第1部 第4章(4)祝詞
悟郎と幸乃が鬼と対峙していたころに話を遡る。
「囲みの薄いところをわざと作って、そこを突破させる。そして、後方に展開する迎撃部隊に鬼を打たせる…。損な役回りだな」
双眼鏡で悟郎の動きを追いながら、八田が美緒に言う。
「悟郎は知っててやってるの?」
「それは分からん。分からんが、悟郎はあまり歓迎されていないようだな」
「悟郎は大丈夫そう?」
「負けはしないだろうが、苦戦しているな。鬼には鬼の、退治の仕様があるのに、まるで分かっていない」
「仕方ないじゃない。やったことないんでしょ」
「お嬢は、悟郎をもっと早くこちらに引き込んでおくべきだったと後悔している?」
美緒は肩をすくめただけで、何も答えない。
「悟郎に怪我されたら後々の行動に支障が出るかもしれないから、そろそろ介入するぞ」
「分かった」
美緒はトランシーバーの発信ボタンを押し、
「我々アルファ班は悟郎たちの援護に回る。ベータ班は後方で待機する迎撃部隊を無力化せよ! 行動開始!」
何か最近ミリタリーものの映画でも見たのか?
ベータ班が後方の迎撃部隊を無力化するのを待つ。
異世界というから、羽根の生えた妖精や空には浮島が漂ったりしていても良さそうなのに、鬼かよ…ありきたりだな。しかも、科学技術の水準も大して変わらないようだし、おまけに日本だって。中途半端だな。
ベータ班から無力化の知らせが入ったので、八田は行動を開始した。
悟郎たちに接近すると、鬼が結界を突破しようとしていた。
何をやっているんだ、悟郎は!
そう毒づきながら八田は青竹に手をかけようとしている鬼の正面に立ち、早九字を切る。鬼は早九字にはじかれ、たたらを踏んだ。
「悟郎! 態勢を立て直せ! 手柄は譲ってやるから、けりをつけろ!」
悟郎が鬼に斬りかかる。
もう加勢の必要はなさそうだ、八田はそう判断した。
自然公園の包囲を行っていた対魔専門部隊は、後方に控えていた迎撃部隊との連絡が途絶したこと等により、何らかの異常事態が発生していることは把握していた。しかし、対処しようにも何が起こっているのか把握できず、また、部隊を集結させるのに手間取った。
それゆえ、美緒や八田の部隊は、予想された小競り合いもなく、現地を離脱することができた。
落ち着いたところで、美緒及び八田から、悟郎がいなくなってからの元いた世界での対応を悟郎と幸乃は聞いた。他の者は周囲の警戒に当たっている。
美緒が悟郎が拐かされたことにすぐ気がついたと言う。近隣には悟郎と美緒とが重なり合った反応はなく、徐々に捜索の範囲を広げ、ようやく異世界に悟郎が召喚されたことを把握できた。
「でも、どうやって僕の足取り?を辿れたの?」
「悟郎には前にミサンガをあげたことがあったでしょ。あれに私の髪と悟郎の髪が編み込まれているのよ」
「ええっ!」
悟郎は今までそんな得体の知れない物を身につけていたとは知らなかった。
「保険はかけておくものね」
悟郎の驚きには動ぜず、美緒は涼やかに言った。
「そういえば、隔離部屋に閉じ込められ、眠っていたときに妙に艶めかしい美緒の夢を見たんだけれど、あれって…」
「やだ! 悟郎って夢に見るほど私のことを愛していたのね! 嬉しい!」
美緒は露骨にはぐらかした。
「悟郎の反応を見つけてからは、会社に協力を仰いだり、転移の準備をしたり、それでようやく昨日こちらに来られたのよ。悟郎の師匠にも尽力いただいたし」
「淡々と話しているが、協力を要請するときの様子なんて、要請じゃなかったな、目が血走ってて怖かったし。それに準備ったって通常一月くらいかけてやるのを一週間くらいでやってたよな。お嬢はその間ほとんど寝てないんじゃないか?」
八田が補足する。
「そういうのは言わなくていい!」
