあったから「もしかしてハンバーグ」と聞いたら。佳菜子さんが「そうよ」返事してくれて、慌てて部屋からノートと書くものを持ってきた。

ハンバーグを二人で作っていると佳菜子さんが「愛ちゃん学校どうする。今、お兄ちゃんとも話したけど普通の学校か、夜間の学校のどちらかにしてほしいって。」

私は、以前から早めに働いておじさんの迷惑を駆けたくないから「働きながら夜間の学校に通いたい」と

佳菜子さんは「そうよね。お兄ちゃんも見習ってほしいわ。今、収入無いんだもんね」ちょっと愚痴っぽくおじさんを責める。

おじさんが流し台に来て、佳菜子さんがさっき話したことを報告している。

それと、明日は佳菜子さんと市役所に行くことになった。

おじさんはハンバーグを「旨い。美味しい」を連呼して食べている。私は佳菜子さんにもう一度作り方聞いてノートに書いている。

「私、おじさんに私の作った料理を美味しいって言ってもらえるのが一番うれしい」と言ったら佳菜子さん笑っていた。

兄妹っていいな。私、一人っ子だから。と思っていたら。佳菜子さんがまたおじさんに怒り出した。可哀そう。でも、楽しそう。



山辺 靖

久しぶりに来た病院。この地区では大きな病院だ。先生は「検査してみよう」と結果は来週になるみたいだ。

残りの時間どれぐらいなのだろう。

病院からの帰り。公園の駐車場に車を入れて傘をさして、人がすれ違える幅だけの下り坂を降りていく。片側の道端には濃い青のアジサイの花が咲いている。雨で平日昼間、人は誰もいない。淡い紫色の花しょうぶの花が咲いていた。花弁が水滴の重みに耐えている。畑の真ん中まで来て360度見回した。傘が邪魔になって地面に置いた。空を見上げた。灰色の空から降りてきた雨粒が顔に当たる。体の中から感情が込み上げてきて叫び声をあげた。死にたくなかった。

もう一度。紫・白・黄・青。色とりどりの花を目に焼き付けた。いつか見た桜を思い出した。あの時は愛が一緒だった。今日は一人で良かった。愛の顔を思い出していた。

傘は、畳んだまま手にもって来た道を逆方向に歩き出す。東屋でもう一度花畑見渡し車に戻った。

家に帰ってきたらまだ佳菜子と愛は帰ってきていなかった。良かった、びしょ濡れの姿見られなくて。部屋で着替えて横になる。何も考えられなかった。

佳菜子と愛が返ってきた。愛の髪はだいぶ短くなってサラサラで奇麗に整っている。

二人は服やいろいろ買い物してきたみたいで荷物を沢山持って家の中に入ってきた。佳菜子が「16歳、お洒落しないとね」

佳菜子は冷蔵庫に食材を詰め込んでいる。愛は大きな荷物を持って自分の部屋に行ったようだ。

「お兄ちゃん。今日は帰るから愛ちゃんと水入らずよ。それとこれ。水族館の割引券、友達からもらったから週末行って来たら」と一方的に言って帰って行った。何かを企んでいるようだ。

愛が来た「今日は、魚料理にする」と言って台所に立った。今まで愛は、魚料理なんて作ったことが無い。心配で台所に見にいったら、サラダかカルパチョらしきを作ろうとしている。「佳菜子さんにレシピ教わったの。失敗したらごめんなさい」と虎の巻のノートを見ながら真剣な表情だ。食材は大きなアジで、それだけで刺身にすれば美味しそうだ。

テーブルを挟んで愛と二人で、愛が作ってくれた料理を食べる。懐かしい味がして美味しいと言ったら愛は喜んでいた。

今日の愛は元気がいい。こんなことは撮影の時や、図書館で何かいい事があった時だから久しぶりだ。やはり、髪を切って気持ち良かったのかな。

週末、佳菜子から割引券もらったから水族館に行こうと愛に言ったら、もう既に話は聞いていたようで楽しそうにしている。

週末。水族館へ車で向かっている。愛は髪を整えて、青と白のワンピースに少し高さのあるサンダル。耳にイヤリングを付けている。

昔、好きだった人に似ている。あ、そうか佳菜子め、考えがあると思っていたら。

「愛、その服と髪型誰かのまねしたの」聞いてみた。

「佳菜子さんが選んでくれた」

「愛が昔の初恋の人に似ているんだよ。その人も青が好きだった」

当時を思い出していていた。中学で初めて会って、丸顔で肌の色が白くて、おかっぱに切った髪が印象的だった。性格はおとなしくて、おっとりしていた。高校が別で疎遠になり、共通の友人の結婚式で会ったその子は、他の女性たちとは違って派手さはなく、以前のままだった。友人の結婚式の帰りに僕の家に来た時に佳菜子は見たようだ。彼女はその時、青いドレスを着ていた。

愛が「その人今、どうしたの」

「今は、結婚してどこか遠くにいるみたい。友達の結婚式以来会ってないから」

「そうなんだ」

「佳菜子30年前の事よく覚えていたな。何か言っていた」

「大失恋したって」

佳菜子は、あの時確か中学生位だった。確かに告白もできない僕は、引きずって20代前半を片思いで終わった

「昔の話さ。苦い青春の思い出」

愛が少しさみしそうな顔をしたから。

「もし、その時にうまくいっていたら、こうやって愛とも出会わなかったかも知れないし、水族館に行けなかったかも知れない。都合のいい方に考えよ。愛は、僕と出会って良かったのかな」

「ん。絶対良かった。今が一番幸せだから」

愛はまた楽しそうな顔に戻った。

水族館に着いたら、順路に従って歩いた。イルカショーが始まった。僕も愛も動物は好きなようだ。愛はいろんな魚が入っている大きな水槽がお気に入りのようだ。その前を動こうとしない。僕はその後ろにある小さな水槽に居る「カサゴ」が気に入った。3匹のカサゴと暫く睨めっこをしていた。

愛がやってきた。少し僕を探していたみたいで焦っていたようだ。また二人で水槽を見ながら歩き出した。

帰りの車の中、愛は疲れた様で転寝をしている。子供みたいだ。

『愛が幸せになりますように』

週明け。医者へ検査結果を聞きに行ってきた。肩の腫瘍は前回の検査からほとんど状態としては変化無いらしい。問題は脳の腫瘍で、形が歪になって成長して、もう一つ腫瘍が発見された。こっちはこのままいくと視神経を圧迫して視野が狭くなり光を感じなくなるとのことだ。寿命はもって半年。計算では3ヶ月だったから少しは伸びたのか。

佳菜子と愛が学校を決めてきた。転入という形で、3日後正式手続きをする。次の週から通学だ。原付免許取っといて良かった。佳菜子も愛を誉めていた。

愛の新しいスタートだ。



浜内 愛

佳菜子さんの車に乗って市役所に来た。

私の転入届と必要になりそうな書類をもらう手続きをしている。佳菜子さんは、待っている間、職員の人と話をしている。

書類が出来上がったら一緒に車に乗って、佳菜子さん行きつけの美容院へ。向かう途中に佳菜子さんが「愛ちゃん。あなた髪短くしてボブにしない。お兄ちゃん短い女の人が好きみたいよ」

私も短くしたかったからちょうど良かった。

美容院を出て、レストランで昼食を食べていると。佳菜子さんが「私、お兄ちゃんの初恋の人知っているの。丸顔で色白ショートヘアーが似合っている人だった。身長もあなたぐらいよ。

私ね、お兄ちゃんと愛ちゃんが結婚してほしいんだ。40歳、歳の差有るけど、愛ちゃんなら大丈夫と思うから。応援するから。もう作戦立てているんだ。ちょうど友達から水族館の割引券もらったから。それから服も良い物着ないとね。後、お兄ちゃん色仕掛けでは落ちないんだよね」

佳菜子さんが一人で喋っていて、私はまた恥ずかしくて顔を赤らめていた。でも嬉しかった。

佳菜子さんが「でも何故だろう。愛ちゃんお兄ちゃんの事好きと言うか、愛ちゃんから見たお兄ちゃんてヒーローじゃん。お兄ちゃんも絶対愛ちゃんの事特別な感情持っているみたいだし。お兄ちゃん何考えているんだろう」

佳菜子さんは、初恋の人についてまた話し始めた。どんな人だったのかな。

服を買う時も、一回しか見たことがないのに、青い服を着ていたからと、可愛い青色のワンピース買ってもらった。それに合わせてサンダルとイヤリングも。佳菜子さんありがとう。

今日は、おじさんと水族館へ行く日。朝ごはん食べてから、青いワンピース着て、鏡を見ながらしっかりチェック。イヤリング付けて、もう一度鏡を見て「ヨシ」。玄関に向かった。

おじさんは外で車の準備していた。何時もよりすっきりした服を着ている。

「100点」と言っておじさんは指で拳銃を作って、私を撃つふりをした。

『やった。気に入ってくれた』

水族館へ向かう車の中、佳菜子さんの企みに乗って楽しむことになった。

おじさんと初恋の人の話になった。

「初恋の人はね。口数が少なくて、物静かで清楚な人だった。それでいて優しくって勇気があって曲がった事が大嫌い。僕にはもったいない人だよ」

『おじさんが、ここまで褒めるなんて凄い人。会ってみたいな』

水族館の道をおじさんと歩いている。お魚さんだけじゃなくてクラゲやカニ・エビ。クマノミとイソギンチャク、絵本の絵と一緒。

おじさんは深海のコーナーで「この魚美味いんだ」とか言っている。

イルカショー初めて見る。あんなに高くジャンプできる。凄いな。

大きい水槽の前に来た。いろんな種類の魚が入っている。この奇麗な魚、名前何だろう。イワシだ、スーパーで売っているのと同じだ。この四角いのフグの仲間?大きい水の中を飛んでいるみたい。

あれ。おじさんが居ない。慌てて階段を上がってあたりを見回す。良かった。小さな水槽の前で小さな魚を睨んでいた。

おじさんの後ろに来て、指で背中を突いたら、少し驚いてこっちを見て微笑んでくれた。

また二人で歩き始めた。

帰りは疲れて車の中で少し寝ちゃった。

佳菜子さんと新しい学校に行ってきた。正式には、3日後に試験をして、合格すれば、手続きをして来週から学校に行けそう。

今度はおじさんが居るから大丈夫。



山辺 靖

あと半年。やりたい事もやって、亡くなった時の準備もほぼ終了。終活も終了だ。

残りの時間。愛の為に使いたい。だけど、いくら考えても僕の足りない頭では『矛盾』と言う言葉しか出てこない。大ぴらに行動を起こせば、寿命の事がバレてしまう。何時かはバレてしまうが、ぎりぎりまで知られたくない。

このままフェードアウト。

今まで一人。愛も妹の佳菜子も寂しがるかもしれないが、いつか忘れ去られていくだろう。虚しさが込み上げてくる。

外は雨が降っている。また雨粒に撃たれながら歩きたくなる。でも今回は、隣の部屋に愛が居る。止めておこう。

昔から趣味と言うものを持っていなかった僕は、最初は携帯のカメラから始まり一眼レフカメラで写真を撮りだした。被写体は人以外。その中で名前も知らない花を撮るのが好きだった。

今思えば、仕事で資格を撮るよりも、花の名前や花言葉を覚えれば良かったと、少し後悔している。

ノートパソコンに撮り溜めたハードディスクを繋いで立ち上げる。立ち上げている間に棚から一眼レフカメラを出してくる。少し型が古いがまだ十分使える。

以前撮った写真を見てみる。やっぱり名前の知らない花が沢山あった。

カメラを持って玄関を開けた。雨が止んでいる。と言うより小雨が停まったようだ。無意識に神社へ向けて歩き出した。

後ろから愛が追いかけてきた。

「神社行くの」

「ああ」短い会話を交わした。

二人で鳥居の前まできた。僕は鳥居の前で止まって一礼した。

「おじさん何で鳥居の前で頭下げるの」と愛が聞いてきた。

「家が近いからね。家を守ってもらっている感謝の気持ちかな」

愛も慌てて鳥居に向かって一礼した。

ここは子供のころから遊び場だった。今は子供も少なくなって、小学校も統合してバス通学になったようだ。近所に数人の子供がいるだけだ。ここで遊ぶ子供たちを久しく見ていない。

鳥居をくぐる。入って直ぐにもみじの木がある。まだ緑色のもみじを参道の奥から入口の鳥居に向かってファインダーを覗いた。その瞬間、風が吹いて木々の葉に蓄えられていた雨が僕たちに降り注いだ。祭りの神輿が入っている小屋の軒下に駆け込んだ。

愛は髪をなでながら笑っている。何が可笑しいのか分からないが、無邪気な子供のようだ。この笑顔で周りの人達を幸せにしてほしい。僕の分も。

参道を本殿に向けて歩く。二つ目の鳥居をくぐる前に一礼する

神殿の前でカメラを構えた。見慣れた景色だ。これといった閃きも撮りたい景色も湧いてこない。

愛がカメラに気が付いたようだ。

「カメラ凄いね」

「確かに買ったときは高かったけど、今は僕と一緒で型落ちさ」

「私、撮ってほしいな。手元に写真何もないんだもん」

「僕、今まで人を被写体にしたことがないから上手く撮れないと思う」

「写真って、人が歩んできた記録じゃない。小学校と中学校の卒業アルバムだけじゃ寂しいじゃん」

「そうだな」

僕も自分で写真を撮っているが、自分自身を撮ったことが無い。海や山の写真だけだ。

生きた証とは何だろう。

何も無い自分に不甲斐なさを感じた。

愛は歩きながら、不器用なポーズを作って撮ってよアピールをしてきた。

「ダメだよ。できるだけ自然に」僕は、カメラ目線より、動きの中での表情が好きだった。

偶然。風が吹いて大粒の雨が頭の上から僕たちに降り注いだ。今度は本殿の軒下に避難しようとした。愛を先に行かせ歩き出した僕はカメラを構え、本殿の軒下でこっちを振り返る愛を写真に収めた。

愛は不満だったらしく膨れた顔している。少し怒っているようだ。その顔もしっかり撮らせてもらった。

本殿で鈴を鳴らした。

本殿前の階段に座る。愛も横に座る。

「愛は、ここ気に入ったか」

「ん。大好き」

もっと話がしたかった。今の自分には言葉が出てこなかった。

愛を見てみると、愛もこちらを見ていたのか目が合った。何かを語りだしそうな眼だ。でも、少し悲しそうな眼にも見える。

木の間から見える空を見上げた。どんよりとした空だ。

「おじさん。時々空を見上げて、寂しそう」愛が呟いた。

僕は無言で立ち上がった。少しうす暗い参道を家に向かった。

帰りも、最後の鳥居をくぐってから、鳥居に向かって一礼した。

振り返ると曇り空ではあるが、木々で覆われた参道より明るく、直ぐそこにアジサイの花が咲いている。一株に青と赤両方の花だ。

愛がカメラを貸してほしいと言ってきた。

シャッターを押すだけの設定にして渡したら、僕の方にカメラを向けてきた。

愛はカメラを首に掛けて「笑ってよ」と言ってわき腹を擽ってくる。何枚か写真を撮られた。

カメラを台所のテーブルの上に置いて。2階の自分の部屋からパソコンも持ってきて、台所にテーブルの上に置いた。二人で、今日撮った写真を見返した。

一緒に観ていた愛に、僕が使っている携帯を「好きに使って良い」と愛に渡した。学校の連絡とか必要だし、高校生には友達作る必需品だ。それに、僕にはもう必要のない物だ。

「ただこの電話番号は変えないでほしい。必ず役に立つし、お守り代わりになるから」と言った。

愛と一緒に居ると時間がたつのが早い。



浜内 愛

学校に行くには、バスや電車は使えない。本数が少なくて、学校の予定と合わない。

おじさんに相談したら、バイクが来るまで送り向かいしてくれる。おじさんがカタログを貰ってきてくれた。

可愛いより、雨でも乗れそうな、3輪で屋根が付いて実用性のあるものに決めた。

おじさんもこれが良いと言ってくれた。

「早く車の免許も取れればな」おじさんは深刻な顔で言ってくれた。何か追い込まれているような言い方だった。

今日は雨が降っている。部屋にいるとカエルの声が聞こえてくる。机に座って、静かに今度の学校の教科書を眺めている。一年近く学校に通っていなかったから、数学なんかさっぱり分からない。国語は得意だから何とかなりそう。体育は苦手だな、優しい先生だったらいいな。カーテンの空いている窓の外、灰色の空から雨が降っている。畑の緑が雨で滲んでいる。部屋の中に目線を戻す。

椅子から体を跳ね上げてベッドに飛び込むように寝ころんだ。

「少し休憩しよう」独り言。

今度の学校は、どんなクラスメイトが居るのかな。話しをする事が苦手だけど、友達は今度こそ作ろう。

恭子はどうしているかな。バレーボール、頑張っているみたいだけど、最近連絡無いな。遠いからやっぱり寂しくなる。

隣の部屋からおじさんが出て、階段を降りる音がした。私もベッドから起きて部屋のドアを開けて階段の下を覗いてみると、おじさんの姿は無くて玄関の方に行ったみたいだ。

部屋着に一枚はおり私も階段を下りて玄関に向かう。おじさんはもう玄関には居なくてドアを開けたら、おじさんは神社の方向に歩いていた。

雨は止んでいる。

おじさんに、神社へ行くのか聞いてみる。やっぱり行くみたい。

今日はおじさんの左側に並んだ。

鳥居の前まで来たら、おじさんは中に向かってお辞儀をした。何故かと聞いたら「家を守ってもらっているお礼の気持ち」らしい。

私も、今から住む家をしっかり守ってもらわないとこまる。慌てて私もお辞儀をした。

少し歩いたら、おじさんは鳥居に向かってカメラを構えている。なぜかドキドキしてくる。

急に大粒の雨が降ってきた。

おじさんと二人で屋根のある所に走った。

屋根の下に来たら、髪がベトベトになったけど楽しかった。

おじさんのカメラが気になった。おじさんがカメラを持っている姿初めて見た。

「カメラ凄いね」

「確かに買ったときは高かったけど、今は僕と一緒で型落ちさ」

今まで私は、写真に記録されたことがない。家族の写真も見たことがない。

「私、撮ってほしいな。手元に写真何もないんだもん」おじさんにお願いした。

おじさんは、お花や景色を撮るのが好きみたいで自信ないみたい。

私も自信ないけど、図書館で見たファッション誌のモデルさんにみたいにポーズをとりながら歩いてみた。やっぱりおじさんから見たら、ぎこちないみたいで、自然な動きをするように言われたけど、どうしていいか分からない。

また急に大粒の雨が降ってきた。

本殿に向かっておじさんと走る。本殿の軒下に着いた、私一人だったから後ろを振り向いたらカメラの音がした。

「おじさん何でこんな所撮るの。髪の毛ボサボサじゃん」またカメラの音。

「ああ、また撮った」

おじさんは、近づきながら2・3枚写真を撮った。珍しくおじさん楽しそう。顔を見ていたら怒るのを忘れていた。

おじさんと横に並んで本殿の前に立って、上から縄が下りてきている鈴を二人で縄を持って鈴を鳴らして手を合わせた。

上がってきた階段におじさんが座ったから私も横に座る。

座ったら「愛は、ここ気に入ったか」おじさんが聞いてきた。

「ん。大好き」毎日でもお散歩したい。

小鳥の鳴き声が聞こえる。でも私たちの周りは静か。おじさんはまた考え事をしているみたい、遠くを見ている。なんだか寂しそう。最近こんな姿が多い。何か悲しいことがあったの。

ぼんやりとしたおじさんの目がこちらを向いた。目と目が合ったけど、今度はもっと高い所に行ってしまった。

「おじさん。時々空を見上げて、寂しそう」

辛いことがあるのかな。

おじさんが立って歩きだした。ゆっくり感じた。横に並んだ。一緒に横に並んでお辞儀をして家に向かっている途中おじさんにカメラを貸してほしいとお願いして、貸してもらった。

おじさんに笑ってほしかった。脇腹を突いてカメラを向けて、ちょっと強引でひきつった顔と笑い顔撮れたかも。

家に入って、おじさんが台所にパソコン持って来てくれてカメラを繋いで今日撮った写真を二人で見た。

私が着ていた服に不満があったけど、この振り向いた時の顔大満足だ。恥ずかしくて嬉しい。おじさんの写真は幽霊みたいになったり、全然違う方向だったりとまともな写真が無かった。

カメラの。せめて顔が真ん中に来るように練習しよ。それからカメラとパソコンは台所の台の上に置かれるようになった。

それと、おじさんが使っているスマホを私が使えるようになった。「お守り代わり」だって。大事にするよ。学校から電話するのが便利だし。あれ、おじさんに連絡する時はどうすればいいんだろう。家に固定電話あるから大丈夫かな。

