第4話 男は若い子が好き

「はー、お腹空いちゃったー。やっとごはん。」


談笑しながら3、4人のスタッフがカフェルームに入ってきた。

声で1人は木瀬だとわかる。

彼女らは、私たちの席とパーテーションで区切られた向かい席に座り、昼食を始めた。


今まで、私たちが話していた内容の本人が私たちの向かいに座ってしまい、私も長谷川もなぜか口をとざし離席するタイミングを逃してしまった。

スモークのかかったパーテーションのため、お互い顔は見えない。


「ねぇ、せらら、今日のコンパ来るよね?」

木瀬と同期、私の部下の栗本愛奈の声だった。この2人は入社から人事部にいる。

しかし、木瀬は私の人事・採用部門で、栗本は労務関連部門だ。

「もちろん、行くよー。だって、N商事でしょ?あんな大手商社マンと出会う機会なかなかないもん!」


N商事?!!私の彼氏の勤め先だ。


「もし、今日のコンパでいい人いたら、ラッキーだよね。来月誕生日だから、絶対それまでに彼氏ほしいから、がんばるー!!」

「うん、それまでにほしいね!」

「そうだよー。24歳を新しい彼とお祝いしたいなー。」

「うちらもう24になるね。25まであと1年だよ。25過ぎると30まであっという間っていうから、やばいよね。」

「そうそう、30になると一気に老けるって聞いたことある。30になっても彼いないとか、独身とかあり得ないから。」

「前友達ともその話題になって、30で独身とかフリーだったら女として問題ありって結論になったよ。」


ってことは、女性として賞味期限は30歳までってこと?!

昨夜のプリンの“賞味期限”を思い出してしまった。

あぁ、木瀬たちの若くて甲高い声が、丸聞こえで心に刺さる。


長谷川は私の年齢を知っているのか、目線が一段と下を向き気まずそうだ。

この場から離れたいが、出るためには木瀬たちの前を通る必要があり、私たちは席を立てずに時間が経過する。


しかし、私たちの会話が終了しており、何の話題もなく木瀬たちの会話が耳に入ってしまう。


「そうそう、今朝、大滝チーフの前で26までに結婚とか、出産とか、言っちゃってめっちゃ気まずかったよー。」

「え、気まずすぎる。やらかしたね。」

「そうだよー、焦った。だって、35歳になっちゃった人の前だもん。大滝チーフって彼氏がいるのに、なんで結婚しないんだろう。結婚できないってことは、何か原因があるんだよねー。

大滝チーフって仕事できるしきれいだけど、なんか弱みなしで女性らしくないっていうか。男の人いなくても、生きていくって感じ。結婚したいなら早くしないと、もう若くないからさらに歳とって、男の人に相手にされなくなっちゃうよね。きっと。」


大変大きなお世話だ。しかも、他のスタッフもいるカフェルームで大きな声で言う話じゃない!私の年齢と独身を社内放送しているようなものだ。

一歩前の会話のタイミングで席を立つべきだった。

長谷川は、私以上に会話に反応しているのか汗を拭っている。


「そうかな?」

この声は、誰だ?

「え?何が?」

木瀬が突っかかる。

「大滝チーフって、結婚したいとかしないとかそういうポイントで生きていない気がする。」


「は?どういうこと?」

「なんか、生きていくうえで結婚に重きを置いていないっていうか。それに男の人が相手するのは、若い女に限ったことじゃないと思う。」

「奈々は、長く付き合ってる彼がいていろんな男の人を知らないし、コンパに行ったことないからそう思うだけだよ。男は若い女が好きなんだよ。もし、コンパで私たちと大滝チーフで参加したら、絶対、男たちは私たちとしゃべるよ!」

「そっかー、そうなんだね…。」

奈々…秘書課の加藤奈々か。


加藤の意見を否定し、その根拠の説明のために私を例に出して比較するなんて…

カフェルームで話すというデリカシーのなさ。

なぜか直属の上司である私が情けなくなった。


「あ!峰部長、篠田係長!!お疲れ様です。」

突如、カフェルームにいる数組のスタッフの間を突き刺すように甲高い木瀬の声が響いた。


会社の中で有名なイケメン峰京太郎 人事部部長38歳と、

峰と同期の営業部 篠田健斗の2人がカフェルームに来たようだ。

「お疲れ様。今日も元気だな。鼓膜が破れそうだ。」

「えー!そうですか?元気です、あはは。ありがとうございます!」


いや…嫌味でしょ。本気で喜んでいるのか?


