第4話 水瀬の王女、歓迎す
第二王女、シルヴィア=ソルデッド。
リエルによれば、頭脳明晰、容姿端麗、非の打ち所のない王女さま、ということだったが。
予想通り、彼女はその心根までも、どこまでも善良だったようで。
だから初めて会った弟の俺を、人の良い彼女が放っておけるはずがなかったのだ。
見慣れない部屋で目を覚まして、一瞬戸惑ったがすぐに気づく。
ここは魔界の王宮、俺の部屋だ。
一応全王子・王女の分の部屋はあるらしいのだが、セピアさん以外は母方の家に住んでいるそうだ。王宮にセピアさん以外の王子・王女が泊まることは滅多にないらしく、ビスカちゃんにはいくらでも泊まっていって下さいと言われてしまった。だけどそういうわけにもいかないだろう。
ふかふかのベッドから降りて、王家の紋章が刺繍された水色のカーテンを開ける。
窓ガラスに水滴が輝いている、どうやら夜の間に一降りしたようだ。俺は窓も開けて身を乗り出してみた。ここは三階なので、王宮の庭と城下町が一望できる。
「うわ、すごいな魔界の城下町」
朝の八時だというのに、賑わいがここまで聞こえてくる。
昨日はあまり見る余裕がなかったので、街の様子をじっくり見てみた。
王宮の前には遥か向こうまで続く大通りがある。この大通りは人(いや、人ではないのだろうけど)でごった返している。通りの両側に店らしきものが見えるので、それで賑わっているのだろう。
大通りから外れたところは市街地のようだ。昨日も気づいたが、その中に大きい日本家屋っぽい建物があるのが気になる。西洋式の街並みなのに、あそこだけ異質だ。
と、街を眺めるのはそれくらいにして、俺は客用の寝間着から着替え、身支度をして廊下に出た。
「あ、おはようビスカちゃん」
「おはようございます宙矢さまっ」
廊下に、食事の載ったトレーを持ったビスカちゃんがいた。
「それは?」
「これはセピアさまのお食事です。宙矢さまの隣のお部屋なのです」
「部屋まで運ぶんだ?」
「セピアさまはお部屋から出て来ないのです」
「なるほど…、引きこもりってのはほんとなんだな」
ビスカちゃんに場所を教えてもらって、俺は食堂に向かった。
食堂の食事は完璧だった。いろいろ聞いたことない食材が使われていてちょっとびびったが、食べてみると案外美味しい。
だが、俺が王子と分かると、シェフが慌て始め専用の広い部屋に案内されたのは
食堂を後にして、部屋でリエルを待とうと三階に戻る。
すると廊下には、見覚えのある人物がいた。
背中まである輝く銀色の髪、透明感のある水色の瞳。頭の両側から、薄いひれのようなものが生えている。昨日のドレス姿ではなく、白いブラウスに深い青色のロングスカート。
水の精のような清々しい、美しい姿。
第二王女、シルヴィア=ソルデッド。
「ああ、会えて良かった。部屋にいないから探していたんだ。はじめまして、宙矢くん」
シルヴィアさんは俺に気づくと、そう言いながらこちらに歩いてくる。
「あ、はじめまして、えっと…、シルヴィア…さん」
「
「は、はい。どうぞ」
え…、何でシルヴィアさんがここに。というか、俺を探していた?
「そう固くならないでくれ。といっても、昨日知り合ったばかりだから仕方ないか。追い追い仲良くなっていくとしよう」
シルヴィアさんは柔らかに笑う。
「な、仲良く…?」
「ああ。仲良いことは良いことだろう?まして
「……」
「ん?どうした宙矢。仲良くしたくないか?」
「い、いや違うんです、そうじゃなくて」
ちょっと驚きと感動の余り絶句していたのだ。
「俺、俺の
「ああ…」
シルヴィアさんは納得したように頷き、悲しそうな顔をする。
「残念なことに、それも間違ってはいない。アイハには口も利きたくない顔も見たくない、と言われてしまったし、雫も零も、最近はトルウェまでよそよそしいし」
まさか全員にこの調子で接してるのか。しかもアイハにそんな反応をされたにも関わらず、諦めずに俺にアプローチしてくるとは。なんてメンタルの強いひとだ。
「だが、私は諦めたくはない。
シルヴィアさんは満面の笑顔で言い切った。
滅茶苦茶良い人だ。
俺の兄姉弟妹の中で、レーシェルに続く良い人じゃないだろうか。
「宙矢、今から時間あるか?」
「え?あ、ありますけど」
別にこれといって用事はない。強いて言えば観光をしようと思ったくらいで。
「それは良かった!では宙矢、今から私の家に行こう」
「はい……え!?」
家!?
「ど、どういうこと、」
「そなたに見せたいものがあるんだ。とりあえず私の家、ソルデッド家に来てくれ」
シルヴィアさんは戸惑う俺の手を掴むと、階段に向かってぐいぐいと進んで行く。
な、なんて強引なひとだ、良い人には違いないんだろうけど…!
階段でビスカちゃんとすれ違う。
「あれ、お出かけですか、宙矢さま……に、シルヴィアさま!?」
シルヴィアさんが一瞬立ち止まる。
「ああ、ええと、うちから遣わした……」
「ビスカです!ガルディさまによろしくですっ」
ん?知り合いなのだろうか。
「ビ、ビスカちゃん、リエルが来たら俺はソルデッド家に行った、って伝えてくれ」
「はい、了解です」
ビスカちゃんに見送られ、俺はシルヴィアさんと……ソルデッド家へ。
何故か分からないけど、行くことになってしまった。
*
「あの、シルヴィアさん?」
王宮の庭に描かれた魔法陣から、どこかの街に転移して、そこで乗った車の中。もう移動の仕方からして驚きだ。この車も、見た目は馬車っぽいのだが馬はいない。魔法で動く
「だからシルヴィアでいいと言うに。何なら姉さんでもお姉ちゃんでも構わないぞ?」
さすがにそれは出来ない。恥ずかし過ぎる。
「シ…シルヴィア。あの、何で俺を?」
六人がけの席に、座っているのは俺とシルヴィアだけ。シルヴィアの護衛の人は俺を別の魔力車に乗せようとしたが、シルヴィアが無理矢理俺と二人で乗ったのだ。
「だって初めて会った弟なんだ、親睦を深めようとするのは当たり前だろう。昨日目が会ったときから、九番目の弟はどんなだろうとわくわくしていたんだ」
シルヴィアは輝かんばかりの笑顔で言う。
わくわくしていたのか…、大評判の完璧王女だというから真面目でお堅いイメージだったけど、ただただ純粋なのかな、このひと。
「ああそうだ、宙矢は魔界は初めてなんだったかな」
「はい、昨日来たばかりで…」
「では私が魔界を案内してあげよう、まずはうちのソルデッド領だ」
「ソルデッド……領?」
領?確かソルデッド家は四大貴族の一つと聞いたけど。
「そう、魔界は王家直轄の王宮と城下町の他、四大貴族が治める四つの土地に分かれているんだ。四大貴族は知っているか?」
「はい、それは聞きました」
「では私の家がその一つだというのも知っているな。ここはソルデッド領なんだが…、ああ、丁度いい。宙矢、窓の外を見てくれ」
窓の外は――、丁度、森を抜けたところだった。丘の上の一本道、眼下には、どこまでも広がる青い海。そして海沿いの港町。
「うわあ、綺麗だ」
「そうだろう?魔界でも屈指の絶景スポットだ。赤い空と青い海、コントラストが美しいだろう」
昨日は不気味に思えた赤い空が、ここではただ綺麗に見える。シルヴィアの言う通り、青い海と相まって幻想的だ。
「ここは中央の王宮から、南に位置するソルデッド領。主に港町として発展している」
「ま、魔界にも海ってあるんですね」
「あるぞ。ただ魔界の海には果てがある。あまり遠くに行き過ぎると深淵に迷いこむ」
「深淵!?何ですかそれ、怖いんですけど」
「はは、子どもを脅かす冗談さ。宙矢は素直で可愛いな」
可愛い!?
「や、やめて下さいよシルヴィア…」
シルヴィアは…これ、親戚の世話好きお姉さんみたいだな。慣れないタイプだ…。
「敬語なんて使わなくていいぞ、距離を感じて寂しい。まだ実感が湧かないだろうが、私は宙矢の姉なんだ。思ったことを何でも言ってくれていいんだよ」
シルヴィアは俺を覗き込んで来る…さらさらの銀髪が肩にあたる。
俺は窓の向こうの景色を見ているふりをして、シルヴィアから目を反らした。
…ちょっとこの姉、天然すぎやしないか?