美緒は八田を肘打ちした。みぞおちに入ったらしく、八田はうめき声を上げ、うずくまった。
「迷惑かけてごめん」
「迷惑だなんて思ってないよ。悟郎の役に立てたのですもの」
無邪気に微笑む美緒がとても愛おしかった。覚えず、先ほどの口づけを思い出した。
「それで、これからのことなんだけど…」
美緒は幸乃にちらりと目配せをする。
「一緒に連れて行ってもらえますか」
幸乃がためらいもなく言った。
「え?! だってご家族の方とか…」
「いいのです。私には家族はおりません。それに、悟郎さんもうすうすお気づきかもしれませんが、上は悟郎さんを元の世界に帰す気なんてさらさらないのです」
「え?! そうだったの?」
「気づいていませんでしたか。万理がいなくなって帰し難くなったとか、そういった話は本当なのです。けれども、やろうと思えばやりようはあったのです。けれど、上はそれを望まなかった。私は悟郎さんを懐柔しろと言われました」
「おぉ、ハニートラップか! やったな! 悟郎!」
八田が茶化す。しかし、その後すぐに美緒から肘打ちを食らった。幸乃は恥ずかしさのあまり、顔を赤くして、うつむいた。
「その割には悟郎の扱いはぞんざいだったよな。新人いびりってレベルじゃない」
今度は真面目な顔をして八田が言った。
「それは…」
幸乃が言い淀む。
「そんなことはともかくとして、今後のことよ。馬瀬さん少し個別に話をしましょうか?」
美緒が有無を言わせず、幸乃の腕を取る。悟郎と八田と十分離れてから、囁くように話をしている。
「それにしても、こんなところで八田に会うとは思わなかったよ」
置いてきぼりにされた悟郎は、八田に話しかける。
「まぁね」
「ありがとう。助かったよ。もう少しで鬼を逃がしてしまうところだったし」
「あれな。気づいていなかったの? お前たちのところだけ手薄になってたんだよ。他のところは四、五人で行動していて、しかも、比較的お互いの間隔も狭かった。鬼にお前たちのところを突破させて、後方に控えていた部隊に退治させる腹づもりだったんだよ」
「そうだったのか」
「知らされてなかったのか。お前、何をやらかした? さっきも言ったけれど、そんな危ない役は新人いびりのレベルを超えているよ」
「何ってほどでも…。稽古場で負けなかったぐらいかな」
幸乃の事情については触れなかった。
「十分だと思うよ。お前はどうしてそこで相手に花をもたせるぐらいのことをやらなかったんだよ。ド新人にいいようにあしらわれる諸先輩方、あぁ、目に浮かぶようだ!」
「お互い対峙したら、先輩も後輩もないだろ?」
「稽古場なら、だろ」
「稽古場だったよ」
「それは職場だよ」
「八田だってそんな器用な真似できないでしょ?」
話し合いから戻ってきた美緒が言った。その後ろを歩いてくる幸乃の顔は真っ赤だ。
「帰るわよ」
「あ、でも挨拶とかしなくていいの? 備品も借りたままだし」
「馬鹿正直にもほどがある!」
八田が頭を抱えた。
神籬や斎竹などは、悟郎たちが話をしている間に警戒に当たっていた者たちにより既に設置されていた。それの前に美緒が全員を集めた。悟郎と幸乃以外は来るときに経験していることもあって、動きに無駄がない。
美緒が祝詞を唱える。唱えているうちに、徐々に彼女たちの姿が朧気になっていく。そして、目が眩むような光が差した後には、その場に彼女たちの姿はなかった。
中途半端のろくでなし 海深真明 @ssstst
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。中途半端のろくでなしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます