第2話世界【ふたり】

山辺 靖

 荷物を部屋に入れて、必要な物だけ箱からだす。僕も愛もこの3日間いろいろありすぎたな。腰を下ろして壁にもたれて深呼吸する。

 愛はまだ箱を開けて荷物を物色している。

 明日もう一日休んで明後日から撮影所に行こう。

そうだ、撮影所の担当さんに電話をして、明後日から仕事ができると言わないと。

電話をかけたら明後日からの撮影はロケで現地集合らしい。それと、高校生くらいの学生を知らないか聞かれて、男か女どちらでもいいという事なので、愛がちょうどいいなと思って「心当たりはあります」答えた。

担当さんは学生さんが試験であてにした人たちが来られなくて。役は登校時の主役の人の後ろを歩く学生役で、衣装もあるらしい。

目の前にいる愛に聞いたら。ちょっと戸惑いながら「歩くだけ」と言ったら首を縦に振った。「行けます」と答えて電話を切った。

アパートに帰ってきてからの愛は、何かが変わったようだ。時々微笑みながら体を動かしている。

夜も晩御飯の時に撮影の事を聞いてきて、何時もは怯えたようなそぶりを見せるのだけど、積極的にどういうことをするか聞いてきた。

ここでは安心するのかな。でも、僕からしたら逆におかしくなったのではないかと思えてくる。良いか気にしないでおこう。

朝、起きて朝食を食べて天気がいいから図書館に行くことにした。愛の足の怪我も湿布も取れて腫れも完全に引いたようだ。

図書館に付いたら開館したばかりで人もあまりいない。

受付の人に挨拶したらいきなり呼び止められた。愛がどうも不審人物になっていたようで説明を求められた。

「ちょっと事情があって学校には今行ってないんですよ。ここ人がいて安全ですから。それに気晴らしにもなるし。家の中で引き籠るのもいけないと思ってここに来るように言っています」

受付の人と思われる人は「すいません。変なこと聞いて」と納得したみたいだ。

窓際のおじいさんと目があった。挨拶すると今度は、小さな子供がこちらのほうに駆け寄ってきて足に抱き着いてきた。思わず苦笑いしておじいさんのほうを見た。

おじいさんが「こら。こっちに来なさい」と手招きしたら子供はおじいさんのほうへ駆けていった。

おじいさんと話ができる場所へ座って喋りかけた。「おじいさんのお孫さんですか。かわいいですね」

「私の孫なんだけど、人懐っこくて誰でも付いていくから困って。大変だ」

にっこりして返事した。

そうだ、愛を探したら先に本を探して奥のほうに一人で本を読んでいた。

「愛。このおじいさんのお孫さんなんだ。友達になってあげて、良かったら絵本でも読んであげなよ」

愛は膝を折って子供と同じ目線で微笑みながら「絵本選びに行こう」手をつないで絵本コーナーへ行った。

僕は映画の本でも見ようと思って雑誌コーナーへ行って数冊の雑誌を手に取って歩いているとロビーの方で愛が子供に絵本を読んであげている。奇麗な声だ。子供は自然に絵本に引き込まれている。

昼前に図書館を出て当分の食材を買いにスーパーへ。

愛が「肉じゃが作る」と言ってきた。

「大丈夫か、ほんとに作れるか」と半分笑いながら答えた。

おやつに3個入りのプリンを買い物籠に入れたら愛が微笑んでいた。プリンが好物なようだ。

帰りに公園によってベンチの上にプリンをベンチに置く。

愛に「競争だ」10mくらいの所に愛を立たせて僕は20mくらいの所に立って「よーいドン」二人ともプリンの置いてあるベンチに走る。愛は走るのが苦手なようだ。追い付いたけど、僕はわざと転んだ。

愛は「やったー」と言って高々とプリンを突き上げた。こっちを見たら我に返ったようで「おじさん大丈夫」駆け寄ってきた。

「大丈夫だよ」笑えてきた。愛も笑っている。初めて笑っている顔を見た気がする。

部屋に帰って夕方から愛が肉じゃがを作り始めた。真剣な表情だ。

出来上がったみたいだ。味見してみる。ちょっと醤油が多いような。愛も味見してみると失敗を認めた。

僕が余った玉ねぎを切って鍋の中に。

「こうするとそれなりに食べられるよ」

どんぶりにご飯をよそい上にできたものを乗せる。「肉じゃが丼の出来上がり」

なかなかイケてる。

プリンを食べながら、明日の撮影の話になった。衣装が着られるのが楽しみのようだ。

ロケは学校の校門の前で通学風景を撮るよだ。担当さんに聞いたら集まったのはぎりぎり撮影ができる人数らしい。愛を紹介すると「娘さんですか」と聞かれたけど「知り合いの子供」と答えた。他のエキストラの人と一緒に控室に行った。

僕は例によって邪魔な物の片付けと掃除だ。

しばらくしたら愛が衣装のブレザー制服を着てやってきた。愛がくるっと一回転回って「どう似合っている」

手を丸くして合図をして返事をした。

担当さんの上の助監督さんが「娘さん、できるだけ映るところにしますね」

助監督さんは僕の娘と勘違いしているようだ。

助監督さんは20人近くの人に歩く場所や行先細かく指示をしている。何回か全体で動きの確認をして主役の人が来るのを待つばかりの状態になった。

主役の女優さんとその友人役の女優さんが来た。監督さんと細かな打ち合わせをしてカメリハ開始だ。現場が緊張に包まれる。

監督さんの「スタート」「カット」何度見てもカッコいい。憧れの職業だ

モニターを確認していると、助監督さんが僕の所に来てブレザー靴とカバンを渡されて。

「これを着て先生役で歩いて下さい。娘さん目立ってしまって。ちょっと後ろを歩いてもらいます」

僕が愛の前を歩いて3m程後ろを愛が歩くことになった。

愛は微笑んでこちらを見ていた。

監督さんの「スタート」で本番。「カット」監督さん出演者さんたちがモニターをチェックして監督さんの「OK」がでた

校門前でいくつか出演者が変わって別のシーンを撮って夕方には今日の予定は終了した。

撮影機材の片付けをしていると普段着に着替えた愛が来てくれて手伝ってくれた。

また助監督さんが僕の所に来て愛に学校のシーンに何カット出てもらいたいらしく確認しにきた。愛に聞いてみるとセリフが無かったら良いみたいなので助監督さんに返事をした。助監督さんは「担当から予定を連絡させるのと今日の衣装キープしておきますね」愛のほうを向いて言ってくれた。

