第7話 安心できる相手と気の緩み

昨夜のパックのおかげで小鼻の毛穴が隠せてるし、化粧のノリもいい。準備完了。

20代の時は化粧ノリなんて実感しないくらい、毎日化粧ノリがよかったのに。


ブブッブブッ

『着いたよ』

10:55。時間に正確な男だ。


「おはよう。」

この男が私の彼氏。黒川樹いつき 35歳 N商事勤務の会社員。

木瀬は、彼の勤務先のコンパ相手がN商事で大手企業だとテンションを上げていたが、休日日数は120日くらいで、福利厚生も私の会社とそんなに変わらない。

ただ、給料だけは、わからない。賃貸マンションが私より好条件だし、生活や服装から私よりは多くもらっている気はするが、聞けない。


「おはよう。」

「映画が、11:50からだから、このまま映画館に向かうよ。」

「うん。チケ予約ありがとう。」


彼は、笑わせたりする面白いタイプではないが、程よく話はできるし、デートの段取りとかいろいろと気も遣ってくれる。

彼の運転する助手席は、落ち着くし、彼といる時気を張る必要もない。会う時わくわくする気持ちになり、女性として見てほしいと思ってしまう。


すぐに映画館に着いた。

開場まであと15分。飲み物とポップコーン買ってちょうどいいくらいの時間だ。

私はここのプレッツェル入りキャラメルポップコーンが大好きで必ず食べるから、私たちは無意識に売店カウンターへ足を運ぶ。

映画の席は、私がスクリーンの中央寄りの席。

5年付き合っているからお互いの好きなものや行動を把握している。


付き合って初めて彼と映画を見た時は、好きな人の隣にいる近距離2時間で緊張した。映画のタイトルと概要は覚えているけど、詳細は私のバクバクした心臓と彼が手を繋いできた瞬間の記憶しかない。

さすがに今は隣の彼を意識しすぎて心臓が暴走することはなく、安心した空間で映画を観ることができる。



「なかなかおもしろかったね。優香はどうだった?」

「うん、おもしろかった。なんか続編ができそうな終わり方だったから、2作目できたら、観たいって思った。」

「うん、俺もそう思った。もし、続編できたらまた観にこよう。」


映画の続編がでるかわからないが、その時も一緒に観れるということは、将来も一緒にいるってことかな。


「14:30か...この後どうする?カフェでも行く?買い物がいい?」

「ほしいものは特にないから、カフェ行きたい。」



映画館から、20分車を走らせたところによく行くカフェがあり、15種類くらいのコーヒーの中から自分好みを選んで、1杯ずつドリップしてくれる。

20歳過ぎまでコーヒーなんて苦くて飲めなかったのに、今やブラック。


2人の注文した個々のコーヒーが提供され、彼が口を開いた。

「最近、仕事はどう?」

「ん?いつもとそんな変わらないよ。樹は?」

「そうだな…俺もそんな変わらないかな。」


「そういえば、昨日、珍しく部下に相談された。」

「どんな相談?」


「女性後輩からのセクハラ。プライベートな内容や恋愛の質問されたり、腕掴まれるって。先輩といえど男性の腕を掴むってすごいよね。気持ち悪くないのかな。」

「へー、今は男もセクハラ受ける時代だね。腕を掴むってことはその部下は、その先輩に好意があるのかも。にしても、その子は強いね。」

「強い?」

「俺はその子知らないけど、会社でそういうことって、セクハラとか問題になるリスクあるから避けるのに、それをするって、神経強いか自信がないとできないと思う。」

「確かにね。私も昨日の朝、わざわざ歳が1つ増えたことをお祝いされたよ。さらには、若いうちに子育てした方がいいとか、男は若い子が好きで30代40代は選ばないとまで発言してて、きっと若さに自信があるのかもね。」


「人の生き方や年齢の捉え方は人それぞれだから…気にしなくていいよ。」

「うん。」


長谷川のセクハラ相談の話の流れで昨日の木瀬の発言を口にしたが、彼になんて言ってほしかっただろう。


いくら彼にはいろんな話ができるとしても、10歳も差のある木瀬の些細な発言を愚痴っぽく言ってしまった。

大人げなさを感じる…恥ずかしい。

動揺して次の話題が頭に浮かんでこない。


「優香…誕生日、ごめん。」

「え?」

「その…一昨日、誕生日だったよね。でも、やっぱりお祝いされるの不快に思うんだね。」

「あ…。」

しまった。さっき、木瀬の話で1歳年をとったことを言ってしまった。

さらなる動揺をごまかすために、コーヒーを一口飲んでみる。

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