今日から学校。

佳菜子さんに送ってもらっている。校門の前まで来たら車を止めて佳菜子さんが。

「ここからは一人だからね。頑張ってくるのよ」

私は車を降りて、校門を通り過ぎる。広葉樹の下に鮮やかな青色をしたアジサイが咲いている。玄関から入って、前来た時にげた箱に上履きを取り出し靴と履き替える。

事務室に入って、校長先生から担任の先生を紹介された。30代くらいの男の先生、名前は「佐藤先生」。私も自己紹介した。

佐藤先生に前の学校のことを聞かれた。

おじさんから「もし何か聞かれても、言いにくいことは言わなくていいんだよ。でも嘘をつくと後が大変だから止めておいた方がいい」と話したことがある。

「学校は、半年前から家族にいろいろあって行っていない」正直に話したけど、いじめのことは言わなかった。昔お父さんに嘘をついた時、ビクビクして怖かった事を思い出した。

佐藤先生が時計を見て「そろそろ教室行こうか」促されて廊下に出た。

廊下で「教室に入ったら、簡単でいいから自己紹介頼みます」

「はい」と答えた。

教室の前まで来た。佐藤先生がスライドするドアを開けた。先生の後に教室に入る。教室が静かになって沢山の視線を感じた。

誰か男子が「可愛い」とつぶやいた。

一気に教室がざわつき出した。

佐藤先生が「注目。今日からの新しい仲間です。自己紹介して」

「浜内愛です。これからよろしくお願いします」

目の前を見ると、10人位しかいない。内女子は2人だけ。一人はメガネをかけた女の子。もう一人は、髪は長くて少し年上みたいな感じの人だった。

佐藤先生からメガネをかけた女子の横に座ってと言われ、そのまま授業が開始された。

授業が終わって髪の長い女子が話しかけてきた。自己紹介を兼ねているみたい。

名前は「中条唯」さん。中学卒業して2年間何もしてなくて、今は学校通いながら美容師目指して、今年20歳になるからお姉さんみたい。

メガネの女子は「吉村友莉」さん。同い年で、1年生の途中から私と一緒で編入してきたみたい。

唯さんはよく喋った。美容師さんは喋るのも仕事の内と、できるだけお客さんに不快感を与えないように喋る訓練をしなさいと指導を受けているみたい。真剣に頑張っているし自立している。凄いな。

友莉ちゃんは、制服を着たら普通の女子高生みたいだけど、小さいころの事故で左足に障害が残ってしまい、歩くのは問題ないけど走るのはできないみたい。可哀そう。

男子は12名居るらしいけど、今日出席しているのは6名半分だそうだ。男子はなぜか近寄ってこなかった。でもずっと女子3人で話していたからかも。

唯さんは自動車で通学。びっくり。友莉ちゃんは歩いて家まで5分。近い。

私は、帰りにはおじさんが迎えに来てくれた。やった。

おじさんは家に帰ってゆっくり話しできるように晩御飯も作ってくれて、大好きなプリンを3個入り二つも買ってきてくれた。

晩御飯のから揚げを食べながらおじさんと話していて、笑った顔がたくさん見られた。

プリン勢いで3個も食べてしまった。おじさんが気付いて太るって脅かしてきた。今日だけって言い訳して4個目を食べた。流石に食べすぎかな。

梅雨が明けて、入道雲を目の前に見ながらバイクを運転する季節がやってきた。一言で「熱い」。信号待ちで止まると足元から熱気が立ち上ってきて、一気に汗が噴き出てくる。

学校に着いた。駐輪場にバイクを止めていたら友莉ちゃんが来た。昼過ぎなのに挨拶は「おはよう」なの。

友莉ちゃんとは転入以来、学校では、ほとんど一緒に行動している。唯さんとも一緒なのだけど時々男子と一緒に行動する時があって、ずっと一緒ではない。

それと、友莉ちゃんには秘密にしているけど、佳菜子さんが時々行っている美容院で唯さんが働いているみたいで、そこで働いている先輩美容師さんが彼氏みたい。佳菜子さんが、雰囲気が一緒でお似合いと言っていた。

男子とも話せるようになった。私と友莉ちゃんが二人でいるときに、男子も入ってくる時もある。だいたいクラブ活動の話だけど。

やっぱり人数が少ないからマネージャーの誘いとかが多かった。

 今日の授業は早く終わる。帰りに友莉ちゃんの家にお邪魔する予定。

 まだ明るいうちに友莉ちゃんと歩いてお家に着いた。凄く大きなお家。お庭も広そう。

 驚いている私を見て友莉ちゃんが。

 「似合わないでしょ。こんな大きな家」

 友莉ちゃんの部屋に入れてもらった。一部屋で、おじさんと私の部屋位の広さがある。しかも一階。晩御飯は家に帰ってから食べると言ってあるから、友莉ちゃんは軽いお菓子とジュースを持って来てくれた。

 夏休みの話になった。皆で何処かへ行きたいけど、私には先立つものがない。バイトは来月からだし、お給料もらう頃には夏が終わちゃう。おじさんと相談してみよう。一緒に行きたいな。

 友莉ちゃんは海に行きたそうだ。

 1時間くらい話して友莉ちゃんの家を出た。歩いて学校まで行ってバイクに乗って家路についた。

 帰ったらおじさんは晩御飯の準備をしていた。最近ご飯を作るのは時間の空いているおじさんが多い。美味しいからいいのだけど、私が作れないのが不満。それに家事全般、おじさんがすることが多くなってきた。

 おじさんに今日友莉ちゃんと話ししたことを話した。

 おじさんは「いいね」と言って乗り気だ。何時ぐらいが良いか。誰が行くのか、何処がいいのか聞いてくる。まだ具体的なことは何も決まっていない。

 2週間後。

 車に2台に分かれて、海に隣接したキャンプ場に向かっている。おじさんの車には、私と友莉ちゃん、友莉ちゃんのお母さんと妹さんの5人。唯さんの車には唯さんの彼氏さんが同乗している。彼氏さんとは初めて会う。

 友莉ちゃんとはここに来る前に、足の怪我のことを話ししてきた。

「私が小学5年生の時、遊んでいたらお母さんが運転している車に足をひかれたの。それからお母さんは負い目を感じて私の事しか見なくなって、お父さんは仕事だと言って家には寄り付かなくなって、妹の結愛は小さいのに何も愛情かけてもらえなくて今じゃ心閉ざしているし、家庭はバラバラ何とかならないかな」苦しんでいるみたい。

私は、お父さんとお母さんの話を友莉ちゃんにした。もう親族と呼ばれる人は誰もいない。でも私にはおじさんが居てくれている。今は、何時もおじさんへの恩返しを考えている。とっても幸せだと話してあげた。

友莉ちゃんには「一度、おじさんにお母さんと結愛ちゃんに会ってもらったら。私もおじさんと会って運命変わったもん」

おじさんにも友莉ちゃん家の事情は話してみたけど、あまりいい感触じゃなかった。

「あまり他人様の家族の問題に干渉しない方が良い。時間がかかりそうだ」

キャンプ場に到着した。

おじさんは管理棟からバンガローの鍵を借りてきた。そのまま車に乗ってきたメンバーで2棟に分かれて入った。

海岸で遊びに行くメンバーとバーベキューの準備に分かれた。遊び組は私と唯さんと唯さんの彼氏、友莉ちゃんと友莉さんのお母さん。お母さんは海岸で日傘さして座っているだけだけど。

おじさんと結愛ちゃん二人は炊事場で働いてもらっている。ちょっとおじさんには申し訳ない。でも後で魚釣りしたいって言っていた。

夕方、遊び疲れた私たちはバンガローまで戻って、着替えて炊事場に行ったら、コンロの薪は火が点いていて、バーベキューも焼くだけの状態になっていた。

おじさんはバーベキューの焼き方を皆に教えて、私に「僕の分適当に残しておいて」と言って釣竿を持って海岸の方に歩いていく。後ろを結愛ちゃんが追いかけていく。不安。

バーベキューでは唯さんの彼氏さんが大活躍して。私も友莉ちゃんも褒めまくりで、唯さんだけ「できて当たり前よ」って半分けがしながら誉めていた。この二人お似合い。

後で、唯さんがお礼を言ってきた。唯さん、最近、同棲して、職場でも家でも一緒で息が詰まると悩んでいた。これもおじさんの作戦なのかな。

食べ終わったころ、海岸から「キャー」と叫び声が聞こえてきた。暗くて見えない。海岸まで走る。やっとおじさんたちがはっきり見えるところまで来たら、おじさんの持っている竿から長い蛇のようなものがぶら下がっている。結愛ちゃんが笑いながら蛇のようなものを触ろうとしている。

唯さんと彼氏さんも来た。状況を理解したみたいで二人は「何でもないって、お母さんと友莉ちゃんに言ってくる」と言って引き返していった。

おじさんは「騒がしたかな。これアナゴ結構デカいよ。でもデカすぎて食えそうにないから逃がそうとしたら、結愛ちゃんが触りたいというから、結愛ちゃんの方に向けたらいきなり叫び声あげて、こっちもびっくりしたよ」

おじさんはアナゴを逃がしたら、また釣りを始めた。おじさんが魚釣りできる事初めて知った。

私と結愛ちゃんは少し離れた流木の上に腰かけて「おじさん優しいでしょう」結愛ちゃんに話しかけた。

「やりたい事見つかったんだ。なんか心が解放されたみたいで楽になった。ん。優しくて良い人」

おじさんが急にせわしく動き出した。

「何か来た。今度はアナゴじゃない」

魚が見えてきた「鯛・鯛・鯛」おじさんが興奮気味に「ヤッター。これは美味いで」と喜んでいた。

私と結愛ちゃんもおじさんの所へ行って、3人でハイタッチして喜んだ。

おじさんは道具を片付けて、炊事場で鯛を洗って処理しだした。皆がおじさんの手際を見ていた。

「明日は刺身で、残りは帰ってから鯛飯でも作るか」おじさんは私に話しかけてきた。

それを聞いていた結愛ちゃんが「私も食べたい」とおねだりしていた。

唯さんと彼氏さんは二人のバンガローに帰っていった。おじさんは風が気持ちいからと暫く外にいると言って海岸の方に歩いて行った。

バンガローで友莉ちゃん家族は、3人で笑いながら話をしている。結愛ちゃんが話の中心にいるみたい。料理の話をしている。

友莉ちゃんに「たぶんおじさん車で寝ると思うからゆっくりしていて。私、見てくるから」とバンガローを出た。

おじさんは海岸の流木に座っていた。

おじさんの横に座ったら「あっち見てごらん」波の向こうの対岸で見てみると花火をしていた。

「贅沢だと思わない。たった二人だけの海岸で、音はあまり聞こえないけど、空の花火と海の花火、見上げないで目の前で花火が見える」おじさんは、何時もみたいに、この景色の瞬間を目に焼け付けている。そんな時のおじさんの瞳は寂しそうに見える。