「部長たちも今からお昼ですか?」

「うん、そうだよ。」


「あ!!部長、1つ質問してもいいですか?」

「ん?何?」

「男の人って、やっぱり、若い女の人の方が好きですよね?」


部長にそんなくだらない質問を唐突にできる木瀬は、すごいと関心をしてしまう。


「え?何それ?」

「もし、コンパのメンバーで20代、30代、40代だったら、20代と話したくないですか?」

「どうして20代と?」

「え?だって、男性は若い方がいいですよね?」

「あ、そう。その感覚ないし、興味ないからわからない。ごめん。」

「えー?」

峰の回答に木瀬は不満そうな返答に、峰が付け加えた。


「コンパって初対面の人たちだよね?初対面の人の年齢を気にする必要はないから、どの年代でもいいよ。」

「そうですか...コンパで居合わせた男性は30代って自己紹介すると反応が悪い気がしてたから、若い子の方がいいと思ってました。」

「女性の見かたは年齢で決まらないよ。それに、僕は若い子は苦手だよ。健斗、お前はどう思う?」

「え、俺?俺も若いのはパス。」

篠田のそっけなく単発な声は、ちょっとめんどくささを帯びていた。

「えー、どうしてですか?」


木瀬の考えはどうでもいいけど、峰と篠田の答えが気になっている自分がいる。

私も今朝、肌艶や妊娠適齢などの理由で若者の勝者と思ったから。


「話す内容が合わないし、若者のテンションについていけないから。」

篠田は、簡単な返答をした。


「えー、そうですかー。話す内容が合わないのは、年齢の問題ではなくその女と合わないからです。若い女性はきれいとかかわいいとか、その時しかない魅力があると思います。私は将来おばさんになるけど、おばさんは若くなれないから。」


木瀬は自分の意見をもっているがそれを認めてもらわないと気に入らないきらいがあり、その相手は年上・上司の立場は関係ないようだ。


「ふーん、そうかもね。」

篠田は木瀬の意見に関心がないのか、一言で終わらせた。


一呼吸挟んで、峰が落ち着いた口調で話した。

「そっか、そうだね。木瀬さんの言うように時間は逆行しないな。

僕の考えだけど、若い女性がいいという基準で選ぶ男は、“若さ”が好きなんだよ。もし、木瀬さんのパートナーが“若さ”が好きだったら、木瀬さんが歳を重ねたときに“若さをなくした木瀬さん”とその男はどう向き合うんだろうね。」

「うーん、きっとその男は、その男も歳をとるので、私がおばさんになったときは私を受け入れると思います。」

「そういう考えもあるね。では、失礼するよ。」


木瀬の都合のいい考えと負けず嫌いが露呈した会話だったが、峰がなんとなくいいやつに思えた。

そろそろ私もお腹が空いてきたし、このままここにいても仕方がない。


「会話の内容が内容なせいか、なぜか動けずですみません。どうしましょうか。」

長谷川が、小声で聞いてきた。

「気を遣わせてごめん。お腹空いたし、ここから出たいね。あの3人娘、そろそろ移動しないかな…。」


しばらく静けさを中断させたのは、栗本だった。

「ね、私、カフェFuFuの今日まで10%引きクーポン持ってるんだ〜。ごはん食べ終えたし、行かない?」


「えー、いきたーい!あそこのキャラメルホイップラテ好きなのー。奈々も行くよね?」

「あ…うん。」


木瀬のテンションの上がった声が私の耳の中で響いているうちに、3人は片づけをして退出した。

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