「え、えっと…じゃあその、王様候補なのにこんなことしてていいんですか?魔石を集めなきゃいけないんじゃ」
「………むう」
シルヴィアの方を見ると何故かむくれていた。
「あの、シルヴィア?」
「敬語は使わなくていいって言ってるのに…」
口を尖らせている……割とめんどくさいなこの人。
「王様候補なのに石集めなくていい……のか?」
言い直したらぱっと明るくなった。
うん、大体分かって来たぞこの姉の性格。
「いいんだ、私にとっては石より
シルヴィアは心底嬉しそうににこにこしながら、身を乗り出してくる。
ちょっと近い近い。パーソナルスペースが、狭い!
「宙矢、私はな、国民みんなが仲の良い国を目指しているのだ。争わず憎まず、隣人の喜びを願う。理想の国だと思わないか」
「は、はあ…」
理想、高すぎないか。
シルヴィアは善いひとには違いないんだろうけど、なんていうか……ちょっと綺麗すぎるな、これ。
ききーっと、そこで魔力車が止まった。
いつの間にか外の景色は、街から離れた郊外のものに変わっていた。
車から降りれば、そこには大きな城門。王宮ほど大きくはないし、禍々しくもない。水色に塗られた、上品なデザインのお城だ。
後続の魔力車から、シルヴィアの護衛たちが降りて来て俺たちに続く。
シルヴィアは俺の手を取ると、城門に向けて走り出した。
「行くぞ宙矢、早くしないと消えてしまう!」
「え、ちょっ」
やっぱり強引だこの人!振り回されっぱなしだ、全然慣れない。
…って、消えてしまうって何がだ?
水面の波紋のような芸術的な装飾の施された門にたどり着く。門番の人たちが重そうな門を開けると、ちょうどそこに人がいた。
昔のヨーロッパ貴族が着てそうな高級っぽい服の青年だ。首元のひらひらスカーフが絶妙に、似合っていると気取っているの中間を行き来している。シルヴィアとは違う金の髪。水色の透き通った瞳、シルヴィアと同じ頭から生えたひれのようなもの。ええと、確か昨日の王子会議にいた、
「ああ姉上!朝早くからどこにお出かけで………………誰ですそいつ」
第六王子の、ガルディ=ソルデッドだ。シスコンだって話の。
「ただいまガルディ。この子は九番目の宙矢だ。ほら、挨拶しなさい」
「……………」
視線がアイハと同類だ!明らかに嫌われている!
「あ、あの、朝賀宙矢です。よろしくお願いします」
こちらから声をかけてみるも、超冷たい視線で返されるだけだった。
「どうしたんだガルディ?お前の弟だぞ。仲良くできるよな」
シルヴィアは首を傾げ、彼女と母親も同じ弟に向けて無自覚のプレッシャーを与える。
「…ガルディ=ソルデッドだ。よろしく…(するわけねえだろ)」
今小声で、するわけねえだろ、って言ったろ!何て感じの悪い兄だ、本当にシルヴィアと同じ血が流れているのか!?
「うん、弟たちが仲良くしていると私も嬉しい。ガルディも宙矢も大切な弟だからな」
そしてシルヴィア、聞こえてない!
弟へのフィルター分厚すぎるんじゃないか!?
「ああ、そうだ時間がないんだった!宙矢急ぐぞ」
シルヴィアはお姫様らしくなく、広い庭を駆け出した。
「え、待って、」
「おい」
追おうとして、ガルディに呼び止められる。振り向けば俺の兄は、汚物でも見るような目で、言った。
「言っておくが俺の
「…はい」
「姉上になんかしたら、殺す」
「……はい…」
ひっえ。
おいリエル、これシスコンじゃすまないレベルだろ!?
「宙矢ー?早くっ」
「はいっ!」
遠くで呼ぶシルヴィアのもとに向け走る。全速力で走る。
背後に殺気を感じながら、俺は広いソルデッド家の前庭を後にした。
…俺の
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