愛は目を丸くして驚いている様子だった。

後で聞いた話だけど女優さんの後ろを歩いている愛の表情が女優さんに引けを取らないくらいに目立っていたらしく、間に僕が入り愛を目立たなくしたとのことだった。

その日の夜、愛はテンションが上がり何時もに無く喋った。それによく笑っている。

数週間前は、喋ることもできなくて表情なんて無かった。良かった。

あと半年か、いつまで一緒にいれるかな。



浜内 愛

おじさんのアパートに着いた。こっちでは二人で荷物を運んだ。力仕事苦手だけど二人で頑張った。荷物は部屋の中に一旦入れたのは案外と早かった。

おじさんから「狭いから必要な物だけ出して箱のまましばらく積み上げて置いておこう」と言われた。

おじさんは食器やドライヤーなんかを出してキッチンの下や風呂場に置いていく。てきぱきとして動きが早い。

私は勉強の道具は箱の中に入れたままにして、服を出さないと。今まで家、出るときに着た服と持っていた服におじさんから借りているスエットだけだったから。あまり着替えできなかったけど、これで思いっきり外に出られる。おじさんと一緒に歩けて色んなところに行ける。

そうだ、編み物の道具も持ってきた。自分で使えるお金ができたら、糸を買っておじさんにセーター編んであげよ、それまで箱の中に。

考えてみると、おじさんいつも一緒の服をローテションして同じ服ばかり。このアパートも荷物が少ない。いつかこのアパートも出るって言っていた。どうしてだろう。

私が片付け物をしていると、おじさんがスマホで何処かに電話している。こちらを見て「撮影で人が足らなくて衣装もあるみたいだから一度エキストラに出てみるか」と聞かれた。どうしよう不安に思っていると、おじさんが「歩くだけみたい」と言われOKの返事をした。

撮影。どんなことをするのだろう。初めて本物の俳優さんを見る。おじさんはどんな仕事しているのだろう。

おじさんに聞きたいことが沢山ある。

明後日が楽しみ。

次の日は、気分転換にいつも行っている図書館へおじさんと二人で。

おじさんは受付に行って受付の人と話をしている。私は目当ての本を見つけていつもの席へ。

暫くしておじさんが小さな子供を連れてきた。男の子か女の子か分からない。

おじさんが「愛。あそこのお爺さんのお孫さんなんだ。友達になってあげて、良かったら絵本でも読んであげなよ」

可愛い。

「名前は?」「ユウ」と答えてきた。名前からでも男の子か女の子か分からない。

「ユウちゃん絵本選びに行こう」手をつないで絵本コーナーへ。ユウちゃんは一冊の絵本を取ってキッズコーナーで絵本を読んであげた。

帰りにユウちゃんが「お姉さんありがとう」と言われた。人から感謝されると照れるけど気分がすがすがしい。

食材を買いにスーパーへ。今日は肉じゃがに挑戦。料理本を見てイメージは出来上がっている。ワクワクする。

ほかの食料品を買っていたら、おじさんが3個入りのプリンを買い物籠に入れた。わぁプリンなんて何か月ぶり。何時食べるのかな。

帰りに公園で、おじさんとプリン争奪競争をして私が勝った。だいぶハンディもらったからかな。それにおじさん転んじゃってラッキー。

肉じゃが作り。イメージ道理にできたと思ったけど、おじさんと味見したら醤油の量を間違ったみたい。お母さんが作ったのとは色も少し黒っぽい。恥ずかしい。

おじさんが、玉ねぎを切って鍋に入れて少し煮込んでご飯の上に肉じゃが乗せて丼にした。玉ねぎに醤油がしみて美味しい。

おじさん曰く「電気だから火加減が分からなくて水分が蒸発して塩辛くなった」らしい。

次は頑張ろう。

プリンを食べながらおじさんに「明日はどんな衣装着るのかな」聞いてみたけど、おじさんはあまり衣装については分からないみたい。

翌日の撮影は現地集合。おじさんと一緒に現場に着いたら、おじさんはすぐにてきぱき働きだした。私は他の人たちと更衣室になっている教室らしきところで衣装を渡された。着替えが終わったけど、これでいいか分からなくて鏡の前にいると。知らない女の人が「山辺さんの娘さんね。いつもお父さんには力仕事頼んで助かっているの。手伝ってあげるね」

お姉さんは「制服きちっと着すぎね。ここを緩めて。スカート上げて。ちょっとここ座って」鏡の前の椅子に座った。

「はい。これあげるから自分でぬってみて」淡い桜色のリップクリームを渡された。その間にお姉さんは髪を整えてもらった。

お姉さんにお礼を言ったら他の人の所へ行ってしまった。

更衣室の外に出たら、男の人の指示に従って下さいと言われて集団で移動した。おじさんがいた。おじさんの近くに行って一回転して「どう似合っている」と言ったら、おじさんは腕で大きな〇を作って答えてくれた。

男の人から最初に立っている位置、スタートで歩くコースを指示されて。歩くスピードも前の女優さんに合わせてと。できるか不安だった。

カメラの向こうにおじさんを見つけた。おじさんを見て歩こう。

練習で女優さんたちと歩く。暫くすると、おじさんが衣装を着てやって来た。

おじさんが私の前を歩くみたい。

監督さんの合図で歩き出す。おじさんの背中しか見えない。違う、おじさんの背中が大きいのかな。カットがかかっておじさんが止まって私も止まった。おじさんがこっちを見て目で『良かったよ』って合図してくれたように思えた。

撮影が終わって衣装を脱いで返却しているときにお姉さんが来て。

「あなた凄いわね。モデルか何か経験あるの。後で山辺さんにもあなたの素質言っておくからね」

何のことか分からなかったけど、お礼だけは言っておいた。

外に出たらおじさんが機材や他の物を片づけている。帰りも他の人たちと違っておじさんと一緒だから手伝いに行く。

おじさんが「衣装可愛かったよ。似合っていた」と言われ嬉しくて顔がほころんだ。

男の人が来て「またでてほしい」と言ってきた。驚いてちょっと恥ずかしかったけど、またおじさんとお仕事ができるのが嬉しい。

今度はおじさんと手を繋いで歩けないかな。

部屋に帰ってきて、夜おじさんと沢山喋った。こんな楽しい時間初めて。



山辺 靖

愛の初めての撮影からずいぶん日にちがたった。2回目は先日あって僕の出番は無かったけど、愛は立派にエキストラの仕事をこなしている。

肉じゃがも再度挑戦して美味しく出来上がった。「美味しい」と言った時の愛の表情ははちきれんばかりの笑顔だった。

肉じゃがが成功した日の夜に、愛に食費を渡して「これから食事も作ってみるか」と言ってみた。

愛は「やってみる。やりたい。絶対する」と変な返事をしてきた。

その2日後から愛の手料理は始まった。正直僕が作っていた時よりバラエティ豊かだ。それに栄養も考えている。予算も考えて出納帳もノートで作って一人でやりくりしている。

愛は、やれば何でもできる子だと認識した。

僕の方は撮影で助監督さんから台本を渡された。

助監督さんは「江口(担当さん)はどうしても現場経験が少なくて、山辺さんがフォローしているのを皆が知っています。監督からも山辺さんをうまく使ってほしいと頼まれたもので。是非、頑張ってください」

どうやら担当さん厳しいみたいだな。僕が愛の自宅に行って休んでいるとき現場がストップしそうだった噂が広がっている。この世界は、仕事は教えてもらうより仕事を先輩から盗めの世界だ。受け身になったら先を越される。

今日は、休日で朝から愛は図書館に出かけた。僕は台本見てから行く予定だ。

台本をもって図書館へ向けて歩き出した。暖かくなってきたな。もうすぐ桜が咲くころだ。これが見られる最後かな。日本という国は四季がある、ここに生まれてきてよかった。毎年見てきた桜も最後となると奇麗な桜みたいな。

図書館に着いた。中に入ったらロビーで愛が絵本を読んでいて、愛の前には10人ほどの子供達が座っている。何で子供の数が増えているのかよく分からなかった。何時かの受付の人が来て「春休みになって子供の数が増えて助かっています。愛さんほんとに声が奇麗で子供たちもいつも楽しみにしています」

愛も大変そうだけど楽しそうだ。

僕は台本を持って窓際の席について台本のチェック。暫くして愛がこちらに来た。子供も何人か付いてくる。

「おじさん子供たちが春休みで増えて大変。ユウちゃんもいっぱいお友達増えてお爺さんと一緒に図書館に来るのが楽しみなんだって」愛も嬉しそうだ。

春休み。愛は高校生のはず学校はどうなっているのだろう。気になることもある。一度学校に行かないといけない。春休みが終わると2年生になるのか。学校も卒業しないと。

その日の夜に愛に学校の事を聞いてみた。

お袋さんが居なくなってから、行ってもいないし連絡も取っていないらしい。愛が住んでいたところから歩いて4・5十分の所らしい。自転車でも時々通っていたらしいが、歩くほうが好きで歩いて通っていたとのことだった。

酷だと思ったけど虐め事も聞いた。

虐めの首謀者は小中学と同じ学校を卒業した女の子で、昔はよく一緒に遊んだらしいけど高校に入ってからは同じクラスでもしゃべらなくて、2学期くらいから急に目つきが変わって虐められるようになったらしい。

虐めている方にもなんかあったな。

愛に今度の休みに学校に行ってみることを言った。高校はいつか卒業しないと、手続きの事もある。行かないと辞めるのか、退学なのか状況が変わってくる。愛も納得してくれた。

それからは愛から図書館でのことを一方的に聞かされた。驚いたことに子供たちの顔と名前を全員覚えているようで、僕は人の名前を歳のせいか覚えられなくて苦労しているのに、凄いと思いながら若さが羨ましかった。

ユウちゃんは結局女の子で両親が共働きで保育園に行けるまでお祖父さんとお祖母さんが面倒を見ているみたいだ。

最後に僕から。田舎に帰ったら交通の便が悪いから原付免許取ったらどうたと尋ねてみる。愛は二つ返事で「やる」と言ってきた。早速、ネットで調べ始めた。

最近愛は、図書館の本とネットでいろいろ調べ物をしているらしく、料理の情報は殆どネットで調べているようだ。そう言えば以前、動画サイトで魚の捌き方を見て実践したことがある。

桜が満開を迎えたころに休みが取れた。天気も晴れて風もない日に愛の通っていた高校に向かっている。時間を遅く出たのが間違えで後悔した。都会の満員電車の時間帯だ。僕も愛も駅に着くたびに人の流れに流されてしまう。愛が最後には、しがみ付いてきた。都心の駅を降りて別の路線に乗り換えたら始発駅のせいか逆にゆったり座れた。

愛は高校に通っていたころの話をしだした。一学年5クラスで、勉強よりクラブ活動が盛ん。夏の全国大会に一年生から出場している人がいるらしい。愛の運動音痴からは想像できない。実は僕も体育会系で高校の時に全国大会に出場のみしている。ただマイナースポーツで、愛には言うことは無いだろう。

目的の駅に着いた。愛の住んでいた公営住宅最寄り駅の隣だ。自治会長にも会いに行きたいが時間的に難しいようだ。

この町は昔の城下町のようだ。歩いている両側の街並みが古い。黒い漆色の建物が満開の桜を際立たせている。道を曲がると運河沿いの道のようだ。両側にある桜の木と緑色の木が絶妙のバランスで配置してある。

愛が「ここ学校の入学式の後、お母さんと歩いたんだ。またここの桜見られるとは思わなかった。おじさんありがと」

「ん。良い所だね。こんな奇麗な桜初めて見た」

運河から橋を渡って大きな病院の前を通った。小さな丘の上に学校の校門が見える。

事務室で事情を説明したら応接室らしきところに通された。事務員らしき女性がお茶を出してくれたが、ずいぶん待たされた。

3人の先生らしき人が入ってきた。僕と同年代らしき校長。10歳くらい若い教頭。20代で愛の担任をしていた先生の3人が自己紹介してきた。

愛の現状は、成績が学年トップテンに入っているらしく、出席日数が不足していても進級する条件は満たしているとの事だった。

転校する場合は相手の学校に証明書を送ることについては対応することだった。

最後に先生たちに、愛に対しての虐めに関して突っ込んでみた。

校長・教頭に関しては言い訳を始めだした。愛の担任だった先生の顔を見てみると、やはり何か知っているようだ。こうなったら時間の無駄だ。愛に2年生の「宮田恭子」の所に連れて行くように言った。

先生たちには「ちょっと」と言って素早く行動に移す。

2年生の教室の前に来た。ちょうど休憩時間で何人かの学生さんたちとすれ違った。愛が「宮田恭子」を見つけたみたいだ。確認して椅子に座っているその子の前に立った。

怖そうな声で「あんたか山内愛を虐めていたのは」その子は驚いて黙っているだけだった。

斜め後ろにいた男子生徒が「やめろ」と声を張り上げ近づいてきた。手にはカッターナイフを持っている。

中学生のころ校内暴力全盛期で、同級生で「番長」と呼ばれた喧嘩上手な奴に喧嘩を教わった。

「刃物を持っているものは、素人と玄人に分かれる。玄人は、はったりだけで刃物を使おうとはしない。逆に素人は、刃物を振り回してくるから距離を取って相手をよく見ろ。振り回してくるから疲れ方を見て何でもいいから相手の刃物より長い物で反撃しろ」

男子生徒はカッターナイフを振り回してくる。僕は体を半身にして相手から見える面積を小さくする、利き腕とは逆の左手でガード。相手をよく見て避けていたが、寄る年波か体が思うように動かない。手の甲にカッターナイフが当たり、血が滲み出だした。

早めの反撃開始だ。すぐ横にある椅子を持って相手を突いた。うまい具合にカッターナイフを持っている手に当たりカッターナイフが弾け飛ぶ。間髪入れずにタックル。

番長から「素手で接近戦をする時に頭突きと膝が武器になる」

男子生徒の腰にタックル。膝を選択して相手の大腿部に膝がヒットして相手は仰向けで倒れる。そのまま馬乗りになって相手が身動きできない状態にして。右こぶしを固めて顔面目掛けて。

「やめてー」右腕に愛がしがみ付いている。

男子生徒を見てみると目をつむって震えている。完全に戦意喪失だ。

一息ついて「宮田恭子」の所に行く。震えている。「ちょっと携帯見してくれないか」鞄から携帯を出してきた。「愛の写真あるか」と聞いた。手が震えながら写真を出してきた。やっぱり愛の服を脱がされた時の写真だ。幸い見られないようなひどい写真では無かった。

「全部消せ」と言って。彼女はまた手が震えながら携帯を操作している。手が止まった。「他には無いだろうな」首を横に振った。

愛が心配そうな顔で横にいる。

「終わった。行こう」

教室を出たところに担任の女性教師がいた。

「そう言う事で証拠は消しといたから」

校舎を出た。愛が切られた左手を心配している。校門を出る前に水道があった、血を洗い流してカバンからタオルを出し左手に巻いた。傷はあまり深くない。手も普通に動く。やっぱりジンジンしたような痛みはあるけど大丈夫そうだ。

愛は心配そうな顔をしている。

愛に「ゆっくり運河の桜でも見ようか」と問いかけると「ん」と返事をしてきた。

運河沿いの道にベンチがあった。そこに二人とも腰かけて、愛は僕の左肩に持たれてきた。

「おじさんありがと。もう怪我するようなことは止めてほしい」

「そうだな」と呟いた。

桜を見上げてみる。沢山の桜が枝いっぱいに咲いている。風もないのに花弁がゆっくり落ちてきて、水面にまた花を増やしていく。水面には落ちた淡い色の花弁と鏡のように映し出された桜が、いつか見た睡蓮の花のようだ。

スズメが飛んできて枝にとまる。少したくさんの花弁が落ちてくる。右手に花弁を乗せようとしてみるが花弁が右手を避けていく、3枚目の花弁が右手の上に乗った。一枚の花弁を見て、これが最後だと思うと切なくて瞳から涙があふれてきた。

愛が不安そうな顔で「おじさんどうしたの」と聞いてきた。

適当に涙を拭いながら「昔を思い出して」と言った。

しばらくここを動く気はなかった。

どれぐらい時間がたったか来た方角から「浜内さん」と呼ぶ声が聞こえた。

声がする方を見てみると、さっきの先生と宮田恭子・男子学生がこちらに走ってきた。

宮田恭子が愛の目の前に来るなり土下座に近いような状態で泣きながら「ごめんなさい」と愛に何度も許しを乞うている。

先生に「何かあったのですか」と尋ねる。

「宮田さんが浜内さんに謝りたいから授業を休まして下さいと言ってきて。この子はあなたに怪我をさしてしまったから」

愛は宮田恭子を立たせて僕が座っていたところに座らせ、泣いている宮田恭子の横に座りやさしく肩に手を置いてあげた。

僕が「ここ桜、綺麗やな」関西弁で一言の後。

宮田恭子に「おまえ家庭でなんかあったか」と尋ねた。

一瞬、驚いた表情で「はい」と答え家の事を語り始めた。

やはり両親に不倫と離婚問題があるらしい。

「それだけか、成績の良い愛に嫉妬心もあるんじゃないか」

宮田恭子は「ごめんなさい」図星のようだ。

愛に「愛のこと話してもいいか」と尋ね。

愛は「ん」と首を縦に振った。

「愛のお袋さんはパート先で男作って今、行方不明。親父さんはアル中で愛を虐待して、その親父さんも先日事故で亡くなった。今、肉親と呼べる人は周りに誰もいないんだ」短く愛の身の上を話した。

宮田恭子はまた泣き出した、先生は口に手を押えて涙をこらえている。男子生徒は後ろを向いた。

少し時間をおいて愛の横にいる宮田恭子の前に目線を合わせて座った。

「恭子ちゃんて言ったっけ。愛は同年代の友達居ないんだ。良かったら友達になってくれないか」

「ん。また前みたいに一緒に遊ぼ」愛が言った。

今度は宮田恭子が愛に抱き着きさらに号泣した。

先生に「怪我は大丈夫ですから」と言い。宮田恭子に電話番号のメモを渡してくれるようにお願いして、3人と別れ、桜の花は名残惜しいが、駅に向かって愛と二人で歩き出した。

愛が突然「おじさん優しいね」と言ってきた。

僕は「そうかな」と答えた。



浜内 愛

おじさんに肉じゃが味見してもらっている。

おじさんが「美味しい」とい言ってくれた。心の中で『やったー』と叫んだ。

ご飯食べ終えておじさんから封筒に入ったお金渡された。おじさんが「これから食事を作ってみるか」と言われ、全然自信は無かったけど、これだけお世話になっているおじさんの為にやらないと。いや私がやらないといけない。一生懸命頑張ろう。

先ずは栄養のバランス取れた献立考えて、材料を買って。食費はできるだけ掛からないように。そうだ使ったお金はきちんとノートにつけてこう。

図書館でユウちゃんに絵本を読んであげていたら、小学校が春休みになったみたいで低学年の子供たちも「聞かせて」と一人二人と人数が増えていって。みんなが読んでもらいたい本が違って選ぶのが大変。でもみんなに頼られることってこんなに楽しい事なんて知らなかった。それに笑い声とキラキラした笑顔が沢山。私が作っていると思ったら、幸せ。

おじさんが休日の時、図書館に来てくれて褒めてくれた。嬉しい。

その日の夜。私が通っていた高校の話をおじさんが聞いてきた。

「学校に通うのに自転車より歩く方が本も読めるし、城下町で見るところも沢山あるから好き」だといったら、おじさんは不思議そうにしていた。

学年と進級について聞いてきた。

「お母さんが居なくなって、学校に連絡もしてないし。連絡も来ないから、分からない」と答えた。

私を虐めてきた人についても聞いてきた。

「恭子は小学校から一緒で、小さい頃はよく遊んだんだけど、高校生になって同じクラスでも喋らなくなって、2学期から急に私を見る目つきが変わって怖くなった」前は友達だったのだけれど。

おじさんから、いつか学校も卒業しないといけないから、一度学校に行こうと言ってきた。

私は今のままで充分。学校には興味が無くなったのかな。

今度は「原付免許取ってみるか」と言われて、小さいころお父さんに一緒に乗せられて団地を一周した覚えがある。取ってみたい。

今日は、おじさんから沢山いろんな事聞かれたし、やらないことも沢山増えた。何時も私の為に心配してくれている。ありがと。

免許の勉強、図書館での絵本読み、おじさんへの料理。毎日が楽しくって仕方がない。このままずっと続いてほしい。

暫くしておじさんの休みの日に私が通っていた高校に行く事になった。天気が良くて暖かくて桜が満開。去年お母さんと見た桜今年も奇麗に咲いているかな。楽しみ。

私の好きな桜が咲くところに来た。おじさんは「奇麗」って言ってくれた。帰りにゆっくりおじさんと桜見たいな。

学校が近づいてきた。おじさんは堂々と正面玄関から入っていく。入ったところにはショーケースみたいな棚にトロフィーや写真が並んでいる。その奥に受付の窓口があって、受付の人と話したおじさんと私は入ったことのない部屋に通され、お茶まで出してもらった。

少し待たされて、校長先生と教頭先生、それと担任だった植村先生が入ってきた。植村先生は、恭子が入っているバレーボール部の顧問兼監督をしている体育の先生。

おじさんは、私の進級の事や、転校する場合の手続きとか先生たちに聞いてくれている。

おじさんは少しメモを取って、最後に私の虐めの事を先生たちに話した。先生たちは調査とか時間がかかるとか、今までの正確な答えとは違うあいまいな返事をしている。

おじさんは「恭子の所へ連れて行ってくれるか」と言って急に今いた部屋を出た。

確か2年生の教室は隣の校舎の2階だったと思うから、2階に上がって渡り廊下を上がって左に曲がったら教室があった。直ぐに恭子を見つけて、おじさんに「あの髪の短い人」と言っている間に、おじさんは教室の中に入って恭子に話しかけている。恭子はびっくりした表情で、周りはざわつき始め急に静かになった。後ろにいた男子がナイフでおじさんを切りつけている。周りの女の子たちは恭子以外悲鳴を上げて逃げ出し始めた。おじさん止めないと、人の流れに逆らって教室の中に入った。おじさんに「やめてー」と言って止めに入った。あっという間で出来事だった。

おじさんが恭子の所に行って何か話ししている。

スマホを出して恭子が何か操作している。

おじさんが「終わった、行こう」と言った。

よく見たらおじさん左手を怪我して血が出ている。どうしよう。

校舎を出て校門の所の手洗い場でおじさんは左手の血を洗い流している。カバンの中からタオルを出して手に巻いて「大丈夫。傷は浅いみたい。ゆっくり運河の桜でも見ようか」

「ん」と答えておじさんと来た道を反対方向に歩き出した。

運河に来て改めて見たらほんとに綺麗。桜はちょうど満開で花弁が散り始めたばかり、運河に落ちた花弁がゆっくり水面を流れていく。

ちょうど背もたれの無いベンチがあった。おじさんと一緒に座る。

おじさんの怪我をした左手を見て軽く手を添え、おじさんの肩にもたれた。

「おじさんありがと。もう怪我するようなことは止めてほしい」自然に言葉が出た。

おじさんは呟くように「そうだな」と答えてくれた。

嬉しくて目をつむった。目を開けておじさんの顔を見てみる。少し上にある桜の花を見つめている。小鳥が飛んできて落ちてきた花弁をおじさんが差し出した手の上に落ちた。花弁を見ている目から涙が溢れてきている。

思わず「おじさんどうしたの」と尋ねた。

おじさんは「昔を思い出して」と言ったけど。おじさんでも辛いことは沢山あったんだ。

おじさんはこの景色を目に焼き付けるようにこの場所を動こうとはしなかった。私はおじさんの肩にもたれながらおじさんの顔を見つめていた。

遠くから「浜内さん」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。おじさんもわたしもベンチから立って声が聞こえてくる方を見た。

恭子と植村先生と男の子がこっちに来た。恭子がいきなり膝をついて泣きながら「ごめんなさい」を何度も言ってきた。

もう気にしていないから恭子から誤ってもらう事なんて。困った。

恭子を立たせてベンチに座らせた。まだ涙が止まらないみたい。

おじさんが恭子に話しかけてくれて。恭子は日ごろの辛いことを話し始めた。恭子も色々あったんだ。凄いなおじさん恭子が少しずつ落ち着いてきた。

おじさんが私のこと話していいかと言ってきて話し始めた。

恭子はまた泣き出すし。植村先生は泣くのを堪えている。男の子は泣いているのを見られたくないのか向こうを向いている。

おじさんは恭子に私の友達になってほしいって言って、私も昔みたいに仲良くなりたくて。嬉しかった。

おじさん恭子の事も助けてくれたんだ。もう人に八つ当たりしなくなるだろうし、きっと悪い人にはならないと思う。

思わずおじさんに「おじさん優しいね」と言った。

おじさんは照れ笑いして「そうかな」と答えた。

二日後、恭子から連絡があった。



山辺 靖

最近、愛に宮田恭子から連絡がよく入ってくる。僕が使えないSNSアプリを使って。愛はすでに使いこなしている。今だに使えない僕は、おっさんで年寄りだ。

先のことを考えている。そろそろ撮影もクランクアップが近づいてきた。皆が映画を完成させる目標に向けて一致団結している。その中で僕だけはどうしても距離を置いてしまう。他の人たちから見ればクールに見えているようだ。年齢相応に落ち着いているようにも見られている。

愛は時々人が足らないときに撮影を手伝いに来てくれた。撮影メンバーの中では人気者で、特に監督さんや助監督さんには気に入られている。機転が利くから正直、僕も助かっている。

しかし、次の作品には関われない。時間が足りない。

ある日、撮影も終わり僕一人で機材を片付けていた。後ろから監督さんが来て次の作品も手伝ってほしいと言われた。親の介護でと適当に言い訳したが、まだあきらめない。

そうだ。もし愛がこのまま独り立ちできるのであれば。

「監督さん。僕と愛が血の繋がっていないこと知っておられますか」

監督さんは噂では知っていたようだ。

監督さんに「愛は、この世界で女優さん、裏方さん何でもいいから一人でやっていけますか」単刀直入に聞いた。

監督さんは「この世界は厳しい。一つのミスで去らないといけなくなる。それと娘さんの実力は未知数で若すぎる。正直なところ分からない。よっぽど本人の覚悟が無いと難しい」と答えてくれた。ほんとに正直に答えてくれる。やはり厳しそうだ。

監督さんには「すいません。僕みたいな者に気を使ってもらって。今の仕事、最後まで頑張ります」

監督さんはあきらめたようだ。僕もどうすることもできない。途中で倒れたら逆に迷惑をかけてしまう。

愛には、もうすぐ田舎に帰ることは言ってある。正確な日取りは言ってないがここ一月以内だろう。少し一緒に居すぎたかもしれない。出会ったころは僕が愛を世話していたかもしれないが、今は逆だ、学校も行かず。僕の炊事・洗濯・掃除とまるで専業主婦だ。甘えていたのかも知れない。

それに、僕が死んだらその先愛はどうなるんだ。全く想像できない。

今日帰ったらゆっくり考えてみるか。愛とも話しをしないと。何だか気持ちが前に進まない。

愛は、毎週図書館が休みの木曜日に買い物に行く。少ない予算で上手くやりくりしていると思う。僕が一人の時と、僕と愛が二人でいる時の食費が変わらない。

木曜日の夜は、二人だけのイベントがある。名付けて「プリン争奪戦」。

愛が買い物に行くようになって。大好物の3個入りプリンを買ってくるようになった。3個の内2個は僕と愛が分けて、残り1個をジャンケンで取り合う。今のところ勝率で僕が負けている。今回も負けた。

愛は冷蔵庫にプリンを仕舞って、明日のおやつに食べるらしい。

愛にこれからの話を始める。

「愛、前に僕、来月には実家に帰ろうと思う。愛はこのアパートあと半年くらい借りられるからその間に住む所や学校決めて、独り立ちしてくれないか」

愛は一緒に僕の田舎に行っても、今までと同じで変わらない。付いて行くと言った。

僕は、映画の仕事はボランティアで収入は無くて貯金を切りつぶして生活している。愛を学校になんか行かせられることなんてできない。

愛は、学校なんて行かなくって愛が働いてお金稼ぐといってきた。

僕は強い調子で、そのことが僕のどれだけプライド傷つけるのかわかるかと。とにかく一緒には居られないと告げた。

愛は顔を赤らめ「おじさんのバカ」と捨て台詞を残して靴を履いて部屋から出て行った。

僕は後を追わずに、一人部屋に残った。

『ごめんな。愛』

疲れた。言葉を感情に任せて出すのは苦手だ。愛が帰ってくるか来ないかも考えられなくなった。自分の分だけの布団を引いて電気を消して布団に入った。興奮して眠れない。どれだけ時間がたったのか分からない。夜中に愛が帰ってきた。僕は寝たふりをする。

外が明るくなってきた。携帯の目覚ましが鳴った。

愛が目を真っ赤にして座って「お願いです一緒に居させて」言ってきた。

「撮影所に行ってくるから、よく考えてくれ。とにかく一緒には居られない」とだけ言い残し朝食も取らずに部屋を出た。

情けなくなり、自分自身を恥じた。

その日は体も重く仕事も手につかない。

愛の顔、仕草、声。何度も頭の中に現れる。

自分の前から消えてしまう。想像できない。

早めに部屋に帰ってきた。

部屋は静かで、愛は部屋には居なかった。自分の中に感情がこみ上げてきた。無意識のうちに部屋を飛び出し、愛を探しに走り出していた。ここ何年か全力で走ったことなんてない。ブロック塀にもたれ息を整えてまた走り出す。図書館に着いた。入る前に息を整えようとしたが、無理でそのまま肩で息をしながら中に入る。受付の人に「愛は居ませんか」と尋ね「今、出ていきましたよ」。

何処だ。来る途中の公園には居なかった。そう言えば、図書館の近くに五月が奇麗な広場があると言っていた。あそこだ。図書館から駆け出る。愛が居た。駆け寄ろうとしたが、もう足が震えて言う事を聞かない。力が抜けて膝が地面に落ちた。

声が出るかも分からなかった。

「あいー」叫んだ。

愛が僕に気付いてくれた。もう一度叫んだ。

「愛。一緒にいよう」

愛がこっちに走ってくる。

膝をついたまま愛と抱き合った。

「離れたくない。一緒にいたい」愛は何度も繰り返えした。

僕はもう一回「もういいよ。一緒に居よう」と言った。



浜内 愛

おじさん、最近元気がない。どうしてだろう。撮影も、もうすぐ終わるみたいだから寂しいのかな。

あれから恭子とおじさんのスマホで連絡を取り合っている。今度水族館へ行こうと計画している。恭子の家からとアパートからのちょうど中間でお互い都合がいい。

恭子はおじさんにも来ないかと声かけてほしいと言ってきた。植村先生とあのときおじさんが倒した男子生徒、正人君は恭子の彼氏みたいだけど、おじさんに憧れているみたい。

おじさんは「仕事が忙しいから行けないって言ってくれ」と簡単に断ってきた。私もおじさんと行きたいな。

恭子とはおじさんの都合に合わせて日程を合わせようと計画している。楽しみ。

今日は木曜日。買い物行って、夜は「プリン争奪戦」おじさんジャンケン弱いから。

今日も私の勝ち。プリンは明日のおやつに冷蔵庫にしまっておく。

おじさんがいきなり田舎に帰る話をしだした。何で。

おじさんは「一人で田舎に帰る」と言ってきた。私は一緒には行かせてもらえない。暫くアパートは借りられるから一人で何とかしてくれと。分からない。でうして。おじさん無しじゃ何も考えられない。

私は「おじさんと一緒に行く」事だけしか考えられない。

おじさんはお金もないし、私を学校にも行かせられない。

私は「学校なんて行かなくったって私が働いでおじさんと一緒に住む」

おじさんは怒って「一緒には居られない」とだけ言ってくる。私、悪いことしてないし、おじさんと一緒に居たくて、今まで頑張ったのに。

おじさんは言うこと聞いてくれない

こらえきれなくなって部屋を出た。

街灯が点いている公園のベンチまで来て座ったら涙がこみ上げてきた。『どうして・何で』と言う気持ちより一緒に居られないのが悲しくて切なくて。ただ涙が溢れてきた。

どれだけ時間がたったのか。おじさんの顔が思い浮かんできて会いたい気持ちが湧いてきた。

ゆっくりアパートに向かう。部屋の窓の電気は消えていた。『おじさん寝ちゃったんだ』と思いながらドアをゆっくり開けて音をたてないように中に入る。

やっぱりおじさんは寝ていた。そのまま壁にもたれ体育座りをしておじさんの背中を見ていたらまた涙が溢れてきた。

おじさんが起きた。

何度も「一緒に居させて」と嘆願した。

でもダメみたい。

おじさんは撮影の仕事に行くのに部屋を出て行った。

暫く何も考えられずに、壁にもたれた姿勢のまま動けなかった。

また考えが元に戻る。何故だか分からない。

今までおじさんの行動は何か理由が絶対にあった。それに間違った事や行動はしていない。いつも正しい方向に私を引っ張ってくれた。

『一緒には居られない』これも正しいことなのかもしれない。

たた離れたくない。

おじさんとの残りの時間を大切にしたい。

部屋の外に出たくなって図書館へ向かった。今日は知っている人誰も居なくてよかった。

何時もの奥の方の席で本を広げた。

本が全く読めない。

頭にあるのはおじさんの姿と声だけ。

外の景色が見たくて図書館を出て皐月の花が満開の広場に行った。

淡い朱色の花が満開で、場所が変わると花の色も少し違う。少し皐月の花に見とれていたけど、また、直ぐにおじさんの顔を思い出す。

少し目を瞑ってみる。この気持ち何。失いたくない、離れたくない愛しい気持ち。

遠くからおじさんが私を呼ぶ声が聞こえた。

おじさんが皐月の花の向こうに居た。

もう無我夢中でおじさんの方へ駆け出し体をぶつけるようにしがみ付き

「離れたくない。一緒に居たい」何度もお願いした。

おじさんが「もういいよ。一緒に居よう」と言って私に体に腕を回してくれた。

『おじさん、ありがとう』



山辺 靖

愛と一緒に田舎に帰ると決めてから一月がたち、撮影も編集を残すのみになった。公開まで、僕は生きてはいれなさそうだ。

引っ越しの準備は直ぐにできそうだ。もともと荷物は少ない。愛の荷物もそんなに有るわけでも無い。

愛には図書館の人たちとか別れを言いたい人にはちゃんと挨拶してくるように言った。

宮田恭子が休みの日に尋ねてくるそうだ。仲良くなって良かった。

撮影所のチームも担当の江口君が中心になって送別会を開いてくれるらしい。僕も愛も酒は飲めないけど参加予定にしている。

移動は1週間後に決めた。

愛は図書館の人たちには会えた時に別れの挨拶をしているようだ。宮田恭子は今度の日曜日に来るらしい。送別会は金曜の夜撮影所近くの居酒屋で。愛には夕方から開けといてくれと言ってある。

金曜の夜、居酒屋へ向かって愛と歩いている。昼間雨が降って少し肌寒い。愛は水溜りを避けてジグザグに歩いている。聞いてみたらあまり靴を濡らしたくないようだ。良く見たら珍しく色つきのリップクリームを塗っている。精一杯のお洒落をしている。誰か気になる人でもいるのか少し疑問に思った。

送別会の会場になっている居酒屋に着いた。一部屋貸し切りのようだ。時間の15分前に到着したのだが、監督以下首脳メンバーは到着していた。幹事の担当江口君は、僕と愛を上座まで案内してくれた。愛はこんな場所は初めてで緊張しているみたいだ。演技をしているときは堂々としているのに。

監督の挨拶から始まり各人が贈る言葉を言ってくれた。素直に嬉しかった。愛は女性陣に人気があった。衣装さんやメイクさんは愛に競ってハグをしていた。

暫く笑談して大道具さんと話していると、愛が真っ赤な顔して僕の隣に来た。

愛に「どうした」と聞いたら。

「江口さんが、また会いたいから連絡先教えてって言ってきた」

大道具さんが江口さんに向かって

「お前、恩をあだで返しやがって」大声を張り上げ、江口さんを捕まえて軽く拳骨で殴っている。

楽しい時間はすぐすぎていく。2次会の途中で帰る時間になった。皆さんに別れを言って。また愛と二人で終電2本前の電車に間に合うように駅に歩き出した。

日曜日、宮田恭子が来ると朝から愛は、駅へ迎えに部屋を出て行った。宮田恭子も両親がうまくいかなくても悪い方向に行かないだろう。

やがて愛が連れて宮田恭子がやってきた。

僕は「こんな所よりも流行のカフェでも行って来たらいいのに」と二人に言った。

「実はおじさんにも会いたかったの」宮田恭子が言ってきた。

宮田恭子にも「おじさん」と呼ばれると違和感がある。

宮田恭子は僕の顔を直視して「お父さんが家を出ることになりました。家にはお母さんと私と弟だけになったけど、愛とおじさんのおかげで現実に向き合えました。ありがとうございました」簡単だけど丁寧な言葉で礼を言われた。

「そうか、大変だったな。これから頑張れよ」僕は宮田恭子をねぎらい、励ましてあげた。

愛と宮田恭子は暫く雑談していた。

宮田恭子が、愛を外へ買い物に行かそうとしているみたいだ。愛は押しに弱いみたいで宮田恭子に押し切られ、心配そうな顔をして部屋の外へ出て行った。

「おじさん。愛と話していてもおじさんの話だけ。絶対、愛おじさんのことが好きよ。あの子小さい頃からいつも一人で、初めて愛が両親以外で人と接するのを見たし、それに昔と違って、強くなって明るくなった。おじさんのおかげだと思う」

「買いかぶりすぎだよ。でも愛のことは大切にしたい」と中途半端に答えた。

愛がジュースを持って帰ってきた。

宮田恭子が愛をからかうように「おじさん誘惑したの」愛は困った顔をしている。

僕は「嘘だよ」と言ってあげた。

愛は、また表情を変え微笑んでいた。

僕は「せっかく来てくれたんだ、外に何か美味しい物食べに行こう。甘い物の方が良いよね」3人で外へ出た。

ホットケーキと生クリームのミックスしたパンケーキなるものを初めて食べた。甘党の僕は一口で気に入った。

愛は、僕が食べたものにプリンをトッピングして美味しそうに食べている。

宮田恭子は僕たち二人を見て「パンケーキ食べたいって言って良かった」と言って笑っている。

そのまま3人で街中を歩いて、宮田恭子を駅まで送り分かれた。

二人で歩いてアパートへ向かう。

愛が「今日は、ありがとう楽しかった」

僕は「またパンケーキ食べたいね」

何でもない会話を楽しんだ。



浜内 愛

おじさんと一緒にいられることになって、普通の日常が戻ってきた。

朝起きてご飯とお弁当作って、洗濯しながら部屋を掃除して、図書館に行ってユウちゃんたちと話して、本読んで部屋に帰ってきて、晩御飯の準備をして、おじさんと一緒にご飯食べてその日の話をする。

同じことが繰り返す一日。

でも、景色が奇麗になっていって、毎日が楽しい。

今日から図書館にいる人たちにお別れを言っている。ユウちゃんにもお別れ言ったら、理解できているみたいで寂しそうにしていた。

小学生の皆には会えるかな。土曜日は来られるけど、日曜日は恭子が訪ねてくるから来られない。

金曜日。おじさんと一緒に撮影所の人が撮影所近くで送別会を開いてくれる。

衣装さんやメイクさんにも会えるみたい。服の着こなしやお洒落の仕方教わったからしっかりお礼言わないと。ちょっとお洒落して行こう。おじさんも私を意識してくれるかな。

会場に着いたら監督さんが挨拶して、皆さんが一言ずつおじさんに。裏方さんとして信頼されていたんだ。

うわー!衣装さんやメイクさんにハグされた。人前でハグされたの初めて。どうしていいか分からない。照れちゃう。

おじさんは見るたびに違うところで話している。何時も撮影所では見せない表情で笑っている。今、気付いたけど、おじさんが一番年上みたい。

撮影所でおじさんと一緒に仕事していた江口さんが来て「今度二人で会いたいから連絡先教えて」と言ってきた。どうしていいか分からずにおじさんの所へ。その後、怖そうな人が江口さんを何処かへ連れて行ってどうなったのだろう。

その後、もう一軒違う店でおじさんの仲のいい人と話して。帰りの時間になって二人でアパートに向かう。

「おじさん、今日はいっぱい、いろんな人と喋って楽しかった」

おじさんは「今日はいい勉強になっただろう」

土曜日。図書館に行ったら小学校の皆が居てくれて嬉しかった。皆の寄せ書きが書いてある色紙と、封筒には和紙でできたシオリが色違いで一組入っていた。

最後の絵本を読んであげて、借りていた本を返した。

部屋に帰ったらおじさんが居眠りをしていた。部屋に色紙を置こうとしたらおじさんは起きてしまった。私が持っている色紙を見て。

「いい物もらったな」と言って紙袋を私に差し出し。

「これを月曜日にも受付の人に渡しておいて」おじさん気が利く。

日曜日、今日は恭子が来る。水族館の計画が時間無くて無理だったから、わざわざ遠くまで来ることになった。おじさんは引っ越しの準備でここ何日か調べものしたりしているけど、時間はあるみたい。

私は恭子を迎えに行くのに部屋を出た。

久しぶりに駅で恭子と会って、顔を見たら優しい顔になっていた。恭子も私に「明るくなった」と言っている。

アパートに行く途中、おじさんの話になって、恭子がいきなり「おじさんのこと好きなんでしょう?」と唐突に言われて焦って、恥ずかしくて。

恭子は追い打ちをかけるように「おじさん誘惑した?」もう顔が高揚して真っ赤になっているのが分かった。恥ずかしくて言葉も出ない。

「え。誘惑したの」恭子は驚いていた。

私は首を振っていたらやっと「駄目だった」と言葉が出た。

「何で?」恭子の目が輝きだした。

「じゃ今度は私が誘惑しちゃお」本気だか冗談だか分からない。私が困った顔していると恭子は急に笑い出し「そういう所、昔と変わっていないね」懐かしそうにしている。

話が恭子の彼氏、正人君の話になったけど、恭子の愚痴を聞いているみたい。正人君の悪口も。最後はまた、おじさんの話になって「年輪を重ねたあのシブさ、クールさ、強いし、全然正人に感じられないの」

「やっぱり誘惑しちゃお」

今度は直ぐに「駄目!」と言えた。

ニヤリとして恭子は微笑んでいる。

恭子はバレーボールしていて背が高いし、胸も大きい。私から見てもスタイル抜群のモデルさんみたい。『誘惑やめて』と考えていたらアパートに到着して話は中断した。

部屋でおじさんはパソコンを触っている。

恭子はおじさんに自分の近況をきちっと話している。良い方向じゃないかもしれないけど、今の恭子なら乗り越えられる。

恭子が「おじさんと二人で話がしたいから、外でジュース買ってきて」

私を強引に部屋の外へ出そうとしている。さっきの事もあるし、恭子を残して部屋を出たくないけど恭子に押し切られ部屋を出た。

部屋から出たら自然に早足になってジュースを買って部屋の前に来た。ドアを開けておじさんと恭子が変なことしていたらどうしよう。思い切ってドアを開け部屋の中に。おじさんと恭子は話をしていたけど、恭子がおじさんを誘惑したって言ってきた。

どうしようと思っていると、おじさんが「嘘だよ」と言ってくれて助かった。

おじさんのおごりで外へ何かを食べに出た。

恭子は「パンケーキ食べたい」と言ってきて。近くのカフェで3人一緒にパンケーキを食べた。

おじさんと私はパンケーキ初めて食べた。二人とも甘い物好きで感動していたら、恭子は笑っていた。

恭子と駅で別れてアパートの帰り道

私が「今日は、ありがとう楽しかった」

おじさんが「またパンケーキ食べたいね」

後、3日でここを離れておじさんの実家に行く。不安もあるけど、おじさんが育った所に行くのも楽しみ。

歩きながらおじさんの実家どんな所か聞いてみた。

おじさんから「ただの田舎」と言われた。

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