花火が終わった。おじさんは持ってきたシートを海岸にひく。二人で寝ころんだ。

「うわぁ」思わず声が出た。

空から星が数えられないくらい沢山降りてくる。手を上げたら届きそうな近さ。体が浮いているような感覚に、おじさんの手を掴む。

「こんな星空、一生のうちそう何度も見られるもんじゃないよ。しっかり目に焼き付けておくんだ」おじさんが小さな声で言ってくれた。

「あ!」流れ星だ。慌ててお願いしようとしても間に合わなかった。また流れ星、今度はお願いの途中で無くなった。

「え!」流れ星が私たちを囲むように降ってくる。何十個、何百個。見たことも無い空の絵画に、お願い事なんかどうでも良くなった。

このまま時間が停まってほしい。

このままずっと二人だけの世界が続いてほしい。

「凄い。ありがとう」おじさんが右腕を星空にかざして、呟いた。

流れ星の間隔が開いてきた。時間がどれだけ経ったか分からなくなった。

小波の音が規則正しく繰り返す。東の空が薄明るくなってきて、鳥の甲高い鳴き声が聞こえだした。

おじさんは起きて「朝飯作ってくる」と言って炊事場の方に歩いて行った。

私は体を起こして、目を瞑って小波の音をしっかり記録して、炊事場に向かった。

忘れられない夜だった。

帰りは、唯さんと彼氏さんは仕事の都合で朝食食べて先に帰っていった。

おじさんはゆっくり帰ろうと海沿いの道を遠回りで帰るようだ。おじさん以外の皆は、夏の日差しがきつい車窓の外の景色を楽しんでいた。

短い古びたトンネルをくぐった所でおじさんは車を止めた。「写真撮ろうか」と言ってカメラを持って車を降りる。何もない道を来た道を歩いて戻る。皆はおじさんに付いて行く。緑色の木で覆われたトンネルの入り口。トンネルの中は照明も無く薄暗い。でも向こう側が青い。海の青。

おじさんが友莉ちゃんの家族を写真撮っている。結愛ちゃんがカメラをおじさんからカメラを取り上げて私とおじさん二人を撮ってくれた。

おじさんはトンネルの向こうまで歩いて行く。わきの細い道に入る。少し上り坂を歩く、おじさんは友莉ちゃんの足を気にしていたけど大丈夫そうだ。

大きな岩があった。そこに大きな観音様が彫られている。大きい。一体だけじゃない。歩いている細い道の岩に所どころ大きさの異なる観音様が。歩いている私たちを見守るように。

友莉ちゃんたちは感動している。

この道歩いて進んで行くと、だんだん心地よくなってくる。空気が気持ちいい。何だろう不思議なところ。

道が緩やかになった所に東屋があった。ここがゴールみたい。皆、東屋に入って座って一休みしていたら、おじさんが冷たいお茶を出してくれた。東屋から海が見える。青い海と青い空、当たり前の景色がここでは特別に感じる。

おじさんは私たちに「行きたい所がある」と言って何処かへ行ってしまった。追いかけて行きたかったけど、もう姿は見えなくなっていた。

暫くしたらおじさんは帰ってきた。

「十分休んだ」確認して皆は来た道を引き返した。

そのまま友莉ちゃんの家まで、一回お昼休憩して直行した。家に着いたら友莉ちゃんのお母さんから、お礼にと沢山高級そうなお菓子を貰った。

結愛ちゃんはおじさんの所で荷物下ろすのを手伝っていた。会話が聞こえてきた。

「鯛は何時食べるの」

「今日は片付けて明日の夜かな。旨い魚を食べられるのは釣り人の特権だからね」

最後に友莉ちゃんに別れを言って車に乗って、緑の濃い山の方に向かって、家路についた。

おじさんは家に着いて荷物を一旦、家に片付けて、台所で冷たい麦茶を飲みながら休憩している。

私も座ってコップに麦茶を注いで一口飲んだ。

「友莉ちゃんが、妹の結愛ちゃんの事ありがとうって」

「ああ。愛情掛けられてもらえなかった分結愛ちゃんは成長しているよ。これからだ」

「今日は簡単に食事済まして早く寝よう」

そう言っておじさんは冷蔵庫を開けた。

私もご飯を炊く準備をする。

晩御飯を食べたらおじさんは、部屋に入って直ぐに眠ってしまったようだ。

私は眠る前に電気を消して天井を見上げ目を瞑り、瞼に焼き付いている昨日の天体ショーを見て、眠りについた。

次の日は朝から片付け物がいっぱいで、私は家の中で洗い物。おじさんは外と中でいろいろやっていて、時々洗い物をどっさり持ってくる。こんなに車に乗っていたなんて信じられない。

やっと洗い物が終わった。おじさんの様子を見に外へ出た。おじさんがしゃがんでいる姿を見つけて近寄る。なんか様子がおかしい顔色悪いし、汗が沢山出ている。

「大丈夫」背中に手を置いて尋ねる。

「大丈夫。暑さでやられたみたい。ちょっと休むわ」と家の中にゆっくり入って玄関わきの畳の部屋に入って仰向けで倒れ込んだ。

私はタオルを持って、台所の冷蔵庫から氷を取り出しタオルにくるんでおじさんの所に持って行った。

おじさんは「ありがとう」といって受け取って額の上に。でも左手を気にしている。左手が動いていないようにも見える。

「左手大丈夫」聞いてみた。

「ちょっと痺れている。何かあったかな」ごまかす様な言い方。

「ゆっくりさせて」とおじさんは言ってきたから、私は横で見守ることにした。

30分くらいしてからおじさんの汗は無くなり、ゆっくり左手の肘を動かし、動きを確認してから起き上がった。

まだ左手は気にしているみたいで、手のひらを広げたり閉じたりしている。

「ありがとう。熱い所で帽子も被らなかったから熱中症にでもなったかな」確かに外は暑かった。

おじさんは一休みして、麦わら帽子をかぶって車を洗い出した。私も帽子をかぶって二人で車を綺麗にした。

「昨日はご苦労様でした」車に感謝

車を洗って二人で家の中に入ったら、スマホに電話がかかってきた。

誰かなと思って、電話に出たら、結愛ちゃん。びっくりした。自転車で近くまで来ているらしい。おじさんに言ったら「迎えに行ってやって。その前に友莉ちゃんに来ていること電話してあげて」

友莉ちゃんに電話したら、驚いて、また後で電話をすると言って電話が切れた。

すぐ近くのバス停に居るみたいで歩いて迎えに行く。

バス停で待っていた結愛ちゃん、汗かいている。

「結愛ちゃん疲れたでしょう。家に着いたら冷たい麦茶あるから」

「やった。やっと着いた」ホッとしているようだ。

「鯛のご飯食べたかったの」結愛ちゃんはが言っているけど、おじさんに会いたかっただけでは。

家に着いたら、玄関から上がった畳の部屋に冷たい麦茶が用意されていた。

台所からおじさんが、切ったスイカを持ってきてくれた。

おじさんは雑談を始めた。

結愛ちゃんは、鯛ご飯を食べて、そのままここに泊まりたいみたい。

「今回だけ」とおじさんは言って、私に友莉ちゃんから電話かかってきたら代わってくれるように言った。

結愛ちゃんは喜んでいる。

「鯛飯作ろうか」私に言うと、皆で台所に料理を作りに行く。

「ご馳走様。美味しかった」結愛ちゃんは元気だ。

「今日は、愛と結愛ちゃん二人で畳の部屋に寝て。女の子同士で話しするのもいいでしょう。愛も聞かれたことに正直に答えてあげて」おじさんは、結愛ちゃん用に、布団をひき始めた。私は2階から布団を持って来て二つ並べた。

おじさんはパソコンを持って来てくれてキャンプした時の写真を見るように促した。

おじさんは2階に上がっていって、結愛ちゃんと二人だけになった。

結愛ちゃんは、やっぱりおじさんと私の関係を気にしているようだ。血の繋がりは無いことは友莉ちゃんから聞いていたみたい。何で一緒に居るのかが理解できないでいるみたい。

「私ね、居場所が何処にも無かったの。唯一お母さんが居てくれたけど、お母さんも居なくなって。生きていく糧まで無くて、もう息をすることさえも諦めかけた。そんな時におじさんに会った。小さなおにぎり一個貰ったけど、命貰ったようなものなの。一生かけて恩返しするって決めたんだ」

「おじさんの事好きなの」結愛ちゃんが

「ん。大好き。私、おじさんに恩返しと言うか、助けられておじさんの為に生きていくって決めたの。だから勉強して、働いて、おじさんを養わないと。結愛ちゃんは」

「私も好きだけど、ちょっと違うかも。うちは、お姉ちゃんとお母さんがべったりで、お父さんは家に寄り付かない。私はずっと一人。寂しかったのかな」

「おじさんの優しさに触れると、自分が変わったような気がしない」

「そう。おとうさんおかあさんお姉ちゃんもうどうでも良くなった。何かこう。今日でも、こんな所に一人で来られるなんて、今まで考えられないもん。自分で動けるようになったみたいな。体が軽くなったみたいな」

「凄いね。たった一日で変わるなんて」

「おじさん。愛さんのこと凄く感謝していた」

夜遅くまで、私と結愛ちゃんは話しが尽きなかった。気が付いたら結愛ちゃんは眠っていた。自転車でここまで来たら疲れると思う。

次の日、おじさんが車に自転車を乗せて、結愛ちゃんを送って行った。



山辺 靖

愛が学校に行き始めた。

最初は、僕が送り迎えをしていたが、今はもうバイクが有るから一人で通学している。

学校の事もよく話題がでる。友達もできたようだ。秋から佳奈子が紹介した、ウエイトレスのバイトもするみたいだし、いい方向に進んでいる。

問題は僕の方だ。病気は、まだ自覚症状は出ていない。そろそろ限界に近づいてきているはずだと思う。

時々、病院に行くが、難しいことは分からないし、医者も細かな予想がつかないようだ。

不安ばかりが膨らんでいく。

いきなり倒れてしまわないのか。明日の朝は起きられるのか、左腕が動かなくなるのか、目が見えなくなるのか、分からないのが怖い。

不安を和らげるためにできるだけ家の事をするようにしている。掃除なんかは一気にすると気持ちが晴れる。

やっぱり、愛と過ごす時間が不安を忘れさせてくれる貴重な時間だ。愛も学校生活送ることが楽しいようだ。学校の話をする時は声のトーンが違う。

愛から今度、夏休みになったら、学校の仲良しグループでどこか行きたいと相談された。

正直、家でずっと居るのは心がめげてくる。外に行きたいのが本音で大賛成した。

暫くして愛がキャンプで1泊する話になってきている。メンバーは友達2人・友達の家族2人・友達の彼氏と僕もメンバーに入れてもらっている。友達一人は免許証を持っていて車も出せるみたいで、我が家の車に5人で行く計画のようだ。

場所は決まっていないようで、僕が探してみることになった。昔行った海岸に近いキャンプ場に電話したらすぐ予約が取れた。

準備で病気の事も忘れられる。

愛から友達の家族の相談を受けた。家庭内に色々あって複雑なようだ。母親の方は難しい。妹さんの方は機会があれば話はしてみるか。素直な子だったら分かってくれると思う。

キャンプ当日。

僕の車には計画通り、僕と愛、友莉さん家族3人合計5人乗ってもらっている。

友莉さんは愛からいつも話を聞いていてイメージ通りの印象だ。友莉さんのお袋さんは、物静かに感じて、白いワンピースがよく似合っている。妹の結愛ちゃんはあまりしゃべらない、家族とはやっぱり線を引いているようだ。

キャンプ場についた。以前、来たところで海が近く、海岸はキャンプ場のプライベートビーチみたいだ。後、何組かお客さんが居るみたいだけど泊りは僕たちだけみたい。良い日に来た。

バンガローの鍵を借りてきて、一つを唯さんに渡して「ご自由に」とほほ笑んだ。

もう一つを持って自分達のバンガローに入った。部屋は広いが仕切りは無い。各自の荷物は運んでもらった。皆に海で遊んでくるように言って、一人だけ輪に入れそうにない結愛ちゃんにバーベキュウの手伝いをお願いした。

皆は海岸に行って思い思い楽しんでいる。

僕と結愛ちゃんは、車からの荷物運びから始まった。

「料理とかしたことある」

「ない」そっけない返事だ。

「簡単さ。剥いて。切って。刺して。焼いて出来上がり」返事がない。これは手ごわい。

暫く指示だけして二人であまり会話もせずに時間がたつ。

「結愛ちゃん。学校にも友達いないだろう」

結愛ちゃんは、こっちを怖い顔してにらんできた。

「僕も小学生の時は、片親が居なくてね。友達もいなかった。中学になったら喧嘩ばっかり。ほら」結愛ちゃんの首の後ろを持って昔、怪我をした額を結愛ちゃんの目の前に持って行く。

「これ当時の傷さ。頭突きしたら前歯に当たって流血。バカだろ」今度は目を見て話した。やっと微笑んでくれた。

「どうですか。僕と友達になってくれませんか」

「いいよ」短い返事。

「お礼に、この後、魚釣りするけど、ご一緒願いたいのですが」

「仲良くなった証にと思うけど魚釣りやったことないから」

「大丈夫さ僕の後ろで見ているだけで。美味しい魚釣ってあげるよ」何となくいい雰囲気になった。ここまで来たら普通にバーベキューの準備をする。

今度は結愛ちゃんから。

「おじさんと愛さんってどうゆう関係なの」

「僕にとっては、助けたつもりが、助けられているんだ。とても大切にしたい。宝物みたいなものさ」

「訳分からない」確かにと思った。

僕の中で急にこみ上げてくる気持ちが。

「今見ている景色を奇麗な色にしてくれている。とても感謝している」小さく呟いた。

結愛ちゃんは不思議そうな顔していた。少しからかうとまた笑い出した。

ちょうどバーベキューの準備が出来た時に、皆が海岸から帰ってきた。愛と友莉ちゃんは少し日焼けしたみたいだ。唯さんはしっかり日焼け止めを塗っているようで、流石美容師だ。

唯さんの彼氏さんにバーベキューの焼き方、タレと塩コショウの加減なんかを教えて、愛に僕と結愛ちゃんの分残しておくように言って、海岸へ釣りに向かった。

準備ができて釣りを始めるころには太陽は山に沈みかけていた。道具は10年以上前に買ったものだ。リールの糸と仕掛けエサは先日釣具屋で購入してきた。

久しぶりの投げ釣り、昔は夏になると鱚を釣りに行ったものだ。

第1投。「びゅー」と竿を振る音。錘は100mオーバーほどの所で着水。糸ふけを取って竿の先端に鈴を付ける。

結愛ちゃんは邪魔をしないように流木に座ってこちらを見ていてくれた。僕も流木に座り持ってきたランタンタイプの懐中電灯を点けた。

「何かやりたいことあるの」僕から話しかけた。

「私、アイドルになりたい」意外な返事。

映画撮影で見た女優さんを思い出した。

 「少し前に映画を撮る手伝いをしていた。厳しい世界だ。努力だけでは通用しない。自分を知って良い所を伸ばして、運を呼び込むのに挑戦し続ける。主役を張れる人は華がある。何か得意なことある」

 「んー。体が柔らかいかな」

 「お。凄いじゃないか。体が柔らかいと筋力をつけるだけで身体能力は上がるから、それだけで人と差がつけられる」

 「私、何をすればいいかな」

 「分からない。でも行動することだと思う。頑張れよ。友莉ちゃんのためにも」

 「どうして。お姉ちゃん関係ないじゃん」

 「友莉ちゃんの事、大切に思っているんだろ。姉妹じゃないか。友莉ちゃんも結愛ちゃんの事大切に思っているよ」

 「おじさん凄いね。家族以上に私たち家族のこと知っている」

 「愛から話聞いて、本音で話せていないだけかなと思っただけで、繋いだだけだよ」

 結愛ちゃんが小さな声で「ありがと」

 暫く小波の音が心地よく響く。

 釣竿に付けてある鈴が鳴った。

 「来た」竿を持って合わせを入れて、生体反応を感じる。この竿から伸びている糸の先端には何かがいる。抵抗にあいながら近くまで来た。暗くて何だか分からない。海岸まで引き寄せてみたらウミヘビいや、大きなアナゴだ。アナゴは正直この場では食べられそうにない。

結愛ちゃんが「初めて生きているの見た。もっとよく見せて」と言うから竿の先端を結愛ちゃんに向けた。

「キャー」結愛ちゃんは逃げたけど、興味はあるみたいで腰がひいた状態で触ろうとしている。

愛たちが走ってきた。

「騒がしたかな。これアナゴ結構デカいよ。でもデカすぎて食えそうにないから逃がそうとしたら、結愛ちゃんが触りたいというから、結愛ちゃんの方に向けたらいきなり叫び声あげて、こっちもびっくりしたよ」

愛はそのまま残って結愛ちゃんと話している。二人は打ち解けたようだ。

鈴が鳴った。「何か来た」引きがさっきと違う。「今度はアナゴじゃない」

魚が見えてきた。やった。「鯛・鯛・鯛」

思わず声が出た。おまけに丁度いい大きさ。

 「ヤッター。これは美味しいで」

 愛と結愛ちゃんもやってきて3人ではしゃいだ。正直こんないい魚釣れるとは思わなかった。

 道具を片付けて炊事場で、鯛を捌いた。皆が見ているからちょっと恥ずかしかった。

 愛に「明日は刺身で、残りは帰ってから鯛飯でも作るか」こっそりと話したつもりが、結愛ちゃんに聞かれてしまった。結愛ちゃんも食べたそうだ。

 バンガローには友莉ちゃん家族が入っていった。女性ばかりだから僕は最初から車か適当なところで寝るつもりでいた。

 結愛ちゃんが、遠慮せずに家族に夢でも語ってくれるといい方向に行ってくれるかな。

 風が気持ちよかったから、シートを持って海岸に向かった。丁度眼の前で花火をしていた。流木に座って花火を見ていたら、愛がやってきた。

 気が利く。この時間を一緒に居られるのが嬉しい。二人だけの贅沢な空間だ。

 これが最後。愛と一緒だと、人生の中でこんな奇麗な景色があったのかと思うことが沢山ある。ありがとう。感謝している。

 花火が終わった。小波の音が暗い海岸に規則正しく響く。

 以前ここに来た時、奇麗な星空を見た。ゆっくり寝ころんで見たくてシートをひいた。

 愛と二人でシートに仰向けで寝ころんだ。こうやって横で並ぶのは久しぶりだ。

 空を見上げた。星が近い。大小さまざま数えきれない。星雲を見ているようだ。

 こんな星空見たことがない。数日前の風が空気を奇麗にしてくれたのか。

 愛が手を繋いできた。ぬくもりを感じた。

 「こんな星空、一生のうちそう何度も見られるもんじゃないよ。しっかり目に焼き付けておくんだ」小さな声で呟いた。

 流れ星だ。以前、何とか座流星群を見た。冬空で寒い中見たのを覚えている。それに匹敵する。いやそれ以上かもしれない。

 右手を上げて星を掴もうとした。

 「凄い。ありがとう」

 愛の手のぬくもりを感じて、二人だけでこの星空を見られていることに。

 愛にこの星空を見せてもらっていることに感謝した。

 時間が停まっているような感覚。この世界がずっと続けばいいのに。

 時間は万人に平等だ。水平線が明るくなってきて、星空は徐々に薄くなってくる。

 忘れられない夜だった。

 朝ご飯は愛に手伝ってもらって、飯盒でご飯を炊くのと、昨日釣った鯛のお頭と骨を入れた味噌汁。鯛の半身を湯引きして刺身にした。このひと手間が魚を美味くしてくれる。

「お魚って捨てるところが無いのね」結愛ちゃんは感動していた。

帰り道。実は寄りたい所があった。

30年以上前この近くに来たことがある。最初は友人と来たが、2回目は一人だった。

あの頃は仕事で失敗して一人になりたくてここまで来た。修験者の修行の場の後で、今は観光地化されて整備されたのは最近聞いた。

短いトンネルをくぐった所に車を止めた。女性が多いのは気になったけど、下から見たら距離は短いし、上り坂も以前のようには急ではないようだ。

トンネルの向こうに海が見られる。奇麗な青色だ。木の枝がちょうどいいコントラストをとっている。トンネルを抜けると、水平線まで視野が広がる。青い海には漁をしている船が数隻浮いている。水平線がはっきりしている海から雲が立ち上がっている。空は薄い青が続いている。太陽はほぼ真上にあった。

皆、5人はカメラで写真を撮りながら山へ入った。昔の修験者が彫った観音様立ち並んでいる。大きさは大小さまざまだ。岩をくりぬく形で彫ってある。

皆は観音様を見て驚いている。

この場所は、何で修行の場に選らばれたのかは分からない。来るたびに何か霊的な雰囲気は感じる。大きな神社に通ずる所なのだろうか。今となっては調べる気も無い。

道を上った所に東屋があった。奇麗で、できて間もないようだ。そこで皆にお茶を配って別れた。

背丈くらいの草をかき分けて、微かな記録で道なき道を歩く。

岬に出る尾根があった。ここだ。下り坂になる。途中、尾根から何もない所を降りたらそれがあった。小さな祠の中に小さなお地蔵さん。もう何年も人が来た形跡はない。草と木の枝でお地蔵さんからは海は見えなくなっていた。草を、踏み固め、枝を折り、何とかお地蔵さんから海が見えるようになった。ここから下を見下ろすと断崖だ。

最初にここに来たのは偶然だ。尾根を岬に向けて歩いていたら足を滑らせ転落した。落ちた先がここだった。ここが無かったら断崖をさらに落ちて岩場に激突していただろう。

最後に礼が言いたくてここに来た。

「あなたがここに居なかったら、今の僕は無かったよ。ありがとうな。そして、さよならだ」朝作ったおにぎりと缶ジュースを置いて愛たちが居るところに向かう。

友莉ちゃんの家に着いた。皆楽しんでもらったようで良かった。

結愛ちゃんにはいい思い出ができたみたいで、やたら鯛飯を気にしていた。

皆に別れを言って家に向かった。夏の日差しが車の窓から顔に当たるくらいに傾いていた。本格的な片付けは明日かな。

家に着いたら一部の荷物を片付けて、台所で愛と休憩。

「友莉ちゃんが、妹の結愛ちゃんの事ありがとうって」愛が言った。

「ああ。愛情掛けられてもらえなかった分結愛ちゃんは成長しているよ。これからだ」

「今日は簡単に食事済まして早く寝よう」

正直。疲れた。

食事を済ませ、直ぐに床に就いた。見上げた天井に、愛と見た星空を思い出していた。

次の日は、朝から片付けだ。愛に洗い物を任して、荷物の仕分けとごみの分別やることは沢山ある。

あれ、左肩が動かない。左肩から腕・手が痺れ出した。背中に巨大な錘を背負っているみたいだ。腕に何か絡みついたように痛さと言うより締め付けられている。しゃがんだまま身動きが取れない。息も荒くなってくる。

「ついに来たか」言葉は出ていない。

時間の感覚も無い。愛がやってきてくれた。

少し助かった気分だ。

 愛が「大丈夫」背中に手を置いて尋ねる。

「大丈夫。暑さでやられたみたい。ちょっと休むわ」誤魔化した。

玄関を入って直ぐの畳の部屋に入って倒れこむように寝ころんだ。

愛がタオルと氷を持って来てくれた。礼を言って受け取る。左手の感覚はゆっくり戻ってくる。右手で左腕を触ってみる。感覚が無い。

愛が「左手大丈夫」聞いてきた。

「ちょっと痺れている。何かあったかな」

今度はうやむやにした。

どれくらい時間がたったか、掌から動くようになってきた。そのまま起き上がる

「ありがとう。熱い所で帽子も被らなかったから熱中症にでもなったかな」確かに外は暑かった。また誤魔化した。

やっと体の自由を確認したら、今度は麦わら帽子をかぶって車を洗い出した。愛も手伝ってくれた。

車を洗い終わって家に入ったら、愛の携帯が鳴っていた。結愛ちゃんからで近くまで来ているらしい。

愛に友莉ちゃんに連絡して、迎えに行ってあげてと頼んだ。まだ車で外に出る自信が無い。

愛が結愛ちゃんを迎えに外に出た。近くのバス停の公衆電話かららしく、歩いて行くようだ。

もう一度、体の状態を点検してみる。まだ体全体の怠さは残っている。左腕から掌にかけて痺れて、肩から上に腕が上がらない。痛さは感じられない。痺れも少しずつ引いてきている。時計を見るとこの症状が出てから1時間位の時間がたっていた。

不安と言うより、今度何時また起きるか自分の体に恐怖した。

畳の部屋にお茶を用意して。丁度キャンプの残りでスイカが半分あった。

スイカを切っていたら愛たちが返ってきた。やっぱり結愛ちゃんは汗だくだ。結愛ちゃんの家からここに来るのは上り坂が続く。大変だっただろう。

スイカを出して皆でかぶりついた。

昔は、廃校になった小学校時代以外は自転車で中学・高校と通った。

そんなつまらない事を三人で話し出した。

結愛ちゃんはやたら鯛飯の事を聞いてきた。晩御飯をこのまま家で食べて泊りたい雰囲気だ。僕としては構わないけど向こうの家族もある。2回目は無いと言うことで良いだろう。

もっとも次は無理だろう。最後だから。

二人に鯛飯の作り方を教えた。簡単だ。土鍋で作るのが本当みたいだけど、出汁と醤油みりんと酒、鯛半身から骨を抜いて切れ目を入れてジャーの中へ。後は炊くだけ。

その他のおかずを作る。近所からもらった茄子と玉ねぎの天ぷら。後、味噌汁は油揚げとワカメだけで具が無い。残り物ではこんなものだろう。

「ご馳走様。美味しかった」結愛ちゃんは美味しそうに食べてくれた。

今日は、愛と結愛ちゃんには二人で畳の部屋で寝てもらうことにした。

二人にはこれから先も仲良くやってもらいたい。

僕はそのまま2階に上がって、もう一度あの時の症状を思い出している。疲れが引き金になったのか。長時間、車の運転。暑い中の作業。思い当たる事をいろいろ考えた。

これから先は自分自身体に機嫌を取りながら、疲れがたまらないように気を付けなければ。

愛が、気が付かなければいいが。

次の日。結愛ちゃんを送りに行く事になったが、自転車を車に積むと後部座席を倒さないといけなく、3人は乗れない。愛には留守番を頼んで結愛ちゃんと町の方まで短いドライブだ。

結愛ちゃんが車の中でアイドルを目指す計画を立てている事を言ってきた。

先ずは、ダンス教室に通って。ピアノにするか歌にするか考え中との事だ。

小学生の間は基礎を鍛えて、来年中学生になったらオーディション受けまくる。最終的に都会に出て勝負する。

僕が心配している事を素直に伝えた。少し不安材料も与えた方が、猪突猛進だけでは壁にぶつかって跳ね返される。今の結愛ちゃんは危なっかしい。少し考えてはいるが、このまま突っ走るだろう。

結愛ちゃんの家に着いた。いつ来ても広そうな家だ。自転車を下す。不意に結愛ちゃんが僕の左頬にキスをしてきた。

「私のファーストキスだからね。私がアイドルになったら絶対にテレビで言うから」

「そんなの自分の価値を下げるようなことするな」脅迫なのか何かよく分からない。

人生最大のモテ期だな。ぜんぜん結愛ちゃんに似ていないけど初恋の人を思い出していた。

友莉ちゃんとお母さんが家から出てきた。二人とも申し訳なさそうに、お礼と称してお菓子や野菜・肉。段ボール箱3箱分持ってきた。当分食糧には困らなさそうだ。

結愛ちゃんは「鯛ご飯と天ぷら食べた。めちゃ美味しかった。今度作ってあげるね」二人に自慢している。

「魚捌けないから一生無理」友莉ちゃんに耳打ちしたら、笑っていた。

家路についた。愛が待っている。



浜内 愛

夏休みが終わった。

佳菜子さんの紹介で、喫茶店でウエイトレスのバイトを始めた。満員でも20名くらいの小さな喫茶店。ランチタイムの時間だけ応援。ご夫婦二人で切り盛りしているらしい。

洋食が美味しいらしくランチタイムは、いつも満員で猫の手も借りたかったらしい。

旦那さんを「マスター」。奥さんは「奥さん」と呼ぶようになった。奥さんは佳菜子さんと同じ年で古くからの友人らしい。

やっぱり最初は大変。メニュー覚えて、お皿の並べ方や、料理によってナイフやフォークも変わってくる。お皿の持ち方も教えてもらった。一度に二つの動作をしないといけないと体が付いてこない。常連さんの顔も覚えないと。

やっと働いておじさんに恩返しができる。頑張るぞ。

でも寂しいのはバイトの日は朝9時には家を出て学校が終わるまで家に帰れない。おじさん最近元気がないから心配している。体を動かすのを怖がっているみたい。

バイト始めてから一ヶ月が過ぎた。もうメニューは全部覚えて。常連さんが何を頼むかまで分かるようになってきた。

週4日。火曜日は授業の関係でお休みをいただいている。

奥さんが「最近、昼のランチタイムに若い人が増えた。愛ちゃん効果出てるわよ」と冷やかしてきて。マスターは売り上げに貢献できて感謝してくれている。

時々、時間があるときに、マスターの料理の仕方を盗み見ている。なかなか手際が良くて真似出来そうにない。

マスターご夫婦には息子さんが二人いて。一人は大学生で寮生活をしているらしい。下の息子さんは私と同じ年で高校生だ。二人の学費はご夫婦にとって今一番の悩み事らしい。

佳菜子さんは時々お友達を連れてお昼にやって来る。いつも「ちゃんとやってる」と奥さんに確認する。奥さんは「あなたの想像以上よ」といつも答えてくれる。優しい人。

友莉ちゃんと友莉ちゃんのお母さんも来てくれた。ちょうど人が切れた時で、少し話ができた。

結愛ちゃんがダンススクールに通い始めて秋の祭りで踊るらしい。社会人から小学生まで混成で、小学生なのに高校生と一緒に踊るところもあると自慢していたとのこと。

おじさんには是非見に来てもらいたいと友莉ちゃんは伝言を頼まれたみたい。

おじさん家に一人でいると「気分がめげてくる」と言っていたから喜ぶかな。正直行動派の結愛ちゃんをおじさんに近づけたくないのが本音。こないだおじさんが結愛ちゃんからキスされたって言っていたから。おじさんも簡単にそんなことさせないでと思う。

学校もあまり変わりがない。夏に一度野球部の応援に行ったくらい。いつも友莉ちゃんと行動を共にして、時々帰りに友莉ちゃん家によってお喋りして毎日が過ぎていく。

平穏な毎日。普通に過ごせる日が来るなんて一年前まで思いもよらなかった。

お母さん元気にしているかな。小さい頃に食べたお母さんの作ってくれたオムライスが食べたいな。

マスターが作っているオムライスも美味しそうだ。今度の週末にもおじさんとバイト先に行けるか聞いてみよう。もし行けたらオムライス注文して、おじさんには何がいいかな。普通にハンバーグのセット進めてみよう。

家に帰ってきた。何時も玄関に入るといい匂いがする。これで、最近太ってしまった気がする。晩御飯が、おじさんと一番接する時間。今日はいろいろ話をしよう。

週末、おじさんと二人でバイト先の喫茶店へ。ランチが終わる昼過ぎがゆっくりできるからと遅めの昼ごはん食べに行く。

おじさんはお菓子屋さんへ寄って詰め合わせの箱を1個買ってお土産と称し奥さんに手渡していた。

マスターも奥さんも、履歴書や佳菜子さんからの情報で血の繋がりは無いことは知っている。

空いているカウンターの奥の席に二人並んで座った。奥さんがお水を持ってきてくれて「注文は」。私は決めていたから「私はオムライス。おじさんはハンバーグのセット」

マスターがおじさんに「もしかして山辺さん」。おじさんは不思議そうな顔で「はい」と答えた。マスターはおじさんを知っているけど、おじさんはマスターを知らないようだ。

「高田です。中学の後輩の」

「あ。若く見えるな。僕なんかとは大違いだ」おじさんは思い出したようだ。

おじさんとマスターは40年ぶりだと昔話をしだした。

奥さんは同級生佳菜子さんの事もあって、意外なところの繋がりに驚いていた。

マスターは先輩だと言っていたが、確かに敬語を使っている。初めて聞いた。

話が中断して、マスターは料理を作り出した。先にオムライスが来た。

デミグラスソースがかかっている。卵もフワフワで、お母さんのケチャプかけのオムライスとは全然違う。美味しそう。

ハンバーグは2個入っていた。2個の内1個の半分をナイフで切って私のオムライス皿の上に置いてくれた。ジューシーでデミグラスソースを付けて食べると美味しい。

食べ終わってコーヒーのサービスまで。

おじさんは「また来る。愛を頼むな」とお礼を言っていた。

私も「来週もよろしくお願いします」と言っておじさんと一緒に店を出た。

「美味かったな」

「ん」

二人で並んで駐車場へ向かって歩いた。

暫くしてこの地方最大の祭り。

私は、唯さん、友莉ちゃんと駅で待ち合わせ。おじさんは、後で合流することになった。

時間通り駅に皆が集合した。結愛ちゃんが出演する会場まで屋台や出店を廻って途中の公園の噴水でおじさんと待ち合わせ。私と友莉ちゃんはクレープを買って、唯さんはたこ焼き、私たちも1個ずつ貰って食べた。

待ち合わせの噴水。おじさんはベンチに座って結愛ちゃんと話をしている。

え。なんで結愛ちゃんが居るの。慌てて駆け寄った。不安を感じた。

「おじさん・結愛ちゃん一緒に居たの」

「さっき来る途中で会って、ダンスの見所聞いていたんだ」ちょっとホッとした。

「どうした怖い顔して」おじさんが

「え・え・え」おろおろして恥ずかしい。

友莉ちゃんと唯さんも来た。二人からも笑われた。どこまで知っているのかな。

結愛ちゃんのステージ光っていた。それに熱かった。やっぱり他の人達に比べ目立っていた。おじさんも褒めていた。

秋も深まってきた。初めてのお給料は貯金とおじさんにホントはセーターを編んであげたかったけど、マフラーを作ってあげる材料を買った。ゆっくり奇麗な編み方で時間をかけて作るつもり。喜んでくれるかな。

最近、仕事に行く前、バイクでコスモスの花畑を通るのが大好き。バイクで走るとあっという間に通り過ぎる。ゆっくり歩いてみたい。

おじさんに話したら、週末に一緒にコスモス畑に来た。

先に何人か来ている。おじさんはカメラを持って一人であぜ道に入って行った。ここから見たら花の中を上半身だけが浮いている様に見える。おじさんはさらに奥の方に行って私を呼んだ。わたしもおじさんの後を追う。

「そこで廻って」立ち止まってくるっと、廻る。写真撮っている。

佳菜子さんには私の写真、人気がある。私にいろいろ奇麗な服を買ってくれる。ワンピースがお気に入りで、季節の変わり目に買い物に連れて行ってくれる。

おじさんが言っていた「佳菜子さん子供が作りたくても出来なかった。治療を何年もやって辛かったみたい。ついには諦めた。その分愛情を愛に掛けている。それが佳菜子にとって嬉しんだ、しっかり甘えさせてもらって。仲良くしてやってくれ」

何時も明るい佳菜子さんも辛いことがあったんだ。兄妹って羨ましい。

コスモスの花の近くで、おじさんが近くに来て写真撮ってくれた。今度は私がカメラ持っておじさんを取ってあげる。教えてもらったけどまだ上手く撮れない。

「休みにまた景色見に行こうか」おじさんは、今回楽しかったようだ。最近あまり外に出ていないみたいだから良かった。

バイトから学校に行こうとして外に出た。男の人が声をかけてきた。店に来るお客さんで顔は知っているけど名前は知らない。

手紙を渡されたけど、はっきり言った。

「私、好きな人がいます」

男の人に手紙を返した。

「またご飯食べに来ていいですか」男の人は寂しそうに言った。

「いつでも来てください」営業スマイルで言ってみたけど、困る。

学校に行ったら、唯さんと友莉ちゃんにこの事を話しした。

唯さんは「そっちは無理だわ」

学校では唯さんと友莉ちゃんが私の事ガードしてくれている。もともと女子も少ないし目立つから。「好きです攻撃」が沢山ある。唯さんも友莉ちゃんも、入学した時に経験済みで、時期が来れば修まるらしい。

唯さんはちょうど彼氏さんと付き合い始めた頃で。友莉ちゃんは男の人に興味が無かったみたいで、私と一緒に居るのが良いみたい。一生友達でいたいからこの二人とは。

唯さんから「お店の人には言っておいた方がいい。ストーカーとかになると怖いから」と言われ明日奥さんに相談してみる事にした。

「おじさんにも話した方がいいよ。もしかしたら嫉妬するかも。でも何かあっても何とかしてくれるよ。外見はダサイけどそういう所が惚れちゃうんだよな」

「ええ」顔が真っ赤になっているのが分かるくらい恥ずかしい。

家に帰って、おじさんには今日有った事を報告した。なかなかの名演技と褒めてくれたけど。反応は何もなかった。好きな人は居るのに。ちょっと不機嫌になった。

朝晩が寒くなってきたある日、おじさんと話をしていたらお母さんの話になった。前にも話したけど、お父さんとお母さんは同じ年で都会に出てきてお互い働き出した。お父さんが働けなくなって、お酒飲んで暴力振るうようになってからは、私以上にお母さんは大変だったと思う。だけど最後には私も、全てを捨てて何処かへ行ってしまった。

おじさんは「もしお袋さんが、愛の元へ帰ってきたらしっかり受け止めてやってほしい。

愛はもう大丈夫だ。まだ人の助けは居るとは思うけど、お母さんを大切にしてやってくれ」

深刻な話を言ってきた。

 お母さんを恨んでなんかいない。感謝しているし、ずっと会いたいと思っている。今どこに居るのだろう。元気にしているかな。

 その週末。おじさんと紅葉を見に行った。

 車で行ったら15分くらいの近い所。近くを流れる川の上流にある橋の両側に紅葉が広がっていた。

 今回はカメラを持ってこなかった。夕方からライトアップされるらしい。暗いからカメラも役に立たないみたい。

谷間の日が落ちるのは早い。おじさんは夏休みになるとこの橋を下に降りた所にある淵で毎日泳いでいたらしい。当時はここの紅葉がこんなに綺麗だとは思わなかったみたい。

今は人しか通れなくなった古い橋と、下からライトアップされた紅葉が幻想的。

人が沢山いるからおじさんは細い道を降りて行った。一緒に付いていく。少し開けた所で腰を落ち着かせた。

橋を斜め下から見る角度。古い橋から上の紅葉がライトアップされて暗い闇の中から浮き出るように鮮明に見える。

おじさんが「もし僕が居なくなったらどうする」意味不明な質問をしてきた。

「分かんない。居なくなっても付いてくよ。ずっとおじさんの横に居たいもん」

「僕も」

やった。嬉しくておじさんの腕をつかんだ。その時、橋下の水面が見えた。水面が鏡になって紅葉が映っている。光の強弱がぼやけて幻想的で水墨画みたい。

おじさんの寂しそうな眼。

 おじさんの腕をつかんでいる手を放して今度は首から肩にかけて私の腕を回した。おじさんの息、心臓の音まで聞こえてきそう。

 「ありがとう。このままぬくもりを感じさせて」おじさんは片腕で私の体を支えてくれて、もう片腕手を持って、私を楽にしてくれた。私もおじさんのぬくもりを感じている。

 どれくらい時間がたったか「戻ろうか」おじさんはそのまま手を繋いで狭い上り坂を登って家路についた。

 バイクの通勤通学につらい季節になってきた。おじさんは「雪になったら危ないから休め」と言っている。まだ雪が積もったり凍ったりするにはもう少し先みたい。

 その日は風が強かった。学校が終わって日はとっくに沈み、何時ものように、唯さんと友莉ちゃんと別れ家路についた。

 家に着いた。おかしい家の電気が点いていない。『おじさん居ないのかな』玄関も鍵が掛かっていた。何時も開いていて、私が中から鍵を閉めていた。

 台所に行って電気を点けた。

 おじさんが倒れている。

 おじさんの所に行く。意識が無くて動かない。息はしている。

 佳菜子さんに電話をかけた「直ぐに救急車呼びなさい」佳菜子さんも動転している。

 救急車が到着して、おじさんはストレチャーに乗せられ救急車に運び込んだ時に佳菜子さんが来た。行先の病院を伝え、私は救急車で同行して病院まで。佳菜子さんは後から追うからと。

 病院に着いた。

 おじさんは意識を取り戻した。まだ朦朧としている。

 診察のためおじさんが一人で診察室へ運ばれた。待合室一人で居ると佳菜子さんがやってきた。

 「どう」佳菜子さんが聞いて来たけど何も分からない。

 「意識は戻ったみたいだけど、今診察室へ入って行って分かんない」佳菜子さんは少し安心したようだ。

 待っている間、時間が長く感じられた。

 医者から呼ばれた。

 おじさんは点滴をしている。

 医者からの説明では他の病院を受診しているから詳しい病状は分からないらしい。簡単な検査をしたけど異常は無いようだ。今の点滴は栄養剤みたいなもので1時間ほどで終わるらしい。受診している病院で詳しく病状を聞いてもらいたいようだ。

 おじさんは点滴を終えて診察室から歩いて出てきた。

 佳菜子さんはおじさんに詳しい状況を聞こうとしたけど、明日大きな病院に行く事になった。

 佳菜子さんの車で家に帰ってきた。

 おじさんは「迷惑かけたな」佳菜子さんに言っていた。

 家に入って畳の部屋に二人で入った。

 「おじさん大丈夫」聞いてみた。

 「明日、病院で医者から詳しく話を聞いてみてくれ」はっきり答えてくれない。

 思いつめたような顔。深刻なようだ。

 その日は不安で眠れなかった。

 次の日、佳菜子さんの車に乗せてもらってこの地区では一番大きな病院に来た。

おじさんは診察に入った。

検査で暫くおじさんは検査室へ。待っている間にお医者さんから呼ばれた。

お医者さんはおじさんの病状を説明しだした。脳と肩に腫瘍が有るらしい。肩の腫瘍は命には直接影響は無いし手術をすれば取り除けるらしい、だけどおじさんは手術を拒んだらしく現状のまま。

問題は脳の腫瘍で神経の奥にあって手術では取り除くのは無理なようだ。

最後に、今の状態では何時亡くなっても不思議ではないらしく、検査結果によっては入院してもらわないといけない。

「もって数か月」

この言葉しか頭に残らなかった。

私も佳菜子さんも言葉を失った。

待合室に戻り椅子に座った

佳菜子さんは小さな声で「最近のお兄ちゃんのおかしかったのこのせいね」呟いた。

私の見えている世界から色が消えていく。体が重い。

おじさんが検査を終わって待合室に戻ってきた。3人は椅子に座っているだけで無言だった。

お医者さんから最後の説明を受けて家に帰った。

3人で畳の部屋に入った。

佳菜子さんは目に涙をためながら「何で言ってくれなかったの」声を絞り出した。

「すまん」おじさんは小さな声で。

3人とも会話がない。佳菜子さんのすすり泣く声が狭い部屋で響いている。



山辺 靖

愛がバイトに行きだした。家を出るのが、朝9時ごろで帰りは夜だ。大変だと思うけど頑張っても欲しい。佳菜子の友人がやっている喫茶店のランチタイムだけ。お手伝いみたいな仕事だけど、どんな仕事も最初は言葉を覚えることから入る。努力して頭に叩き込むしかない。暫くの我慢だ。

僕の体はあれから変化はない。医者にも行ったが、いつ同じような発作が起きるか分からないようだ。ただ前回の発作の状況を説明したら、肩の腫瘍の影響だから命には直接関係ないかもしれないとの事だった。頭の方は時限爆弾を抱えている。時計はもうロスタイムに入っている。

暫くして結愛ちゃんがこの地区で一番大きな祭りのステージに出演するらしい。僕に見に来てほしいらしい。愛が少し不機嫌そうに言っているのが面白い。

そうだ、以前結愛ちゃんがふざけてキスされたことを言ったことがあるが、その時も愛は不機嫌そうだった。

愛が世話になっている喫茶店へ行く事になった。ゆっくりできそうなランチタイムが終わってからがいいみたいだ。食べるものは愛に任した。

愛が世話になっているお礼をして、カウンター奥の席に二人並んで座った。

ご主人から話しかけられた。どうやら僕を知っているようだが、僕は彼を知らない。どうやら中学の時の後輩なようだ。名前を聞いてやっと思い出した。

僕が中学生の時、校内暴力全盛期。市内の中学どうしで喧嘩をするのが流行っていた。5人ほどいたメンバーで僕が3年生の時2年生の後輩だ。

当時の話になった。番長と呼ばれた国立は建設会社の社長になっているそうだ。30年前バブル全盛期に町でばったり会った記憶がある。もっとも他校との喧嘩も3年生の夏休みから僕は参加しなくなった。一人で居るのが好きになったからだ。

ご主人の高田によると、あれから他校との喧嘩は無くなったらしい。

懐かしかった。奥さんも佳菜子と高校の同級生らしく意外なところで繋がりがある。

やっぱりプロが作る料理は美味しかった。ハンバーグ通常1個のところ2個入れてくれた。半分を愛にあげると喜んでいた。

店を出るとき高田に「また来る。愛を頼むな」あいつなら大丈夫だろう。

秋祭り。以前はこんなに大きくなかった。道を交通止めにして会場にしている。興味が無かったから来たことがない。人込みもあまり好きでは無かったからだと思う。

愛は唯ちゃんと友莉ちゃん待ち合わせをしているから僕より早く家を出て行った。

少し遠くに車を止めて歩いて会場に向かう。

会場の一部になる公園を横切るように歩いていると、踊りの練習をしている集団の中に結愛ちゃんが居た。久しぶりで少し背が伸びたように見える。少し見ていると休憩に入ったようだ。結愛ちゃんがこっちに来た。

「おじさん来たの直ぐに分かった。少し待っていてね」と言って集団の中に戻って行った。

すぐに結愛ちゃんはバックを持って、戻ってきた。

「集合時間まで時間あるから、祭り楽しまない」結愛ちゃんは僕と居たいみたいだ。

「もう少ししたら愛たちと待ち合わせだから」

公園の真ん中にある噴水に向かって二人で歩いた。ベンチが開いていたからそこに座った。待ち合わせ時間まで15分くらいだ。

結愛ちゃんと今回のステージの見所を聞いてみた。踊りの上手な5人に選ばれ、5人が中心になって踊るところがあってどうしても見てほしいらしい。

気付いたら愛が目の前にいた。

なんか必死な表情で話しかけてきた。

「おじさん・結愛ちゃん一緒に居たの」

「さっき来る途中で会って、ダンスの見所聞いていたんだ」

「どうした怖い顔して」聞いてみた。

唯ちゃんと友莉ちゃんも来た。

愛はどうしていいか分からに様で顔を真っ赤にしていた。感情が顔に出ている。地元に帰ってきてから、依然と比べ表情も出るようになったし明るくなった。

結愛ちゃんのステージは、踊りの世界は分からない。ただ結愛ちゃんは目立っていた。

愛が9時頃家を出て仕事に向かった。洗い物をしていた時。急に来た。左手の力が抜けて持っていた皿を床に落とす。左半身が鈍い痛さで脂汗が出てくる。前の発作と同じ。畳の部屋で横になる。歩くのには影響は無いようだ。左手は動かない。

やっと回復してきた。前回より時間がかかった。完全に回復するまで2時間近くかかった。前回の発作から3ヶ月、回復までの時間を考えると病気は進行している。ただ医者が言うにはこの症状は肩の腫瘍が原因で、脳の腫瘍には直接関係は無いらしい。

愛から学校に行くまでにコスモスが奇麗に咲いている所があるから佳菜子に買ってもらった服で写真を撮って見せたいと頼まれた。

佳菜子と愛もうまくいっている。佳菜子には、迷惑かけっぱなしで申し訳なく思っている。子供ができなくて治療していたが、駄目だった。男の僕には分からないが、大変だったようだ。その分愛に愛情を注いでくれている。ありがたい。

愛が休みの日に、コスモス畑に来た。休耕田をコスモス畑にしている。ここの畑は僕の知っているかぎり一番広い。あぜ道を歩くと花の中を歩いているように見える。人を撮るのは苦手なのだが、愛を撮るのは日課になってきた。やっぱり奇麗に撮ってあげたい。

今回は、愛にいろいろ動いてもらった。少し上から、斜めから。あぜ道が映らないように工夫してみた。

考えて写真を撮ると、また愛を撮りたくなる。最近唯一の楽しみだ。

死ぬと分かってからの日々が明るくなった。

愛を介して人と接することも多くなった。とても助かっているし、感謝している。

今度、久しぶりに橋の紅葉を見に行ってみようと思った。子供のころ夏休みに泳ぎに行ったところの上にある橋。夕方からライトアップされて最近秋になると人が集まるようになった。人伝で聞いて一度見に行ったことがある。子供のころ秋の紅葉がこんなに奇麗だとは思わなかった。

週末、愛と一緒に橋に行ってみた。やはり人が多い。橋の向こう側に渡った所で橋の下にある淵へ降りる道がる。地元の人しか知らない道だ。この下には人は誰もいないだろうと細い急な道を愛の手を持って降りる。

途中に開けたところがあり、そこからは橋を斜め下から見られて、淵も見える。

倒れた木の上に座った。

薄暗く紅葉を見ていた。せつなくなってきた。何故だか分からない

「もし僕が居なくなったらどうする」

言ってはならないことを言ったと思った。

聞いてはいけないことを聞いたと思った。

愛は「ずっとおじさんの横に居たい」

「僕も」今は気持ち素直に言葉にできる。

愛は僕の気持ちが高ぶっているのが分かったのか体を持たれ掛けてきた。今度は逆に僕が愛を支えてあげる。

愛のぬくもりを感じた。

「ありがとう。このままぬくもりを感じさせて」

家に帰って会話は無かった。

もうすぐ初雪が降る時期になってきた。

自分の体の不調を感じた。今までの発作ではない。睡魔に襲われたように意識が薄れていく『なんだ』

気が付いたら病院のようだった。まだ事情がよく理解できない。体も重い。医者らしき人が僕の名前を呼んだ。喋ることもできる。

医者に他の病院を受診していることを話した。

医者から栄養補給用に点滴うって帰っていいようだ。

次の日何時行っている病院へ行く事になった。僕の病状も分かるだろうし、寿命も。

佳菜子の車に乗せてもらい、病院に来た。

僕は診察をして検査を受けることになった。医者には妹と親戚が来ているから医者に言って病状を説明してくれようにお願いした。

検査を終えて待合室に帰ってきた。二人の顔を見て全てを知ったことを悟った。

3人とも無言だった。

家に帰ってきた。静かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る