第2話 若者が勝者
結局、私から彼に誕生日であったことを伝えられず朝を迎え、昨夜の憂鬱な感情を引きずったままの出社。
気が進まないが、休日で彼に会ったり一人で家で過ごすよりはましか。
通勤電車はいつも同じ時間の同じ車両に乗っている。同じような顔ぶれだが、誰も互いのことは知らない。
よく見かける女性で数人つい目を向けてしまう人がいる。
外見やファッションが若そうに見えても、肌の張りや足の筋肉の引き締まり、髪の艶感、メイクの方法を見ると、隣に座っている女子高生や女子大生とは雲泥の差があり、中年以上であることは一目瞭然の女性だ。
本人は若作りが目的でなくても、外見もファッションも個人の勝手だとしても、見ている側からすると年齢と外見のギャップに違和感を覚える。
ファストファッションで済ませれれば、価格はお値打ちでバリエーションも多く、流行感もあって、私たち世代でも取り入れたい。
しかし、ファストファッション。
すべてとは言えないが、生地の質感、仕立ての作りこみ、なんとなく幼稚なリボンやボタンのデザインなどを見るとやはり、安っぽさや子供っぽさを感じる。
若い肌艶や体形があるからこそ、服装は安っぽくても他の素材がいいから、トータルのバランスが成り立つのだ。
今の私は他人にどう見られているんだろう。
女、35歳、未婚、子供なし、医療機器メーカー勤務の会社員。
肌の張りは減り皮膚に元気がなく、乾燥している。スキンケアのパックやエステへ行っても、どんなにお金を使っても、何もしていない若い女子の肌には敵わない。安っぽい服装をしたら、単に経済力のない会社員、またはださい女として見られるのか…。
どうでもいいことを考えていたら、会社の最寄駅に着いてしまった。
「おはようございまーす、大滝チーフ!」
静かな出社を望む私の意に反して、無駄な元気パワーで挨拶をしてきたのは、入社2年目の木瀬せららだ。
「おはよう。」
「チーフって昨日誕生日でしたよね?おめでとうございまーす。」
私は、電車の若い子ファッションの思考で誕生日のことを忘れていたのに、嫌なことを思い出してしまった…。
ただ迷惑な気遣いだ。
「そう、誕生日だったよ。よく覚えてたね。ありがとう。」
「私の姪っ子と一日違いで、今日が姪っ子の誕生日なんです。それで、今朝、チーフのことを思い出して。あ!姪っ子は姉の子供で、3歳になるんですー。」
聞いてもいない情報だが、よく話す女の子だ。
「へー、そうなんだ。姪っ子さん3歳かー。かわいい盛りだね。」
「そうなんです!ついかわいいかわいいって言っちゃいます。今週末に家族でお誕生日会です。チーフは昨日お祝いか何かしました?彼氏さんとディナーですか?」
「そうね、彼と食事したくらいかな。」
平然と嘘をついてしまった。
「チーフも彼氏さんと仲良しでうらやましいなー。私、姉みたいに26くらいで結婚して、子どもがほしいんです。
体力のある若いうちに子育てした方がいいって思ってて。大学の同級生とかが今の彼とすぐに結婚しちゃったら、私、一人になっちゃって、寂しいですし。
ぼんやりしてるとすぐにおばさんになっちゃうし。私は今、彼がいないからがんばらなくっちゃー。」
将来の自分の理想の幸せを声に出して、屈託のない笑顔を振りまいている。
35歳、未婚の私を前にして。
「そう。いい人と出会えるといいね。」
「あ!!これは私の理想っていうか、夢っていうか、26歳までの目標っていうか…。チーフはチーフの生き方がありますし、バリバリ仕事しててかっこいいです。」
価値感も生き方も、人生の選択も人それぞれだし、私は私の生き方をしてきた。“若い”うちに結婚・出産をしなかったことに後悔も疑問もないが、10歳以上下の女性から26歳までの結婚だの子どもだのの夢?目標?を語られても、つまらない。
まして、自分の年齢に合わせたライフプランを話した後にとうにその年齢を過ぎている私に気づいて、フォローされるという情けなさ。
「木瀬さんのプランが成功するといいね。」
「はいっ、ありがとうございますー。では、今日もよろしくお願いします。」
“若いうち”は、どんな道も選択できるし、夢を描くこともできる。
男女とも結婚はいつでもできるが、女性は出産にはタイムリミットがある。不妊治療の進歩で妊娠率が上がっている現在でも、妊娠率・出産率は年齢に比例する統計結果も出ているから、確かに木瀬の“若いうち”の出産・子育て目標は納得できる。
木瀬の女性・恋愛・結婚の考えと私の考えの根拠が同じかは疑問だけど。
肌艶やバランスの取れた体形で安っぽい服装の“安っぽさ”がカバーできてしまい、妊娠適齢期など“若さの武器”を備えている若者は強者で、その若さの武器が減退している私のような35歳は敗者になるのかもしれない。
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